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冥王来訪

作者:雄渾
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ミンスクへ
  ソ連の落日

  日の落ち始めたハバロフスク市内
一機のロボットが、まるで巨人の様に、居並ぶ建物の間を闊歩する
夜間警邏中であった警察(ミリツィア)は、振動音に気付いく
市内を蹂躙する、見慣れぬ形の戦術機に拳銃を向ける
「あっ、あれは!」
両手で構えた拳銃を向けるも、どんどん近づいて来る機体にたじろぐ
18メートル程度だと思っていた機体は、接近するたびに大きく感じる
黄色く光る目が不気味に輝き、見る者を畏怖させる
 丁度、レーニン広場の脇に立つハバロフスク地方庁舎の前に通りかかった時、彼等は実感した
地方庁舎を睥睨する白亜の機体……、ゆうに30メートルはあろうか
指揮官の号令の下、一斉に拳銃が火を噴く
しかし、雷鳴の様な音と共に放たれた弾丸は、全て弾き返された
止めてある警邏車(パトロールカー)や装甲車を、勢いよく弾き飛ばす
バリケード代わりに持ち込んだ囚人護送車は、左側面が潰れると同時に全ての窓が割れる
其の儘、勢いに乗って右側に勢いよく横転した
ボンネットより煙が立ち上がると同時に軋む様な音が聞こえる
「逃げろ、燃料タンクが爆発するぞ」
隊長格の男は、身の危険を感じると叫んだ
尚も機体は止まることなく、彼等の方へ突っ込んでくる
「逃げろ」
誰かがそう叫ぶと、その場は混乱の極みに至る
(おの)が命が惜しい警官たちは、四散していった

 ゼオライマーが接近し、激しい銃撃戦が始まった地方庁舎
まさに、その建物の裏口からセダンの一団が走り抜けていく
前後をパトカーに警護された最新型のZiL-4104(ZiL-115)
低車高で幅広のシルエットをした3・5トンの車体が全速力で市街を抜け出そうとする
既に道路は、ゼオライマーの出現によって渋滞状態
軍や交通警察が、無理やりに市街に入ってくる車を追い返すも混雑していた
空港から市街に向かうカール・マルクス通りは、すし詰め状態で身動きが取れずにいる
クラクションの音が引っ切り無しに聞こえ、ジャズ音楽の様に感じさせるほどであった
 車内にいるソ連の最高指導者は、部下を一喝する
「早く、追い払え」
苛立ちを抑えるために、右の食指と中指に挟んだ口つきタバコを深く吸い込む
紫煙を勢い良く吐き出すと、社内に設置された自動車電話を取る
受話器を持ち上げ、ダイヤルを回すと男はこう告げた
「ハバロフスク空港から有りっ丈の戦術機部隊を出せ。今すぐにだ」
受話器を乱暴に置くと、後部座席に踏ん反り返った


 レニングラーツカヤ通りにある、エネルゴプラザ
隣に立つ、労働組合文化宮殿と共に周囲には幾重もの厳重な警備が張り巡らされている
その建物の地下にある、KGBの秘密の避難所
KGB長官と幹部達はゼオライマー接近の報を受け、首脳を見捨てる形で、一足先に逃げ込んでいた
 核ミサイル発射装置の情報を(おとり)にして、包囲陣に招き入れ、砲火を浴びせる
ソビエトが戦場で幾度となく繰り返されてきた手法、包囲殲滅戦
 だが彼等の真の狙いはゼオライマーをおびき出し、核ミサイル攻撃で吹き飛ばす事であった
『欧州の恥部』を集めたと称される国家保安省(シュタージ)文書集(ファイル)
長年に渡って収集されたKGBの機密情報に、工作員名簿……
ごく一部を除いて、すべてが失われた
ソ連大使館に乗り込んできた、木原マサキという男によって
 シュミット排除の裏側に、ゼオライマーが居る
KGB長官はそう考え、BETA用に準備された核ミサイルを持ち出し、撃ち込むことにしたのだ
室内をゆっくりと歩きながら、ひとり呟いた
「核の炎で、ゼオライマーとファシストを焼き払う。
その衝撃をもってすれば、全世界を我がソビエト連邦の前へ、屈させる事も容易(たやす)かろう」
傍で護衛する兵士に、まるで話し掛けるかのように続ける
余りの感嘆に、思わず身を震わせた
「愉しめる最高のショー、そう思わないかね」
ゼオライマーが核の炎で灰燼に帰す……
その様を脳裏に浮かべて、一人哄笑した


 マサキ達は、赤軍参謀本部を脱出するべく行動した
雲霞の如く湧き出て来る赤軍兵を打ち倒しながら、屋上に向かって進む
窓を蹴割って脱出することも考えたが、無理であった
赤壁(あかかべ)の三階建ての庁舎は、外周を囲むように戦車隊が配備
東部軍管区司令部の建物を流用した、この場所からの脱出は至難の業
ゼオライマーの居るレーニン広場までは、常識では考えられない事であった
この建物の有る警備厳重なセルィシェフ広場から四つほど大通りを抜けねばならない
仮に血路を開いて、カール・マルクス通りには行ったとしても無傷で辿り着けるであろうか

「此の儘、屋上に向かってどうする気だね。
この建物は年代物だ。とてもヘリが止まれる造りをしているとは思えん」
機関銃を撃つ手を止め、鎧衣は怒鳴るような声で彼に問うた
何時もの飄々(ひょうひょう)とした態度で、物静かにしゃべる男とは思えぬ様
幾度となく血路を開き、敵地奥深くから生還してきた人物とは言え、焦っているのであろうか
彼は、照星を覗き込みながら、応じる
「まあ、任せて置け。隠し玉はある」
そう言うと、素早く自動小銃を連射した
男は諦めたかのように肩を竦めると、苦笑した
「君のマジックショーとやらを、楽しみに待とうではないか」
そう吐き捨てると、オーバーコートより卵型の手榴弾を取り出す
米軍のM26手榴弾で、同盟国である日本でも広く使用されている
安全ピンを抜くと、下投げで勢い良く放った
空中で安全レバーが外れると、数秒のタイムラグの後に爆発
哀れな兵士の五体は、爆散して果てた
 爆風を避ける為、その場に伏せている時、鎧衣は懐中より深緑色の雑納を取り出した
雑納のふたを開けると、何やらオリーブドラブの箱を抜き出す
四角い弁当箱の様な物で、それを立掛けると紐をくっつける
「グズグズしていると、ソ連兵が来るぞ」
マサキも、何時もの様な冷静さを失いかけていた
「カンボジアで習ったことがここで役に立つとはな……」
「お前は、一体何者なんだ」
彼の疑問に対して、不敵の笑みを浮かべる
「それはお互い様だよ」
そう告げると、立ち上がった

 マサキ達は、階段に向かって逃げる
時折振り返りながら、銃撃を浴びせるもソ連兵達は突き進んできた
だが兵達は、マサキ捕縛を焦るあまり、足元に仕掛けられた紐を見落としてしまう
張り伸ばされた紐が切れ、勢いよく安全ピンが抜ける音が響く
「仕掛け爆弾だ!」
米軍製の最新鋭指向性地雷・M18《クレイモア》がソ連兵を襲う
柘榴(ざくろ)の身の様に詰まった箱より、無数の鉄球が飛び出す
爆風と共に近寄る敵へ、雨霰と降りかかる
爆音が轟き、閃光が走るのを背後に感じ取りながら、彼等は屋上へ急いだ


 支那 北京・中南海

 けたたましく鳴り響く電話のベル
夜のしじまを破る様に、執務室内に鳴り響いた
灰色の人民服を着た男は、タバコを吹かしながら一人思い悩む
受話器を取ると、耳に近づけた
「もしもし……」
聞き耳を立てて、受話器の向こう側に居る男の声を聞き取る
訛りの無い北京官話で、こう告げた
「ハバロフスクで、何か動きがあったようです」
男は、相槌を打つ
「引き続き、赤軍の動向を探って呉れ」
そう伝えると静かに受話器を置いた

 中国共産党は、1977年のゼオライマー出現によって、すんでの所で首の皮一枚を繋ぎとめた
あの時、新疆のカシュガルにあるハイヴが消滅せねば、ソ連の様に少年兵の大動員をかけねばならなかったであろう
新彊はおろか、西蔵、四川、甘粛……ほぼ全てが灰燼に帰していたかもしれない
男の脳裏に、暗い未来が浮かんでは消えた
 プロレタリア文化大革命の混乱の中で、襲来した異界の化け物……
混乱の内に黄泉の国に旅立っていった国家主席
その未亡人と取り巻き達は権力闘争に邁進したが、戦時と言う事で黙認された
だが、ゼオライマーの出現によって情勢は変化した
BETA戦に一定の目途が着き、政治的な余裕が生じる
文革の為、長らく下放されていた経済改革派の官僚や憂国の知識人達は、中央に呼び戻された
彼等は、国家主席の死による政治的空白とBETA退治の決着という、この機を逃さなかった
東ドイツの無血クーデターに(うなが)される形で、政変を起こす
 件の未亡人と取り巻き達は、逮捕された
近々裁判が始まるが、どの様な末路を迎えるであろうか……
 再び静寂を取り戻した室内から、庭園にある池に映る満月を眺めながら、男は再び深く沈潜した 
 

 
後書き
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