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展覧会の絵

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第三話 いかさま師その十三

「何日かしたらこの絵も画廊に持って行くから」
「ああ、あの教会の」
「そう、そこに置くよ」
 こう彼に話したのである。
「僕が描くは全てそうするよ」
「あの画廊の絵ってどんどん増えていってるけれど」
「僕が描いていってるからね」
「不思議な絵が多いね、君の描く絵は」
 部員は十字の絵の話はこうした感じだった。彼から観てのことだけではなかった。
「他の人もそう言ってるよ」
「他の人も?」
「美術部員だけじゃなくて。他の皆もね」
「学校の中のだね」
「うん、不思議な絵がとても多いってね」
 このことは事実だった。実際に画廊に行ってその絵を観てなのだった。
 そのうえで誰もが思い言うことだった。彼の絵はだ。
「この絵だってそうだし」
「そうかも知れないね」
「そのことは否定しないんだ」
「事実だからね」
 そしてそのことはだ。事実だと。十字はまた述べた。
「僕の描く絵が不思議なものが多いのはね」
「シューリリアリズムの絵も多いよね」
「マグリットやダリのだね」
「うん、ああした絵も多いし」
「不思議な絵が多いのは」
 それは何故かもだ。十字は話した。
「人の心が不思議だからだよ」
「絵に心が出るから」
「そう、だから不思議なものになるんだよ」
 そうなるというのだ。十字はこのことも淡々と話していく。
 そしてそのことを聞いた部員はだ。少し納得した顔になった。
 そのうえでだ。十字が描いてきた絵を思い出しつつ述べたのだった。
「この絵は人の悪の心で」
「前に描いたムンクの絵は覚えていてくれてるかな」
「ああ、吸血鬼だね」
「あれは人の不安な心や迫り来るものを描いたと思うよ」
 他ならぬムンクがだ。それを絵に表現したというのだ。
「ムンクの絵はそうしたものが多いしね」
「ううん、不安に悪に」
「他には憎悪や恐怖、狂気もあるよ」
「絵に出るのは本当に色々だね」
 部員は十字の話からまた納得した。
「マイナスの感情もあるし」
「マイナスの感情は多いよ。人にはね」
「そしてその多いマイナスの感情も佐藤君は描くんだ」
「勿論プラスの感情も描くよ」
 そちらについてもだ。彼は否定しなかった。描くことをだ。
「そちらもね」
「プラスの感情も」
「ボッティチェリも好きだしね」
 ルネサンス期を代表する画家の一人だ。その彼もだというのだ。
「他にも色々とね」
「例えば?」
「ドラクロワもね」
 この画家の話もする彼だった。
「自由の女神は前に進んで手に入れる絵だからね」
「あの絵ね」
「ドラクロワ自身については色々言われていることもあるけれどね」
 具体的にはその父親のことだ。彼の実の父親はかつてフランス外交を一手に担ったタレーランではないかと言われているのだ。辣腕家だが好色でしかも謀略家だったことで有名だ。
「それでも彼の絵にはね」
「そうしたものもあるんだ」
「マイナスだけじゃないんだ、人は」
「プラスもあるから」
「そう、だから人はいいんだよ」
 こう話すのだった。
「魅力的で。神もね」
 まただった。神を話に出した彼だった。
「愛されているんだよ」
「絵も神様なんだ」
「そう、全ては神が司っておられるから」
「何かありとあらゆるものになんだね」
 神が関わっているとだ。部員は述べた。
「そうなんだね」
「その通りだよ。例えば僕の手が動けなくなる」
 十字はいささか不吉な例えをだ。あえて話に出した。
「そうなればもう絵は描けないよね」
「若しくは口で描くか」
「そうした人もいるけれど実際にね」
「そうだね。手が動かなくなるとね」
「絵は描けなくなるから」
 現実的な話からだ。十字はこう例えを出したのである。
「神が僕の手を描ける手にしているからこそ」
「今もそうして描けるんだね」
「そうなんだ。だから僕はね」
 敬虔な声になった。そうして。
 その絵を観つつだ。彼にこの場で最後に述べた。
「神に感謝しているんだ」
「あらゆることに対して」
「そうなんだよ」
 実際に神に感謝しつつ述べる十字だった。そうした話をしてだった。
 彼は絵を観ていた。そうしてこれから彼がどう神の為に働くかもだ。一人考えるのだった。


第三話   完


                   2012・1・22 
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