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緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──

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緋神の巫女と魔剣《デュランダル》 Ⅵ

遠山キンジは、虚空に舞う奔流と、天井に咲いた氷華とを呆然と見つめていた。銀氷と蒼玉を花弁に纏った、酷く清澄で妖艶な──ジャンヌ・ダルクの言に従えば──親友、如月彩斗の死花。しかしキンジの目には、それが死花とは到底、映らなかった。


「有り得ない……」


目の前の光景を見て、感嘆を漏らさざるを得ない。
というのも、彩斗の首筋に向けて振り上げられた聖剣デュランダルは、彼の髪をはらりと舞わせただけの空振りに終わった。彩斗はそれを避けただけではない。奇跡としか思えないような芸当で──走りながら針の穴に糸を通すとしか形容できないような芸当で──ジャンヌの身に纏っている甲冑に生まれたほんの僅かな隙間に、《緋想》の切っ先を抉らせていた。


──だが、何かがおかしい。


その一刹那に彼の容態が異常だと察知したのもまた、キンジだった。ほぼ同時に異常に気が付いたアリアと顔を見合わせながら、何を言うともなく、2人で息を合わせて駆け出す。
《緋想》の柄を握る彩斗の手に、力は篭っていない。やがてそれすらも手から離すと、明鏡止水の様で鳴いた。

彼はつい先刻から態度が急変している。その原因が病がかったものなのか、それとも何か別の超能力じみたものなのか──真意を推量る暇もないまま、キンジはジャンヌに相対し銃を向けた。

その傍らでは、脱力に身を任せて昏倒しかける彩斗をアリアがすんでのところで抱き留め、前線から撤退させている。悲痛に塗れた叫喚が地下倉庫に響き渡ってゆく。抱えあげたその時の重量は、やはり、見掛けよりも重く感じてしまった。
瞼の裏が熱くなりかけている。弱気なんか見せちゃダメだ。そう自分に言い聞かせながら、素早くジャンヌと距離を置く。


──あと少し、あともう少しだけ時間が欲しい。


今の自分に出来ることは、如月彩斗を救うための時間を確保することだ。2人はそれを念頭に置きながら、教務科から来るべく増援を心待ちにしている──キンジは仇敵を眼光炯炯と見据えながら。アリアは愛し人の無事を祈りながら。

ジャンヌは片手で傷口を押さえつつ、痛苦に歪んだ表情ながらもなお、敵対するキンジを睨み付ける。身に纏っている甲冑の下腹部あたりから、紅血がとめどなく溢れ出てゆく。……まるで留まることを知らぬ感情が、顕現したかのように。


「ただの武偵如きが、小癪な……!」
「……ハッ、せいぜい痛罵してろ。そうして睥睨してればいい。ただの武偵と言うのなら、今すぐ俺を殺せばいい話だろうが」


だがな──とキンジは続ける。照準をジャンヌの首筋へ合わせると、引き金にそっと指を掛けた。指が、否。銃を持つ手そのものから、震えているのが分かる。手の付け根を押さえないといけないくらいには、身に現れていた。


……お前は何に脅えているんだ。私怨を晴らさなければならない、そもそもお前が白雪の後を追った理由は何だ──?


そう自分に言い聞かせながら、胸の内に、とぐろを巻く蛇のように渦巻く感情を感じていた。冷酷な、或いは獰猛な、自分でも整理が容易にはつきそうもない、そんな感情を。


「俺の仲間に負わせただけの痛みは、そのまま返してやる」


引いた人差し指は、やけに重厚感を孕んでいた。地下倉庫に響鳴する38口径の発砲音。いつも聞き慣れている音のはずなのに、どうしてこんなにも鬼胎の念を抱かねばならないのだろう。
背後で応急処置をしていたアリアが、突然の銃声に振り返る。
その瞳には僅かほどの焦燥が見えた。こんなことは予定にない、幾ら増援が来るまでの時間稼ぎにしてもやりすぎではないか──と、訝しげにキンジを見つめる。

しかし今のキンジには、そんな人目を気にする余裕など持ち合わせていなかった。最中に脳裏に響くのは、ジャンヌの疼痛が漏れた声。それを無理やり無視しながら、胸の内の感情に付ける名前を、何とか見つけている。ポタリ、と何かが滴下する音さえも、今では煩わしい以上に煩わしかった。


──あぁ、そういうことか。俺のこの行動は報復だ。ならばこの感情は、私怨か? 否、そんな生易しい感情ではないはずだ。
──怨嗟。強い怨みと怒りとが合わさった感情、か。


その語感が馬鹿馬鹿しいほどに脳髄に浸透していく。靄がかかっていたはずの胸の内も、もう晴れてしまった。


──あぁ、どうにも納得がいった。それならもう、ジャンヌを放っておく必要はないな。彩斗の処置もあるし、何より……。


そこまで考えを巡らせてから、キンジは片腕を掲げる。

彼の視界に映っているジャンヌに、もはや戦意やら闘志というようなものは残っていない。頽れる様に浮かぶのは、ただ自らの未熟さと悲運を嘆く感情ばかりで、そして何より、遠山キンジというただの武偵に追い討ちをかけられたその事実こそが、辛抱いかなかった。滔々と流れ出る紅血を、呆然と見遣っている。

──刹那、キンジとジャンヌとの間に煙幕が張られた。背後で隠密待機していたらしい何十もの人間の気配が、一気に増えてゆく。心待ちにしていた教務科の増援が来たのだ。
煙幕はすぐに晴れた。最前線に居るキンジが率いているのは、蘭豹や高天原ゆとり、綴梅子や南郷──少なからず見識のある教務科の面々を始め、強襲科の少数精鋭。待望の救護科も居る。

ようやく見えた勝ち筋に安堵の息を吐きながら、キンジは幾重もの感情を整理させていく。僅か数歩の距離を歩み寄ると、懐から手錠を取り出した。その手はもう、震えていなかった。
そうしてジャンヌと目線を合わせ、簡潔かつ冷淡に告げる。


「──お前の負けだ、《魔剣》」

 
 

 
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