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至誠一貫

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第二部
第二章 ~対連合軍~
  百 ~シ水関の攻防~

 
前書き
新キャラが登場します。 

 
 翌朝。
「皆、おはよう」
「…………」
「…………」
 む、朱里と雛里が何やら難しい顔つきをしている。
 疾風(徐晃)は斥候に出ていて、霞は兵の指揮に当たっている為この場にはおらぬが、詰めている兵らも自然と顔が強張っていた。。
「二人とも、如何したのだ?」
「……あ、ご主人様」
「おはようございます」
 慌てる様子もないが、深刻な表情は変えずに二人は私を見た。
「実は、少し気になる事がありまして」
 と、朱里。
「ふむ。申して見よ」
「はい。……昨日の戦いなんですが、攻撃してきたのは曹操さんの軍だけでした」
「その通りだな、雛里」
「……ですが、私と疾風さんの調べでは、先陣を任されたのは曹操さんだけじゃありません」
 なるほど、その事か。
「それで、朱里ちゃんに話したところ、やっぱりおかしいんじゃないかって」
「うむ」
「……孫策さんは袁術さんの実質的な麾下ですし、その命に背くとも思えません」
「その通りだ。それに、雪蓮は自ら先頭に立つ事を好む……となれば」
 私の言葉に、二人が首肯する。
「疾風さんにその事を話したところ、すぐに調べてみると言って下さったんです。……ただ」
「私への報告が事後になった事か、雛里?」
「は、はい」
 少し怯えたように、眼を伏せる雛里。
「気に致すな。お前と疾風に一度は任せると申したのは私自身、都度伺いを立てるには及ばぬ」
「あ、ありがとうございます」
 ……しかし、雪蓮か。
 自身の勘働きも尋常ならざるものがあるが、その上に軍師として周瑜が控えているのだ。
 何やら、企んでいるやも知れぬな。
 旗は確かに、連合軍の中に翻っている。
 常識で考えれば、名を上げたい筈の雪蓮が旗を残していく筈がない。
 そして、私とは直接戦う意思はない……となれば。
 いずれにせよ、その動向を把握しておくに越した事はあるまい。
「朱里。この事は禀らにも知らせておくように」
「御意です」
「……ご主人様。孫策さんが洛陽を狙っているとお考えですか?」
「可能性が皆無とは言えまい。このシ水関を抜く事が叶えば別だが、それが如何に至難の業であるか……そう考えればな」
「は、はい」
 雛里はまだ、釈然とせぬか。
 だが、雪蓮は形振り構ってはおられぬのもまた事実。
 ……まだまだ、この二人には甘さが抜けきらぬところがある。
 それを承知で連れてきた以上、私が釣り合いを取らねばなるまい。
 明命を介した言葉を疑う訳ではないが、これは遊びではないのだからな。
 月や殿下に万が一の事があってはならぬのだ。


 敵軍に動きのないまま、数日が過ぎた。
「疾風、雛里。敵軍はどないな雰囲気や?」
「袁術や劉ヨウらは焦れているらしい。だが、軍議を開いてもこれと言って進展が得られる訳ではないからな」
「曹操さんや孫策さんの陣は警戒が厳しく、斥候さん達もなかなか近づけないみたいです」
「せやけど、敵が動かへん限りはどうしようもないしなぁ」
 ぼやく霞。
「先陣が曹操さん、孫策さんでは挑発も無意味ですしね……。一応やってみましたが、曹操さんの軍で僅かに反応があったぐらいでして」
 朱里が苦笑する。
 その反応が誰なのか……言わずともわかる話だが。
 頭を抱える華琳の様子が、目に浮かぶようだ。
「疾風。雪蓮らの動向はまだ掴めぬのか?」
「はい。朱里が申した通り、陣に忍び込むのも容易ではありませぬ。……私自ら、探ってみましょうか?」
「いや、ならぬ。そこまで警戒を厳にしている以上、無理をする事もあるまい」
「しかし、孫策殿の動向……私も気になります」
「その心意気だけで良い。万が一の事があらば、皆の士気にも関わる」
「……は」
 やや悔しげな疾風。
 だが、釘を刺しておけば命に背いてまで動く事はせぬ筈だ。
「朱里、雛里。雪蓮の動き、どう見るか?」
 二人は顔を見合わせてから、小さく頷き合った。
「推測ですけど、申し上げても宜しいでしょうか?」
「構わぬ。思うところを申せ」
「はい。雛里ちゃん」
「うん。……多分ですけど、孫策さんは陣の中にはいらっしゃらないかと」
「んなアホな。せやったら、あないに警戒する必要あらへんやろ?」
「霞さんがそう思われるのはごもっともです。そう思わせるのが狙い、私はそう思います」
 雛里は真顔でそう答えた。
「つまり、あれは囮という訳か。別行動を取るならば不可欠の筈の明命まで使って」
「そうです、疾風さん。そこまでする必要がある、何かをしようとしているのかと」
「……ただ、それが何なのかはわかりません。このシ水関への奇襲はもう不可能ですし、回り込んで洛陽を急襲される事には風さんが備えていますし」
「厄介やな、ホンマ。賈駆っちやねねにも知らせた方がええんちゃうか?」
「うむ。念のためだ、手配りはしておけ」
「御意です」
 雪蓮め、何を企んでいるのか。
 私はどう動くべきか……。
「失礼します。敵が、動き始めました!」
 息を切らせて、兵が駆け込んできた。
「ようやっとか」
「では、手筈通りに」
 霞と疾風が飛び出していく。
 さて、連合軍はどう出るかな?
「朱里、雛里。参るぞ」
「はわわ、わ、わかりましゅた!」
「あわわ、ぎ、御意れす!」
 ……何故に、噛む必要があるのか。
 こればかりは、個性と割り切るよりないのやも知れぬが。

 城壁に登ると、攻め寄せる敵が一望出来た。
「土方様! あれを!」
 兵が指し示す先に視線を向けると、そこには見慣れぬ兵器が用意されていた。
「櫓、でしょうか」
「確かに、高さはありますけど……」
 傍らの二人も困惑しきりだ。
 良く見ると、車輪がつけられている。
 なるほど、移動式の櫓という事か。
「朱里。櫓の上にいる射手を狙わせるのだ。矢の飽和攻撃には耐えられまい」
「御意です!」
 しかし、敵にもなかなかの発明家がいるようだな。
 朱里に作らせた連弩もそうだが、この時代でもある程度技術開発が必要な筈だ。
 そのような先見の明がある……恐らく、華琳の麾下であろう。
「雛里」
「はい」
「この戦闘が終わってからで構わぬ。あれを作ったのが何者か、疾風と共に探るのだ」
「御意です。……ご主人様、あれを」
 櫓の後から、背の低い不格好な車が進んできた。
 望遠鏡を取り出し、観察してみるか。
 ……ふむ、大きな石を大量に積み込んでいるな。
「見てみるか」
「あ、はい」
 望遠鏡を覗き込んだ雛里の顔が、次第に青ざめていく。
「ご、ご主人様! あ、あわわ……」
「あれが何か、わかるな?」
「は、はい。た、大変です……すぐに朱里ちゃんや皆さんに知らせないと」
 慌てて駆け出す雛里。
 確かに、あれを持ち出されれば危ういな。
「誰か、霞をすぐに呼んで参れ」
「ははっ!」
「……いや、良い。私が参ろう」
 駆け出そうとした兵士を押し止め、持ち場に向かうように伝えた。
 防戦の指揮に当たっている最中だ、混乱を助長するような真似は慎まねばな。

「構えて、撃って下さい!」
 朱里の号令で、連弩から大量の矢が放たれる。
 移動式櫓や投石機に向けて。
 ……が。
 返礼とばかりに、敵陣からも雨霰と矢と石が我が陣へと飛んで来た。
 先日の戦では恐るるに足りぬものであったが、今日は違う。
 巨大な石は城壁を削り、少しずつ穿っていく。
 一方、櫓から放たれた矢も、城壁の上に陣取る我が軍の兵らを確実に傷つけていた。
 高低差があっての優位性が失われた以上、当然の事とも言えるが。
 無論その程度ですぐに瓦解するような事はないが、これを繰り返されればいずれは深刻な事態に陥るであろう。
 櫓も投石機も、厚手の板を巡らせて此方の矢を防ぐ構造になっているようだ。
「はわわ、矢が通じません!」
「朱里、慌てるな。敵も矢石を放つ限りは姿を見せる、此方の矢が全く当たらぬ訳ではない!」
「は、はいっ!」
 とは言え、兵らにも動揺が走っているのが見て取れる。
 無理もない、絶対的な優位が崩れ去ろうとしているのだからな。
 その間にも、ガツンガツンと石が当たり、壁を崩したり兵を倒していく。
 櫓の方は連弩により矢の勢いを弱められたが、投石機が殊の外厄介な存在だ。
 打って出て、あれを壊すか……?
 いや、華琳の事だ、それは織り込み済みであろう。
 寧ろ、罠を張り霞や疾風を捕らえる策を立てているやも知れぬ。
 だが、このまま籠もっていてもじわじわと戦力を削られるばかり。
 ……やむを得ぬか。
「雛里」
「はい」
「予てからの手筈通り、良いな?」
「あわわ、ご主人様……」
 青ざめる雛里。
「直ちにかかれ。それから、洛陽にも使者を出しておけ」
「ぎ、御意です!」
 あたふたと城壁を降りていく雛里を見送り、兼定を抜いた。
 そして、朱里の脇に立つ。
「ご主人様?」
「皆の者、此所が踏ん張りどころだ。何としても、防ぎ切れ!」
 その姿は、敵陣からも認められた筈だ。
 敵にその気があらば、矢石を集中させて私を狙ってくるであろう。
 ……ほう、雪蓮の軍が向かってきたようだな。
「歳三! 良い度胸じゃの!」
 祭が、弓を手に叫んだ。
「兵の先頭に立つ覚悟なくして、何が将か。お主も同じであろう?」
「はっはっは、相変わらず痛快な男よの。だが、今は敵味方、容赦はせぬぞ!」
 そして、祭は矢を番えた。
「はっ!」
 放たれた矢は、寸分違わず私の眉間目がけてきた。
「ご主人様!」
 朱里が、堪らず悲鳴を上げる。
「む!」
 兼定で矢を叩き落とすと、祭が笑みを浮かべた。
「流石じゃの」
「ふっ、お前もな」
 明命の姿は見えぬが、恐らく周囲の警戒に当たっているのであろう。
 そして、やはり雪蓮は姿を見せぬな。
「ならば……これはどうかの?」
 そう叫ぶや否や、祭の手から数本の弓が放たれた。
 む、速い!
 今度もまた、私の急所を正確に狙ってきているのがわかる。
 祭め、芝居にしては些かやり過ぎではないのか?
 と。
 向かってきた矢が、不意に軌道を変え、落下していく。
「……兄ぃには、指一本触れさせない」
 弓を構えた恋が、いつの間にか近くに立っていた。
「くっ、流石は飛将軍じゃな」
「……兄ぃ。大丈夫?」
「ああ、助かった」
「おお、呂布将軍だ!」
「呂布将軍さえおられれば、勇気百倍だ!」
 兵らの士気が、一度に高まったようだ。
「よし、儂らば一度引いて体勢を立て直す! 続けぃ!」
 祭の号令で、孫策軍は関から離れていく。
 ともあれ、もう一踏ん張りだな。

 日没になっても、敵軍の攻撃は続いていた。
 袁術が、諸侯を急かしているのであろう。
 だが、灯りがなくては矢石も当たるものではない。
「ご主人様!」
「おう、ここだ」
「はい。準備の方、整いました」
 息を弾ませながら、雛里が告げた。
「よし、直ちにかかれ」
「御意です!」
「朱里。お前も雛里と共に」
「は、はいっ!」
 二人の指示で、関の中が密かに動き始めた。
「恋。私は最後まで残るが、お前も良いか?」
「…………」
 む、返事がない。
 聞こえぬ程の喧噪はない筈だが。
 ……ふと、暗闇の向こう側に何やら気配を感じた。
「……誰だ?」
「……………」
 恋の誰何には答えぬが、確かに何者かがいる。
 殺気を向けてくるところからして、間違いなく味方の兵ではない。
「……答えないなら、殺す」
 恋が方天画戟を手に、駆け出した。
 ガキン、と金属同士がぶつかり合う音が響く。
「さ、ささ、流石ね」
 若い女子(おなご)の声だが、聞き覚えはない。
「……兄ぃを狙う奴、恋は許さない」
「そそ、そんな事はし、しない……。で、でも、黙ってき、斬られたくはない」
「何奴だ、名を名乗れ」
 声が震えているというよりも……これは吃音か。
「…………」
「……答えないのなら、死ね」
 姿は見えぬが、恋は正確に相手の姿を捉えているらしい。
 敵もさるもの、その打ち込みを素早く躱している。
 ……と。
 関の一角で、火の手が上がった。
 うむ、頃合いのようだな。
「恋、合図だ」
「……ん」
 続いて、ドカンと爆発が起こった。
「なななな、何が起きた?」
「早く引き上げた方が良い。さもなくば、巻き込まれるだけだ」
「ま、ま、巻き込まれるとは?」
 その間にも爆発は続き、城壁がぐらぐらと揺れる。
「……兄ぃ。恋に、掴まって」
「うむ。……そこの者、今一度問う。名は?」
 火に照らし出され、敵の姿が朧気に浮かんだ。
 明命よりはやや背が高いぐらいの少女で、全身を黒装束で覆っている。
「…………」
「答えぬか。……では、当てて見せよう」
 少女が、驚いたように私を見る。
「トウ艾、字は士載。華琳の麾下であろう?」
「どどど、どうして……?」
「その吃音だ。……そうか、カマをかけたが正解だったようだな」
「!!」
「戻って華琳に伝えよ。虎牢関で待つ、とな」
 恋は、私を小脇に抱えると、城壁から飛び降りた。
 かなりの高さがあるのだが、全く躊躇はなかった。
 背後で、爆発音と共に、城壁が崩れ始めた。
「歳っち、恋!」
 着地した先に、霞が待っていた。
「霞、兵らは?」
「全員向こうてる。後はウチらだけや!」
「よし。参るぞ」
「応や!」
「……ん」
 馬に飛び乗り、駆け出した。

 シ水関を爆破し、巨大な障壁とする。
 ……あくまでも奥の手であったが、これでかなりの足止めになる筈だ。
 虎牢関での戦いでは、投石機への対策も練らねばなるまい。
 今度こそ、決着をつけてくれようぞ。 
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