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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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疾走編
  第四十四話 理想と現実

宇宙暦792年3月2日12:00 ハイネセン第二軌道、自由惑星同盟軍、同盟軍第七宇宙港、
EFSF第二分艦隊、旗艦ベイリン ヤマト・ウィンチェスター

 シェルビー司令に呼ばれた。多分、人事移動の件だろう。
「まあ、座ってくれ。司令長官代理の副官からはもう話は聞いていると思うが、転任だ」
「はい」
「ずっとウチ(EFSF)に居る人間では無いとは思ってはいたが…こうも早いとはな」
「はい…小官はこの艦隊が好きなので、出来る事ならずっとここに居たかったのですが…」
「君は下士官時代からずっとエル・ファシルだったからな。最初に所属した部隊というものは、思い入れが強いものだ。私もそうだった。だが組織人してはそうもいかない、辛い所だな」
「はい…」
「不安かね?」
「正直不安です。まだ若年ですし、ある意味総本山の様な場所でやっていけるかどうか…」
「総本山か。まあ間違いない。宇宙艦隊司令部、統合作戦本部…士官なら皆が憧れる場所ではあるが、それ故に重圧がかかる場所でもある…気休めだが、君ならやっていけるだろう。参謀時代の私も、そして分艦隊司令となった今も君には幾度となく助けられた。大丈夫。臆する事なくやりたまえ」
「ありがとうございます」
「はは、私も君がアッシュビー提督の再来だと信じているクチなのでな。だが、その二つ名に甘んじて精進を怠ってはならんぞ」
「はい」
「よし。後任の作戦参謀は明後日着任だ。君の退艦は慣熟訓練終了後となる。それまでに申し送りを終わらせる様に」
「後任はどなたが来られるのですか?」
「マルコム・ワイドボーン少佐だ。知っているか?」
「名前だけは。ヤン中佐の同期の方ですね」
「そうだ。君の頭の中には同盟軍の人事情報も沢山詰まっている様だな」
「いえ、そんな事は…」
「謙遜するな。それでこそアッシュビー提督の再来というものだ。では退室してよろしい」
「はい。ウィンチェスター中佐、退室します」
ふう…。後任はマルコム・ワイドボーンか。将来の宇宙艦隊司令長官、統合作戦本部長官を嘱望される逸材…。どんな人なんだろうか。原作にはヤンさんと同期の学年首席で、ヤンさんにシミュレーションで負けた、としか書かれてないし、会ったこともない。でももう少佐という所を見ると、優秀な軍人なんだろうが…あの描かれ方だと、嫌な奴っぽいんだよな…。



3月4日10:00 同盟軍第七宇宙港、EFSF第二分艦隊、旗艦ベイリン 
ヤマト・ウィンチェスター

 「少佐、マルコム・ワイドボーン、エル・ファシル警備艦隊司令部勤務を命ぜられ、第一艦隊より只今着任しました。宜しくお願いします」
「よく来た。分艦隊司令のタッド・シェルビーだ。宜しく頼む」
「作戦主任参謀、ウィンチェスター中佐です。宜しくお願いします」
「補給主任参謀、イエイツ中佐。宜しく」
「運用参謀、ウェッブ大尉です。宜しくお願いします」
「作戦参謀、フォーク中尉です。宜しくお願いします」
「司令部内務長、パオラ・カヴァッリ少佐です。宜しくお願いします」
「以上が司令部の主なスタッフだ。なおウィンチェスター中佐は慣熟訓練終了後、宇宙艦隊司令部に転出となる。ワイドボーン少佐は中佐転出後、作戦主任参謀となる。ウィンチェスター中佐、申し送り宜しく頼むぞ」
「了解致しました」
長身、美丈夫、優秀…俺なんかよりよっぽどアッシュビーしてるじゃねえか。おいフォーク、ガン飛ばすの止めろよ…。
「よし、解散。皆退室してよろしい」

 「ねえねえ、かなりのハンサムじゃない??一年生にあんな子居たっけなあ」
「ああ、カヴァッリ少佐の二年後輩になるんですね」
「そうね。あのミラクル・ヤンだって印象無かったし…あのね、何年の付き合いになるのよ?パオラでいいわよ」
「パオラなんて…俺オットーに叱られますよ」
「ふん、別れたわよ、とっくに」
「え!?最近ですか?」
「…聞いてないの?」
「ええ。フォーク、知ってたか?」
「いえ、小官も知りませんでした。この間集まった時も何も仰ってませんでしたし」
それでか…道理でキャゼさん家に連れて来ない訳だよ…別れちゃったのか…。
「小官も話に交ぜていただけませんか」
「…ええ、構いませんよ」
「改めて宜しくお願いします…ここ最近はEFSFが栄達への登竜門の様なのでね、念願かなってやっとここに来れましたよ」
「栄達への登竜門?ウチがですか?」
「ええ。ここ最近の帝国との戦争は必ずEFSFが絡んでいる、というか主役に近い。まあ、最前線ですからね、当たり前と言えば当たり前ですがね」
「…まあ、確かにそうですね」
「気になって調べたら、ちらほらと貴方の名前が出てくるのですよ、ウィンチェスター中佐」
「……」
「エルゴン星域の大会戦に先だってのダゴンでの前哨戦、カイザーリング艦隊との戦い…正規艦隊よりよほど活躍している。ヤン中佐と並ぶ同盟の若き英雄、五十年ぶりの将官推薦、ブルース・アッシュビーの再来…」
「英雄なんかじゃないですよ。将官推薦も私が望んでそうなった訳じゃない」
「しかし現実はそれを全て肯定している。統合作戦本部でも、貴方は有名人です。ハイネセンポリスには、蹴落とされるんじゃないかとビクビクしている人が沢山いますよ」
「私にそんな気は全くありませんけどね」
「まあ、いいです。一ヶ月と短い期間ではありますが、貴方には色々と学ばせて頂きますよ。では」
「……」
言われてみると確かにそうだ。最前線だから当たり前だと思っていたけど、そういう見方もあるって事か。
なんで、そんなひねくれた物の見方するかねぇ…。
「…あなた、人気者ねぇ」
「人気者になりたい訳じゃないんですけどね」
「そこの青びょうたん…じゃないフォーク中尉だって学年首席、ワイドボーン少佐だって首席。貴方だって首席でしょ?」
「ええ、まあ」
「こんな場末の艦隊に士官学校の首席が三人。人事局は何をしているのかしら。後輩のフォーク中尉は当たり前かもしれないけど、年次が上のワイドボーン少佐までが貴方を目標にしてる。充分人気者よ」
「青びょうたんって何ですか、カヴァッリ少佐」
「物の例えよ、フォーク中尉。気にしないでいいわ」
「は、はあ」
フォークもパオラ姐さんにかかると形無しだな…それにしても場末はひどい。目標か…宇宙艦隊司令部に行ったらもっとひどい事になりそうだ…。
「それはともかく、負けるんじゃないぞフォーク」
「当時のワイドボーン候補生が落第ギリギリのヤン候補生にシミュレーションで負けたのは、我々の間でも有名な話でした。少なくとも小官は三次元チェスではヤン中佐に全勝ですからね。大丈夫ですよ」
「あのな…」
「高度な柔軟性を維持しつつ、常に臨機応変に対処する…これが私のモットーですから。ご心配なく」
基本的な所は変わってないなこいつ…まあ明るくなったから良しとしとくか…。



帝国暦483年4月5日12:00 フェザーン星系、フェザーン自治領、自治領主府
アドリアン・ルビンスキー

 「では自治領主閣下、これからもよしなに」
自らの行為が祖国を貶める事になると気付きもせん。所詮、政治体制など飾り物に過ぎないのだ。イデオロギーに囚われると、人は皆盲目になってしまう。同盟が勝利する為にはフェザーンの友冝を勝ち得なくてはなりません…か。その為には自国の情報をいとも簡単に売り渡す。ふん、下らんな。
「補佐官、来てくれるか」
“かしこまりました”
「お呼びでしょうか」
「同盟がイゼルローンに艦隊を派遣するぞ。大規模にな」
「何か、その様な兆候でも」
「インサイダーだ。同盟の軍需企業の二代目が取引を持ち掛けて来たのだ。しばらく大量発注が続くと」
「なるほど。では確かですな」
「レムシャイド伯に伝えろ。ああ、帝国本土のワインの逸品も忘れずにな」
「どのようにお伝えしましょう」
「君に任せる。規模はまだ不明だが、判り次第伝えると」
「はい。ああ、私からも報告せねばならない事がございます。例のウィンチェスター中佐ですが、どうやらヤン中佐共々宇宙艦隊司令部に移動する様です」
「エル・ファシルの奇跡とブルース・アッシュビーの再来か。中々の組み合わせだな。だが軍内部の主流派足りえなければ、組織の中では生き残れまい。良薬は口に苦し、同盟軍がこの二人を使いこなせれば面白い事になりそうだが、どうなるかな」
「現在の宇宙艦隊司令長官、まだ代理ですが、彼は二人を重用する意向の様です」
「使える駒を持っていても多数派を切り崩すか、取り込むかせねばトップには立てても長続きはせん。見物だな」
「はい」




宇宙暦792年4月8日15:00 ガンダルヴァ星系、ウルヴァシー近傍宙域、自由惑星同盟軍、
EFSF第二分艦隊、旗艦ベイリン ヤマト・ウィンチェスター

 惑星ウルヴァシーを初めて見た。入植可能だが、現在は入植計画がない、という。
勿体ないなあ。戦争する暇あったら…って、そういう訳にもいかないのか…何だよワイドボーン。
「中佐。黄陣から各陣形への転換にかかる平均時間ですが…」
「何か問題が?」
「平均すると十五分四十七秒です。まずまずな数値ですが、もっと短縮出来ると思うのですが」
「出来るでしょうね」
「では再度訓練を…」
「少佐」
「何でしょうか」
「貴官はこの艦隊をどうしたいのです?」
「それは…最前線を守るにふさわしい精強な艦隊にしたいと思っていますが」
「では、何を根拠にまずまずな数値だと考えたのです?」
「シミュレーションです。ウチの艦艇数をシミュレーターに入力し、はじき出しました。計算上は十三分台まで短縮出来る筈です」
「錬度設定は」
「Bです」
「その根拠は」
「現司令官に交代された後に行われた錬度判定演習の結果からです。その時の判定はAでしたので、今回の再編成で新規に補充された艦艇、人員の分を勘案してBとしました」
「ふむ。考え方は悪くないですね。でもうちは再訓練は行いませんよ」
「何故ですか!?」
「決まっているじゃないですか。お金(予算)が無いからです」
「そんな…それだけの理由で?そんな事では帝国との戦争に…」
「お金は無限ではありませんよ」
「ですが…」
「答えが知りたければ夕食後にしましょう。その時に少佐なりの答えを聞かせてくれる嬉しいですね」
「…了解致しました」
…おい、フォーク…なんだその顔は。なんで驚いた顔してるんだよ。
「フォーク、食堂行くぞ」
「は、はい」

 ナポリタン、ナポリタンっと…あれ?ない!なんで…あら、ナポリタンどころかパスタ類がメニューから消えとる。仕方ない、また植物蛋白(グルテン)カツレツにするか…。
「中佐、先程のワイドボーン少佐とのお話ですが」
「何か疑問でも?」
「いえ、本当に陣形転換の所要時間の平均は、短縮しなくてもいいのかなと思いまして」
「それは必要だよ」
「…でも先程は」
「時間短縮が必要ないとは言ってない、再訓練は必要ない、と言ったんだ。いいかい、再編成の後の慣熟訓練というのは現状確認の為の訓練なんだ。そりゃあ、錬度は少しでも上の方がいいから、目標の数字はあった方がいい。でもね、それを達成する事が目的じゃないんだ。艦隊として行動する上で一定の基準に達しているかどうかを見る為の訓練なんだよ」
「一定の基準というのは」
「判り切った事じゃないか。戦えるかどうかという事だよ」
「では、我が艦隊は戦えると」
「当然じゃないか。君は戦えないと思うのかい?」
「戦えますね、確かに」
「だろう?ワイドボーンに言いたかったのは、慣熟訓練と錬成訓練は別だ、という事さ。まあそれだけじゃないけど」
「なるほど、それが答えですか」
「ワイドボーン少佐、来てたのか」
「お二人の姿が見えましたので。ここでこのまま答えを聞こうかと」
「そうですか…フォーク、当番兵に言って飲み物を。三人分な」
「はい」
「ではワイドボーン少佐、答えが出ましたか」
「はい…いいえ、分かった様な分からない様な…」
「そうですか。ですがそれも当然です。少佐の先程の指摘は間違ってませんから。少佐、我々の任務は何です?シンプルに考えてくださいよ」
「帝国に勝つ事、でしょうか」
「いえ、同盟を守る事です」
「中佐は帝国を倒せないと?」
「非常に難しいと考えますね。現状で同盟は百五十億人、帝国は二百五十億人です。単純に考えると、帝国が百億人死んでやっと対等です」
「それは…そうです」
「百億人殺す過程でこちらも被害は出ますから、対等になる事は有り得ないのです。勝つのが非常に難しいとなると、負けない戦いをせねばならない」
「はい。ですから艦隊の錬度を上げねばと」
「はい。それも大事です。ですが少佐、第一艦隊に在籍していた当時、多分同じ様な進言をした事があると思いますが、採用された事はありますか?」
「…ありません」
「負けない戦いをするには、数を揃えなくてはならない。だが数を揃える過程でも帝国との戦争は続いてますから損害は必ず発生する。そしてその損害は一定ではない。財務関係者からすれば悪夢ですね」
「……」
「損害を補充するにはお金が必要です。人件費、装備の生産費、消費財…しかし軍の予算は限られています。ですが年間の軍事予算は決まった額しかありません。予め計上された訓練計画、購入計画、人件費しかないのです。損耗を補填するにはどうすると思います?」
「予算の追加ですか?」
「そうです。追加分はどこから持ってくるのでしょう?」
「……だんだん答えるのが嫌になってきましたよ」
「はは、気持ちは分かります。追加分は後年度負担か、他の官公庁から予算の付け替えで補填するのです。人員もそうです。付け替えた分は補填しなくてはならないから、同盟政府は何をすると思います?」
「…借金。国債の発行ですか」
「そうです。政府だって余計な借金はかかえたくないから、軍に計画にない訓練や損耗はして欲しくないのです。訓練予算の追加なんて、とてもじゃないが認められませんよ。数を満たすだけで精一杯です」
「なんて事だ」
「仕方ありません、戦争中ですから」
「では、練度はどうやって上げればいいのですか?」
「指揮官の質をあげるしかありません。各級指揮官がしっかりするしかないのです」
「その為には」
「生き残る事、でしょうね。要するに損害を少なくする事です。平時ではないのですから、訓練ばかりやっている暇はありません。生き残った者の経験が重要になってきます。どうしても損害は出ますから、生き残った者が補充要員に経験を伝えていくしかありません。特に最前線にいるウチの艦隊はそうです」
「嫌な現実ですね…」
「仕方ありません。でも正規艦隊はまだいいのです。大会戦でもない限り、年度計画に入れ込みさえすれば、訓練の時間は取れますから」
「軍が精強かどうかは…最前線の我々にかかっている、ということですか」
「はい。もし我々が破れてもジャムジードに輪番で駐留する二個艦隊で防ぐ。余程の事がない限り残りの十個艦隊は余裕を持って訓練する事が出来る」
「分かりました。では尚更頑張らねばなりません。いやここ(EFSF)に来てよかった。ご指導ありがとうございます」
「指導という程の事でもありません」
「指揮官の質か…これが一番厳しそうだな。精進します」
「頑張って下さい。フォーク中尉の面倒もよろしくお願いいたします」
「了解しました!……昼メシがすっかり冷めてしまいましたね、温め直して貰いましょう」



(疾走編 完) 
 

 
後書き
ウィンチェスターの席次を間違えていたので、ご指摘により修正しました。 
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