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切り札は二つ

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第一章

                   切り札は二つ
 谷垣富美加はこの時じっくりと考えていた。そして親友である美月梨香子に対して真剣な面持ちでこう言った。
「今夏よね」
「夏真っ盛りよ」
 その夏の喫茶店の中だ。梨香子はきっぱりと富美加に対して答えた。
 二人共アイスコーヒーを飲んでいる。梨香子はストローでそれを飲みながら富美加の黒いロングヘアと薄い眉の下にある横に切れ長のいつもにこにことしている感じの目が目立つ貌を見た。肌は白く唇はピンクで薄く横にやや広い。背は一六三程で梨香子より四センチ程度低いがスタイルは同じ様にすらりとしたものだ。ただし梨香子の髪は茶色のショートヘアで二重のはっきりとした目に厚めの赤い唇と容姿は富美加と対照的だ。
 その梨香子がこう言ったのである。
「暑くないって言える?今」
「ううん、全然」
 富美加は首を横に振って梨香子の問いに答えた。
「暑くて仕方ないわ」
「今七月三十日よ」
「夏休み真っ盛りよね」
「それで女友達二人で何してるのよ」
 梨香子はあえて少しうんざりとした口調で言ってみせた。
「今ここで」
「コーヒー飲んでるけれど」
「図書館で夏休みの勉強した帰りにね」
「お勉強の前はラクロス部の練習でね」 
 二人が所属している部活だ。二人共二年になってレギュラーに選ばれた。
「それでよね」
「何ていうかね。青春真っ盛りだけれど」
 梨香子はそのうんざりとした感じを作った口調でさらに言う。
「駄目でしょ」
「駄目って?」
「暑いで終わり?」
 こう富美加に問う。
「あんたはそれで終わり?」
「というと」
「ほら、好きな子いるでしょ」
 わかっていない感じの富美加にあえて話す。
「彼よ、彼」
「総一郎君?」
「そうよ。彼と付き合いはじめてるんでしょ」
「それはそうだけれど」
「だけれどって何よ」
「何か時々デートして毎日携帯でやり取りしてるけれど」
「それだけ?」
「うん、それだけ」
 こう梨香子に答える。答えながらアイスコーヒーの中の氷達をストローでがらがらと掻き回している。
「進展ないのよね」
「部活に夏休みもいいけれどね」
「プラスアルファなのね」
「そう、彼との仲も進展させたら?」
「そう言われてもね」 
 富美加は首を捻って梨香子の言葉に答えた。
「ちょっとね」
「アイディアとかないの?」
「そうなの。何かね」
「はい、そこでもう駄目よ」
 梨香子は少し厳しい口調になった。
「ないって諦めたらそれで終わりよ」
「何かの漫画みたいな言い方だけれど」
「漫画も人間が描いてるならそうなって当然でしょ」
「そうなるのね」
「そう、そうなるの」
 梨香子は今度はぴしゃりとした口調で富美加に告げた。
「考えても出ないのなら人に相談することよ」
「人になの」
「そう、例えば目の前にいるね」
「梨香子ちゃんに」
「どんと言ってみなさいよ」
 今度は親しげに笑って富美加に言う。
「お金以外のことなら何でもね」
「じゃあ千円貸して」
「はい、駄目」
 冗談には冗談で返してそれからだった。梨香子は富美加に対してあらためてこう言った。
「今は夏よ」
「うん、暑いわよね」
「夏には夏の風物詩があるじゃない」
「それを使ってなの」
「そう、彼との仲を進展させたらどうかしら」
「まさかと思うけれど」
 富美加は梨香子の言葉に少し怪訝な顔になってこう言った。 
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