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提督はBarにいる。

作者:ごません
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暑気払いに夏を感じる1杯を・3

「だからね、長波ちゃん。夕雲ちゃんが変な事してもとりあえず見守ってあげてよ。好きな人の為に必死になれるって、それだけで素敵な事だからさぁ……それに、鈴谷には最後まで貫き通せなかったから」

 そう言って寂しげに空になったグラスを振る鈴谷。中の氷がカラン、と音を立てて回る。

「どれ、お代わり作るよ」

 重苦しい静けさを振り払うように、鈴谷からグラスを引ったくる。今度はグラスではなくタンブラーに、ミントの葉12枚とシュガー・シロップを1tsp、それにライムジュースを15ml入れてペストルという棒でミントの葉を潰し、エキスを染み出させる。そこにクラッシュアイスをグラスの縁にまで入れて、バカルディのホワイトラムを30ml、それにこのレシピの要・ZACRO(ザクロ)を45ml入れてステア。このZACRO、読んで字のごとくウォッカをベースにテキーラを加えて香りを付け、更にザクロの果汁を23%加えたザクロのリキュールだ。仕上げにトニックウォーターを加えれば完成。

「『ザクロ・モヒート』だ。普通のモヒートとは見た目も味も大分違うが……ま、試してみてくれ」

 モヒートとザクロ・モヒートの大きな違いと言えばまずはその色。モヒートはミントのエキスを前面に押し出した緑色をしているが、ザクロ・モヒートはベースリキュールのZACROの色を反映してルビーの様な鮮やかな赤。見た目からして違う。そして何よりも味。普通のモヒートはミントの清涼感とライムジュースの酸味と香りで爽やかさを味わうカクテルになっている。対してザクロ・モヒートはミントとライムのモヒートとしての特徴は残しつつ、ZACROを使った事による甘味が加わる。更にただの炭酸水ではなくトニックウォーターを使うことで仄かな渋味も加わって複雑な味わいに仕上がっている。鈴谷はタンブラーを傾けて、ゴクリと一口。

「……そっか、気付いてたんだね。提督は」

「まぁな」

 そう。俺は薄々気付いてはいたんだ、鈴谷の恋心に。そして自分が1番でありたいと言う嫉妬にも似た欲望にも。だが、誰が何と言おうが何をされようが最愛の女は金剛だ。恐らくこれは死ぬまで揺らぐ事はないだろう。だがもし、鈴谷の気持ちが変化して、1番でなくても良いと折り合いを付けられるなら受け入れるのは吝かでは無いし、その証としてケッコンカッコカリの指輪も贈った。が、鈴谷は俺に対して色仕掛けじみたスキンシップを取ってくる事はあっても、自分から肉体関係を求めてくる事は無かった。恐らくは鈴谷自身歯止めが効かなくなるだろう事を恐れてのことだったんだろうと思う。だからこそ着かず離れず、中途半端な距離感のままでズルズルと歪な関係が続いていた。だからこそ、俺は鈴谷が鎮守府の外に彼氏を作ったと聞いた時には心から祝福した。漸く自分の心に折り合いを付けられたのか、と。しかし、彼氏が出来た後も鈴谷の過剰なスキンシップは止まなかった。寧ろ、その度合いを増してきた。

 だから俺は気付いたんだ。鈴谷は俺を諦めきれていない。未練を断ち切る為に他の恋人を作ったのに、心の奥の方では俺を求めてしまってるんだとな。




 だからこそ、俺は鈴谷を突き放した。極力秘書艦の当番から外し、直接的に接触時間を減らした。その間に彼氏君が鈴谷の心をかっさらっていってくれるのを期待して。どうやらその目論みは上手く行った。だから俺は、『ザクロ・モヒート』にメッセージを込めた。ザクロとライムの甘味と酸味で初恋の味を表現し、トニックウォーターの渋味で拒否の意を表し。仕上げにミントの清涼感でサッパリ忘れてくれ、と。どうやらこっちも上手く伝わったらしい。

「改めて結婚おめでとう、鈴谷。ま、俺みたいな一人の女を選べねぇ糞野郎なんざサッサと忘れて、お前一人を愛してくれる奴と幸せになりな」

「うん……うん……!」

 鈴谷はグラスを傾けながら、ゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいる。そんなに度数の低い酒ではないんだがな……まぁ、泣きながら飲んでる奴に声を掛けるなんて野暮は出来ねぇよ。泣かせたの俺だし。

「あ~!飲んで泣いたらサッパリした!提督、アタシ帰るね!」

「おぅ、またな」

 そう言って颯爽と立ち上がった鈴谷目には既に涙は無かった。浮かぶのは大輪の向日葵が咲いたような、満面の笑顔だ。

「鈴谷!」

「ん?」

 ドアノブに手をかけた鈴谷に思わず声をかける。

「……お前、『イイ女』になったな」

「も~、そういうの反則だってばぁ!」

 くるりとこっちを向いた鈴谷の顔は、困ったようなそれでいて嬉しさを隠し切れないような、何とも言えない苦笑いだった。しかし、その左目の眦から零れ落ちた雫は見間違いでは無かったはずだ。





「……はぁ~」 

「何と言うか、『大人の恋』でしたね」

 鈴谷の居なくなった店内で、長波と早霜が言葉を交わしている。茶化す様な喋り方ではなく、寧ろそれを羨む様な喋り方。普段男勝りだったりあまり感情を表に出さない2人ではあるが、どうやら鈴谷の様な初恋の物語とその終わりは、とてつもなく眩しい物に映ったらしい。その一方で、彼女達の実の姉は純粋とは程遠い下世話な言い寄り方をしていた訳だが。

「うぉ~い、いつまで狸寝入りにシケこんでんだぁ?夕雲」

 カウンターに突っ伏していた夕雲がビクン!と大きく痙攣する。

「気付いてたの?」

「アホか。店内で寝る客なんて幾らでも見てきてんだぞ?寝たフリかどうか位の見分けは付くってーの」

「鈴谷さんのお話を聞いてたら、何だか恥ずかしくなっちゃって」

「そうかぁ?」

 感動してる長波達には悪いが、俺に迫ってきてた頃の鈴谷は下手すると夕雲より酷かったぞ?

「制服を着崩して谷間を見せつけて来たり、俺の太股に跨がって擦り付けて来たり……鈴谷の方が酷かったぞ」

「えぇ……」

 さっきまで感動していた長波達が、掌を返したように今度はドン引きしている。まぁ、盲目的に恋に突っ走ってる奴は大差ないってこった。

「ばんわ~」

「おぉ、明石じゃねぇか。早いなぁこんな時間に」

 やって来たのは工廠の主(ヌシ)にしてウチのやらかしまくる開発部門のトップ、明石こと淫乱ピンクだった。普段は時計が天頂回るまで工作室から出てこない事も多いのに、今夜は早い『ご出勤』だ。

「いや~、提督へ渡さなきゃいけない物がありまして。それに当事者もここに来てるだろうからと」

「当事者?」

「あれぇ、聞いてないんですか?今日の演習で夕雲ちゃんが錬度99になったんですよ。ってことではい、コレ」

 と明石が無造作に投げて寄越した小箱。艦娘個人には大事な物かも知れないが、俺や大淀、明石にとっては見馴れすぎた程に見馴れた箱。

「え、これって……」

「おう、お前のケッコン用の指輪だよ、夕雲。でどうする?受け取らないって選択肢もあるがーー」

「要ります!ください!」

 聞くまでも無かったか。早速箱から取り出して、夕雲の左手の薬指に填めてやる。そこで店内に居た艦娘達から拍手が上がる。

「提督?」

「なんだ?」

「ケッコンしたんなら、『夜戦』のお相手……してくださるのよね?」

「いいのか?後悔するぞ?」

「待ちに待った瞬間だもの。後悔なんて絶対しないわ」

「いや、夕雲ちゃん。今日は止めておいた方が……」

 事情を知っている明石が止めに入る。が、これは夕雲に対する『お仕置き』の意味も多少含まれている。止めさせやしない。

「うっし、なら早速行くか!早霜、後は任せたぜ?」

「え、ちょっと、きゃあっ!?」

 俺はカウンターから出ると、スルリと夕雲の横に回り込み、腰の辺りをガッチリ掴んで脇に抱えた。さながら荷物扱いである。

「ここん所書類の山にウンザリして溜まってるんだ。俺が満足するまで相手してもらうぞ」

「え、いや、あの、私初めてだからーー……」

「おう、一生思い出に残る初体験にしてやる」

「「「行ってら~ノシ」」」


 ドアが閉まり、店内に再び喧騒が戻る。

「ところで明石さん」

「ん?どったの長波ちゃん」

「何で姉貴を止めようとしたんです?」

「あぁ、あれ?提督ってね、疲れた方が精力が増すの」

「え゛っ」

「前にね、加賀さん達南雲機動部隊6人掛かりで襲ったらしいんだけど……全員KOして入渠送りよ。全員足腰立たなくなってて後々出撃計画の変更とか大変だったんだから」

「「うわぁ」」

 ましてや本土から送られてくる書類の山で提督のイライラとムラムラは最高潮だろう。夕雲はそんな地雷原の上でタップダンスを躍り、見事に踏んでしまったという訳だ。思わず長波、早霜、明石の3人は夕雲が無事に帰ってくるように合掌した。 
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