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失態

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第一章

             失態
 三十年戦争はおぞましい戦争だった。
 カトリックとプロテスタントの争いだったがそれだけではない。各国がそれぞれの旗印を掲げて介入しまさに欧州中を巻き込んだ戦いになった。その結果戦場となったドイツは荒廃した。
 ドイツ各地で血生臭い事態が起こった。それはまさに何処でもだった。
 今一つの軍が進軍していた。甲冑の上からマントを羽織ったくすんだ短く刈り込んだ金髪と髭を持つ老将が馬上から険しい目で進軍する左右を見て言った。
「酷いものだな」
「既にここでも戦いが行われていますから」
「そして傭兵達が通ったか」
「はい」
 ティリー伯ヨハン=セルクラエスに士官の一人が答える。
「その通りです」
「そうだな。これは傭兵のやったことだ」
 村だった。だがそこは家々が焼かれ男達は手足や首を斬られ串刺しにされ無残な姿で横たわっている。女達はもっと酷い。
 あちこちが破壊され牛や馬は貪られた後がある。子供達もまた焼かれたり切り裂かれたり潰されたりして転がっている。
 今のドイツではありきたりな光景だ。ティリーはそれを見て言うのだ。
「これが傭兵だ」
「そして我々の兵ですね」
「軍税は色々言われておるがな」
 ワレンシュタインが確立させた。軍の進軍先の地域に資金なり食料なりを要請するのだ。勿論それが認められないと略奪となる。
 要するに恐喝だ、だがティリーはこう言うのだ。
「略奪や虐殺なぞ誰が許すか」
「その通りですね」
「確かに新教徒達は忌むべき者達だ」
 ティリーは信仰心篤い男だ、甲冑を来た聖者とさえ呼ばれ今もその手には聖書がありマリアへの祈りを欠かさない。
 謹厳な旧教徒である。だがそれでもこう言うのだ。
「無闇な殺戮も略奪も忌むべきだ」
「はい」
「それが何になる」
 ティリーは嫌悪を露わにさせて言う。
「何も生み出さぬ。むしろ恨みを生み出す」
「そしてそれがですね」
「かえって戦争を激しくする。戦争が続いていいことはない」
 政治的な考えである。実際にティリーは司令官として政治のことも考慮して戦っているのだ。
「略奪もそれに伴う虐殺や破壊もだ」
「無論暴行もですね」
「避けねばならん。傭兵達は稼ぎに来ているのだ」
 ティリーは自身の軍を見た。どれも派手な、趣味の悪い身なりをした柄の悪そうな男達だ。ドイツ人傭兵ランツクネヒト達だ。
 その彼等を見て言うのだ。
「なら報酬を与えればよい」
「稼ぎに来ているからですね」
「ただし略奪を許せばだ」
「それが旧教徒、我等の主バイエルン公や皇帝陛下の名声を落とし」
「そして新教徒達を怒らせ戦いを長引かせる」
「その通りですね」
「新教徒達の不埒な行いを成敗するのはいい」
 ティリーも旧教徒としてそれはいいとする。
「だが、蛮行はだ」
「何も生みませんね」
「だから避けるべきだ」
 ティリーはあくまで言う。
「何としてもな」
「今度の戦いもですね」
「マグデブルグだが」
 ティリーはこの都市の名前を出した。
「私としてはだが」
「出来る限り穏健にですね」
「そうしたいのだがな」
「新教徒の都市ですが」
「それもわかっている」
 ティリーは旧教徒、即ち皇帝軍を指揮している。神聖ローマ帝国はカトリックの守護者とされており絶対的なカトリックの国だ。
 皇室であるハプスブルク家もだ。やはりカトリックの擁護者である、その彼等にとって新教徒は忌むべき叛徒なのだ。
 だが叛徒であってもティリーは政治、軍事的な理由からこう考えていた。
「マグデブルグは帝国の要地だ」
「あそこから東西南北に行けますので」
「西のハンザ同盟、東のザクセンやプロイセンにも睨みを効かせることができる」
「北のデンマークにも」
 どれも帝国の敵達だ。特に今はザクセンが気になっている。 
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