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お味噌汁にお醤油

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第一章

                お味噌汁にお醤油
 八条製紙経理部長富田久雄は塩辛いものが好きだ、運動はしていない。
 一七〇程の背でふくよかな体型である、優しい顔立ちには眼鏡が似合い波がかった黒髪を真ん中で分けている。
 おっとりして穏健で細かいところにこだわらず部下への面倒見がいいことで知られている。家では良き夫優しい父親である。
 趣味は読書とゲームだ、その彼の夕食は。
「お父さんまたお味噌汁にお醤油入れるの?」
「お父さんはこれがいいんだよ」
 小五の娘の凛子明るい顔立ちで黒髪を後ろで束ねているそろそろ成長期に入ってきている娘に穏やかに答えた。大きな黒目がちの目の光は強く唇は赤で面長だ。
「味が濃いのがね」
「お味噌にお醤油って塩分摂り過ぎよ」
 娘は一緒に食べつつ言った。
「アジのフライもおソース一杯だし」
「だから濃い味が好きなんだよ」
「それでも摂り過ぎよ」
「そうよ、そろそろ会社の健康診断でしょ」
 妻の陽菜も言って来た、もう四十過ぎだがまだ肌にはツヤがありスタイルもいい。黒髪は長く明るい顔立ちである。顔立ちは娘に受け継がれている。
「それでそれだけ塩分摂ってたら」
「いやあ、今更だよ」
 富田は妻に穏やかに笑って返した。
「だって僕は普段からだよ」
「その食生活よね」
「朝昼晩ね」
「お昼お弁当でしょ」
「いやあ、お弁当にもおソースやお醤油かけてね」
 ソースが浸っている感じのフライを食べつつ答えた。
「食べてるよ」
「全く。昔からそうなんだから」
「お料理の味は濃くないとね」
 醤油やソースのそれがというのだ。
「物足りないんだ」
「全く」
 妻も娘もだった。
 そんな彼の言葉に口をへの字にさせた、そして。
 健康診断の結果だ、富田は医師に言われた。
「貴方死にますよ」
「えっ!?」
「えっ、じゃないですよ。血圧上が二百ですよ」 
 その値だというのだ。
「これで大丈夫な筈ないですよ」
「そんなに高いですか」
「せめて百二十にまで減らして下さい」 
 医師の言葉は厳しいものだった。
「刺激や激しい運動は絶対に駄目です」
「それを受けたりすると死にますか」
「その危険性があります、本当にこれはです」
 この血圧はというのだ。
「駄目です、死にます」
「死にたくないならですか」
「確認しますが死にたくないですよね」
「まだ子供小五ですから」
 まだ育てなければならない、親の責任感から答えた。
「それは」
「ならです」
「節制しないと駄目ですか」
「塩分は極力控えめに」
 やはり医師の言葉は厳しかった。
「宜しくお願いします」
「わかりました」 
 富田はこれから濃い味の料理が食べられなくなることにがっくりとなった、だがそうするしかないこともわかっていたので。
 彼は家族にも部下達にも事情を話してだった。
 濃い味の料理を口にしないことになった、すると。
 妻は実際に料理の味を極端な薄味にしてきた、会社でもだった。
「部長駄目ですよ」
「ポテトチップスも塩分高いですから」
「柿ピーもですよ」
「気をつけて下さいね」
「ラーメンなんてもっての他です」
「ソースもお醤油もかけないで下さい」
 何かとこう言われた、それでだった。
 彼は濃い味のものは全く食えなくなった、それでだ。 
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