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天才少女と元プロのおじさん

作者:碧河 蒼空
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22話 私は信じるよ

 ワンナウト走者1・3塁。打席には4番の希が向かう。犠牲フライでも1点。新越谷は先制のチャンスである。

 初球のスライダーを見逃し、次の球をカット。梁幽館バッテリーはテンポ良く希を追い込んだ。

 3球目は様子見で一つ外しB1ーS2。これがプレイボールから8球目で投じられた初めてのボール球である。

 4球目。梁幽館バッテリーはストライクゾーンからボールに落ちるスライダーで三振を取りにいくが、希はそのスライダーを狙っていた。希は掬い上げる様に右中間センター寄り方向へ弾き返す。新越谷一同は先制を確信した······一人を除いて。

「······っ!?稜ちゃんストップっ!」

 正美だけがセカンド、白井の動きに気付いた。白井は打球をその双眼で捉え、センター方向へ下がりながら打球を追う。彼女がボールに向かって跳び上がり、左腕を伸ばすと、白球は彼女のグラブの中に収まった。

 稜は慌てて1塁へ引き返すも、稜の帰塁より早く白井の投げたボールが中田のミットに収まる。

「アウトっ」

 スリーアウト、チェンジ。梁幽館はダブルプレーでピンチを切り抜けた。新越谷にとっては最悪の形で攻撃を終える。

「ドンマイドンマイ。今のはしょうがないって」

 正美は俯きながらベンチに戻る稜に寄り添い、その背中を軽く二度叩いた。

「ごめん。正美はちゃんと気付いたのに······」

 ベンチでも希が目に涙を浮かべて落ち込んでおり、その横では芳乃も苦虫を噛み潰したような顔をしている。そんな中、詠深一人が不満げな表情を見せた。

「こら!まだ初回の攻撃が終わっただけだよ。私1球も投げてないのにお通夜は困るなぁ。私がKOされてからにしてくれない?」

 そう言って、詠深はマウンドへ向かった。

「ほらほら。詠深ちゃんの言う通り、まだ試合は始まったばかりだよ!がっちり守って、ちゃんと私の見せ場作ってよー」

 正美は稜と希の二人にグラブを渡すと、ベンチから出るように促す。

「芳乃ちゃんもしっかり前を見て。相手の新レギュラーの情報が更新されたんだから、ビシッと作戦を立てないと」
「······そうだね。みんなの夏が掛かってるんだから」

 芳乃は額に汗を浮かべながらも、精悍な面構えでグラウンドを見据えた。

 守備練習の時間が終わり、正美はベンチの前に出て、練習に使っていたボールを回収する。

 梁幽館の1番打者がバッターボックスに入った。梁幽館高校の攻撃が始まる。






 主審よりプレイが掛かる。

 左打席に立つのは陽。昨年夏から6割以上の打率をキープする梁幽館不動の1番打者。

 詠深は額の上まで振りかぶり、ゆっくりとしたフォームからストレートを外角に投げ込んだ。

 取り立てて苦手コースの無い陽は初球打ちが多いのだが、外角球は比較的打率が低い。そのアウトローを見送り、B0ーS1。

 2球目も同じコースにツーシームを投げるが、陽はそれを上手くコンタクトし、逆方向に飛ばした。大きい当たりを息吹が懸命に追うが、打球はスタンドを越えるであろう。
 鋭い当たりではあったが、白球はポールの外側を通過した。コースが良かった為、陽はフェアゾーンに入れ損ねる。B0ーS2。

 2球で追い込んだ後の3球目。詠深はナックルスライダーを投じる。ストレートか変化球か、判断しあぐねた陽は反応が遅れ、カットしようと手を出すも、大きな変化に対応できず、バットは空を切った。梁幽館きっての好打者を詠深は三球三振に打ち取った。

 次の打者は先程ファインプレーを見せた白井。またもやストレートとツーシームで淡々と追い込むが、相手は早々にナックルスライダーを捨てたようで、バットが止まる。B1ーS2からの4球目、バッテリーはツーシームを選択した。白井の詰まらせた二遊間への打球を菫がグラブに収めるが、白井は俊足を生かして内野安打とする。

 1out走者1塁でクリンナップを迎えるが、梁幽館は無難に送りバントを選択。2out走者2塁で主砲の中田が右バッターボックスに入った。

 新越谷の内野陣がマウンドに集まる。珠姫が詠深に耳打ちすると詠深は微妙な表情を見せたが、それでもすぐに納得した様子を見せた。内野陣は自らの守備位置に散っていっくと、プレイが再開される。

 打席に中田が入ると、珠姫はキャッチャースボックスに座らずに右腕を横に広げた。新越谷サイドが選択したのは敬遠である。

 その瞬間、スタンドからはブーイングの嵐が吹き荒れた。

 卑怯者、せこい等から不祥事など明らかな中傷まで。スタンドから揶揄する言葉に希はカチンッときてスタンドに言い返す。

「そっちも県外から強い選手集めとーくせに、せこいとか言われたくないっちゃけどっ!」

 しかし、スタンドから反撃が降り掛かる。

「そう言うあんたもどう見ても県外じゃん。博多じゃんっ!」

 その言葉に希は反論の言葉を見つけることは叶わなかった。

「私は間違って入学しただけやもん······。それに博多区やないし。東区やし······」

 どんな事情があろうと、希が県外出身なのは変わらない。希は目に涙を浮かべ震えながら、誰にも届かない声でそう呟くしかなかった。

「すまんな」

 敬遠を受け、1塁へやって来た中田が希に詫びを入れる。

「ここは私だって歩かせる。冷静な良い指揮官を持ったな······だが、うちは5番以降も手強いぞ」

 中田だって勝負したかっただろうに、新越谷の作戦に理解を示した。

――めっちゃいい人。

 希が中田に感激している時、ベンチでは芳乃がギャラリーからの反感が思いの外強いことに不安を覚えていた。

――以外とお客の反応が大きい······球場を敵に回してまでやることだった?

「大丈夫。芳乃ちゃんは自分を信じて」

 芳乃が声の発生元の正美に視線を向ける。正美はマウンドの詠深を見つめていた。

 野手に声を掛け、観客からのヤジにもあっけらかんとして、その手に握る白球に視線をやる。

 野手一同も詠深の声掛けにしっかりと応えていた。

「みんな芳乃ちゃんの采配を信じてるし、私だってこの試合に勝つには芳乃ちゃんの指揮が必要だと思ってるよ」

 詠深は堂々としたピッチングで5番打者を迎え撃つ。

「そりゃ結果がどうなるかなんて分からないさ。今回みたいにオーディエンスを敵に回しちゃうかもしれないし、良い結果に繋がらないかもしれない」

 5番打者は詠深のストレートをセンターへ弾き返した。二塁ランナー白井は三塁を蹴ってホームへ、一類ランナーの中田はサードへ向かう。

「でもね、それでもあの時芳乃ちゃんが下した決断は最良のものだって、私は信じるよ」

 白井は生還するが、怜がサードへのストライク送球を見せ、中田を刺殺した。これでスリーアウト、チェンジとなる。

 初回、梁幽館に先制を許すも、その後の怜のファインプレーで流れを相手に渡さない。

「さて、戻ってくる部長を労いますか!」
「うん!正美ちゃん、ありがとう」

 正美と芳乃は笑顔で戻ってくるナインを出迎えた。 
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