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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第七十話 最後の休日

 時は経ち、王太子妃カトレアは17歳になり、魔法学院三年生に進級した。
 トリステインでは大寒波の傷は癒え、人々には平和な日々が訪れていた。

 この日、カトレアは休日を利用して、友人のミシェルと遠乗りに出かけていた。

「この間、景色が綺麗な場所を見つけたので、前々からカトレア様に見せたかったのですよ」

「そうなの、とっても楽しみだわ」

 カトレアは学院から借りた馬で、ミシェルは使い魔の巨馬のグリーズで併走しながら目的地へ向かった。
 ミシェルにとって、カトレアと二人きりの遠乗りで、今日という日を待ちわびていたのだが、そんなミシェルを不愉快にさせる者が、カトレアら二人の後ろから迫っていた。

「おお~い! 待ってくれ~~!!」

「げ、グラモン……と、ワルド卿」

 ミシェルはげんなりして後ろを振り返ると、5メイルの大きな亀と少しは離れてワルドがグリフォンに跨って飛んでいた。
 巨大な亀の甲羅の上に高価な椅子が設置されていて、ジョルジュがその椅子に座ってカトレア達に手を振っていた。

 ワルドはグリフォンを、グラモン家の三男ジョルジュはリクガメと呼ばれる陸棲の亀を使い魔として召喚した。

 亀を連想すると動きが遅いと思われがちだが、ハルケギニアのリクガメはかなり素早く。軍用として使役されたりする。

 ジョルジュはリクガメから降りると、地面に片膝を付いた。

「カトレア様。どうか、この(わたくし)めも同行を許可していただけませんか?」

「カトレア様、この様な軟弱者の言葉など聞いてはいけません」

「ミス・ネル。君には聞いていないよ」

「アンタが、とっかえひっかえ女を物色してるからカトレア様が心配なのよ!」

「とっかえひっかえとは酷いな。全ての女性に愛を振りまいているんだ」

「よくもまあそんな事言えるわね!」

 ミシェルとジョルジュが言い争いを始めた。

「王太子妃殿下、どうなさるので?」

 外野だったワルドがカトレアに聞く。

「そうねぇ、許可しましょうか」

「……カトレア様がそう仰るのでしたら。私は何も言いません」

「ありがとうございます!」

 ジョルジュのリクガメがカトレア達二人の近くによると、ジョルジュの座る豪華な椅子には、造花の薔薇が散りばめられていて、満遍なく振りかけられた香水の臭いが離れたカトレア達の所にまで漂ってきた。

「どうでしょうか、僕のアレクサンドラは、とても美しいでしょう?」

「つぶらな瞳がとっても可愛いと思いますが、薔薇の香りがとても……何と言いましょうか……」

「むせ返るほどの薔薇の香りってどういう事よ? ……はっきり言って臭いのよ!」

 カトレアは気遣うように、ミシェルはストレートに、それぞれ不満をぶちまけた。

「そら見ろ、やっぱり臭いじゃないか」

 ワルドがグリフォンの手綱を引いてやってきた。

「この香りは、高いお金を払って買った『とっておき』の香水なんだ。それを臭いだなんて酷いじゃないか」

「掛け過ぎなのよ。周りを見てみなさい、ハエが集っているわ」

「えっ!? あああっ!」

 ジョルジュが周りを見ると数匹のハエがジョルジュの周りをブンブン飛んでいた。

「あっち行け! しっしっ!」

 杖を振ってハエを追い払うジョルジュ。

「カトレア様の前で、そんな臭いを漂わせる訳にはいかないわ」

「ミスタ・グラモン。申し訳ないですけど、その臭いは余りにも……それに、フレールがミスタ・グラモンを見て警戒してます」

 上空では、翼を広げれば2メイル程にまで成長した、カトレアの使い魔のサンダーバードのフレールが異臭を嗅ぎ取ったのか、パリパリと紫電をチラつかせながらジョルジュを睨みつけていた。

「ちょちょっ!? ちょっと待ってて下さい!」

 身の危険を感じたジョルジュは、慌ててアレキサンドラの飛び乗ると、近くの川に突撃し、アレキサンドラに水を被せて臭いを洗い落とした。

 数分後。香水の臭いを洗い落としたジョルジュたちが戻ってきた。

「これなら如何でしょうか?」

「今度は臭わないわね」

「お手数かけてごめんなさいね、ワルド卿、ミスタ・グラモン。フレール、いらっしゃい」

『クェ!』

「いえいえ、それでは参りましょう。ハハハ」

「やれやれ……」

 ワルドとジョルジュを交えた四人は遠乗りを再開した。







                      ☆        ☆        ☆







 三人は遠乗りを続けていると、目的地のラグドリアン湖に着く頃には太陽が真上辺りまで来ていた。

「あらここは……」

「ラグドリアン湖ですか、良い所ですね」

 ハルケギニアでも屈指の名勝と謳われるラグドリアン湖。
 トリステインとガリアとの間にあるこの湖は、水の精霊が棲むといわれていた。

「おおっ、これは素晴らしい! 行こうアレキサンドラ!」

 アレキサンドラに乗ったジョルジュは、ラグドリアン湖に突撃し水遊びを始めた。

「やれやれ。グリーズ、貴方も遊んできていいわよ」

『グヒッ』

 ミシェルがグリーズから降りるとグリーズは湖面まで走り、ジョルジュ主従の水浴びに加わった。

「ミシェルは水浴びに加わらないの?」

「私はあんな子供じゃありません」

「そうね、うふふ……」

 カトレアも馬から降りると、湖岸を散歩し始めた。
 ミシェルとワルドは、お供の為に着いて行こうとすると……

「え!? ちょ! お~い、置いてかないで~!」

 遊んでいたジョルジュも慌てて追いかけてきた。

 フレール以外の使い魔達は水浴びをして遊び、カトレア達は散歩を楽しむ事になった。

「ラグドリアン湖は良い所ですね」

「そうねミシェル。今度マクシミリアンさまと一緒に来たいわ」

「王太子殿下は今どちらに?」

「ごめんなさいミシェル。国家機密だから外に漏らす訳にはいかないの」

「いえ、お気遣い無く、私もトリステイン貴族の端くれです。国家の命令には従いますとも」

「ごめんね」

「いえいえ……あ。ボートがありますよ。一緒にどうですか?」

「いいわね。ワルド卿たちも一緒にいかが?」

「乗ります!」

 聞いてもいないのに、ジョルジュが挙手して立候補してきた。

「グラモンには聞いていないだろうに」

 ワルドが呆れ顔で現れた。

「二人とも喧嘩しないで一緒に乗りましょう。ミシェルもいいわね?」

「カトレア様がそう仰るなら……」

 こうして四人は、遊覧用のボートを借りて湖に出た。

「オールを漕ぐ役目は、僕がいたしましょう」

「いやいや、この僕、ジョルジュ・ど・グラモンにお申し付け下さい」

「おいおい、割りと重労働だぞ? それなりに鍛えている僕ならともかく、君には荷が重いのでは?」

 オールを漕ぐ役目は、最初はワルドが立候補したが、ジョルジュがカトレアに良い所を見せたいが為に半ば無理矢理に名乗り出た。

「大丈夫さ、問題ない」

「……そうかい。まあ、頑張れ」

 ワルドはアッサリと引き、ジョルジュは左右二本のオールを手で掴むと、ボートを漕ぎ出した。

「ふんっ! ふんっ!」

「ミスタ・グラモン、頑張って」

「ハハハ、お任せ下さい!!」

 カトレアの応援で元気百倍のジョルジュだったが、その元気も10分ほどで尽きた。

「ぜぇ~はぁ~、ぐぇ~はぁ~……ぐふっ、おえっ」

「運動不足だなグラモン。だが、十分な距離を漕いだと思うよ」

 息も絶え絶えのジョルジュにワルドは労いの言葉をかけた。
 四人を乗せたボートは、湖岸から離れた所まで進んでいた。

「ご苦労様、グラモン」

「ミスタ・グラモン。お茶をどうぞ」

「ありがとうございます。カトレア様」

「さあ、皆もお茶にしましょう」

 カトレアは持ってきたバッグから『魔法のポット』を取り出した。魔法のポットとは、マジックアイテムのトリステイン版魔法瓶だ。

「今日はショコラを入れてきました」

「おお、滅多に手に入らないという、あのショコラですか」

「私、飲むの初めてなんですよね」

「先日、マクシミリアンさまから、贈られてきたのよ」

 カトレアはカップにショコラを注ごうとすると、ミシェルが割って入ってきた。

「あ、カトレア様、私が注ぎます」

「いいのよ、楽にしていて」

「しかし……」

「ボートの上では、身分は関係ないでしょ?」

 カトレアはミシェルを座らせ全員分のカップにショコラを注いだ。

 ……

 甘いショコラを楽しみながら、四人は談笑を続けていた。

「そう言えば、カトレア様は学院を卒業されたら、王太子殿下の所へ行かれるのですか?」

 ショコラの入ったカップを口から離し、ワルドがカトレアに聞いた。

「もちろん、そのつもりよ」

「私も御供をしたいのですが……」

「なんだいミシェル。卒業してもカトレア様に付き従うつもりかい?」

「何よ、悪いの? グラモン」

「こう言っては何だがね、王太子殿下との数年ぶりの再会に、着いて行こうだなんて無粋じゃないか?」

「う……なによグラモン。そういうアンタはどういう進路にするつもりなのよ?」

「父上や兄上は軍隊入りを望んでいるようだったけど、近々、トリスタニアに士官学校が出来るって聞いたし、そこに行こうと思う」

「士官学校? 軍隊じゃなくてか?」

 と、ワルドが言う。

「なんでも、軍隊の士官として、高度の教育を施す機関だそうだ。で、ワルド卿は卒業後は領地の経営に邁進するのかい?」

「僕は……そうだな。領地の経営は王宮から派遣された人に任せて、母上の手伝いをしようと思っている」

「ワルド卿の母君は何をされているのです?」

「そうだな……」

 ミシェルが聞くと、ワルドは少し考え出した。
 ワルド自身、母親がどの様な仕事に従事しているか聞かされていない。
 父親が死んで葬儀を終えて以来、狂ったように研究に没頭し一年に一度ぐらいしか家に帰ってなかった。
 少々マザコンの気があるワルドは、母親の研究に興味を持ち、その研究の手伝いがしたくて必死に勉強し、魔法学院での成績をトップクラスに維持していた。

「僕にも分からないな。だが、少なくともブリージュ市で何らかの研究をしている事は分かっている」

「ブリージュか。永い事、廃墟だったと聞いていたが、復興をしているみたいだね」

 かつて、地殻変動によって廃都となった古都ブリージュは、少しづつだが復興を始めていた。
 今では、地殻変動の原因が、後にハルケギニアで起こるとされる大隆起の何かの手がかりになればと、ワルド元夫人の指揮の下、研究が進められていた。

「ミシェル、お代わりはいかが?」

「ありがとうございます。頂きます」

「ミシェルは、卒業したらどうするの?」

「え!?」

「何を驚いているんだ?」

「なんだ? もしかして考えてなかったのか?」

「考えて無い訳じゃないけど……はあ、『実家が良い相手は見つかったか』って、五月蝿いのよ」

「結婚か……そういえば僕もそろそろ考えないとな」

 ワルドがため息を付く。

「相手なら僕が立候補するけど」

「馬鹿言ってんじゃないわよ」

 いつもの様にジョルジュとミシェルの口喧嘩が始まる。

 4人は笑いあい。卒業までの貴重な時間を分かち合った。








                      ☆        ☆        ☆






 十分に休日を楽しんだ四人は魔法学院への帰路についていた。日は西に落ち、もう間もなく夜の闇が訪れようとしていた。

「遅れちゃったわね」

「この分じゃ、夕飯は食べられそうに無いな」

「仕方ないわ、早い所戻りましょう」

 カトレア達四人は、足早に学院へと向かった。

 もう辺りは暗くなり、学院まで十数分といった所まで来ていて、学院の塔が双月の光で見ることが出来た。

「あれ?」

「人だかりがありますね」

「ひょっとして、カトレア様が遅くなっても帰ってこない事で騒ぎになったのかも」

 ミシェルの言葉で、男性陣から焦りの雰囲気がかもし出される。

「まずいな。王太子妃殿下を夜遅くまで連れ回したと、何らかの罰を受けるかもしれない」

「ゲゲ。ありうるかも……」

 ワルドのジョルジュは、お互いの顔を見合った。

「どうする?」

「どうするも何も、早く帰って謝ろう」

 こうしてカトレア達は慌てて、学院の正門まで行くと、留守番をしていたメイドコンビの二人がカトレア達を見つけると走って寄って来た。

「王太子妃殿下!」

「お探ししてましたよぉ」

「ベティにフランカ、遅くなってごめんなさい」

 そう言ってカトレアは頭を下げて謝った。

「それよりも王太子妃殿下、至急お聞かせしたき事がありまして……その」

 フランカはカトレアの後ろの三人を見た。どうも人払いがしたいらしい。

「皆は私の友人よ、問題ないわ」

「分かりました。実は先ほど王宮から急使が着まして、国王陛下が御倒れになられたとの事でございます」

「……え!?」

 いつも笑顔を絶やさないカトレアが、この時ばかりは表情を強張らせた。
 
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