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海難法師

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第一章

         海難法師
 伊豆の七島の話である。
 この時たまたま島に休暇がてら旅に来ていたフランス大使館の駐在武官である海軍大尉アレクサンドル=サガンはその話を聞いてまずはこう言った。
「実は私は日本に着て暫く経ちますが」
「その中で、ですか」
「幽霊の話をよく聞きます。妖怪の話もですが」
 宿の女将に流暢な日本語で話した、黒髪に白い肌で鷲鼻に細い眉そしてアイスブルーの目で背は一七五位で軍人らしく引き締まった身体をしている。ただし今は旅をしているので軍服ではなくスーツ姿だ。
「どうも」
「はい、それでです」
 女将はそのサガンにさらに話した。
「ここではです」
「旧暦の一月二十四日にですか」
「つまり今日なんですよ」
 女将は眉を顰めさせて話した。
「海難法師が来まして」
「それで、ですか」
「今日は漁に出ないで」
 それでというのだ。
「夜も外には出ないで」
「それで、ですか」
「家の玄関にはトベラの小枝と野蒜を置いてます」
「雨戸も閉めて」
「それで、です。お客さんまたえらい日に来られましたね」
「休暇でしたしそれに」
 サガンは女将に話した、サガンが取った部屋の中で話している。
「今そのお話を知りました」
「私のお話で」
「はい、そんなものが出るんですね」
「この伊豆には」
「それはまた」
「それで今夜は申し訳ないですが」
 女将はサガンにさらに話した。
「外には出られないで」
「お風呂もですね」
「露天風呂も入られず」
「そっちもですか」
「そこから入られるんで」
 その海難法師にというのだ。
「閉めますので」
「だからですか」
「入られるなら夜にならないうちに。夕方遅くには閉めます」
 その露店風呂もというのだ。
「そして夜はじっとされて下さい」
「飲んでもいいですね」
「お酒でしたら置いておきますので飲まれて下さい」 
 サガンが好きな様にというのだ。
「そうされて下さい」
「それでは」
「夕食は早くに出しますので」
「夕刻にですか」
「あとはくれぐれもです」
 女将は怯える様な声で話した。
「夜は騒がれず」
「静かにですね」
「その様にお願いします」
「わかりました。地元の話には素直に従うことこそです」
 サガンは笑って答えた。
「長生きの秘訣ですから」
「長生きのですか」
「小説や映画でここで笑って無視したらどうなるか」
「大抵は死にますね」
「そんな登場人物の常ですね」
「だからですか」
「私もそういうことはしません」
 決してというのだ。
「何があっても」
「そうですか」
「はい、ですからこうした時は」
「素直にですか」
「そうさせてもらいます」
「それでは」
「一人旅ですし」
 サガンは独身だ、士官という立場からそろそろ結婚してはどうかと言われているのでフランスに戻れば相手を探すつもりだ。実は今も探しているが日本では軍人はどうも結婚相手として人気がないので努力は報われていない。 
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