| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

フェアリーテイルに最強のハンターがきたようです

作者:ブラバ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第10章 アルバレス帝国編
  第51話 白魔導士

フェアリーテイルからほど近い女性魔導士専用の寮であるフェアリーヒルズ…。その敷地内のベンチに、ルーシィとグレイ、ハッピーは佇んでいた。3人は少し離れたマグノリアにてバルファルクが暴れまわっているのを遠目で見つめていた。なぜ3人が戦闘に参加していないのか…それはルーシィが抱える一冊の書物が原因であった。ルーシィはその書物を優しく抱きかかえながら涙を漏らす。その書物は、真ん中にぽっかりと大穴が開いているのが見て取れた。
「ナツの命が…こんな一冊の本だなんて…そんなことって…」
ルーシィの言葉に、ハッピーも目尻に涙を浮かべ、グレイも苦悶の表情を見せる。
「ナツだって…普通の男の子なのに…どうして…ッ!」
ルーシィが言葉を紡いだのは、本から無数の赤い文字が溢れ出てきたからであった。
「これって…まさか…」
「すごい量だよ…」
「これが全部…ナツの情報だってのか…」
その文字は、天を突かんばかりに続々と本から流れ出てくる。
「…情報…?」
ルーシィは何かを思いついたように小さく呟く。そんなルーシィの様子を、ハッピーが横目で眺める。
「これ…もしかして…ナツの命の情報を書き換えれば…助けられるんじゃ…」
ルーシィは本の中心に開いた穴を優しく撫でながらそう呟いた。

フェアリーテイルのギルド。そこの酒場には、白い光を放った男が凛とした姿で立ち尽くしていた。そんな男に背を向け、桜髪の少年が金髪の少女を抱いていた。
「っく…。初代…もうだめだ…。消すしかねえ!!」
ナツは、ピクリとも動かないメイビスをゆっくりと床に寝かせ、睨むようにして白い男を見つめる。
「消す?この僕を?」
その白い男は、妖精の心臓を得たことで黒魔導士から白魔導士へと昇華したゼレフの姿であった。メイビスは、ゼレフの発動した八卦解印によって妖精の心臓と分離され、再び死人となったのだ。
「他に誰がいるってんだ!!!」
ナツはそう言い放ち、ゼレフに立ち向かっていく。最大出力で炎を発生させる。それは、いままでの力とは比べ物にならない力であり、正真正銘、イグニールから授かった最後の力であった。圧倒的なまでの魔力は、炎の色を金色に近いものにし、フェアリーテイルのギルドの壁一面事、ゼレフのいた場所を滅却させる。
ナツは、自身の放った炎が収まりを見せるのと同時に、ゆっくりと口を開いた。
「…すまねえ…アレン。お前の友は…俺が殺した…」
ナツはアレンが友だと言ったゼレフをこの手で殺したことを、小さく謝罪して見せた。だが、それでもやらねばならなかった。きっと…アレンも理解してくれる。そんな風に思考を張り巡らさせていたナツであったが、ギルド内に異質な魔力が蔓延るのを察知する。それは徐々に強大になり、なんと先ほどナツが壊したギルドがゆっくりと元に戻っていく。さらに、白き光が一カ所に集まり、それがゼレフを再び形作る。
「もとに…もどった…!?」
「これが…妖精の心臓の力さ…時と空間は全て僕のモノ…尽きることのない無限の魔力…ありとあらゆる魔の頂点と言ってもいい…」
ナツの呟きに答えるようにして、ゼレフはゆっくりと歩みを進めて口を開く。
「この世界の終わりに…ふさわしい力だ…」
ゼレフはそう言い切ると、掌に紫色を帯びた不穏な魔力を形成し、それをナツの胸へと叩きつけた。
「ぐあ…ッ」
ナツはその攻撃を受け、全身を震わせ身を崩す。ゼレフはそんなナツを捨てるようにして、ゆっくりと歩き去る。
「ああ…そうだ…。アレンに謝る必要はないよ…」
ナツは目を見開いてゼレフの言葉を聞いている。その身体は、今にも酒場の床に衝撃を果たそうとしていた。
「…僕が、殺すから…」
ナツは血を吐きながら、苦悶の表情を浮かべる。
「アレンもすぐに、天国に送ってあげるから…さよなら…ナツ…」
ナツの身体が完全に床へと堕ちたその時…ナツの目に、生気はなかった。
…誰が見ても、ナツがその命を落としたのが、分かる様であった。

アイリーンは、自身の身体に起こる変化に、身を震わせて驚いていた。いや、驚きなどというモノではない…。400年だ。それほどの長い時をかけ、人間に戻るための努力を、研究をしてきた。だが、それは敵わなかった…。陛下の魔法をもってしても敵わなかったのだ。
…だからこそ、自身の身体が…かつての人間のそれに戻っていく感覚に過呼吸すら生じる程の驚きを見せた。
「う、うそ…私の身体が…本当の、人間に戻って…」
感じる。五感が…身体の感覚が人間のそれに戻っていく様を…。
「ああ、人間だ…人間だッ!私は本当に…人間に…戻って…」
アイリーンは大粒の涙を流して歓喜の声を上げる。アレンがゆっくりをアイリーンの身体から離れる。そして、座り込むアイリーンを見下ろすようにして鎮座した。
アイリーンは、アレンが身体から離れたことで自由になった両手の平を自身へと向けて見つめる。
白い煙のようなものを放つ自身の両腕は、まるで竜の手を思わせる鋭利な爪がゆっくりと丸みを帯びたものに変化していく様を見る。
「ふぅ…初めてだったが…成功してよかった…」
アレンは微笑を漏らしながら小さく呟いた。その呟きを聞き、アイリーンはゆっくりとアレンの顔を見つめる。その表情には、優しい感情だけが読み取れる。アイリーンは、思わず些少の赤面を浮かべる。
そんな風にして、2人が見つめ合っている様を暫く黙って見ていたエルザ達であったが、エルザが苦虫を噛んだような表情を浮かべる。
「ッ!な、なにをしているんだ!アレン!!その女は…アレンの大切な者を奪った存在だぞッ!!」
エルザの叫びに、ジェラールとウェンディも同じことを言いたげな表情を浮かべる。その言葉に、アレンは少し目を見開く。それと同時に、アイリーンはふっと笑って見せた。
「な、なにが可笑しい!!」
「…はぁ、ほんとおバカさんね…私の娘は…」
この状況で笑みを浮かべたアイリーンに、エルザが更に激高して口を開く。そんあエルザの様相を物ともせず、アイリーンは冷静に言葉を放った。
「…なるほど、ゼレフから聞いたのか…。どうやら、とんでもない嘘をついたようだな…アイリーン…」
「う、うそ?…」
アレンの言葉に、ウェンディは困惑した様子で小さく呟く。
「さしずめ、エルザが自分を殺すのを躊躇わないように配慮したってところか?」
アレンの言葉に、エルザ達は大きく目を見開く。アイリーンは、アレンの言葉を聞き、視線を地面へと移す。
「さあ…どうかしらね…」
アイリーンの言葉に、エルザ達は更なる動揺を見せる。エルザ達の動揺に加えて、アイリーンのどっちつかずの言葉に、アレンは呆れたように頭を掻いて見せる。
「はぁ…少し考えればわかるだろ…。俺が両親を、友を、恋人を亡くしたのは元の世界での話…。この世界の人間であるアイリーンが、殺せるわけないだろ…」
エルザ達は、アレンの言葉に、大きく目を見開いた。確かにそうであった。冷静に考えれば、その考えに至っていたはずであった。だが、アイリーンの過去と姿。アレンの大切な者を奪ったという話を聞き、そこまで考えが至らなかったのだ。
「人間…ね…。少なくとも、ついさっきまで、400年間私は竜だったわよ…」
アイリーンは自身の過去を思い起こしながらアレンへと言葉を掛けた。だが、そんなアイリーンの言葉を否定するかのように、アレンはふっと笑いかけ、アイリーンの頭を撫でる。
…いつ以来であろうか。他人に、それも男に頭を撫でられるなどという行為は…。
アイリーンは、思わず目を見開いて、小さく赤面して見せる。そして、些少の潤みを見せる目で、アレンの顔をじっと眺める。アレンはそれを受けてか知らずか、くしゃっと笑って見せた。
「お前は人間だ、アイリーン…。そして…エルザの母親だ…」
アレンの言葉に、アイリーンは更に目を見開き、顔をボッと赤らめる。目の前の男は、自身を人間へと戻してくれた男は、自分を人間であると認めている。それが、嬉しくてたまらなかった。
そして、そんな顔を見られまいと、またも地面へと視線を移す。…と同時に、地面に小さな水が…涙が零れる。
「…何よ…ほんと…。はぁ…くそっ…あんたみたいな男が…私の夫だったらよかったのに…」
アイリーンは消え入るような声で、アレンへと言葉を投げかける。アレンはその言葉を聞き、小さく笑って見せると、換装を用いて3つの回復薬を取り出す。そして、それをエルザ達に向けて投げる。
「飲め…身体を動かすくらいには回復するはずだ…」
アレンが投げた回復薬は、エルザ達の前方へと転がり、その動きを止める。3人はその回復薬を見つめ後、アレンへと視線を移す。そして、目を見開く。アレンは、アイリーンやエルザ達から遠ざかるようにして歩みを進めていた。
「ア…アレン…」
「一体どこへ…」
エルザとウェンディがそんなアレンを引き留めるようにして言葉を発した。
「ヒスイ王女のところへ行ってくる…」
アレンのその言葉に、最初に反応を見せたのはアイリーンであった。
「な、なら…話しておかねばならんことがある…」
アイリーンの言葉に、アレンは一瞬怪訝な表情を見せたが、その後にアイリーンが発した言葉により、それは驚きに変わることとなる。

アイリーンの魔法によって、ネズミの姿に帰られてしまったヒスイは、父であるトーマの手のひらで小さく涙を浮かべながら絶望していた。
アイリーンの話では、自身の姿を元に戻すには、アイリーンを殺すか、相思相愛の異性との接吻しかないとのことであった。ヒスイからしてみれば、そのどちらも難しい内容であった。前者は実力不足によって、後者は相手の男の気持ちによって決まる…。トーマやアルカディオス、ダートンも同じ考えであるのか、この上ない絶望の表情が見て取れた。
そんな雰囲気を漂わせていた玉座の間であったが、ある男の登場によってそれは一瞬で変わることになる。
「まさか…本当にヒスイ王女なのですか?」
ヒスイは、その声を聴き、ネズミとなった小さき身体と目でその方向へと意識を向ける。
「ア…アレン殿…」
「無事であったか…」
「…なぜ、ヒスイがネズミに変えられたことを…」
アルカディオス、ダートン、トーマがアレンの姿を捉えたことで、驚きと歓喜を滲ませるような言葉を発した。ヒスイもアレンの登場に声を漏らしたが、その声は『チュウ…』というネズミの鳴き声のようなものであり、人間の言葉を発するには至らなかった。
「アイリーンから聞きました…ヒスイ王女をネズミの姿に変えたと…」
アレンの言葉を聞き、ヒスイ達は驚きの表情を浮かべる。そんななかでも、ヒスイは今の自分の姿を見られたくないと、トーマの後ろへと隠れるように移動した。
「…姫様…」
アルカディオスは、そんなヒスイの思いを知ってか、苦悶の表情を浮かべる。無理もない…。あれだけ、慕い、好いていた男に卑しきネズミの姿を見られたくないというのは、男であるアルカディオスをもってしても痛いほどにその気持ちが分かったからだ。
だが、そんな思いを知らぬがごとく、アレンはヒスイの元へと歩みを進める。
そして、トーマの後ろに控えるネズミとなったヒスイを拾い上げると、自身の手のひらに乗せる。
アレンに拾い上げられたヒスイは、小さく赤面して見せるが、すぐに自身の姿を思いだし、逃げるようにしてそこから去ろうとする。だが、それをアレンの手によって制止されしまう。全身を、ネズミの姿とは言え全身をアレンの手で包まれたヒスイは、あまりの恥ずかしさに更に顔を赤くする。…だが、それは序章に過ぎなかった。
「ご安心ください…ヒスイ王女…。あなたを救いに来ました…」
アレンの言葉に、小さく目を見開いたヒスイであったが、それは更なる衝撃を生むこととなる。
アレンは、ネズミとなったヒスイの唇と、自身の唇が重なり合うようにして接吻して見せたのだ。
あまりに急な出来事に、キスを去れているヒスイだけでなく、傍にいたトーマたちも目を見開いて驚いていた。だが、それで事は終わらなかった。
アレンとヒスイがキスをして数秒後、ネズミとなったヒスイの身体が白く輝いたかと思うと、元の人間の姿へと戻ったのだ。
アレンがヒスイの唇から自身の唇を剥がしたとき、その時にはすでに、ヒスイは元の姿へと戻っていた。
ヒスイは自身の身体が人間の姿へと戻っているのを確認すると、ポロポロと大粒の涙を零す。そして、アレンを見つめる。
「よかった…あなたの私への好意は…本物だったんですね…」
アレンはそういって、ヒスイに優しく笑みを向けた。

ゼレフは、絶命したナツに背を向け、ゆっくりと歩みを進める。
「僕は神に近い力を得た…」
ゼレフは自身の手を見つる。それは真っ白に染め上がり、尽きることのない魔力を感じる。
「もう二度と間違えたしない…この世界を…救うッ!」
ゼレフは、フェアリーテイルの門の前で一度止まると、感情を込めるようにしてゆっくりと口を開いた。
「…ありがとう、アレン…。君のおかげで、僕は…一なる魔法に、辿り着いた!」
そうして一歩を踏みしめた瞬間、畏怖を覚える。それは禍々しくも、圧倒的な魔力を誇っていた。ゼレフは、思わず悲鳴のような呻き声を上げる。
「じっちゃんはいつも言ってた…。その門を出るときに誓え…必ず帰ってくることを…誓え!!生きることを!!」
ゼレフはゆっくりと振り返る。そこには、先ほどとは比べ物にならないほどの魔力と炎を纏ったナツの姿があった。
ナツは、圧倒的な魔力をもってゼレフに立ち向かう。そんなナツを見て、ゼレフは思わず笑みを零す。何の笑みなのか…ゼレフ自身もよくわかっていなかった。だが、不思議と負の感情はない。
ゼレフは、炎を纏ったナツの拳を、片手で受け止める。と同時に、もう片方の手で紫色を帯びた魔力を放つ。
ナツはそれを避けるようにして後退すると、咆哮を放つ。だが、ゼレフはまたも同じように片手で防ぐ。ナツはそれを見て、もう一度拳に炎を纏って攻撃を繰り出す。
ゼレフは思わず驚いて見せる。その圧倒的なスピードは、ゼレフをもってしても捉えるのがやっとといったレベルであったからだ。ゼレフはナツの拳を頬に受け、ダメージを負っていることを実感する。
「うおおおおおおおおッ!!!」
ナツは連撃とばかりにゼレフに拳を繰り出し続ける。何発かナツの拳を受けたゼレフは、ナツと頭突きする形で、一度攻撃の応酬を止める。
「どこまで僕の邪魔をすれば気が済むんだい…」
ナツは、ゼレフの言葉を聞きながらも、頭を振りぬくようにしてゼレフを押しのける。そうして、再度ゼレフの顔を殴り飛ばす。
「みんなと笑って過ごせる日々を…取り戻すまでだッ!」
「それを僕が作ってやるんじゃないかッ!!」
ナツの言葉に、ゼレフは激高したように答える。そして、ナツに向けて紫の魔力を纏った拳でアッパーを決め込む。
「ぐっ…違う!お前は自分のことしか考えてねえ…お前のやろうとしていることは、この世界を否定することだっ!!」
「世界に拒み続けられたものの苦しみを知らずに…よくも…ッ!」
ナツの言葉に、ゼレフは今までにない憤怒をその顔に浮かべる。瞬間、ナツのフェアリーテイルのギルドの紋章が輝きを生む。そしてそれは、凄まじい魔力を生成し、ナツの周りに吹き荒れる。それに気づいたゼレフは、大きく目を見開く。
「ま、まさか…それは…ッ!」
「すまねえ…また力をかりるぞ…」
「ア…アレンの魔力か…!!!」
ギルドの紋章から嵐のように吹き荒れるアレンの魔力に、ゼレフは酷く狼狽して見せる。
「アレンの魔力を…ギルドの力を…炎に変えてッ!!!!」
その魔力は、まるで太陽を思わせるような熱を帯び、炎へと変換される。
「うおおおおおおおおおッ!!!!!!!」
ナツは、その魔力をコントロールするかの如く、咆哮を上げる。
「ちっ…アレンめ…」
ナツから感じ取るアレンの魔力に、ゼレフは悪態をつく。そして、目を見開いて対抗するように魔力を込める。
「我が呪いよ…怒りよ…悲しみよ…全ての闇を力とせよ…」
ゼレフはゆっくりとナツに近づき、邪悪な魔力を極限まで圧縮し、高める。ナツの手には黄色を帯びた赤き炎が、ゼレフの手には、紫色の炎が纏わりつく。
「炎竜王の…崩拳ッ!!!!!!」
「暗黒爆炎刃!!」
両者の拳が、衝突を果たす。紫と赤の炎が互いに鍔迫り合いを起こす。その衝撃は、フェアリーテイルのギルドを破壊し、その魔力はフェアリーテイルの上空へと天高く伸びる。
…そうして暫く鍔迫り合いを繰り広げていた両者であったが、ゼレフの紫の炎が少しずつ押され始める。
「くっ…ナツだけじゃない…アレンにイグニール…そうか…」
ゼレフは自身の身体に襲い掛かる魔力と熱に、理解してしまう。そして思い浮かべる…。アレンとイグニールの姿を…。
「かて…ない…」
ゼレフはそう呟くと同時に、ナツの拳に殴り飛ばされ、ギルドの床へと衝撃を果たした。

ヒスイは、目の前にいるアレンの顔をただじっと眺めていた。アレンとのキスにより、自身の身体が人間に戻った。それが何を意味するのか…。ヒスイは、先ほどまで重ねていた唇の感触を思い出しながら、未だ働かない思考を何とか動かそうとしていた。そんな折であった。目の前にいたアレンが、背中を向けて歩き去っていく。
「ア…アレンさま…」
ヒスイは、愛しいアレンが遠ざかっていく様に、些少の平常心を取り戻す。
「ヒスイ王女…どうやら、ゆっくりはしていられないようです…」
「な、何を…っ!」
アレンの言葉に疑問を投げかけようとしたその瞬間、玉座の間に…いや、クロッカスに圧倒的な咆哮が響き渡る。その咆哮に、アルカディオスが酷く怯えた様子を見せる。
「ま、まさか…バルファルクか…!!」
「いや…これは、アクノロギア…」
アレンの小さく呟いた言葉に、ヒスイ達は目を見開いて恐怖を滲ませる。
「バ…バルファルクの次は、アクノロギア…何なんだ…一体…ッ!」
トーマは、震える足で半歩身を引いて見せた。そんなトーマの様子を気にも留めず、アレンはゆっくりと振り向いて見せると、ヒスイに向けて口を開いた。
「ヒスイ王女…私は今から、黒いトカゲを討伐して参ります…この場で暫し、お待ちいただければと…」
「なっ…何を言っておる!アレン殿!!お主はバルファルクとの戦闘に加えて遠方から戻ってきたことで酷く消耗しておる!!アクノロギアを相手にするなどッ!」
アレンの言葉に、アルカディオスは激高した様子で言葉を放つ。…だが、ヒスイは落ち着いた様子で笑みを漏らしていた。
「はい…。行ってらっしゃいませ…。アレン様…」
「ヒ…ヒスイ…一体何を言って…」
ヒスイの言葉に、トーマも驚いた様子を見せる。だが、ヒスイはそんな言葉に反応せず、じっとアレンを眺めていた。
「信じております…。必ず…戻ってきて頂けると…」
ヒスイの言葉を聞き終えた瞬間、アレンは目にも止まらぬ速さで玉座の間を後にした。暫くその様子に呆気に取られていたアルカディオスであったが、ヒスイに詰め寄るようにして言葉をかける。
「ひ、姫様ッ!よろしいのですか!!」
「…よろしいもなにも…私たちが何を言っても…アレンさんは止まりません…」
「で、ですが…」
アルカディオスの問いに、ヒスイは落ち着いた様子で言葉を漏らす。それに対し、ダートンが続けざまに異議を放とうとするが、それはヒスイの、強い意志を感じる言葉に遮られることとなった。
「それに…。殿方の帰りを信じて待つのも…姫の役目…ッ!」
ヒスイは、語尾に些少の感情を込めてそれを言い放つ。ヒスイは、震える手でスカートの両端をきゅっと掴んでいた。
それをみて、アルカディオスたちは理解する。…この場にいる誰よりも、ヒスイが一番、アレンの身を案じていることを…。…アクノロギアの元へと向かったアレンを、止めたかったことを…。

ナツは、自身の右腕が黒く焼け焦げている痛みに耐えながら、大きく息を荒げていた。その前方には、ピクリとも身体を動かさないゼレフの姿が見て取れた。ゼレフは、目だけを動かし、驚きに満ちた表情を浮かべていた。
「身体が…動かない…こんなのは初めてだ…」
ゼレフがそう呟くと同時に、先ほどまで真っ白だった髪の毛が、本来の黒いものへと変化していく。加えて、先ほどまで意識を、いや、死人であったメイビスがゆっくりと立ち上がる。…この二つから、八卦解印によって分離され、ゼレフの中に入っていた『妖精の心臓』がメイビスの身体に戻ったことが伺えた。
ナツは、ゆっくりとゼレフとメイビスに背を向け、歩み始めた。そして、後ろで身を震わせるメイビスに向け、呟く。
「あとは…任せていいんだな…初代…」
「ッ…はい…」
メイビスは返事をするのと同時に、倒れこむゼレフの元へと視線を向ける。ナツはその返事を聞き、一つため息をつくと、吐き捨てるようにして口を開いた。
「俺…もう疲れたよ…早くハッピーたちの顔が見てー…」
そして、ナツは歩き出す。
…左手を少し上げ、感慨深そうに口を開いた。
「じゃあな…兄ちゃん…」
ナツはそう言い残し、ギルドを去っていった。
…それとは反対に、メイビスは震える足でゆっくりとゼレフの元へと歩み寄る。
「メイ…ビス…」
そんなメイビスを見て、ゼレフは小さく呟いて見せた。

エルザ、ジェラール、ウェンディは、アレンが立ち去る前に口寄せした大鷹、エグルに乗ってマグノリアの街へと向かっていた。
エグルの背中は、10名程度は余裕で座って乗れるだけの大きさがあり、エルザ達3人は半ば寝そべりながら寛いでいた。いくらアレンから齎された回復薬を飲んでいるとはいえ、ダメージは完全に回復しておらず、加えて疲労感は尋常ではなかったのだ。
そんな折、ウェンディが言いにくそうに口を開く。
「あの…エルザさん…アイリーンさんは…連れてこなくてよかったんですか?」
「…あの人が同乗を拒否したんだ…無理強いはできんだろう…それに…」
ウェンディの言葉に、エルザは感情なく答える。エルザが止めた言葉を、ジェラールが補うようにして口を開く。
「20以上の確執…埋めるには相応の時間が必要だ…エルザも、アイリーンもな…」
ジェラールの放った言葉に、エルザはゆっくりと眉を顰める。
「埋める…か…」
エルザはそう呟き、エグルの進行方向へと視線を向けた。
…さて、エルザ達は首都クロッカスからマグノリアへ、つまりは東に向かっていた。故に気付かなかったのだ。…西方からくる、黒き翼に。
もしそれに気づいていれば、エルザ達は身体に鞭打ってでも、アレンと共に戦いに臨んだだろう。
…まあ、アレンにとってそれは、非常に好都合であった…のだが…。この含みある言葉の意味は、すぐに分かることになる。

アクノロギアの咆哮を聞いたアレンは、ゆっくりと首都クロッカスの街並みを歩いていた。先のバルファルクとの戦闘の際に、ほぼすべての住民は、首都クロッカスから離れていたため、人影はない。アレンは、一人の男を前方に捉えると、ゆっくりとその足取りを止める。そして、ゆっくりと息を吐き、真顔でその男に声を掛けた。
「よお…これで、何度目になる?アクノロギア…」
「…それは、相対した回数か?それとも、戦闘回数か?」
アクノロギアは、アレンへの質問に対し、ニヤッと不敵な笑みを浮かべる。
「そういや、お前の人間に化けた姿を見るのは初めてだったな…いや、それがお前の本来の姿か…もとは人間だもんな」
「ほう?我の過去を知っているのか?いや…それはお互い様か…」
アクノロギアは、小さく目を細めアレンをじっと見つめる。…アレンとアクノロギアは、今日までの間に、3度の命のやり取りをしていた。両者の実力は一流と言っていいだろう…。一流のモノ同士が拳を、剣を、魔力を交えたとき、互いの心を読み取れるという逸話がある。両者は、それが嘘偽りでないことを、何度目かの衝突で知ることになった。そう、互いの過去も、互いの目的も、互いの信念も…。
「俺とお前は…似たモノ同士だな…」
「ふっ…そのようだな…。我もうぬも、竜を憎む存在…だが…」
アレンの言葉に、アクノロギアは小さく笑いかける。そして含みあるように言葉を止めると、怪訝な表情を見せる。
「我は世界の終焉を望み、うぬは世界の存続を望む…」
「そして、互いにその理由もな…」
今度はアクノロギアの言葉に、アレンが小さく笑いかけた。
「…互いにわかりきっているからこそ、この会話は何の意味も為さないってことだな…」
「ああ、俺とうぬは似た者同士…だが、目的と信念は真逆…ならば…」
アクノロギアはそう呟くと、人間の姿を竜の姿へと変化させる。…天狼島で相対した時よりも、冥界島で相対した時よりも、一回りも二回りも強大なその姿にアレンは一瞬目を見開く。
「そうか…あの時とは、比べ物にならないほどに強くなったのか…」
「我は黒闇竜アクノロギア!!!竜の血を浴び、強者の魂を喰らって強くなる!!…アレンよ、うぬと出会えたのは幸運であった…。我は貴様との戦いで、更にになれる!!」
アクノロギアは轟音にも似た叫びでアレンへと言葉を掛ける。だが、それでもアレンは冷静な様子を崩さずにその場に鎮座していた。
「…俺も、お前と出会えてよかったよ…。お前のおかげで俺は…自分の力に過信することなく、更なる努力と向上心を持ってここまでこれた!!」
アレンはそう言い放つと同時に、圧倒的な魔力を放出する。そして、その魔力はアレンの身体に纏わりつき、巨大な竜の姿となったアクノロギアと同等かそれ以上の大きさを有するスサノオ、完成体スサノオを発動させた。両者は暫く睨みあうと、同時に駆け出す。
「アクノロギアーーー!!!!」
「アレーーーーーーン!!!!」
互いに互いの名を呼称し、両者は組み合う形で衝突を果たした。

ナツの命そのものであるENDの書。その書物を書き換え、ナツが死ぬという運命を変えたルーシィは、赤い紋章のようなものに身体を侵食される。だが、その悪の力を、滅悪魔法を有したグレイが鎮め、事なきを得る。
「ごほっ…ごほっ…」
息をすることができないほどに身体を侵食されていたルーシィは、自身を縛る呪縛から解放されたように咳ばらいをする。
「大丈夫か?」
そんなルーシィの姿を見て、グレイが心配そうに呟く。
「はぁ…ありがとう、グレイ…」
ルーシィは自分を救ってくれたグレイに、笑みを浮かべながら礼を述べた。
「ッ!ねえ!見て!!」
そんな2人の様子を眺めていたハッピーであったが、地面に転がるENDの書が緑色の光を帯びて消えていく様を見て、大きく声を上げる。
「本が…消えていく…」
「それって…」
グレイの言葉に、ルーシィが狼狽したように声を上げる。
「ゼレフを倒したんだッ!」
グレイは微笑しながらルーシィの質問に答えた。ハッピーはその消え行くENDの書を見て、涙を浮かべて俯く。
「この本が消えたとき…ナツも…」
ハッピーの言葉に、ルーシィも目尻に涙を浮かべ、ハッピーを胸に抱き寄せて抱擁する。
ENDの書は、真っ白な砂と化し、その砂は風に流され、その姿を消し去る。
ハッピーとルーシィの頬に、涙が伝う。グレイは目を閉じ、物耽る様子を見せる。
…だが、そんな3人の元に、ゆっくりと足取りを向けてくる音が聞こえる。
その足音は次第に大きくなり、それを発しているであろう人影が見える。人影は徐々に大きくなり、3人はそれが誰であるのかを認識するまでに至る。
ルーシィは溢れ出る涙を受け止めるようにして、手で顔を覆う。そして、その人影は、3人との距離が10m程度までになったところで、その足取りを止める。
「よお…」
「ナツ…」
それはナツであり、満身創痍ながらも片手をあげて元気そうに3人に声を掛ける。ハッピーは小さくその声に返事をして見せると、エーラの魔法を発動させ、ナツの元へと飛んでいく。
「ナツーッ!!」
そんなハッピーの姿を目にして、グレイとルーシィは思わず笑みを零す。
「おう…終わったぞ…」
「…ああ」
ナツの言葉に、グレイは短く、それでいて真剣な様相で言葉を返す。ルーシィはゆっくりとその身を立たせ、満面の笑みでナツに言葉を掛けた。
「おかえり…ナツッ!!」
そんなルーシィの言葉に、ナツも満面の笑みを浮かべて答えた。
「ああ、ただいま、ルーシィッ!!」

アンクセラムの呪い…。それは、人を愛せば愛する程に、周りの命を奪っていく矛盾の呪い。その呪いを解くカギは…人に愛されること。…心の底から人に愛され、そしてそれを受け入れたとき、その呪いは解かれ、不死の呪縛から解放される。
ゼレフはその真実に気づき、己の無能さをあざ笑った。
…そうだ。僕は愛されていた。アレンに…そしてメイビスに…。足りなかったの僕の愛情でも、他人からの愛情でもなかった…。それを受け止め、受け入れることのできなかった自身の弱さだったのだ。
…ゼレフは感謝した。目の前にいるメイビスに、そして、傍にいないアレンに…。
ゼレフは最後の最後に、アレンの友としての愛情と、メイビスの異性としての愛情を受け入れる。
そして、メイビスからの接吻を皮切りに、ゼレフとメイビスは…2人揃ってこの世を去ることとなった。
消えゆく意識の中で、ゼレフは小さく呟いた。
「ありがとう、ナツ…。ありがとう…メイビス…。そして…」
ゼレフとメイビスは、光の粒子となって空中へと飛散していく。
「ありがとう…アレン…」
その光の粒子は、空気に紛れ込むようにして、ゆっくりと消失して見せた。 
 

 
後書き
次回更新日は、明日の9月24日(土)朝7時となります。
ストック話数は4話分となっております。
よろしくお願い申し上げます。  
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧