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不思議と謎

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第一章

                不思議と謎
 京都の名刹と言われる寺で住職をしている円寂は寺に来た若い学生である板垣峰雄にこんなことを言った。
「この世で一番わかりにくいものは何か」
「それは何でしょうか」
「何といっても人です」
 こう峰雄に言った、眼鏡をかけて髪を奇麗に剃った面長の顔で述べた。歳は七十程で落ち着いた顔立ちで背は一七一程だ。痩せていて奇麗な僧衣を着ている。
「もうこれ以上にです」
「わからないことはないですか」
「はい、人の心こそがです」
「わからないですか」
「この世で最も」
「よくそう言われますね」
 峰雄もこう返した、きりっとした顔で切れ長の目で眉は太い。四角い顔で髪の毛は黒くスポーツ刈りにしている。一八〇ある身体は山登りで鍛えられしっかりとしている。
「まことに」
「拙僧もまだです」
「人の心のことはですか」
「わかりません」
 そうだというのだ。
「まことに」
「住職さんでもですか」
「こんなにわからないことはないです」
 こう言うのだった。
「幾ら修行をしましても」
「わからないですか」
「非常に」
「それがわかるという人は」
「確かに言えるならテレパシーを持っているか」 
 その超能力をというのだ。
「若しくは思い込んでいるか」
「それか、ですか」
「詐欺でしょう、ある人のことを最もわかっていると言う人も」
 その実はというのだ。
「何もわかっていない」
「そうしたこともありますか」
「はい、ですから」
 それでというのだ。
「拙僧はいつも思います」
「人の心がですか」
「この世で最もわからないものです」
「そうなのですか」
「この世に不思議なものも謎も多いですが」
「元tも不思議で謎のものは」
「人の心かと」
 こう峰雄に話した。
「そう思う次第です」
「この世の多くの不思議と謎の中で、ですか」
「人の心こそがです」
「成程、ではです」
「ではといいますと」
「僕の周りでもですね」
 峰雄は住職にあらためて言った。
「沢山の人がいますが」
「どの人にも心があり」
「そしてですね」
「どの人の心もわからないものです」
「左様ですね」
「このことは是非です」
 まさにというのだ。
「頭に入れておいて下さい」
「わかりました」
「まあ心は顔や目に出ますので」
 それでというのだ。
「そうしたものを見ればある程度はです」
「わかりますか」
「はい、ただある程度で」
 それでというのだ。
「全てではです」
「ないですね」
「このことはです」
「わかっておくことですね」
「だからこそこの世で一番わからないものなのです」
「そうなのですね」
「左様です」
 こう峰雄に話した、そして峰雄も。
 住職の話を頭の中に入れた、そしてだった。 
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