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好色男の筋

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第三章

「しかし偽りを書かれるとな」
「あのご夫人のことだな」
「流石に怒る、全く文屋は品がない」
「しかし怒ってもだな」
「咎めるのも無粋で器が小さい」
 そう思うからだというのだ。
「書くなとは言わぬ」
「左様だな」
「そうだ、では後でな」
「行って来るな」
「今宵も楽しんでくる」
「やはり毎晩おなごは離さぬか」
「英雄色を好むだ」
 伊藤は笑ってこうも言った。
「要するにな」
「お主は英雄だから女が好きか」
「ははは、それか女が好きだからだ」
「英雄になったか」
「そうかもな。どちらにしてもな」
「女が好きか」
「そうだ、だから行って来る」
 こう言ってだった。
 伊藤は実際に井上と別れ料亭を出た後で今目をつけている芸者のところに行った、だがその芸者がいる店の女将は。
 店に来た伊藤に怪訝な顔で言った。
「あの、公爵は」
「相手をするならか」
「もっといい娘がいませんか?いつもですよね」
 歳は感じさせるがかなり艶を見せる女将は言った。
「お相手の方は名も知られていないまだ誰も目をつけていない様な」
「おぼこいな」
「はい、誰も知らない様な」
「そうしたおなごがよいのじゃ」 
 伊藤は女将に笑って話した。
「相手はな」
「そうなのですか」
「結局これは遊びよ」
 女遊び、それだというのだ。
「確かに入れ込むおなごも時にはおるが」
「それでもですか」
「結局これはな」 
 毎晩のそれはというのだ。
「遊びじゃ、そして遊ぶ相手はな」
「名を知られていない」
「他に誰も手をつけておらぬな」
「そうした娘がよいのですか」
「遊びで揉めるつもりはない」
 一切、そうした言葉だった。
「誰ともな」
「そうですか」
「だからな」
「遊ぶおなごはですか」
「誰も知らぬ様なそうした娘に限っておる」
 伊藤は女将にその相手が来る間に話した、くつろいた態度でかつ砕けた口調での話には本音があった。
「そしてな」
「誰とも揉めない」
「そうしたいのじゃ」
「ですが公爵でしたら」
 長い間首相を務め元老院の議長でありまさに日本第一の臣である彼ならとだ、女将はその伊藤に対して言った。
「誰と揉めても」
「問題なしか」
「その辺りのお大尽のお妾さんとそうなっても」
「馬鹿を言うでない、他人のものに手を出すのは悪いことであろう」
「それはそうですが」
「そして誰かと揉めて権勢を使って黙らせるなぞじゃ」
 伊藤はどうかという顔で述べた。
「それも下種なことじゃ」
「だからですか」
「うむ、それでじゃ」
 だからだというのだ。
「わしは最初からじゃ」
「揉めない様にされていますか」
「左様、遊びで揉めるのも愚かであるしな」
「何かとお考えなのですね」
「これでもな。ではな」
「今宵もですね」
「楽しむ」 
 まさにというのだ。 
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