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仮面ライダーAP

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第19話 それでも私は、絶対に諦めない

 番場遥花は、昔の夢を見ていた。

 1年前――高校の新体操部に入って間もない頃。持ち前の運動神経を活かした演技で注目を集め、新人大会で華々しいデビューを飾った遥花は、謂れのない中傷に晒されていた。

「酷い、酷過ぎる……! こんなのってないよ、ねぇ、遥花っ!」
「……いいの。こうなるかもって予感は、薄々あったから」

 練習後、白い柔肌を伝う汗をタオルで拭っていた遥花は、友人と共にネットニュースの記事に目を通していた。身体にぴっちりと密着した桃色のレオタードは、彼女のボディラインをこれでもかと強調している。
 そんな自分の姿に釘付けになっている、男子達の劣情を帯びた視線にも気付かぬ振りをしながら。遥花は憤る友人を宥め、切なげに目を伏せていた。

 ――警視総監の娘にして、高校生離れしたプロポーションを誇る絶世の美少女。そして、右腕だけを機械にされている半改造人間。
 そんな「曰く付き」の彼女が真っ当に評価されるはずもなく、ネットニュース上では誹謗中傷の嵐が巻き起こっていたのである。

 「怪人紛いが試合に出るな」。「改造人間がなんで人間の大会に居るの?」。そんな声が、一つや二つではなかったのだ。
 中には、彼女のレオタード姿という「女」としての外観にしか興味を示さず、演技の内容には一切触れていないものも散見された。

 実際のところ、仮面ライダーAPの介入により改造手術を「中断」されていた遥花は、完全な改造人間ではない。改造された右腕の出力も最低レベルに押さえていた彼女の演技は、紛れもない努力の結晶。生身の身体能力だけで会得したものであった。
 だが、そういった背景を詳しく知っているわけでもなく、「印象」のみで全てを語る大衆には、そんな「真実」など通用しなかったのである。旧シェードに右腕を改造されている。その「接点」だけを取り上げ、危険視する人々の心理が、彼らを中傷に駆り立てていたのだ。

 当然、そういった書き込みを削除する動きはあったのだが。すでに「炎上」と読んで差し支えない範囲にまで拡大していた非難の波は、もはや警察でも止められないところにまで来ていたのである。度を越した発言を繰り返した挙句、逮捕されてしまう者達が出てもなお、止まないほどに。
 テレビや新聞をはじめとする大手のマスメディアや著名なコメンテーター達は、口を揃えて遥花の活躍を褒めそやしていたのだが。旧シェードが潰えた今もなお、改造人間を恐れている人々の「生の声」は、その裏で何のフィルターもなく遥花のレオタード姿にぶつけられていたのだ。

(……やっぱり私は、どうしたって……)

 旧シェードの再来を騙り、世界を騒がせているノバシェード。彼らのテロを阻止するために身体を鍛えようと始めた新体操だったのだが、それですらも難色を示す人々が居るというのであれば、もはや山籠りでもするしかないのだろうか。

 そんな考えが脳裏を過ぎり、右腕に力無く視線を落とした時。遥花のその手が、隣の友人に握られた。

「……!」

 ハッと顔を上げた彼女の視線が、友人の力強い眼差しと重なる。日頃から敬遠と好色の目で見られながらも、ひたむきに努力してきた遥花の姿を知っている友人は、己のか細い手で彼女の右手を握り締めていたのだ。

「……私だけじゃないよ、遥花」
「えっ……」
「警視総監の娘だとか、右腕が機械だとか、ライダーマンGだとか……そんなこと、どうでもいい。あんたは誰よりも頑張ってきた、番場遥花っていう『人間』。それが分かってる人は、私だけじゃない。あんたの右腕は、皆を守るための腕なんだってことも、怖くなんかないんだってことも……いつかきっと、皆にも分かる時が来るよ」
「……」

 右腕の膂力を知りながらも、友人は恐れることなく遥花の手に指を絡ませている。そんな彼女の切実な訴えに耳を傾ける遥花の頬には、いつしか汗ではない雫が伝っていた。

「だから……まだ、諦めちゃダメ。ここで諦めたら、見れたかも知れない未来(さき)も、見えなくなっちゃう。私も、遥花に負けないよう頑張るから……私が勝つまでは、辞めないでよね。新体操」
「……うんっ!」

 やがて彼女達は、互いに頬を濡らしながら。豊かな乳房を押し当て合い、抱擁を交わしていた。
 これほど温かな心の持ち主が自分の近くに居てくれるのなら、自分はまだまだ頑張れる。そんな勇気が、遥花の胸に灯ったのである。

 ――それから、約1週間後。その友人はノバシェードのテロに巻き込まれ、選手生命を絶たれてしまった。
 それでも彼女は、遥花が試合に出る度に車椅子に乗り、応援に駆け付けている。そんな彼女の諦めない姿は、遥花の心を絶えず突き動かしているのだ。

 ノバシェードとの苦しい戦いが、どれほど長く続いても。その友情を頼りに、彼女は立ち上がってきたのである。

(……そう、だよね。私……まだ、諦めたくない。諦めたく、ないよっ……!)

 再起不能になってもなお、自分を励まし続けてきた友人の想いを背負い。遥花は混濁する意識の中で、地面を掴み上体を起こしていく。まだ、戦いは終わってはいないのだ。

「はぁあぁあーッ!」
「ぬぅあぁッ! とぁあッ!」
「てぇえいッ!」

 ぼやけた視界の向こうでは、ZEGUNをはじめとする最後の新世代ライダー達が、マティーニとの死闘を繰り広げていた。そこからは、自分が過去に助けた「怪人」の声も聞こえている。

(森里、さん……? そっか……あの人も、戦ってるんだ。これからの毎日を生きていく、皆のために……)

 自分に亡き妹の影を重ねていた、悲しき怪人。かつてはノバシェードの尖兵だった彼が今、「仮面ライダー」として戦っているその姿に、遥花の心がますます焚き付けられていく。
 気が付けば彼女は、その肉感的な両脚で地を踏み締め、ふらつきながらも立ち上がっていた。額から滴る鮮血を拭い、力強い眼差しでマティーニを射抜いた遥花は、ゆっくりと歩み始めていく。

(……私も、行くよ。あの子のために、皆のために。マスクは無くしちゃったけど、それでも今の私は……)

 破壊されたパワーアームから別のアタッチメントへと「換装」するべく、己の右腕に左手を伸ばしたのは、その直後だった。

「ライダーマンG、だから……!」
 
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