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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ミンスクへ
  華燭の典 その3

 二人の婚儀は盛大に執り行われた
アーベル・ブレーメの娘ともあって、東ドイツ各界の人物が参列
式そのものが、一寸した特権階級の社交の場にもなる
軍の関係者も多数参加して、賑やかな宴を楽しんだ
この晴れの日に在ってユルゲン・ベルンハルトは2週間前の不思議な体験を思い起こしていた


「待っていたぞ」
逢瀬からの帰路、ベルリンのパンコウ区にある官衙の通り抜けている時、一人の東洋人が声を掛けてきた
脇に居たベアトリクスは彼の腕に両腕を巻き付ける
上下黒色の詰襟服を着た男は、不敵の笑みを浮かべ、此方に歩み寄ってくる
「何時ぞや、ソ連の攻撃ヘリから助けてやったのを忘れたか」
詰襟は下に来ている黒色のカッターシャツと一緒に鳩尾迄開けられ、黒色の肌着が覗く
男は両腕で、二人の手を掴む
「何をする」
ユルゲンは、男に言い放った
男は、不気味な表情でこう返した
「何、良い男だから少し借りることにしたのさ」
彼女は不気味な事を言う東洋人の手を払いのけようとする
開いている反対側の手で、男の頬を平手打ちした
「走って、ユルゲン」
彼女は、唖然とする彼の手を引いて、勢いよく走りだそうとする
男は弾き飛ばされると、立ち上がり、両腕を胴の中心に持っていく
二人は、勢いよく壁の様な物に弾き飛ばされる
地面にぶつかりそうになったが、寸での所で回避
まるで空中に浮いたような感じを味わう
脇を振り返るとユルゲンが浮いている……
改めて周囲を確認する
自分も浮いている……
どういう事であろうか

「どうだ、素晴らしかろう。
今日は少しばかり気分が良い……。
俺が作った次元連結システムをたっぷり聞かせてやろう」

もう一度振り返る
ユルゲンは、一言も発せず男を睨んでいる
白く美しい顔は、薄く赤色に変わっているのが見える
「何者なの、目的は」
彼女は、たまらず彼に尋ねた
「奴は、日本軍の……」
男の声が割り込んでくる
徹る声でこう言った
「俺の名前は、木原マサキ。
詰まらぬ科学者だよ」
そう言い放つと、哄笑する
男は、右手を懐に入れる
懐中より小ぶりな箱を取り出す
黒色のベルベットであしらわれた宝石箱の様な物
蓋を開けると指輪が2個あるのが見える
「これは俺からの贈り物だ」
銀色の指輪を見せつける
男は、彼の右薬指に嵌める
その際、強烈な肘鉄砲を喰らい、右頬が赤く腫れる
彼女の右手にも同様に嵌める
無論唯では済まず、再度平手打ちを喰らわせた
男はふら付きながら、後ろに引き下がる
「この冥王に手を挙げるとは……、益々気に入った。
俺が今よりソ連上空へ遠乗りに連れて行ってやるよ」
そう言うと、男の体から眩しい光が放たれた

 両名は気が付くと見慣れぬ戦術機の操縦席に居た
狭い操縦席の左右に振り分けられて立った状態で乗っている
体は暴れないように太さ1センチ程の紐で不思議な縛り方で縛られている
「大丈夫だ。
俺はお前たちに危害を与えるつもりはない……。
無事帰って俺の力がどれ程の物であるかを広めて欲しいのよ」
彼女は顔を背けた
「なあ、ベルンハルトよ。
人形細工のように美しい女を娶る……。
羨ましい限りよ」
男はそう言って哄笑した

「ふざけるな。
俺たちを解放しろ」
男は彼の言葉を無視して、飛行を続ける
「何、後悔はさせんよ。
ほんの2時間ほど飛んでウラリスクハイヴを綺麗に焼く様を間近で見せてやるというだけさ。
こんな特別サービスは滅多にお目にかかれぬぞ」
不敵の笑みを浮かべる
右の食指で、操作卓のボタンを押す
マサキは、彼等に分かる様にドイツ語でわざとらしく尋ねた
「美久、現在地は」
美久はいつも通り日本語で返答したが、もう一度ドイツ語で返した
怫然とした表情を読み取って、慌てて復唱したのだ
「現在地は……、ウラリスクの西方100キロです」
ユルゲンは、モニターを見る
視覚よりできる限りの情報を得ようと努力した
「安心しろ。この機体には全身にバリア体が張られている。
光線を出す化け物の心配は要らん」
一瞬にして仲間たちの半分を消し去った禍々しい光線(レーザー)級……
かなりの高度で飛行しているのを確認した彼は、気が気でなかったのだ
航空機操縦士としての訓練を受けていたことがこんな形で役に立つとは……
複雑な気持ちになる

「ハイヴを焼くまでに少しばかり俺の話をしてやろう」

「俺は科学者で、このマシンを作った……。
望まぬ形で戦いに放り込まれたのだが、この際、それを利用してこの世界を俺の遊び場にすることにした」
彼等の顔を見回す
「ベルンハルトよ。貴様と会うのは三度目だが、俺はお前の反抗的な態度が(いた)く気に入った。
だから、簡単に死なぬように俺が特別な仕掛け道具を貴様ら二人にくれてやる事にした」
彼は、思わず失笑する
「その指輪は只の指輪ではない。外見は白銀(プラチナ)で作ってあり、埋め込まれた宝玉は特殊偏光加工をした水晶……。
内部は、次元連結システムとの通信が可能な細工がして在り、同じ次元に居るのならば、常にこちらから影響力を行使できる。
無論、そちらからこちらにも相互の呼びかけは可能だ……」
マサキは、流暢なドイツ語で捲し立てる様に説明する
「俺が持っている次元連結システムの子機には劣るが、100分の一のエネルギーを扱えるようにはなっている。
もっともこの俺とゼオライマーにはそのような物は効かぬがな……」
ユルゲンの反対側に居る、彼女の方を一瞬振り向く
だが、再び彼の方を向くと、説明を続けた
「副次的な効能として人体の活性化も出るかもしれない……。
生命徴候(バイタル)にどのような影響をもたらすかは、俺自身も確かめていない。
推論ではあるが、老化を促す可能性もあるから、調整はしておいた。
例えば、血流や内分泌腺、性ホルモンなどの通常の倍に活性化させ、加齢に対抗出来る様にしてある」

 ベアトリクスは困惑した
目の前の男の目的……
行動も、あまりにも荒唐無稽な事に……
男の横顔を見ていると、男が振り返る
「おい娘御、日光の下に居る際はサングラスを掛ける事だな。
赤い目が台無しになるぞ」
男は哄笑する

 マサキは僅かばかりの仏心で彼女にそう答えた
しかし、ここは元の世界とは異なる世界
遠く銀河の彼方から飛来した化け物に攻撃を受けつつある世界である事を意識するのを忘れていた
同じ人の形をしていても、元の世界とは微妙に異なる事を考慮しなかった
彼の対応は危うかった
一番の秘密である『異世界の住人』である事を、外国人に匂わせてしまった……

「少々、無駄話が過ぎてしまったが、如何やら着いたようだ……」
彼等はモニターに映る景色を見た
天に届くような勢いでそそり立つ構造物
BETAが来て地上に構築したハイヴという存在
改めて、その姿を見ると恐ろしくなった
こんな構造物に潜ってデーターを得ようとするのは並大抵の努力では出来ない……
時折、光線が飛んでくるかと思ったが全く来ない
矢張り、カシュガルハイヴを根本から破壊した影響であろうか
そう考えていると、男が声を掛ける
「おい、今から特別ショーを見せてやる。
ハイヴを根元から消し去る様を特等席で観覧できる栄誉……」
首を斜めに傾ける
「今逃せば、金輪際味わえまい」
彼の方を向くなり、不敵の笑みを浮かべた
そう言うと、操作卓のボタンを押す
ゼオライマーの前腕部を機体の胸に近づける
胸と、両腕部の球体が輝き、眩い光が広がる
光はやがて地表まで広がると、勢いよく構造物を破壊し、周囲を彷徨っていたBETA事、消し去っていった



ふと、意識を祭場に戻す
どれくらい夢想していたのだろうか……
周囲を見ると騒がしい
何かあったのだろうか……
後ろを振り返ると、議長と話しているベアトリクス
相変わらず突慳貪(つっけんどん)な対応に苦笑する
そうしていると、此方を振り向いて男が話し掛けてきた
また、仕事や政治の話か……
半ばうんざりする気持ちになるが、気を取り直して受け答えするよう努める
「おめでとう、ユルゲン」
「ありがとうございます……」
男は、その言葉に笑みを浮かべる
「本当に良かった」
そう言うと、彼を抱き寄せる
言葉にならなかった

 彼は知る由もなかったが、この議長の行動は様々な波紋を呼ぶ結果になった
周囲を騒がせた男……
その彼は、現議長が庇護の下にある
宴は、なおも続いた
 
 

 
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