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提督はBarにいる。

作者:ごません
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舌戦、舌戦、また舌戦・2

 元帥の血圧を爆上げするという傍迷惑なテロ行為を働いた提督と金剛は、そそくさと横須賀大本営を後にした。そして再びタクシーを捕まえると、

「金剛、こっからは俺一人で行ってくる。お前はどっか適当にホテルを取って休んでてくれ」

 と宣った。当然ながら、金剛の反応は激烈だった。

「What!?何言ってるのdarling!そんな事させられる訳がーー」

「金剛」

 短かったが、重く、ズシリと響くような声だった。

「今から俺が向かう所はな、なるべく穏便に、且つ秘密裏に話を済ませるつもりだ。ただでさえ目立つガタイの俺に、お前みたいな美女がお供に居てみろ。目立ってしょうがねぇや」

 そう言って、提督は金剛の頭を撫でる。

「な?だからお前は、俺の帰りを待っててくれよ。俺ぁ結構お前の『お帰り』に救われてんだからよ?」

「……ちゃんと無事に帰ってきて下さいネ?」

「当たり前だろ?俺を誰だと思ってやがる」

「あのぅ……お客さん方はどちらまで?」

「「あ」」

 盛り上がり過ぎて、タクシーの車内である事を忘れていたバカップルな2人である。

 微妙な空気の充満した車内のまま、タクシーは横須賀駅に到着。ここで提督が降りて、金剛はこのままチェックインするホテルに向かってもらう。そして提督は新たにタクシーを捕まえると、即座に目的地を伝える。

「ーーーー霞ヶ関まで」




 『内務省』という組織は、大日本帝国時代に存在し、一度無くなった省庁である。発足は1873年、明治6年の事。発足当時は財政・司法・教育以外の内政全般に権限があるという正に『官僚の総本山』とでも言うべき省庁であった。その権力の強さは各都道府県知事は戦後まで内務省の官僚が務めていた、と聞けば想像が付くだろう。しかし太平洋戦争に敗れ、GHQ統治下に置かれた1947年、地方自治の影響力の強化などの観点から内務省の解体が決まり、それまで内務省の担っていた行政は機能毎に細分化され、以来60余年その復活は無かった。しかし、転機が訪れるーーそう、深海棲艦の出現である。

 それまで冷戦などはあれど大規模な戦禍には巻き込まれて来なかった日本国にとっては、正に青天の霹靂。平和ボケした時代が、一気に戦時下へと叩き込まれたのだから。当然ながら細分化された各省庁は混乱を極め、官僚もその上に位置するはずの内閣府までが右往左往する状態。そんな中、一部の官僚が省庁の壁を越えて団結して混乱の最中にあった各省庁の機能を横の繋がりで纏めつつ、戦時下に必要となるであろう統制を執り始めたのである。上部組織である筈の内閣府の意向を待たずにではあったが、その動きは戦時という緊急事態を治めるには最適解とも言えた。そうして、事後承諾ではあったが、内閣府の承認を受けて各省庁の機能を一ヶ所に纏めた内務省は日本国に復活を果たした。そして今、その巨大なビルの入り口付近にこれまた大きな人影が1つ。

「よぅ、内務大臣いる?」

「何だ貴様は!?」

 内務省の入り口を守る警備員の第一印象は『不審者』である。いきなり2m近くもありそうな大男が内務省の、それもトップが居るかと話しかけて来たのだから。

「いや~、ちょっとばかし話があってねぇ。アポとか面倒だから取ってねぇんだけどさ」

「大臣は公人だぞ!?いきなり会おうとして会える訳がないだろう!」

 警備員は目の前の男を『不審者』から『頭のおかしい奴』に切り換えた。何せ、言っている事が無茶苦茶過ぎて、正気の沙汰とは思えなかったからだ。

「あ~、そっかそっか。まぁいいや、俺も一応公人なんだがねぇ?」

 そう言って男が出したのは1つの手帳。黒革張りのその手帳の表紙には『日本国海軍』の文字が金で箔押しされていた。警備員が恐る恐るそれを開くと、『大将 金城零次』の名と共に、目の前の男の不機嫌そうな顔写真が写っていた。

「は……あ、ええっ!?」

 警備員が驚くのも無理はない。『南方の護りの要』『不敗の提督』『新世紀の軍神』等々、新聞やニュース等の見出しを飾る有名な猛将。テレビ等の画面を通して知っていた存在が目の前にフラリと現れたのだから、現実感が伴わないのも当然だろう。

「あ~、悪いんだが確認取って貰えねぇかな?『海軍の金城が大臣に会いに来た』ってさぁ」

「は……ハッ!少々お待ちを!」

 警備員は肩から提げた無線機で、何処かへ通話を始めた。その慌てた様子に苦笑いを浮かべる提督。提督の方は落ち着いたもので、胸ポケットから煙草を取り出して1本咥えて火を点けた。そうしてぷかりぷかりとふかしながら、警備員の応答を待っていた。そうして待たされる事20分、提督の吸った煙草が8本を超えようかと言う頃に漸く応答があった。

「大将殿、内務大臣がお会いになるそうです。今迎えの者が……」

「あ~、そういうの良いから。ガキでもあるまいし、道案内なんぞ付けなくても辿り着けるさ」

 そう言い残してのっそりと内務省の庁舎ビルへと歩を進めていく。その姿をポカンと眺めていた警備員は、後から『サインでも貰えば良かった』と悔しがったと言う。




「しっかし、でけぇビルだなぁ」

 初めて入った内務省の庁舎を、興味深げに眺めながらゆっくりと歩を進めていく提督。目指すはビルの中央を通るエレベーターホール。事前の下調べで大臣の執務室は最上階にあると知っていたので、特に迷いはない。やがてエレベーターホールに到着すると、丁度上へ向かうエレベーターが1階まで降りてきていた。

「はいはい、ちょっとご免なさいよっと」

 そこに滑り込む形で乗り込む提督。重量制限のブザーが鳴らないかと一瞬ヒヤリとしたが、なんとか鳴らずにホッとする。エレベーターの扉が閉まり、上昇を開始する。密閉された室内では、滑り込んできた巨大な闖入者の話題で持ちきりだ。

『誰だアレ?』

『随分でかいな』

『顔怖くね?』

 等といった会話が、提督に聞こえるかギリギリのボリュームで交わされていく。目立っている自覚はあるが、提督は気にした様子もない。そうしてエレベーターが各階に止まる毎にエレベーター内の人数は1人減り2人減り、やがて最上階手前のフロアでエレベーター内の人間は提督一人となっていた。

「さ~て、いよいよボス戦って感じだなぁオイ」

 提督は一人きりのエレベーター内でそう呟くと、首を回したり足首を回したりと軽い準備運動を行う。鬼が出るか蛇が出るか、最悪到着した途端に特殊部隊の急襲によって殺される、なんて未来も限り無く可能性は低いが有り得るのだ。そうこうしている内にエレベーターが最上階に到着する。扉が開くとそこは、床に赤いカーペットが一面に敷かれた、広い廊下だった。幾つかドアが在り、その最奥に更に重厚な扉が在る。

「流石に内務省、いいカーペット使ってやがる」

 エレベーターから一歩踏み出す。が、その提督の足音はカーペットに吸収されて音がしない。薄いながらもクッション性に優れた高級な物であるという証だ。そんな廊下を進みながら、提督は観察を続ける。廊下に幾つか点在する扉の向こうにも人の気配を感じるが、極力音を立てないように息を殺しているようだ。

『俺にビビっての事か、万が一の時に奇襲をかます為か……さてさて、どっちかねぇ』

 そんな物騒な事を考えつつ、提督は最奥にある扉の前に辿り着く。3度、ノックをすると扉の音が重い。木製のドアに見えるが間に金属が挟んであるらしい。

『入りたまえ』

 部屋の主であろう男の声から返答があり、提督はドアを開ける。そこは貴族の書斎兼執務室の様な出で立ちだった。華美な装飾はないが、調度品の質からかなりの高級品である事が窺える。そんな部屋の中央からやや窓寄りの位置に、これまた豪奢な執務机が置かれている。そこにセットの革張りの椅子があり、恰幅のいい壮年の男が腰掛けていた。

「お初にお目にかかります、榎田大臣」

「此方こそ初めまして、だな。金城大将」

 榎田 正成(えのきだ まさしげ)。彼こそは現内務大臣であり、総理大臣すら顎で使えるとまで噂される日本の政界のフィクサーと目されている人物である。 
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