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一人のチトー

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第四章

「君達に期待したいが」
「そう言われてもです」
「何とかです」
「この国を守ります」
「頼むと言うしかないな」
 チトーは苦い声で言った、そうしてこの世を去ったが。
 早速だった、各民族で独立の話が出て。
 国を乱れる前兆が出て来た、だがまだ国は保たれていて。
「まだだ」
「まだ表に出るべきじゃない」
「大統領の威光が生きている」
「それがまだある」
「だから動くな」
「動くべきじゃない」 
「時を待て」
「時が来れば独立を宣言してだ」 
 そうしてというのだ。
「あいつ等を殺せる」
「その時まで待て」
「怨みを晴らすにも待つことが必要だ」
「だからまだだ」
「まだ動くな」 
 こう話してだった。
 彼等は時を待った、やがてチトーの威光は彼等の読み通り薄れていきしかもだった。
 東欧で政変が起きていき民主化と民族自立の波が起こった、ここで彼等は動いた。
「よし、今だ」
「今こそ動くぞ」
「独立を宣言する」
「そしてあいつ等に復讐する」
「これまでの怨みを晴らすぞ」
 セルビア人やクロアチア人だけでなくだった。
 国内のそれぞれの民族が動き独立宣言が相次ぎ。
 彼等は戦争もはじめた、それは血生臭い内戦にまで至った。それを見てキッシンジャーはニクソンの邸宅を訪れて話した。
「かつてケネディがです」
「私に選挙に勝ったか」
「彼が言っていてです」
「私も言ったな」
「チトー大統領がいなくなれば」
「ああなるとな」
「実際にそうなりました」
 ニクソンに沈痛な顔で話した。
「まさに」
「そうだな、あの国は彼でないと治められなかった」
「チトー大統領でないと」
「全くだ、一人の彼がだ」
 チトーだけがというのだ。
「治められた、そしてだ」
「彼がいなくなるとですね」
「ああなった、二つの文字三つの言語四つの宗教」
「五つの民族六つの共和国七つの国境」
「そんな国を治められる者はそうはいない」
「そうです、そして彼がいなくなれば」
 今の様にというのだ。
「ああなることはです」
「明白だったな」
「残念なことに。ああなってしまえば」
「どうにもならないな」
「殺し合うだけす、殺し合いに誰もが疲れ」 
 そうなってというのだ。
「分裂するだけ分裂してです」
「ことは収まるか」
「怨みを残して」
「そしてまた殺し合うかも知れないな」
「そうかも知れません、まさに彼だけがです」
 キッシンジャーはまたこう言った。
「治められたのです」
「あの国はな」
「そうした国でした」
 分裂し殺し合うユーゴスラビアを見て話した、二人はここでたまたま部屋にあったチトーの写真を見た。頑健さが伺える顔の彼は何も語らなかった。だが二人には今彼が無念に満ちた顔でいる様に見えた。


一人のチトー   完


                   2022・4・16 
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