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緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──

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緋神の巫女と魔剣《デュランダル》 Ⅴ

 
前書き
※浅緋色とは朱色の仲間です。黄色がかった朱色を表します。

更新が遅れ、大変申し訳ございませんでした。私は生きてます。 

 
言葉は時にして祝詞でもあり、呪詛でもある。『言霊』とはよく言われたものだが、生殺与奪の権を手中に収めているのは、ある意味を以て、その発声者に他ならない。
それが何を意味するのか──詩であろうが、それが示唆するものは誰しも、朧気ながら察しがつくはずだ。


「ッ……!」
「……言ったろう、ジャンヌ。君は俺を過小評価している、と」


地下倉庫内の気が、秒針を噛む度に熱を帯びてゆく。
それは、たった一振りの日本刀に。焔を身に纏った、華奢な身軀であるというのに。そして、最も荘厳でもあるのだ──。
浅緋色の焔は時にして朱を纏い、時にして淡く揺らめく。


────《浅緋(あさあけ)蛇蝎(だかつ)


「陰陽術は、《境界》だけじゃない。我らが始祖、安倍晴明がどうして陰陽師たりえるのか──その理由が、《五行陰陽》だ。この焔はそのうちの1つ。君に渡そうと思っていた、切り札だよ」
「それを私に手渡すためだけに、わざわざ隠し持っていた……と。なんともご苦労なことだ。礼を言おう」
「ふふっ、どういたしまして」


ジャンヌには僅かな動揺が見られたようだが、これはこちら側にとっての大いなる好機。策士が読めなかった、ある種の奇策だ。
しても、挑発を軽く受け流してくれるくらいには、適応力の高い能力者とも言える。楽観論で済む相手ではなさそうだね。


「……ふむ」


《緋想》を構え、焼灼する焔の手応えを確認する。件の空白期間で少々衰えがあるかとも思ったけど……幸いにも、今は目に見えるほどではないね。これなら戦力としては十二分だろう。
アリアには勿論、キンジにも滅多に見せていない陰陽術──《五行陰陽》が、ここで日の目を浴びたということだ。

普段の生活や戦闘なら《境界》で事足りる。しかし、陰陽術がこのレベルまで達するのは、正直言って、異常だ。
……まぁ、相手は《イ・ウー》なのだ。理子は例外だけれど、本来ならこれがあるべき片腕なのかもしれないね。


「……油断、出来ないねぇ」


滾り、焼灼する浅緋のその奥を見据える。
──数多の謂われの残る、聖剣デュランダルを。それを統べる聖女、ジャンヌ・ダルクを。
そして、彼女の周囲を舞い纏う、氷霞を──。

チラリ、と後方を見やる。銃を携えている、アリアとキンジが視界の端に映った。自分の唯一の後方戦力。
……そして、どうあろうと護るべき存在でもある。ジャンヌが危惧しているのは、この2人なのだが。


「まぁ、些細なことか」


さて、


「これで終わらせようか。アドシアードは無事に開始させたいのでね。早朝からこうして相手してあげているんだ。それなりの対価は、俺たちが貰うからね」
「私は、貴様のその態度が気に食わないのだ。一杯噛ませたといって、果たしてそれが大いなるアドバンテージになるか? ……それはこれから、身をもって証明してくれるだろうが」


ふむ、そこまで言うなら、証明してあげようじゃないか。


「──さぁて、本番の開幕だ」


小さく深呼吸する。酸素が肺胞で融和して、血に乗って全身を駆け巡るその感覚が、嫌に明瞭に感じ取れた。
そんな奇怪な感覚を拭い取るために、片腕を掲げた──明らかに今までとは規模の比較しようもない《境界》が、ジャンヌの四方を包み込んだ。それらは、尚も累乗数的に展開されてゆく。


「……本気か、陰陽師」
「ふふっ、勿論だよ。──これだけの数、全てを消せるかな?」


指で鳴らした小気味良い音色が、この地下倉庫に木霊した。
虚空を切り裂いた《境界》は、その時空の歪みから仄かな朱を生んでゆく。初夏に散る陽炎のように揺らぎながら、残像とともにただ一点を目掛けて飛来していった。

刹那、轟音とともに視界が煙に包まれる──さて、どうなったものかと刀の切っ先を見据えた。
そして、僅かに気の緩みが見えたその隙に、微かな冷気とともに何かが頬を伝った。拭う手の甲には、水滴が付着している。
髪と頬に張り付くように、それらは滴下してきた。


「雨……?」


……いや、違う。これはスプリンクラーだ。
先程の弾幕は明らかな熱量を有していた。陽炎の立つほどだ。ともすれば、それによってスプリンクラーが誤作動を起こしたということになるが──はてさて、ではこの異常なまでの地下倉庫の室温(・・)の低さは、どう証明すればよいのだろうか。


「──迂闊に雨を降らせると、莫迦(ばか)を見るぞ」
「……なるほど、そういうことかぁ」


ふむ、合点がいったね──と内心で嘆息してから、俺は後方支援の2人へと指示を出す。「短期決戦で決めるよ」
そうして、2人は背いた。この現状をよく理解している。ジャンヌの『してやったり』というような言動からも明らかに、この攻撃は恣意的にさせられた(・・・・・)ことになるのだ。

ジャンヌが纏っていた氷霞を見れば明白なことだ。彼女は氷を操る。それは、間接的に冷気を操ることにも直結する。
こちらが放った弾幕は、恐らくあの氷霞を幾重にも結合させて造った防御結界ででも防いだのだろう。四方を囲まれて身動きが取れないはずなのだから、それ以外の方法は有り得ない。

彼女の狙いは、まさにそこだったのだ。熱量と陽炎、爆散したその熱気を利用して、つまりは地下倉庫内に設置されているスプリンクラーを利用して、広範囲に雨を降らせた。
一時的ではあるがスプリンクラーは作動し続ける。その間に素早く氷霞を煙に紛らせて拡散させれば、伝導性を持つ金属の壁や床は、瞬く間に冷却させられるわけだ。

直接的に地下倉庫全体を冷却させて室温を下げたことで、こちら側の体温調節機能を低下させ、運動能力も諸共に──ということだろう。あの一瞬で、彼女はここまで読みを入れていたのだ。

床を一瞥する。微かな霜が立っていた。
躊躇している暇はない。対抗策を練っている間にも、冷気はますます強まっていく一方だ。長期戦になれば、負ける。
この局面、どちらに耐性という名の分があるかは一目瞭然だ。だから、ここで決めに行く。質と数でなら、勝てるはずだから。

──煙は、いつの間にか晴れかけていた。剣を手にしたまま微動だにしないジャンヌの周囲には、輝石のように銀氷(ダイヤモンドダスト)が塵撒いている。その顔は、笑んでいた。
こちらに一杯やり返したことに対しての愉悦だろうか。……いや、何なのかは差し当たり分かることでもない。特に気に留めることでもない。やることはただ、1つだけ。

そんなところで、軽快なアリアの声が響く。


「寒いから早く終わらせましょ。季節外れもいいとこだわ」
「……うるさすぎってのが難点だがな、アリアは」


2人は何ともなしに、こちらに歩を進めてくる。
後方支援を頼んでおいたのに、何だかんだで我慢できずに来ちゃうんだね──と言いかけた口は、噤んでおいた。
アリアも《魔剣》ことジャンヌ・ダルクには私怨があるだろうし、ましてや幼馴染を傷付けられたキンジも尚更だ。この2人には、共通して思うところがある、ということなのだろう。

なるほどねぇ、と呟いてから、2人に警告する。


「それなら、アリアもキンジも。……今までは力を抑えてたっぽいから黙ってたけど、今からは銃は使わないでね」
「……ごめん」「……悪かった。忘れてた」
「まったく……。地下倉庫は名ばかりの火薬庫だよ」


「学園島の人間の生命がここに凝縮されていると言っても過言ではないよ。絶対に外さない自信があるならいいけどね」
付け加え、ホルスターに収めようとする2人に笑いかけた。
少なからず、俺は2人を信頼している。それに、本当なら銃を使ってもらった方が都合がいい。策は1つじゃないからね。


「それじゃあ、先攻」
「──ッ!」


縮地で間合いを詰めたと同時に、《緋想》を薙ぐ。ジャンヌから何か感情の凝縮されたような吐息が、洩れた気がした。
やはり焔に対しては意志を決めきれないのか、僅かに後退しつつも──その強靭な《魔剣》で跳ね返してくる。僅かな火花が散るに合わせて、空気中の氷霞が融けていった。

その威力を利用して1歩脚を引き、身体を低く構えて下段から斬り上げる。即座にバックステップしたジャンヌが逃げ切ったと見えたが、焔がさながら毒蛇のように牙を剥いて噛み付いた。
勢いそのまま、背後から軽快な38口径と重厚な45口径の銃撃音が鳴り響く。これこそが好期だ──というかのように、《明鏡止水》は視界そのものを明瞭に変貌させていく。

虚空を切り裂いて螺旋状に進む、2発の銃弾。それらは既にジャンヌの胴甲冑に狙いを定め、脇腹を穿つ寸前だった。
武偵法9条。武偵は致命傷を負わせることがどれほど危険か理解している。だからこそ、四肢や胴を目的として発砲するのだ。
その点、2人の銃技はやはり精度が優れている。ここで発砲したのは、どうにも自分に自信を持っていることの表れだ。

笑み、銃弾に焦点を合わせながら、策の名を口にする。


────《浜千鳥》


刹那、 銃弾の表面を幾重にも枝分かれしたような霹靂が覆い尽くす。虚空を千鳥のように鳴いて切り裂く様は、さながら一筋の迅雷のようだ。それが描いた軌跡でさえも、いまは見える。
ジャンヌは眉を顰めて訝しみ、なおも瞬時に氷霞を結合させ──前面に展開させた。

一面の防御壁で銃弾を避けるというだけでは、稚拙な解釈だろう。幸か不幸か、氷は絶縁体だ。これに尽きる。
銃弾は壁を穿つかと思われたが、その判断こそが稚拙だった。よくよく考えてみれば、焔の弾幕ですら無効化したのだ。銃弾ならば尚のことだろう、と思い至る。


「如何にも幼稚としか……。そうだろう、陰陽師」


結合した氷霞から2発の銃弾が虚空を伝って落下する。金属の床に触れると、澄んだ音を立てて鳴いた。
……恐らくジャンヌは、銃弾に対する対処法をある程度持っている。結合させた氷霞で壁を作り、更に冷気を流し込むことで瞬間冷却させてゆく──その僅かなタイミングを、見逃すことなく。


「やはり、強いね」


洩れ出た嘆息を諸共に掻き消す程の勢いで、ジャンヌはそれを具現化させて見せ付ける。先程よりも僅かに増した冷気の中で、氷霞は礫に変貌し、視認する暇すら与えずに頬を掠めてゆく。
──が、そんな擦り傷などはどうでもいい。決める時に決められない人間なら、何をやろうとしても、どうせ。
そんなことを思いながら、柄を握る手に力を込めた。浅緋色の焔は、息吹いたかのようにその首を擡げる。


「──《鳳仙花蔓(ホウセンカズラ)》」


緩慢と楕円を描く一振りは、ジャンヌには到底届いていない。
ただ虚空を撫でただけの浅緋は、さながら泡沫のように霧散するかと思われた。炎舞にもならぬそれは、そっと火の粉を散らしながら、はらりと揺蕩う──。
怪訝な雰囲気が立ち込めた刹那、ジャンヌの周辺を囲繞するかのように、文字通りの灼熱が覆い尽くした。

顕現された幾つもの鳳仙花は天井から棚引き、総じて焔を纏っている。妖艶な風を漂わせて、花弁を落としては靡かせていた。
蔓もまた意志を持つかのように緩慢と靡き、冷気の中で焔に浮かぶ陽炎の向こうを見据えている。

ジャンヌが息を呑む音が、はっきりと聞き取れた。
《浅緋の蛇蝎》にしろ《鳳仙花蔓》にしろ、やはり彼女についての情報を件の司法取引で得ることが出来た功績は大きい。そう胸中で理子に感謝しながら、意識をジャンヌに戻す。

それを合図に、顕現した《鳳仙花蔓》は炎舞となる。蔓は華奢な身軀を灰燼とすべく、或いは、鳳仙花は炎塵を降らすべく。
陽炎が虚空を創り出し、蔓は其処と実体とを穿つ。花弁は虚空に歪みながらも妖艶に靡き、或いは爆ぜた。
ジャンヌは聖剣で蔓を斬り、氷霞で炎塵を防いでゆく。《鳳仙花蔓》は留まることを知らず、防戦一方に追い込みさえする。

その動乱の中で、《境界》はジャンヌを捉えた。焼灼する《緋想》を彼女の首筋に突き付け、そっと背後に立つ。
前方は《鳳仙花蔓》のみではない。アリアとキンジも居る。そして後方を俺に挟撃されているこの状況は、どう見てもジャンヌの敗勢だ。それでも彼女は、闘志を横溢させていた。

それもそうだろう。ましてやジャンヌら一族は──源流は『ジャンヌ・ダルク処刑裁判』から──焔への対抗策として、これら魔法を研究してきたのだから。どうあろうと、見聞に関してはこちらが不利だ。だから楽観論で適う相手ではないと、ずっと意識している。相対的にそれが、ジャンヌの闘志になるのだ。


「それで私を追い詰めたつもりか?」


何も変わらない、睥睨にも近しい声色で、彼女は冷嘲する。


「聖剣デュランダルに、斬れぬものなどない──!」


自らの矜持を、ジャンヌは確立させている。だからこそ強い。どんな状況下であろうと、矜持だけを松葉杖にして躍起するのだ。
そこに、かつてのオルレアンの聖女と呼ばれていた始祖の面影が、白昼夢のように揺らめいた気がした。

聖剣を彩る幾多の輝石は、焔の浅緋を映射している。やたら清澄に瞳に映っていて、それが自分に向けて振り上げられた刀身だと気が付く頃には、既に身を引いて躱そうとしても遅かった。


「──ッ」


紅血が舞い、声を上げて地に落ちる。ポタタッという乾いた鳴き声だけが、この地下倉庫の一帯に反響した。
首筋の皮膚を裂く艶かしい感触と、鮮血の吹出する感触とが、痛覚という一点に於いて綯い交ぜになって襲いかかってくる。

アリアの叫喚が距離よりも遠く聞こえた。靄が掛かったような脳髄を自分で無理矢理に晴らしながら、やはり漠然とした意識の中で、《境界》諸共にジャンヌから距離を置く。
この傷そのものは致命傷ではない。が──僅かにでも意識が《五行陰陽》の絡繰りから逸れてしまったことは、致命傷だ。


「……一筋縄じゃ、いかないね」


手の甲で血を拭いながら、枯れた《鳳仙花蔓》と、息絶えた《浅緋の蛇蝎》の残骸に向けて悔恨を吐く。
その隙を、防戦一方に置かれていたジャンヌが見逃すはずがなかった。彼女にとっては千載一遇の好機に該当るのだから。

甲冑を身にまとっているにも関わらず、初動は早い。氷霞とはまた異なる風を見せている銀氷が、彼女の周囲を取り囲んでいた。
それらは聖剣に煌く珠玉よりも珠玉めいた、秀麗な金剛石そのものに見える。金剛石の欠片が、舞踊っていた。

──また。まただ。つい先刻に揺らめいた白昼夢が、尚も執拗い蛇蝎のように纏わりついてくる。何故か意識が呆然としてきたのは、やはりそのせいなのだろうか。何かがおかしい。頭痛と、眩暈と、嘔気がする。平衡感覚が、狂っているみたいだ──。


「彩斗、馬鹿! 避けろ!」


キンジの狼狽の声に重なって、45口径の発砲音が聞こえた。それがジャンヌに向けて発砲された、云わば足止めにもならぬ足止めであったことに、今しがたようやく気付くことになる。そしてもう、《緋想》を構え直しても遅いだろうことにも、また。
彼女は既に、その聖剣の間合いに入っていたのだから。


「……莫迦が」


刹那、周囲の空気が急冷されていく。今までとは比にならない、氷点下ではないのかと紛うほどの、それ。
そうして、銀氷が勁烈に舞い始めた。氷霞のような可愛らしいものではなく、吹雪のように──全てを虚無に滅却させると暗に告げている気がして、寒冷か或いは憂惧のためか、身震いした。


「《オルレアンの氷華(Fleur de glace d' Olreans)》──貴様が枯らせた華は、私が新たに咲かせてやろう。それが貴様の死花だ。ここで銀氷となって、妖艶に散れ!」


袈裟状に振り上げられた聖剣デュランダルは、銀氷の吹雪の中で蒼玉を纏っていた。鋭敏なその切っ先は、先程と同じ、首筋を狙っている。これを避けられなければ、死ぬ。そう直感した──。

眩暈と嘔気で朦朧とする意識の中で、文字通り最後の力を振り絞って、《緋想》を握り締めた。
流動的だった時の流れが、次第に緩慢になる。視界と意識とが清澄に思えるこの感覚は、明らかな《明鏡止水》のそれだった。スローモーションになった世界を見渡して、安堵の溜息を吐く。

そうして目に付いたのは、まさに僥倖とも言える僅かな隙だった。ジャンヌ・ダルクという策士が策を遂行しかけた刹那に見せた、ほんの微細な、油断とも呼べないような隙。下腹部を覆う甲冑の噛み合わせから覗く白絹の下地が、銀氷に映射して見えた。

──次第に《明鏡止水》が解けてゆくその感覚を感じながら、限界を超えているであろう身体を酷使して、《緋想》の切っ先をその隙間へと滑らせる。下地の裂ける感触と確かな皮膚の感触とを指に伝わせてから、首筋に向けられた冷気を振り切った。

暗転する意識の中に見えたのは、天井に咲く、氷華だった。銀氷と蒼玉とを纏った、酷く清澄で妖艶な、死花に見える。
何故だか銀氷に混じって炎塵までもが舞っていて、浅緋と蒼玉の煌く様は、やはり本物の輝石のようだった──。 
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