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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第六十九話 自由の国



 戦争が終結してしばらくしたある日。新トリスタニア市内に三つの人影があった。

「ねえねえ、マクシィ兄さん。今日は何処に行くの?」

「ティファニアの服を買いに行こう。その緑の服も可愛いけど、女の子なんだから他の服も持っていた方がいいよ」

「この服気に入ってるんだけどな」

 そう言って、エルフの民族服(?)のスカートの裾を引っ張った。
 女の子としての慎みが無いティファニアに、マクシミリアンが嗜めた。

「こらこら、公衆の面前で恥ずかしい真似は止めなさい」

「ひう、ごめんなさい。マクシィ兄さん」

「気にするな」

 小さくなるティファニアの頭を撫でた。

「あう」

 恥ずかしいのか嬉しいのか、ティファニアは長い耳をピコピコと動かした。

「それと、アニエス……」

「はい」

 マクシミリアンとティファニアの、二人の後ろに控える様にしていたアニエスが、凛とした声で返した。
 先日の整形手術で、アニエスの左頬には傷跡は無い。
 今日のアニエスの服装は、上は灰色のTシャツで下は戦闘服のカーゴパンツとブーツと無骨な格好だった。

「アニエスはスカートは履かないのか?」

「任務中ですので……」

「……器量良しなのにもったいない」

 マクシミリアンはアニエスに聞こえないように呟いた。

「アニエスも無理矢理つれてきた間があったが、休暇だと思って楽しんでくれ」

「了解です」

 三人は、石畳の新トリスタニア市内を見物しながら進んだ。

 戦争終結から一ヶ月。
 市内には人間に混じって、亜人や変化の術で人間の姿になったイロコワ連邦の獣達の姿も見受けられた。
 ハルケギニアでは決して見られない光景に、アニエスは目を白黒させていた。
 一方のティファニアは、エルフ以外の人種が見かけられる様になって、とても楽しそうだった。

「ねえ、マクシィ兄さん」

「どうした、ティファニア?」

「手を握ってもいい?」

「ん? ああ、いいよ」

「やったぁ~!」

 ティファニアは嬉々としてマクシミリアンの右手を握った。

「えへへ」

 嬉しそうに笑うティファニア。

 一方のアニエスはというと……

「……」

 じ~、っと物欲しそうにマクシミリアンを見ていた。

「左手が開いてるからアニエスもどうだ?」

「けけけっ、結構です!」

 と、言った後、アニエスは後悔した。

「そんな目をしてたら、ほっとく訳にもいかんだろう。ほら」

 マクシミリアンは空いた左手でアニエスの手を取った。

「あ……」

「さて行くか」

「いこいこ!」

 両手に花のマクシミリアンは、改めて新トリスタニアに市内に繰り出した。

 ……

 所変わって、マダム・ド・ブラン、新トリスタニア支店。

「お邪魔するよ」

「これはこれは、いらっしゃいませ」

 店員の男が、『手もみ』をしながらやって来た。

「二人に似合うドレスを発注したい。それと……流行の服を二人分、何着か欲しい」

 店内に展示されている流行っぽい服を見渡して行った。

「ありがとうございます! つきましては、御二方の服の寸法を測りたいのですが、お時間は宜しいでしょうか?」

 ドレスはトリステイン本国でのオーダーメイドの為、寸法を測らなければならない。

「二人とも良いよな?」

「いいよ~」

「分かりました」

「そういう訳だ。後はよろしく」

 奥から女性の店員がやって来て、二人を別室まで連れて行った。

「お客様は、終わるまでこちらでお待ち下さい」

「ありがとう、失礼するよ」

 マクシミリアンが招かれたテーブルには温かい紅茶が置かれていた。
 椅子に座り一服するマクシミリアン。
 店内を見渡すと、年内は人間に混じってイロコワ連邦の亜人や変化した獣達で賑わっていた。

「儲かっているみたいだな」

「イロコワ連邦の方々が、衣服を大量に買い込んでくれるお陰で、大変儲かっております」

「結構結構、血を流した甲斐があった」

「と、言いますと、お客様は将校様でしたか」

「まあ、そんなものだ」

 店員は、目の前に居る男がヌーベルトリステインの総督とは気付かない様だ。
 マクシミリアンも、余り畏まられるのも調子が悪い。自分の正体を明かすつもりは無かった。

「戦争といえば、戦死され兵士の遺族の方々に遺族年金……でしたか。年金を出すように取り計らうとは、総督様には頭が下がります」

「ブフォ!?」

「どうかされましたか」

「いや、なんでもない。もう一杯頂けるか?」

「どうぞどうぞ、何杯でもございます」

 そう言って店員はマクシミリアンのカップに紅茶を注いだ。

 店員の話にあったように、戦死した兵士の遺族に毎年幾らかの金を渡すようになった。
 他にも負傷した兵士にも、幾らかの年金と再就職を斡旋を行っていた。
 それが、戦争に駆り出された兵士達へのマクシミリアンなりの責任の取り方だった。

 暫くして、テゥファニアとアニエスが、寸法を測り終えて戻ってきた。

「戻ってきたみたいだな。悪いけど二人に似合いそうな服を見繕ってくれ」

「かしこましました」

「二人とも好きな服を買って良いよ」

「ありがとう、マクシィ兄さん!」

「私までありがとうございます」

 二人は、店員の持ってきた服を試着し始めた。
 ティファニアは若草色が好きなのか、同じ色の服ばかり選んでいた。

「いろんな色も試して良いんだよ。このワンピースなんか可愛いと思うよ」

「試してみる!」

「おー、頑張れ」

 ティファニアが試着室に入っていくのを確認すると、次はアニエスの方を向いた。
 アニエスは妙にソワソワしていた。

「さて、アニエス。観念してスカートを履くんだ」

「私には、スカートは似合わないと思うんです」

「駄目だ。何時まで経っても、令嬢としての心構えを持たないで……親父に恥を掻かせるつもりか?」

「わ、分かりましたよ」

「よっしゃ!」

 マクシミリアンは、親指を立てて喜んだ。

 ……二人が着替えている間、マクシミリアンは妻のカトレアへのプレゼント探していた。
 店内を眺めていると、一番目に付くのは毛皮のコートのコーナーだった。

 イロコワ連邦から輸入された毛皮を、コートやスカーフに加工する工房が店の裏に建てられていた。
 加工された毛皮は、トリステイン本店へ送られ、上流階級向けに輸出されていた。
 ちなみに、イロコワ連邦では精霊魔法を唱えられない獣の品種は、ある程度決まっていて、それらの獣は家畜扱いされている。
 人間と精霊、獣が手を取り合うイロコワ連邦も、割りとシビアな所があった。

(毛皮か……カトレアは、毛皮のコートって余り好きじゃなさそう)

 動物好きのカトレアが、毛皮のコートを送られて喜ぶとは思えなかった。

(だからと言って、珍しい色の服を送ろうにも、一年以上も会ってないからサイズが分からん)

 政務と戦争で久しく忘れていたカトレアの身体を思い出し、マクシミリアンの鼻の下が伸びた。

(カトレアが魔法学院を卒業したら、ヌーベルトリステインに呼ぼう。ハルケギニアじゃ決して見られない、この自由の国を見てもらおう)

 そして、ため息を一つ。

(あ~……会いたいなぁ)

 一年近く会っていない愛妻を思い出した。

 結局、マクシミリアンは毛皮のコートは買わず、琥珀のペンダントを買った。

 暫くして、着替え終わった二人が出てきた。

「お待たせ、マクシィ兄さん」

「お、お待たせしました」

「おぉ、二人とも綺麗だ」

 ティファニアは白いワンピースで現れ、アニエスも流行の服を着て、スカートを気持ち悪そうにながら現れた。

「お買い上げは以上の物で、宜しかったでしょうか?」

 店員が、ティファニアとアニエスの服を畳んで持ってきた。

「あと、流行の服もいくつか欲しい」

「ご安心下さい。既に包んであります」

「流石、早いな」

「ありがとうございます」

「ドレスはいつ頃出来るか分かる?」

「トリステイン本国で作成する事になりますし、早くても二、三ヶ月は掛かるかと思います」

「分かった。出来たらアルゴルキン砦のマクシミリアン宛まで届けて置いてくれ……それじゃ出ようか」

「ありがとうございました。又のお越しをお待ちしております……ん? マクシミリアン?」

 マクシミリアンは代金を払って、マダム・ド・ブランを出た。もちろん、支払った代金はポケットマネーだ。
 マクシミリアン達が出て行った後、店員が大騒ぎするのは別の話。

 ……

「殿下、荷物は私が全部持ちます」

 店を出ると、アニエスが荷物を全て持つと言い出した。

「別にいいよ、そんなに重いものじゃないし」

「しかし、殿下に物持ちをさせるわけには行きません」

「アニエス姉さん。持つのなら私も持つわ」

 今度は、ティファニアが自分が持つと話に入ってきた。

「いやいや、ティファニアはまだ小さいから」

「私、子供だけど、物ぐらい持てるもん!」

「ティファニア様は王族の出ですので、ここは私が持つのか、当たり障りが無いと思います」

「あ~、お前ら。埒が明かないから、全員で持とう」

 マクシミリアンの発案で荷物は全員が分担で持つ事になった。

 ティファニアとアニエスの二人は買った服を着たままで市内をぶらついた。
 途中、道の正面から八メイル程の熊が二頭で大木を担いで歩いていた。

「マクシィ兄さん。あの人達(?)は何をしているの?」

「マクシム川の近くに製材所があるから、あの大木を持っていって金に換えて貰うんだろう」

「へ~、マクシィ兄さん物知り」

「これ位はな。さ、二人とも道を開けよう」

 邪魔にならないように三人は道を開けた。

『ありがとうな』

「いやいや、お仕事ご苦労です」

 お互い挨拶し合うと、熊二頭はマクシミリアンの予想通り、製材所の方向へと消えていった。

「これから、いかがいたしましょう」

「砦に帰るには、少し早いかな。近くにカフェが出来たから、そこで時間を潰そう」

「はい、マクシィ兄さん」

 三人は、小奇麗なオープンカフェに入り、野外のテラス席に座った。

「いらっしゃいませ」

「何を頼みましょう」

「この店は、ショコラとケーキで良いと思うよ」

「ショコラ?」

「新世界で見つかった、『カカオ豆』という豆を加工した飲み物だよ」

 ここでのショコラ(チョコレート)は、現代の地球で市販されている固形物ではなく飲み物だ。
 ハルケギニアでは、紅茶に変わる新しい嗜好品として、上流階級の婦女子に絶大な人気を博していた。
 精霊の力で最低限の数は供給は出来ていたが、入荷すれば数時間で完売する程の絶大な人気だった。
 その為。ハルケギニアでは常にショコラは品不足で、一般市民の口には滅多に入らなかった。

 この品不足に関して、家臣の何名かは増産の進言をしてきたが、マクシミリアンは採用しなかった。

『常に品不足にしておけば、ブランド力も上がる。何よりショコラの輸出は僕達が独占しているんだ、大量生産して単価の値段も下がることは無い。それに人間ていう生き物は、いつかは飽きる生き物だ、何時でも誰でも飲めるような物なら、何時かは飽きられてしまうよ』

 さらに、こう付け加えた。

『あくまでショコラは嗜好品だ。食べ物や衣服の様な生活必需品じゃない。生きる為に必要な物なら減税し、安く供給させるが、嗜好品や贅沢品は高く設定して減税した分の税収を補うつもりだ』

 大航海時代前の欧州において、一部の勢力が香辛料(スパイス)の流通を独占した為、コショウ一粒が宝石並みの価値を持ち大変珍重されたという。
 マクシミリアンはその歴史を倣って、ショコラの流通を操作し、カカオ豆のハルケギニアにおける価値を高める事に成功した。
 そういう訳で、ハルケギニアへ輸出されたショコラは、多少高くても金に糸目をつけない上流階級の人々に全て消費された。
 新世界から輸出される嗜好品にはタバコなども含まれて、これも流通の制限を行い、高い価値をつけることに成功した。

 ……話を戻そう。

「へ~、それじゃ私はショコラにしよう」

「アニエスは?」

「私もそれで」

「OK、ショコラ三つにケーキを適当に三つ」

「畏まりました」

 暫くして店員が、ショコラとショートケーキを持ってきた。

「美味そうだな」

「いただきまーす」

「いただきます」

 ティファニアとアニエスは、フォークでショートケーキを食べ始めた。

「いい匂い」

「あ、これは……」

 ケーキから発せられる『バニラ』の甘い香りに、ティファニアとアニエスは驚いた顔を見せた。
 バニラも精霊の協力で栽培されて、香料としてハルケギニアに輸出されている。正に精霊様様だった

「ショコラも甘くて美味しい」

「……美味しい」

 ショコラの味に ティファニアとアニエスもご満悦だった。

「所でアニエス。イロコワ族の女の子とは、まだ連絡を取り合っているのか?」

「アワサの事ですか?」

「ああ、確かそんな名前だった」

「今、アワサはイロコワ連邦の外交官として、新トリスタニアに住んでいますよ」

「そうなのか」

「外交官がてら文字の勉強をしているそうで、休暇の時は私も協力しています」

「それは結構。なんなら今度、砦に招待してはどうだろう」

「そうですね、アワサを紹介しますよ」

 こうして世話話をしながら、時間が経つのを待ち、日が西に傾く頃に三人はカフェを出て帰路に着いた。

 帰路の道中、マクシミリアンら三人は新世界ならではの光景に出くわした。

「む」

「あ」

 マクシミリアンとアニエスは、フッと西日が何かに遮られたのを見て空を見上げた。

「わあああーーーー!」

 遅れてティファニアが歓声を上げる。

 三人が見た西の空には、リョコウバトの大群が西日を遮るほどの密度で夏の営巣地である北の方角へと向かっていた。
 その数は凄まじいの一言で、西の空に大量のリョコウバトの大群が空一面に覆い、あまりの多さに空どころか地平線の先まで黒く続いて見えた。

「おお、凄い! リョコウバトの群れだ!!」

「マクシィ兄さん。リョコウバトってなに?」

 ティファニアが聞いてくる。

「渡り鳥の一種で、あの空飛ぶ黒い塊全てがリョコウバトの群れだよ。僕も話では聞いていたけど初めて見た……」

 地球においては絶滅してしまった種だが、この世界では存在した。

(地球じゃ乱獲で絶滅した種だけど。こっちの方は、農作物に余程の被害が無い限り放っておこう)

 リョコウバトの群れは、マクシミリアンらが砦に戻っても二日間途切れることなく飛び続けた。
 
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