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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第六十一話 大森林の先

 大寒波の冬は去り、季節は春を迎えようとしていた。

 ヌーベルトリステインの首府、新トリスタニアの総督府であるアルゴルキン砦では、16歳となったマクシミリアンの誕生パーティーが催されていた。

「お誕生日おめでとうございます」

「殿下、誕生日おめでとうございます」

「ありがとう、みんな」

 家臣や学者達からお祝いの言葉を受け取り、にこやかに談笑するマクシミリアン。
 『パーティー』と一言で言っても、トリステイン本国の様な盛大なパーティーではなく、アルゴルキン砦内にある食堂でのささやかで小さなパーティーだった。

「マクシィ兄さんおめでとう」

「ありがとうティファニア」

 モード大公の隠し子でハーフエルフのティファニアと、その母親のシャジャルは砦内に個室を与えられ、マクシミリアンとは家族に近い生活を送っていた。
 ヌーベルトリステインでの二人は、エルフである事を隠さずに生活を送っている。
 マクシミリアンは、『ヌーベルトリステインでは一切の人種、宗教の束縛から解放される』と訓辞を出し、エルフである事で差別する事を禁止した。
 宗教の自由も約束され、ハルケギニアで迫害されてきた新教徒の多くが新世界に移民してきた。
 もっとも、宗教の自由が約束されたとはいえ、いかがわしい新興宗教の類は真っ先に潰せるように、マクシミリアンは目を光らせていた。

「ティファニアは、何か不自由はしてないか?」

「無いよ、毎日が楽しい」

「では、何か気になることは?」

「初めて会う人には驚かれたりするけど、みんな優しくしてくれるよ」

「そうか、よかった」

 マクシミリアンは、ティファニアの頭を撫ると嬉しそうに身体をくねらせた。

「えへへ……あ! マクシィ兄さん。これ食べて」

「BLTサンドイッチか美味そうだな」

「私が作ったの」

「そうか良く頑張ったな、いただきます」

 マクシミリアンは、BLTサンドにかぶりついた。
 サクサクに焼かれたパンの香ばしさと、カリカリなベーコンの肉汁とトマトの酸味にレタスのシャキシャキ感が合わさり、思わず舌鼓を打った。

「うん、美味いよ」

「本当!?」

 ティファニアはの顔はパッと華やぎ、嬉しそうにマクシミリアンに抱きついた。

(最初、ココに来たときは引っ込み思案な所があったのに……良い傾向だな)

 ティファニアは、新世界に来たときは何時もオドオドしていて、マクシミリアンは不安だったが、エルフというだけで後ろ指を指される事が無くなった為か、ずいぶんと明るくなった。
 すっかりマクシミリアンに懐き、今では『マクシィ兄さん』とまで呼ぶようになった。

「マクシィ兄さん、シチューもあるよ、私がよそってあげる」

「シチューじゃなくて、クラムチャウダーなんだけど……まあ、似たような物か」

 『ホンビノスガイ』という、ハマグリよりも肉の大きな貝がたっぷり入ったクラムチャウダーを、ティファニアは大盛りで持って来て手渡しした。

「はい、マクシィ兄さん」

「ありがとうティファニア。立って食べるのは品が無いから、あのテーブルを囲って食べよう、ティファニアも自分の分を持ってきなさい一緒に食べよう」

「は~い」

 ティファニアはパタパタと駆けて行った。

「……」

 ティファニアがクラムチャウダーを取りに行っている間、マクシミリアンが食堂内を見渡した。
 学術団の面々や本国から派遣された家臣達が、ささやかなパーティーを楽しんでいるが、目当ての人物は見当たらない。

(シャジャルさんは、今日も『あそこ』か)

 ティファニアの母、エルフのシャジャルはパーティーに参加していない。
 マクシミリアンはパーティーに招待をしたが結局来なかったようだ。
 シャジャルは、毎日の様に砦内に設置された礼拝堂へ足を運び、大寒波に見舞われたアルビオンの民衆の為に毎日始祖ブリミルへ祈りを捧げていた。

 マクシミリアンは、報告書でアルビオンの惨状はある程度知っていて、アルビオンを捨てた元アルビオン国民をヴァールダムを経由して新世界に移民として受け入れていた。

 最初は、受け入れる予定は無く、また外国人を移民として受け入れるのには抵抗があった。だか、そうも言ってられない状況に陥ったからだ。

 建国当初、新世界の存在をぼかしながらトリステイン国内でのみ、移民を募集したが余り集まらなかった。
 原因は皮肉にもエドゥアール王とマクシミリアンが善政を布いた事によって、故郷を捨ててまで新世界へ行こうとする者が出なかったからだ。
 広大なヌーベルトリステインの土地に経営しようにも労働力不足で、いきなりマクシミリアンの事業は頓挫しかかった。が、おりしも大寒波がハルケギニアを襲い、アルビオンは空前の被害を出した。
 悲劇の報を聞いたシャジャルは、礼拝堂に毎日通っては、終日祈りを捧げるその姿に、マクシミリアンに仏心が出てしまい、自分の主張を曲げアルビオンからの難民を受け入れる様になった。
 今ではヌーベルトリステインの人口は、トリステイン人よりアルビオン人の方が多くなってしまった。

「よろしいでしょうか? 殿下」

「ミス・ヴァリエール、今日は来てくれてありがとう」

 今度はエレオノールが現れた。
 公の場では、『義姉上』ではなく『ミス・ヴァリエール』と呼ぶようにしている。

「殿下は、今日は飲まれないのですか?」

「今日は『連れ』が居るから飲まないよ」

 そう言って、背伸びをしながら鍋からクラムチャウダーをよそっているティファニアを目配せした。

「エルフ……ですか」

「ミス・ヴァリエールは、エルフというだけで差別する人だったのですか? ティファニアはとっても良い娘ですよ」

 表情を曇らせたエレオノールに釘をさした。

「……申し訳ございません」

「まあまあ、せっかくですので、ティファニアを紹介しましょう。彼女はとても優しく可愛い娘ですよ。先入観もきっと忘れますよ」

「……そうですわね」

 エレオノールも断るわけには行かないので、しぶしぶ了承した。

 ……

 マクシミリアンは、クラムチャウダーを持って帰ってきたティファニアにエレオノールを紹介した。

「ティファニア、この女の人はカトレア姉さんの姉のエレオノール姉さんだ。挨拶しなさい」

「始めまして、ティファニアです」

「始めまして、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールよ」

 二人とも挨拶をした。
 が、エレオノールは、癖なのか語尾に圧力の様なものを感じ、その圧力を敏感に感じ取ったティファニアは涙目になった。

「ふぇ……」

「ミス・ヴァリエール。小さい娘に何をやってるんですか?」

「すすす、すみません」

「ティファニアも怖がらないで」

「ふぁい」

「ティファニアちゃんごめんなさいね」

 エレオノールも言葉尻を柔らかくするように心がけ、その後、改めて挨拶しなおしその場は収まった。

 マクシミリアン、エレオノール、ティファニアの三人は、テーブルを囲んでいた。
 プライベートモードになったマクシミリアンは、エレオノールを義姉上を呼ぶようになった。
 ティファニアは、まくまくとクラムチャウダーを食べていて、たまに溢したりするが、その時はエレオノールが口を拭いたりしていた。

「義姉上、今は何をされているのですか?」

「ミス・シュヴルーズに付いて、各地で地質調査をしています」

「ミス・シュヴルーズ……といえば、先月金鉱山を発見した『あの』、シュヴルーズ?」

「はい、その通りです」

 シュヴルーズは、地質調査の為にヌーベルトリステイン各地を回り、金鉱山を始め多くの鉱山を発見し、その全てをマクシミリアンに献上した。
 マクシミリアンは、その功績からシュヴルーズを改めて貴族に封じようとしたが『学者の方が性に合っている』と辞退した。代わり研究のスポンサーになり、シュヴルーズは研究三昧の生活をしていた。

「義姉上は、ミス・シュヴルーズの助手として十分な名声を手に入れましたし、帰国を考えてはどうでしょう?」

「……何か。お母様から言われましたか?」

「ん~……」

 マクシミリアンは少し考える素振りをした。
 エレオノールの言う通り、エレオノールを帰国させるように、とカトレアからの手紙と一緒にラ・ヴァリエール公爵からの手紙が届けられたからだ。

 ……手紙には、

『新世界へ行って間もなく一年になりますし、新たに婚約者も見繕いました。どうか、エレオノールがトリステインへ帰るように殿下のお力を御貸し下さい』

 と、書かれてあった。

「そうなのですね?」

「はい、その通りです。ヴァリエール公爵から義姉上を帰す様、手紙をもらいました」

「やっぱり……! 殿下には申し訳なく思いますが、私帰りませんわ」

「なら聞きますが、どういった事をすれば帰る気になるの?」

「それは……」

 今度はエレオノールが考える素振りをした。

「……思えば、一年前のベルギカ号で、義姉上に帰るように説得すれば、公爵達も……」

「殿下は悪くありませんわ。むしろ理解を示していただいて感謝しています」

 マクシミリアンがいくら言い聞かせてもエレオノールは首を縦に振らなかった。
 すると、蚊帳の外だったティファニアがポツリと呟いた。

「二人ともケンカしてるの?」

「いやティファニア、それはケンカじゃないぞ。そうだろ義姉上?」

「そうですとも、ちょっと私が我が侭を言って殿下を困らせただけです」

「わがまま? わがまま言っちゃダメだよ」

 小さなティファニアに諭されるエレオノール。

「こんな小さな娘に……」

 とエレオノールはヘコんでしまった。

「義姉上。自立がしたいのか、それとも名声が欲しいのか。その辺りをしっかり定めておいてくれないと、僕としても公爵に報告のしようがありません」

「自立ですか、そうですわね……私は家を出れば『何か』に成れると思い、ミス・シュヴルーズの元に転がり込んだのですが。殿下、私は自立したのでしょうか? 『何か』に成れたのでしょうか?」

「……うーん」

 エレオノールの問いに、マクシミリアンは明確な答えを持っていなかった。

「何をもって自立というのかは、僕には分かりませんが、親元から離れれば自立したと定義する者も居ます。『何か』に成った、というのは、僕は義姉上ではないので答えが分かりません」

「そうですわね、雲を掴むような質問でしたわ」

「気になさらずに、それくらいの悩みなら誰でも持っていますよ」

「……ですが、これ以上殿下に迷惑を掛けるわけにはいきませんわ。一週間後にミス・シュヴルーズに付き添って北部の地質調査に出発する予定ですが、その調査が終われば、真新しい発見が有ろうと無かろうと殿下言うとおりに帰国します」

「それを聞いて安心しました」

 エレオノールから色よい返事がもらえて、マクシミリアンは胸を撫で下ろした。







                      ☆        ☆        ☆






 新トリスタニア市は、発展途上ながらも多くの店舗が軒を連ねていた。区画の殆どがマクシミリアンの魔法で整備され水道橋まで魔法で作られていた。
 とは言え、ヌーベルトリステインの住人のおよそ七割は農業に従事しており、大多数の入植者は郊外の家付きの大農園に散らばり農作業に従事していて、市内に住むものは少なかった。
 農場では牛や馬などハルケギニアから運ばれた家畜が育てられ、マクシム川から農業用水を引いて農場に当てていた。

 ちなみにマクシム川とは、地球で言うハドソン川に相当する川の名で、マクシミリアンの名から名付けられた。
 予想通り、マクシミリアンは嫌がって、ベルギカ号の艦長ド・ローテルに擦り付け……否、その栄光を譲る積りだったが、ド・ローテルは快く断り、晴れてマクシム川と呼ばれるようになった。

 誕生会から2週間後、新トリスタニアの政務を家臣に任せ、マクシミリアンは領土拡大の遠征に出発した。

 マクシミリアンに同行するのは、アニエス達のコマンド隊の面々と執事のセバスチャンに、入植してきたアルビオン人で編成された民兵が1000人の構成だった。

 マクシミリアンら遠征軍は、マクシム川を上流へと上っていき、トリステイン人居住区のあるフォート・ノワール(地球で言えばオールバニの辺り)を目指していた。

「殿下、間もなく予定のフォート・ノワールに到着いたします」

 マクシミリアンの乗った馬に自らの馬で横付けして報告をしてきた男は、元アルビオン貴族のジェームズ・ウルグといって、マクシミリアンによって民兵軍の司令官に抜擢された男だ。

 彼の人となりは『厳格』の一言に尽き、彼がヌーベルトリステインに来たのか他人に語ろうとしなかった。
 スパイの可能性を疑ってトリステイン本国の諜報部に調べさせた所、大寒波前に起こったアルビオンの粛清の際に、上司にその能力を疎まれて事実無根の罪をでっち上げられてしまい、その後に発生した粛清の余波で改易されてしまった。
 その後、ウルグは自身の潔白を訴えに、王都ロンディニウムへと出向いたが聞き入れて貰えず門前払いを喰らい、トリステインからヌーベルトリステインと流れてきたのが、これまでのウルグの経歴たっだ。

「ありがとうウルグ将軍。フォート・ノワールまであと三時間、と言った所かな」

「大雑把に計算すれば、その様な所でしょう……それにしても」

 ウルグは北西の方向を見た。
 その視線の先に雪を被った巨大な山脈の様なものが広がっていた。

「ああ……将軍は『アレ』を見るのは初めてだったな」

「その通りでございます」

「最初、アレを見た時は山だと思ったけど『遠見』で調べると、アレは山じゃなくて巨大な森だということが分かった」

「森……ですか。森にしてはとてつもなく巨大だ」

「そう100メイル級の木がウジャウジャと生い茂った巨大な森林だ、針葉樹林のジャングルと言って良い位の密度だよ。今じゃアレの事をそのまま『大森林』と呼んでいる」

「して、今回の遠征は、大森林の捜索なのですか?」

「あの一帯は進入禁止区域に指定している。詳しい事はフォート・ノワールの着いたら話す」

「御意」

 ピッタリ三時間後、マクシミリアンら民兵軍は、フォート・ノワールに入り一夜の休息を取る事になった。

 ……

 マクシム川中流のフォート・ノワールは、トリステイン人居住区としての小さな町としての役割と同時にヌーベルトリステインと未開の地との国境として機能していた。
 『フォート』という名前の通りに砦が築かれ、衛兵が絶えず周囲に目を光らせていた。

 今回の遠征は、マクシミリアン達はフォート・ノワールで一泊をし、フォート・ノワール周辺を更に広域に併合をする予定だった。

 マクシミリアンは、ウルグや兵站スタッフ達と深夜まで打ち合わせをし、ようやく床に就こうと宛がわれた部屋に向かうと、部屋の前でアニエスが守衛をしていた。

「アニエス、遅くまでお疲れ様」

「殿下も、遅くまでご苦労様です」

 アニエスに挨拶して部屋に入ろうとした時、マクシミリアンは思い出したように立ち止まった。

「確か、少し前に15歳になったんだったな。はい、誕生日おめでとう」

 マクシミリアンは、アニエスの手の平にピンク色の貝殻を置いた。

「大した物じゃないが、はいプレゼント」

「あ、ありがとうございます……凄く嬉しいです」

「それじゃお休み」

「お休みなさい」

 マクシミリアンは部屋に入り、廊下はアニエス一人だけになった。

「ん~~~~~~!!」

 アニエスは、物音を立てない様に唸った。年頃の少女らしくプレゼントを貰うのが嬉しかったようだ。

 一方、部屋の中のマクシミリアンはというと……ドアに耳を当て、アニエスの様子を伺っていた。

「喜んで貰えたようだ」

 満足したマクシミリアンは、誕生日プレゼントに送られてきた、カトレアの手編みのセーターをパジャマ代わりに着替えてベッドに寝転がると途端に睡魔が襲ってきた。

「最近、睡眠時間少なかったっけな」

 睡魔に(あらが)う事はせず、マクシミリアンは深い眠りに落ちていった。

 ……

 どれ位眠っただろうか。
 夢の中でカトレアとイチャイチャしていると、ドアをノックされ夢から現実へと呼び覚まされた。

「あー……どうぞ」

 マクシミリアンが入室を許可すると執事のセバスチャンが入ってきた。

「殿下、急ぎ報告したき事が」

「どうした?」

「シュヴルーズ博士ら地質調査団が、大森林へ向かったまま消息を絶ったと報告がございました」

「……大森林? あそこに向かったの? 事前の報告は受けて無いけど」

「ウィ、殿下」

「嗚呼、なんてこったい」

「如何いたしましょう?」

「捜索隊を編成する、ウルグ将軍に連絡を」

「そうされると思い、将軍以下、各スタッフは、会議室に集まっております」

「流石はセバスチャンだ。すぐに向かうと伝えてくれ」

「ウィ、殿下」

 マクシミリアンが視線を向けた先の大森林は、太陽の光を遮り深く闇に包まれていた。

 
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