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神機楼戦記オクトメディウム

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第14話 泉美の初陣と、神聖なる拳の者:前編

「どうやら『時』が来たようね」
「そのようね」
 穂村宮高校の放課後にて、あごきな方法で大人への階段を登ってしまった千影と泉美。
 そんな二人が突如としてアイコンタクトを取った後に、このような言葉を交わしたのであった。
 それが意味する所は一つであろう。
「とうとうおでましとなったって事よね」
「そういう事」
 そう、二人の視線の先には明らかにこの学校の教師ではない男性が目に入っていたのである。
 加えて、その者が誰であるかは既に二人は事前に知識を得ているのだ。
「高嶺……『ギロチン高嶺』さんよね」
「ええ、大邪衆のね」
 即ち、満を持して『敵』の襲撃が今起こったという事である。
 だが、襲撃というには余りにも穏やか過ぎる登場をしたのが彼──ギロチン高嶺であるのだった。さすがはリングの上以外では温厚となるボクサーであるが故だろうか。
 そんな高嶺に対して、泉美は話を始めるべく心に決める。彼女にはそうしなければならない理由があったのであった。
「お久しぶりです、高嶺さん」
「ああ、八雲さんですか」
 そう言う高嶺は紳士そのものであった。やはりリングの外では拳という名の得物は心の鞘の中に収まっているという事だろう。
 そんな高嶺に対して、泉美は話を続けていく。
「大邪衆に入ったと思ったらすぐに離反した私を疎ましく思っているのでしょう? この辺りは『欠番メンバー』とでも罵ってもらえればいいですよ」
「何言ってんの泉美?」
 突拍子もないワードを打ち出す泉美に対して、千影は頭をひっくり返されるような心持ちとなってしまうのであった。それ何て『童帝』なのかと。
 そもそも、今さっき泉美は自分と『行為をしたか否か』という意味では処女を卒業したばっかりであるというのが、また何とも間が悪くで歯痒い気分とさせるのであった。
 だが、高嶺はその紳士性を崩さずに振舞う。当然二人がさっきした事など知らないというのもあるだろう。
「いえ、滅相もありません。あなたが大邪に囚われずに元の生活に戻れたという事は、私としても喜ばしい事ですから」
 このように、高嶺は邪神の手先とは思えない言葉を並べるのであった。そこには決して嘘偽りは感じられない、彼の本心から来る事が伝わってくる。
「ありがとうございます、高嶺さん……」
 そんな高嶺の配慮に泉美は心が少し軽くなるようであった。さすがはボクサーとして身も心も洗練された人の言葉は違うなと感じる所である。
 だが、そんな彼の優しさを前にしても、泉美はここから先へ踏み込まなければならないのであった。
「でも、あなたはやはり大邪として巫女を襲撃しにきたのですよね」
 泉美がその一言を言った後、暫し辺りに静寂が走る。そして、それを破くのは当然『彼』であった。
「その通りです。それが大邪の意思ですから。大邪の邪魔になる者は排除しなければなりません」
 その言葉を、高嶺は本心から申し訳なさそうに、それでいて自身の拳の扱いと同じ『刃物』のように鋭さを持たせて言うのであった。
「やはりそうですか……」
 高嶺の揺るがぬ意思を目の当たりにした泉美は、暫し逡巡する素振りを見せる。
 この後一体彼女が何を言うか大体の予想がついてしまった千影は、すかさず泉美に声を。
「泉美さ──」
「高嶺さん、千影さんを狙うのなら、まず私と戦って下さい」
 掛ける前に本人によって遮られてしまうのであった。
 当然これには千影は手放しには賛同出来ないだろう。
「泉美! 敵の狙いは私よ。だからあなたは……」
「千影さん、これは私なりのけじめですから、どうか止めないで欲しいわ」
 そう言って泉美は千影に頭を垂れるのであった。その真摯な態度に、千影も言葉を詰まらせる。
 その状態の千影に対して、泉美は畳み掛けるように言葉を続けていった。
「例え邪神が集めた集団でも、そこには絆とか秩序のようなものが確かにあったわ。そこを私は抜け駆けして離脱してしまったのよ。だから、この場の戦いは私に任せて欲しいの」
「……」
 そう続けざまにまくし立てられては、千影とて引く事は難しいだろう。故に、彼女はこの場は折れる事にしたのであった。
「……分かったわ、泉美。でも、無茶はしないようにね。それに、かつての同志と戦うのだから、戦い辛いでしょうから、もしきつかったらいつでも私と交代しなさい」
「ありがとう、千影さん」
 自分の初の戦場となる背後には、今でも憧れの女性がいるのだ。これ程心強い事はないだろう。
 だが、泉美はその状況に甘んじる気持ちはなかったのだ。これは自分の戦い故に、何かに甘えてはいけないのだから。
「話は決まったようですね」
 そこへ、高嶺から言葉が掛かってくるのであった。
「ええ、高嶺さん。私と戦って下さい」
 これで引き返せなくなった泉美は、ここで覚悟を決めて高嶺に自分の意思を示したのだ。

◇ ◇ ◇

 これからいよいよ泉美の『元同志』との戦いが始まる訳だが、当然そのまま戦う訳にはいかないだろう。
 何せ、対戦カードは心身を磨き抜かれたプロボクサーと、一介の女子高生なのだから。こんなのはまともな戦いではなく、単なる婦女暴行という犯罪行為になってしまうだろう。
 なので、その事を自身の力の強い方である高嶺が触れてくるのであった。
「では、これから戦いを始めますが、八雲さん。『神機楼』を出して下さい」
 そう、常にフェアな条件で戦う事を好むボクサーらしい、彼からの提案だった。
 当然その提案に泉美は乗るのであった。乗らないと事が進まないのだから。
 その事に感謝しながら、泉美はいよいよを以って未だ繰り出していない自身の神機楼の召喚を執り行うべく行動を始める。そう、神機楼を呼び出す為の『媒体』の出番である。
「助かりますよ、高嶺さん」
 そう言いながら泉美が取り出したのは、彼女がいつも愛用している『ガラホ』であったのだ。
 それを確認した千影は、そこで呆気に取られてしまうのであった。
「泉美、それ……『媒体』だったの?」
「ええ、まあそういう所ね」
 対して、泉美はさも当然といった風に、あっけらかんとしてそう言い放ったのであった。
「──何か問題あるかしら?」
「いえ、問題はないけど、何か違うなって思って……」
 それが千影の感じる所であるのだった。某傭兵の好物が焼きビーフンなのと同じで、おかしくはないけどそこはかとなく違和感があるなと。
 ともあれ、要はこれから泉美は神機楼を呼び出せればそれでいいのだ。
 その為の挙動を彼女は行っていく。まず、ガラホをパカリと開いてボタンを押した後、耳元へと傾きかけ──。
「やっぱり違うわ!」
 それは明らかに巨躯の兵を呼ぶような挙動ではなく、普通に携帯電話で話す仕草であるのだった。
 更に、泉美の暴挙は続いていく。
「まずうちさあ、屋上あんだけど、焼いてかない?」
『ああ~いいっすねぇ~』
「会話してるし!」
 その事に加えて、その台詞はどこかいかがわしい所で聞いた事のある内容であったのだ。
 千影が完全に泉美に翻弄されてやるせない気持ちとなっていると、彼女らの周囲に気配が現れたのであった。
 そう、それは紛れもなく八雲泉美の搭乗する神機楼であるのだった。
「今の手順で呼び出せるって……」
 そう千影は世の不条理に嘆くしかなかった。
 そして、その神機楼の姿は、まず全身が紫色のカラーリングであり、頭部には鳥の頭を模したような兜が装着されているのであった。
 ここに、彼女の駆る神機楼の初のお目見えとなったのだ。
 その巨躯の名を泉美は高らかと宣言する。
「頼むわよ、『飛鋼獣コマンダードリル』!」
「……ん?」
 その名称に千影は首を傾げるのであった。明らかに今まで聞いてきた神機楼の名称とは毛色が違ったからである。
「いえ……あなたの神機楼の名前は『カルラノカブト』であった筈ですが?」
「ああ、やっぱり!」
 高嶺が指摘した事で千影は疑惑が確信に変わったのであった。やっぱりこの人は自分の神機楼にあだ名なんてものを付けていたのだと。
 そんな敵味方の垣根を越えてやるせない思いとなっている二人を尻目に、泉美はこんな事を言い始める。
「折角神機楼を繰り出したのですから、私も晴れ姿とならせてもらうわ♪」
 その言葉を聞きながら千影は、一体何の事だろうと思いながら泉美の動向に目を向ける。
 彼女がそうしていると、泉美はこう口走るのであった。
「八雲泉美チェーンジ!」
「『チェンジ』って……」
 千影は頭を抱えた。でも、敵ながら『敵ながら出来た人で、後に協力してくれる』って点であの古代エチオピアの英雄の名前の側近と同じ穴のむじななんだろうと納得してしまう自分が憎かった。
 そして、その八雲泉美チェンジは見事(?)に果たされるのであった。
 それは、彼女の姿は普段の穂村宮高校女生徒の制服から一新されていたのである。
 まず、紫色のとんがり帽子に、紫色の魔法使いか吸血鬼でも被るようなマント。
 その下に白のノースリーブと黒のタイトなミニスカートを纏ったのが、現在の泉美の姿なのであった。
(……この人の趣味ね)
 千影はそう確信したのであった。それにしてもノースリーブと巨乳ってのは阿吽の呼吸をしているなと千影は自分にない物への渇望をせずにはいられなかった。
「泉美。その姿は?」
「これはね、私はこれから『紅月の巫女』の千影さんや、『蒼月の巫女』の姫子さんと一緒に戦う事を考えての事でしてね……」
 そう区切ってから、泉美はこう締めくくった。
「それに対抗して、私が戦う時は『紫陽の魔術師』と名乗る事にしたのよ」
「成る程……」
 その発想とネーミングは案外まともだったので、千影は泉美の心意気に頷いておく事にしたのであった。
 そして、泉美はその魔法使い然とした出で立ちのまま、光となって自身の神機楼の中へと飛び込んでいったのであった。
 後は、『敵』の番であろう。
「……では、私も神機楼を出すとしましょう」
 そう高嶺は言うと、彼は懐からバンテージ──ボクサーの拳を保護する布──を取り出したのである。
 そして、次の瞬間にそれはまるで意思を持ったかのようにひとりでに持ち主の拳へと蛇のように巻き付いていったのであった。
 神機楼召喚の為の媒体はこれで出し終えた高嶺は、そのまま彼の愛機の名前を口ずさむ。
「出でよ、『マスラオノコブシ』!」
 その宣言により呼び出されたのは、拳闘士をモチーフにそのままデザインされたかのような機体であったのだった。
 そして、高嶺は口数少なく自身の召喚した機体へと飛び込んでいったのである。
 こうして戦いの準備が整った二人は、互いに神機楼に搭乗した状態で向かい合った。
 その状態から先に口を開いたのは泉美であった。
「高嶺さん……あなたを大邪の手から解放して見せますから」
 その言葉に対して、高嶺は答える。
「その心構えは立派です。しかし、大邪に仕える身となった私は、そう簡単には解き放たれる事はないでしょう。ですので覚悟を決めて下さい」
 そう言って互いは臨戦態勢に入るのであった。そして、泉美にはこの勝負にはある狙いを向けていたのである。
 それは、相手がボクサーであるが故に、その戦闘における集中力は三分になってしまうだろうという事であった。
 その事は、ボクサーであるなら逃れられないサガというものだろう。どんなボクサーでも鍛えようのない……いや、ボクサーとして洗練されればされる程その枷はより強力となるだろう、そう泉美は踏んだのであった。
 故に、一介の女子高生である自分に勝機があるとすれば、そこを狙うしかないだろうと。
 その作戦に出るべく、泉美はまずは防戦に入ろうと、自身からは行動を起こさなかったのである。
 これは、相手の特性を見極めて、それに合わせて戦うという頭脳派の泉美らしい作戦であった。だが、そう敵が出てくるというのは、高嶺としても承知の事だったのだ。
「あなたらしいですね、私の『時間切れ』を狙うとは賢いやり方です。しかし──」
 そう高嶺が言うや否や、彼の搭乗機体に間髪入れずに行動を開始させるのであった。
 それは、フットワーク。確かにボクシングは足を攻撃には使えないが、その足捌きで軽快に動き攻防を兼ねる働きをさせるのが必須なのである。そう、直接攻撃には使えないが、=戦う為の武器にならない、という事では断じてないのだ。
 その足捌きで一気に敵機との間合いを詰めた高嶺は、そこから攻撃の手を加える。
 彼は、自身の機体に普通のファイティングポーズとは違うスタイルを取らせていたのだ。それは、利き腕でない方の手を振り子のように振らせながら戦うという『ヒットマンスタイル』と呼ばれるものであった。
 その状態から繰り出されるのは、正に『飛び出しナイフ』を彷彿とさせるジャブである『フリッカージャブ』であったのであった。
 その攻撃方法こそが彼にリングネームに『断頭台(ギロチン)』の名が付けられた所以であるのだった。
 その鞭のようにしなるような攻撃を鋼の巨躯にさせてしまう辺り、高嶺のセンスが相当なものだと伺う事が出来るであろう。そして、その死神の鎌のような攻撃は着実に泉美を刈るべく迫っていた。
「やっぱり、三分間何て時間は某大佐と違って待ってくれないみたいね……」
(あの若ハゲの人!?)
 そんな泉美の別次元の呟きに、千影は閉口するのであった。こいつも姫子と同じような趣味を持っていたのかと。そのインテリっぽい風貌にてっきり騙されたよ!
 と、千影を知らず知らずの内にアンニュイな心持ちとさせてしまった泉美だが、当然彼女には余裕がなかった。
 例えボクサー同士の戦いでも、その三分間は実際以上の長さを感じるものなのであるのだから、当然そのような鍛錬を行っていない泉美からすればそれは更に上をいくというものであろう。
 故に、まともに戦えばどう考えても自分の不利は覆らないのだ。なので、泉美はここからは『自分らしい』戦い方をする事に決めたのであった。
 咄嗟に彼女は自身の機体にある物を取り出させると、それを敵が振りかざしてきた『死神の鎌』へと迷う事なく投下したのである。
 その『ある物』はあっけなくフリッカージャブの餌食となり、しかもそれは刃物で切ったかのように真っ二つになってしまったのであった。
 そのような殺傷力が生まれたのは、高嶺のボクサーとしての技術と、神機楼自身の性能から来たものであり、どちらか一方でも欠ければ成し得ない事だった。
 だが、それは泉美の目論見通りだったのである。
「掛かったわ♪」
 そう泉美が言うと同時に、真っ二つにされたある物から、一気に何かが吹き出したのであった。
 それは、霧状となった酸であったのだ。
「っ!?」
 これには高嶺も驚愕し、咄嗟にその振りかざした左腕をそこから引っ込めたのである。そして、見ればその左腕が少し溶け出してしまっていたのであった。
 それに驚き一瞬の隙を見せた高嶺。そして、それを逃す泉美ではなかった。
 彼女は搭乗機体の右手をドリルへと変形させたのである。そのような性能がこの『カルラノカブト』には備わっているのであった。先程の酸の爆弾といい、多芸なようだ。
 そして、その螺旋状の穿孔機を回転させながら、泉美はそれを相手に叩き込む。
「喰らえ! クライシスドリルアーム!」
 その宣言と共に、泉美はその右腕を敵目掛け突っ込む。ボクシングには拳を捻り威力を増させる『コークスクリュー』という技があるが、今のカルラノカブトの右腕はドリルとなって回転している為、その威力は比較にならないだろう。
 その攻撃に合わせる形で、高嶺は機体にフリッカージャブを繰り出す。
 すると、泉美のドリル攻撃はその飛び出しナイフによってあっさりと弾き返されてしまったのであった。
「くっ!」
 泉美は驚愕してしまう。自分の攻撃を防がれた事にも、そして敵が再び左腕で攻撃してきた事にも……である。 
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