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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第六十話 ハルケギニア大寒波

 ハルケギニアを大寒波が襲う!

 その報をマクシミリアンが知ったのは、メリーランド州に相当する地域をヌーベルトリステインに組み込んで、首府の新トリスタニアに帰還した時のことだった。

「それで詳細は? 死人はどれ位出たのか?」

 あれこれ聞いてきたマクシミリアンに、連絡員の男は詳細を聞かせた。

 連絡員の話では、大寒波はトリステインだけでなく、アルビオン、ガリア、ゲルマニアにまで及び、南に位置して比較的暖かいロマリアにすらその影響が及んでいると語った。
 詳しい死者の数は今だ不明だが、ハルケギニア全体で十万人は上回るというのが参謀本部が導き出した試算だった。

「うん、それでトリステイン国内の状況は?」

「は、国王陛下は避難所なるものを国内各所に設置し、寒波で家を失った者を住まわせる様にして衣食住を保障させております」

「流石は父上、僕がどうこう口を挟む隙は無かったようだ」

「続けてもよろしいでしょうか?」

「頼む」

「御意」

 トリステイン国内の状況は、各街道が雪に埋もれて交通網が遮断し、物資や人の行き来が滞っていた。
 だが、最大の問題はその寒さで、日中でも氷点下を下回る日が数日続いた。
 死者に関しては、ツルツルの地面で滑って転び、頭を打って死んだ者や雪の重みで家が崩れて下敷きになった者が多数出た。そして圧倒的に多いのは凍死だった。それでも他の国よりは犠牲者の数は、二桁も少ないのは幸いだった。
 食料に関しては心配は無く、四輪作法のお陰で備蓄は十分に確保出来ていた。

「念のために追加の食料を送ろう。誰か手配を頼む」

「御意」

 控えていた家臣に命じると、家臣は部屋を出て行った。
 備蓄していたトウモロコシとカボチャの他に、落花生やベニバナインゲンなどの豆類にトマトなどがハルケギニアにもたらされる事になった。

「それともう一つ、ハルケギニアに持って帰って欲しい物がある」

「畏まりました。して、その持って帰って欲しい物とは、なんでございましょうか?」

「これだ」

 マクシミリアンは大き目の麻袋の中から、ゴテゴテして不恰好な丸いものを取り出した。

「これはジャガイモという作物で、寒く痩せた土地でも育つ代物だ。これを持って帰って国を挙げて育てるように、注意事項等は後で書類にして渡す」

 マクシミリアンが、ジャガイモを見つけたのは全くの偶然だった。
 人馬ゴーレムを率いて進軍中に、ゴーレムの一体が何かに足を滑らせ転倒してしまい、『何事か……』と、転倒した地面を探るとジャガイモが埋まっていた。
 ジャガイモが地球の欧州にもたらした歴史的意義を知るマクシミリアンは狂喜した。

「御意……しかし、不細工な作物ですね」

「まぁな、だが栄養価も高い素晴らしい作物だ。今、ハルケギニアで育てても寒波の間は効果的な作付けは出来ないと思うが、その辺は上手くやってくれ。兎も角、素晴らしい作物だ、大事な事だから二度言ったぞ」

「御意」

 種芋用と救援物資用の二種類のジャガイモを受け取った連絡員は、深々と頭を垂れた。

 マクシミリアンは、水魔法でジャガイモの品種改良を進めていたが、本国の危機を聞いてGOサインを出した。

(本音は、もっと時間を掛けて品種改良をしたかったが……仕方が無い)

 こうして、ハルケギニアにもたらされた他の救援物資に混じってジャガイモは、トリステイン各地で栽培されるようになった。
 マクシミリアンは新世界の事を世間に公表せず、ジャガイモはマクシミリアンの水魔法で作り出した作物としてトリステインに送られる事になった。

 しかし、ジャガイモは当初、その不恰好な形が仇となって民衆には好まれなかった。だが意外な形で人々に受け入れられ民衆に親しまれるようになる。







                      ☆        ☆        ☆







 大寒波がハルゲギニアを襲い、一ヶ月が経った。

 トリステイン王国では、エドゥアール王の命令で各所に風雪が凌げる避難所を設置され、温かい炊き出しが振舞われた。
 これによって、大寒波で家を失った者はもちろんの事、今日の糧をすらも事欠く貧しい者たちも衣食住を得ることが出来た。
 また、今年分の納税も特別に免除され、民衆はエドゥアール王の温情に大いに感謝した。

 雲の切れ間から数日振りに日の光が差す王都トリスタニアは、一面の銀世界で市民達が雪かき雪下ろしに負われていた。
 新宮殿の敷地内でも避難所が設置され、王太子妃カトレアが虚無の曜日の休みを利用して魔法学院から応援に駆けつけていた。

「皆さん、列を作って並んで下さいね」

 と、カトレアは麦粥をよそって手渡ししていた。
 王太子妃自らが配膳をする行為に、場は騒然となった。
 当然ながら王太子妃が直接麦粥を平民に渡す事に、異議を唱える者が出た。
 こういった『うるさ型』の家臣は未だに多く、マクシミリアンも辟易していた。

「王太子妃殿下、どうかお考え直しください。王族は給仕ではないのですぞ!」

 と、カトレアに考え直す事を求めた。

 だが、カトレアは……

「お黙りなさい」

 と、にっこり笑って突っぱねた。
 顔は笑ってはいるが目が笑ってなかった事と、反論の余地を挟ませない有無を言わさぬ物言いに、『うるさ型』の家臣達は黙り込んでしまった。

 そういう事もあって、誰もカトレアのする事に口出しする者は居ない。

「ありがたや、ありがたや」

「ほんま、王太子妃様は女神様やぁ~」

 民衆の反応も良く、中でも涙を流してありがたがる者も居た。

 濛々と鍋から湯気を立ち、にこやかに麦粥を渡すカトレアの隣にはミシェルの姿があった。彼女も以前、難民問題で表彰されたことがあり、黙って見ている事が出来ず炊き出しに参加していた。
 炊き出しに並ぶ民衆の列はカトレアの他にも幾つかの列を作っていたが、圧倒的にカトレアの列が多かった。

「やっぱり、カトレア様によそって貰うのが良いのね」

「貴族様、オラにも一杯……」

「ああ、すまない」

 ミシェルは、麦粥をよそい少年に手渡した。

「ありがとうごぜえます、貴族様」

「ところで、そこの仁」

「へ? オラの事?」

「そうだ。一つ聞いたいんだが、どうしてカトレア様の列でなく私の列に入ったの?」

「うん、それは……」

「うんうん?」

「オラ、王太子妃様よりも貴族様の方が好きなんで。へぇ……」

「え? 好き? 私が? 何で?」

「前に、故郷を捨てた俺に良くして貰ったんで……」

 ミシェルは、以前の難民騒動の事を思い出した。

「ああ、あの時の……そうか、えへへ」

 『しどろもどろ』になったミシェル。
 その顔はにやけ、身体もクネクネさせた。

「よし、大盛りにしてやろう」

「あっ、ありがとうございます」

 ミシェルは少年から、麦粥の入った椀を引ったくり、更に多く盛り付けた。

「ねえ、ミシェル?」

「何ですかカトレア様?」

「何か良い事あったの?」

「え? 分かります? いやあ、私も捨てたものじゃないな、と。ええ、えへへへ」

 上機嫌のミシェルに、カトレアは首を傾げながらも『良かったわね』と、ミシェルの手を握って喜びを分かち合った。

 ……

 人々の列も一段落し、カトレアは一休みしようかと思っていた。

 多めに用意していた麦粥の鍋はその殆どが空になり、新宮殿のメイド達が片付けていた。
 次々と片付けられる鍋とは別に、濛々と湯気が上がっているのに、誰も手を付けない鍋があった。

「どうして、あの鍋のものには誰も手をつけないの?」

 カトレアは、片付け作業をしていたメイドを呼び止め聞いてみた。

「あの鍋には王太子殿下から送られた、ジャガイモという作物を蒸かしたものが入っているのですが、見た目が悪いのか、それとも見たことがない性なのか、誰も手を付けたがらないです」

「あら、そうなの。あ、ありがとう作業に戻って良いわ」

「失礼します」

 メイドは、空の鍋を持って新宮殿へ戻っていった。

「カトレア様、どうされたのですか?」

 休憩に入ろうとしたミシェルが聞いてきた。

「ねえ、ミシェル。あのジャガイモという作物は、マクシミリアンさまがこの状況で送ってきた物だから、きっと凄い作物だと思うのよ」

「???」

 話が見えないミシェルは、クエスチョンマークを幾つも作った。

「今度は、わたしがあの鍋を担当するわ」

「あ、カトレア様、休憩はよろしいので?」

「わたしは良いから、ミシェルは休んでいて」

 そう言ってカトレアは、ジャガイモの鍋へ歩いて行き、ミシェルが一人残された。

「私だけが休むわけにいかないじゃないか」

 そう言ってミシェルはカトレアの後を追った。

 さて、カトレアとミシェルがジャガイモ鍋を覗き込むと、中には蒸かしてあるが皮のむいてないジャガイモが大量に入っていた。

「これって皮ごと食べられるんでしょうかね?」

「むいた方が良いと思うわ。けど、本題はどうやってジャガイモを受け入れてもらうか、ね」

「そうですね」

「……そうねえ。うん」

 カトレアは、少し考えて答えを出した。

「何か名案が?」

「わたしに考えがあるからみんなを集めてくれないかしら?」

 そう言ってカトレアはにっこり笑った。

 ……

 ミシェルの呼びかけによって、ジャガイモ鍋の前には人だかりが出来ていた。

「なんだなんだ?」

「王太子妃様が何かするらしい」

「あの鍋は、見た事の無い食い物が入っている鍋じゃ」

「アレさ、気味が悪くて、誰も手をつけなかったんだ」

 ジャガイモ鍋を見た民衆達の反応は悪かった。
 ミシェルが、民衆の前に立ちジャガイモの売込みを始めた。

「このジャガイモは、見た目こそ悪いですが大変優れた作物です。カトレア王太子妃殿下がお勧めする新しい作物を大いに広めましょう」

「マクシミリアン王太子殿下が、トリステインの窮地を知って作って下さった作物です」

 と、カトレアが付け加えた。

「両殿下がお勧めになられるのは分かりますが……」

「んだ、得体の知れないものを、口に入れるのは怖いよ」

 しかし、民衆は初めて見るジャガイモを怖がっていた。

「……では、わたしが毒見をしますから、それなら大丈夫でしょう」

 そう言ってカトレアは、鍋からジャガイモを取り出すと、パクリと一口かじった。

「あ!」

「あ!」

 民衆達は騒然となった。

「ああ~っ!!」

 ミシェルも釣られた。

「とっても美味しいですよ」

 と、にっこり笑った。

「カトレア様、大丈夫ですか!?」

「大丈夫よミシェル。それよりも貴女がうろたえてどうするの?」

「名案って、カトレア様が自ら毒見される事だったんですか?」

「そうよ、その方が分かりやすいし、言葉だけじゃきっと受け入れて貰えないわ」

 ミシェルはワナワナと振るえ、やがて諦めたようにガックリと肩を落とした。

「言いたい事は分かりました。ですが、一言相談して欲しかったです」

「ごめんねミシェル。今度から言われたとおりにするわ」

「お願いしますよ」

 ミシェルは肩を落としてカトレアに言った。

 さて、カトレアの毒見を見た民衆はというと、効果があったのかジャガイモ鍋に集まり始めた。

「オラも試しに食べてみようかな」

「何だか美味そうだ」

「さあさあ、皆さん。まだまだ、いっぱいありますから並んで下さい」

 散々怖がっていたのに現金なもので、ジャガイモ鍋はあっという間に空になった。

 この時の出来事が口コミで広がり、ジャガイモはトリステイン国民に受け入れられるようになった。

 最終的に、ハルケギニアを襲った大寒波の犠牲者は、全ハルケギニアで約50万人で、最も犠牲者の多かった国はアルビオン王国の25万人で凍死者よりも餓死者が多かった、次いでガリアと南国なのに被害甚大なロマリアの10万人づつの計20万人、そしてゲルマニアの5万人で、最も被害の少ないトリステインでも5000人もの被害者が出た。
 トリステイン以外の国々は、大いにその国力を下げ、取り分けアルビオン王国は、物価の高騰と重税に人心は離れ国を捨てる者が万単位で出た。
 
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