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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ミンスクへ
  乱賊 その2

 
前書き
木原マサキ拉致事件の衝撃と、在ボン日本大使館の対応とは 

 
 予定時刻をはるかに超えて、帰営(きえい)しないマサキを不審に感じながら彩峰(あやみね)達は対策を論じていた
駐在武官との対応策を検討しているとき、ドアを叩く音が聞こえる
「入り給え」
駐在武官が声を掛けると、ドアが開く
大使館職員が、白人の男を引き連れて彼等の部屋に入る
机に腰かける駐在武官は、職員へ声を掛けた
珠瀬(たませ)君、その外人は何者かね」
彼は直立したまま、応じる
「CIAの《取次人(エージェント)》です。まずは彼の話を伺ってからにしてください」
周囲の目が、その男に集まる
男は流暢な日本語で応じた
「挨拶は抜きで話しましょう。木原マサキ帝国陸軍曹長がソ連大使館に拘禁されたとの未確認の情報が届いております。
状況からして、西ベルリンの動物園駅で拉致されたと、視て居ります」

 立ち上がって、彩峰が応じる
「奴の所属は帝国陸軍ではない、斯衛軍(このえぐん)だ」
短く告げると、椅子に再び座った
男は、顎に手を置く
「それは失礼しました。
話を戻しますと、ソ連大使館ですので、我々としても非常に扱いに困っているのです」
机の上で腕を組む、駐在武官が尋ねる
「東独政権の反応は……」
珠瀬が、返す
「現在、外務省と情報省で事実確認に努めて居ります……」
「君ね、ここは帝国議会じゃない。端的に申し給え」
彼の顔から、汗が噴き出す
「参事官風情では話にならんな。
君、帰っていいよ」
彼は、その一言を受けて忸怩たる思いにかられる

「して、ラングレーの意向は……」
駐在武官は、フィルター付きのタバコを取り出すと、弄びながら取次人に尋ねる
男はしばしの沈黙の後、応じた
「ウィーン条約の件もあります。
何より、我々も本国の意思を無視してまでは、行動できぬのです」
男は、1961年に国際連合で批准された、ウィーン条約を盾に、断りを入れてきたのだ
同条約は、在外公館の不可侵を定めた国際慣習法の規則を明文化した物である

「最も、貴国は東独政権未承認の状態で、御座いますから、取りなす事が出来ぬ筈ではありませんかな」
駐在武官は、男に真意を訪ねる
「何が言いたいのかね」
「我等が動きましょう……。貴国は対ソ関係で微妙な立場にあるのを十分理解しております」
彼は、タバコに火を点ける
一服吸うと、深く吐き出す
「ベルリン政権との伝手はあるのかね……」
男は不敵な笑みを浮かべる
「我が通商代表部の関係者が幾度となく訪れて居り、議長との個人的な関係を構築した人物もおります。
その辺は、ご安心なさってもよろしいかと」
「貴官の提案は、痛み入る。早速、国防省に……」

 ドアが開け放たれると、一人の兵士が入ってきた
「大尉殿、来てください。
食堂で兵達が、木原曹長の奪還作戦の準備をしております」
彩峰は、脇に立掛けた刀を取り、立ち上がる
「少佐、馬鹿者共を説得して参ります」
椅子に腰かける駐在武官にそう告げると、部屋を小走りで出て行った
 
 彼は、途中で巌谷と(たかむら)に会うと、其の侭食堂に直行した
部屋に入ると、鉄帽を被り、野戦服姿で銃の手入れをする下卒達
彼等に向かって、彩峰は一括する
「貴様等、今からどこへ行こうと言うのだ」
彼の左手が、ゆっくりと軍刀に触れる
「どうしても行くと言うのなら、俺を切り捨ててからにしろ」
そう言うと、鯉口(こいくち)を切る
「駐独ソ連大使館に、乗り込みたくなる気持ちも分かる」
彼は、刀の柄に手を掛ける
「だが、それは我が国の国際的信用を地に落とすことにもなりかねない。
一番、その様な事を臨んでいないのは、ほかならぬ殿下だ」
篁が、彼の右手を力強く抑える
「大尉、お待ちください」
彼は、篁の一言で冷静になると、鞘に納めた
脇に立つ巖谷が、彼等に告げる
「状況次第では、貴様等は、主上(しゅじょう)に背く逆賊になる。
主上(しゅじょう)ばかりではない、殿下、政府、貴様等の故郷、親兄弟……。
失った信用は、金銀より価値の重たいものだと、考えられぬのか」
左手から刀を離した彼が告げる
「一度、下命されるまで、待て……」
兵達は、静かに銃を置いた

 彼等が休まる暇もなく、部屋に男が駆け込んでくる
作業服姿の整備兵は、肩で息をつくと、こう告げた
「駐機しているゼオライマーが、目前より消えました」
その場を震撼させた
「何だと!」
左手で刀を握りしめた彩峰が告げる
「奴の相方の氷室美久は、どこぞに居るのだ」
混乱する現場で、誰かが言った
「今しがた、彼女も消えました」
 
 唖然とする彼等に、篁が声を上げる
「まさか……、空間転移」
彩峰は、振り返り、後ろに立った彼に尋ねる
「何、空間転移だと……。どういう事だね」
彼は腕を組んで、答えた
「自分は、側聞しか知りませんが、ロスアラモスの研究所ではG元素を利用した戦術機開発が進められております。
新元素には未知の領域も多く、空間跳躍や大規模な重力偏差を発生させるとの試算が出されたと報告があります……」
目を見開いて、彼に問う
「まさか、ゼオライマーはそのG元素を内燃機関にしていると言うのか……」
彼は、正面を見据えたまま、続ける
「可能性は否定できません……。
木原自身がG元素の独占を図るためにハイヴを攻略しているのであれば、話の辻褄は合うかと……」
「それでは、氷室が消えた理由にはならん」
振り返ると、声の主は背広姿の男だった
「閣下、何方に居らしたのですか……」
男は、在ボン日本大使館の主、特命全権大使であった
「西ドイツ政府と、米領事館に行って居った。仔細は後程話す」
そう言うと、紙巻きたばこを胸より出して、火を点ける
「氷室とゼオライマーが消えたのは無関係ではあるまい。私はベルリンの議長公邸に直電を入れる……」

「貴様、ここをどこだと、思っている」
大使の話を遮るように彩峰が叫ぶ
後ろを振り返ると、ドブネズミ色の背広に、茶色のトレンチコート姿の男が立っている
「まさか、皆さんお揃いでこんな場所にいるとは……」
男は、声の主を見る
「いやはや、流石、青年将校の纏め役と名高い彩峰大尉殿ですな……」
マフポケットに腕を入れ、室内であるのにも関わらず中折帽を被っている
「情報相の使い走りが、何の用かね……」
大使は怪訝な表情をする
「私は、しがない只の会社員。
商人という関係上、シュタージとの少しばかりの伝手が御座います。
その線で、皆様のお手伝いを、と考えて居ります」
怪しげな男は、笑みを浮かべながら、 諧謔(かいぎゃく)(ろう)した
 彩峰は、右の食指で男を指差しながら罵った
「胡散臭い奴め。
何が、個人的な伝手だ。
貴様等は、只踊らされているだけだ」
男は、マフポケットより両手を差し出すと、掌を彼の前に差し出す
「その様な見方をされるとは……、驚嘆(きょうたん)ですな」
右腰から私物の小型自動拳銃を取り出す
(たわ)けた事を抜かすのも、いい加減にしろ。
先の大戦の折も、FBIに踊らされて、あわや無条件降伏という恥辱を得ようとしてたではないか」
男は、拳銃を突き付けられながらも涼しい顔をする
左腕の腕時計を見る
「失礼、貴方方とてCIAの手の上に有るとの変わりませんがな……」
そう言い残すと、彼の左脇をすり抜け、奥へ消えて行った
「この恥知らずが」
大使が、恨めしそうに吐き捨てる
「閣下、取り敢えず……」
彩峰が尋ねる
「彩峰君、国防省に連絡を入れなさい。事は急を要する」
脇を通り抜け、篁が、公電室に向かって行く
恐らく城内省へ、連絡を入れに行くのであろう
「私は、省に連絡を入れて、一時的にも彼を大使館職員の身分を与えるつもりだ」
奥で待機していた珠瀬が、何処かへ駆けて行く
彼は、耳を疑う
「本当ですか」
大使は、机に腰かけた
「ここまで、舐められた態度を取られるのは、我慢ならぬ。
状況によっては、我が国への最後通牒だよ」
腕を組んで、続ける
「我々は、剣は持たぬとは言え、戦士。
外交という戦場で、国際法という武器を用いて戦う戦士なのだよ」
(おもむろ)に、タバコを取り出し、火を点ける
「ソ連という国を、60年前の様に国際社会から追放してやろうではないか」
男の内心は、ソ連への深い憎悪に燃えた
 
 

 
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