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木ノ葉の里の大食い少女

作者:わたあめ
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第一部
第四章 いつだって、道はある。
  いのとサクラ

「……だがなあ」

 綱手が唸り声をあげた。長年彼女に惚れこんでいる自分の贔屓目を抜いてでも美しい彼女は、しかめっ面でもやっぱり美しい、と思った。
 五十代にはとても見えない外見ながらに、やはり彼女も老いたのではないかと見て取れる部分があるのはそれだけ付き合いが長かったのと、そしてそれだけ長い間会っていなかったからだ。長い間放浪していた二人が出会う機会など殆どなかったのもあるだろう。

「お前のほうが適任だと思うが」

 渋った綱手がこの言葉を口にするのはこれでおよそ五回目である。はー、と自来也は溜息をついて、「わしはジャシンと暁のことを調べねばならんしのう」とそっぽを向いた。
 五代目火影候補は当然のごとく自来也と綱手の二人の名が乗った。木ノ葉崩しによって破壊された里の復興作業などもあるから、なるべく早めに選出することに越したことはない。ただ自来也はジャシンや暁のことについて気になることもあり、それらのことを綱手に説明した上で、五代目火影になってくれと強く頼んだのだ。
 忍に復帰して間もない綱手は、修行などで徐々に力を取り戻しつつあるが、まだまだ本調子とはあまりいえる状態ではない。それでも彼女の医療忍術がなければ木ノ葉崩しでの死傷は更に増えていただろう。木ノ葉の住人たちからの好感度も割りに高まっているし、問題はないはずだ。

「……わかったよ、やればいいんだろう? 折角木ノ葉に戻ってきたんだから何か木ノ葉のためにやりたいと思っていたが、まさか火影だなんてな……それより、そのジャシンってのは一体なんなんだ。暁は全く知らないからいいとしても、ジャシンには一度会ったことがあるのだろう? その外見を描写してくれてもやさそうなもんだが」
「……外見を描写する、かの」

 確かにそこら辺の情報はきっちりとつかみたいはずだ。ジャシンが提示した暁の構成員についての名もわかるか、と突っ込みたくなるようなものばかりであるし、せめて知っているはずのジャシンの外見などは聞いておきたい、そう思うのはごく正常だ。
 だが――

「ジャシンは――四代目火影の、波風ミナトが髪を伸ばしたような様相をしておった」

 +

「…………」
「あ、いの!」

 遠くからやってくる金色が彼女だと気づいて勢いよく手を振ってみれば、いつもよりずっと小柄に見えるいのがふと頭を擡げる。そこでサクラは、違和感に気づいた。
 いつも誇り高く伸ばされた背は丸まり、目元は赤く腫れ上がっている。いつものおしゃれな紫色のワンピースの上に、野暮ったい緑のベストを纏っている――

「え?」

 野暮ったい緑のベスト。それは正に中忍以上から着用を許可されるあのベストに相違なかった。カカシやガイやハッカ、アスマも着用しているそれだ。けれど憔悴した面立ちのいのが着ると、着ているというよりは着られているように見えた。

「サクラ」
「いの……あんたまさか」
「うん」

 弱弱しい笑顔。おめでとう、言いかけた声が喉元で萎む。

「わたし――中忍になっちゃった。でもあたりまえよね、私でこりんちゃんなんかと違って優秀だもの」

 強がりにしか聞こえない小さな声は尻すぼみになっていき、最後の所はほとんど聞き取れないくらいだった。ベストの緑に埋められてしまったいのは、とても小さく見えた。

「いの?」
「……中忍試験、中止になったでしょ」
「うん、そうね」
「だからね、同期からは中忍は出ないはずなんだけど。でもわたし、木ノ葉崩しの時、音忍をコロシタから。だからヒトゴロシの私はサツジンを褒められて中忍になります」

 えへ、と笑う彼女の目は虚ろだった。
 中忍試験は中止になった。だから当然のごとく中忍に昇進した者はいない。そこでいのは木ノ葉崩しの時木ノ葉を守るのに貢献した、という名目で中忍に昇進させられたのである。本来ならばその手助けをしたネジやテンテン、我愛羅と戦ったサスケとナルト等を始め、他の人々も中忍に昇格されてしかるべきなのだが、中忍となると給料も高くなり、そして現在の木ノ葉にそれだけ沢山の中忍へ賄えるような金もなく、だから中忍や上忍で結成された音忍グループを全滅させたいのだけが中忍になった、ということだ。
 おめでとうといってあげねばならないはずのことなのに、その一言は中々口をついて出てこないのはいのの目が虚ろだったのと、彼女の言葉の内容だ。
 ――ヒトゴロシの私はサツジンを褒められて中忍になります――

「ねぇサクラ。犯罪者の定義ってなんだろう」

 アカデミーの宿題に出てくる、ちょっと難易度の高い問題の解き方を聞いてくるのと同じような口調でいのは問いかけてくる。ねぇサクラ、これ出来る? ほんとぉ、サクラはやっぱ頭だけいいのよねーおでこが広いだけあるのかしらぁー、そうやってからかってくるのと同じような感覚で。

「……犯罪者の定義」

 一般人にとってそれはひどく単純なものだろう。人のものを盗んだら泥棒であり、人を殺したら殺人犯であり犯罪者、嘘をつくのはよくないこと。一般人にとって罪や悪いこと、犯罪者に対する定義はとても単純だ。
忍びの子も幼い頃は嘘をつくのはよくないよと教えられるけれども、中忍、上忍と昇進するにつれ、スパイだとか嘘をつかざるを得ない任務につき、他国にとって大切な巻物を盗み、そして沢山の人を殺すことになる。だから嘘をついちゃいけないだとか、人のものを盗むのは泥棒だとか、人を殺したら犯罪者だとか、そんなの言っても意味はない。忍びが今更何を言うんだ、そう思われるだけに過ぎない。

「里にとって利益のある盗み、殺人、嘘は……里への貢献であり、そして、ある程度になると里の英雄となる……里にとって不利益になる盗み、殺人、嘘、つまり里内部の人間が里にとって大切なものを盗み、同じ里の人間を殺し、里の上層部について嘘をつくこと、及び抜け忍……里にとっての犯罪者って、そういうものなんじゃないかしら。まあつまり、抜け忍は里を抜けて情報流出の可能性を高めた上で里にとって不利益になるような盗み、殺人などを繰り返すだろうってことでしょうし」
「ああ、なるほど」

 いのが目を細めた。

「つまり善悪の基準は里にとっての利益不利益であるってことね」
「うん、そう……でもその基準が適用するのは木ノ葉の里のみで、他里からしたらそれは全く真逆になるかもしれないわけ」

 ねぇ聞いた、といのが唐突に声を発した。

「風影、実はずっと前から大蛇丸っていう人に殺されててね、風影と思ってた人はずっと大蛇丸で、風影に扮した大蛇丸が木ノ葉崩しを命じてたって話なんだけど、どうやら木ノ葉と砂、また和解したっぽいのよ」
「え? ううん、それは聞かなかったけど……?」

 そう、といのは親指を下唇に押し当てた。恐らく彼女が中忍であるからこそ得られた情報なのかもしれない。こんなに大事な情報なのだから後に公開はされるだろうが、いのはちょっと先にそれを知ったということなのだろう。

「木ノ葉側からして見ると、砂も音も憎くてたまんないし、イヤな奴らだけど、でも彼らも望んでやってるわけじゃないのよね。上層部の命令に逆らえなくてしぶしぶやってた、みたいな感じなんじゃないかなって思ってる……まあ推測の域を出ない話ではあるのだけれど。実はノリノリな奴もいたかもしれないけれど、失敗したら絶対いい処遇はないわよね。大多数の人は絶対戦争なんか嫌いだと思うし、多分皆望んでやってるわけじゃないんじゃないかなって思ってる」
「……そうなる、わね」

 公園のベンチに腰を下した。いのの足が小石を蹴っ飛ばす。

「あの音忍達を殺すときね、私『かわいそう』って思ったの。相手も多分任務で駆り立てられているんだろうし……それにね」

 テンテンとネジの助力によって捕獲できた四人の忍びを殺すことになった時、内一人が叫んだ――任務だったんだ、と。一瞬いのは躊躇った。そしていのは言った。途方に暮れた泣きそうな声は、まるで別人のものに聞こえた。
 でも私も任務なの。
 任務だから。心を鬼にしてクナイをその首筋に埋め込んだ瞬間に吹き出たあの生暖かい血を、あの日からいつも夢に見る。真っ赤になった両手はどんなに洗っても相変わらず鉄臭いにおいを発したままで、発狂しそうになりながらいのは白い石鹸を真っ赤に染め、両腕を洗い続ける、そんな夢。

「またそんなことすることになるのかなって思うと、凄く嫌だし……それに慣れてしまうかもしれないっていうのは、もっと嫌なの……これ、綺麗事? 忍者なら忍者らしく割り切れって、そういわれるかな……」

 ぐ、と下唇を噛み締める姿に、サクラは拳を握り締めた。

「忍びは道具、感情は持つべきではないって、私たちはいっつもアカデミー教わってきたよね」
「うん」
「でも私の周りの忍者って、基本的に感情丸出しで。隠れ里が独立しても全く問題ないんじゃないのって思えるくらい、忍びの政治にかかわってこない大名のこともあって、自分が道具だって意識してる忍者ってきっとすごく少ないわ」
「……うん」
「今回は砂と音が悪かったわけだけれど……でもだからって木ノ葉側が正義とは限らないのよね。場合によっては私たちが悪であるかもしれない。でも私たち、わかんないのよ。いつだって木ノ葉視点でしか物事を見れない。木ノ葉が正しく、他里が悪い――多分今までずっとそんな考え方を教えられてきた、もしくはそう解釈できるような視点の見方を教えられてきた、そしてこれからもずっと。でもだからって木ノ葉が悪いわけじゃないのよね。なんていうか、自分が悪いだなんて認めるのは難しいし。木ノ葉にも木ノ葉なりの正義だとか理由だとかあるんだろうけれどそれが客観的に見てどうなのかってことは木ノ葉自身にわかることじゃないものね」

 しかし全てを木ノ葉の基準で測っていては――いつか本当に見るべきものが見れなくなってしまう。

「……いっぱい喋ったけど、でも結局何すればいいのか全然よくわかってないの、私。忍びってどんなものか、どういう風に在るべきか――全然わかんないの。忍びって一体どんなものなのかな、ねぇ、いの」
「……それは」

 わからない。考えるにしても二人の忍びとしての経験は不十分に過ぎ、木ノ葉に対する理解もあまりに浅く、また他里に於ける忍に対しての理解はもっとない。十三歳ほどの幼い少女が模索するには余りに難しい問題。もしかしたらどこかの誰かが一生をかけてでもわからなかったかもしれない難問であり、或いは答えがなく、或いは複数の答えを持つ問題。
 それでも答えを導きたい、サクラといのは全く同じことを思った。たとえ一生かかってでさえ答えがわからなくても、何か答えに近い形を見つけ出せたらと思う。

「ねえサクラ」
「うん」
「もっと強くなりましょ、ね、二人で」
「うん」
「仲間を守りたいだとか里のためだとか、そういうためだけでもなくて」
「うん。強くなったら地位は上がるし、もっと沢山の情報や知識ももてるもんね」
「頑張ろうね」
「うん。……あ、そうだ」
「なに?」
「綱手さまに弟子入り、してみよう、かな……」
「弟子入り? 綱手さまに?」
「いや、綱手さまでなくても……強い忍に。もちろんカカシ先生やアスマ先生でもいいけど……でも女の私たちは女の綱手さまに学んだ方がいいんじゃないかなって思うの。くノ一と男の忍びの修行方法とかもいろいろ違うと思うし」
「……そうね。望みはなくても頼んで見ましょ。案外うまくいったりして」
「うまくいかなかったら、二人で一緒に模索してみましょう。強くなって、仲間を守れるようになって、そしていつかこの答えを探す」
「ええ、約束」

小指と小指を絡めあわせ、笑いあう。

童話の中の英雄は、常にハンサムで優しく情熱的であり、
童話の中のお姫様は、常に絶世の美女で優しく、
童話の中の裏切り者は、常にわかりやすく目をきょときょとさせ、
童話の中の悪者は、きっと醜く、そして絶対悪の象徴で、
童話の中で最後に勝つのは必ず正義だ。

だけどこの世界は童話ほど単純ではない。童話よりもずっとずっと、複雑だ。

冷酷で冷静な忍びが沢山の敵を殺せば英雄だし、
少女がお姫様でいることを夢見るのは甘えととられ、
裏切り者は常に巧妙に本心を隠して演技をし、
誰かにとっての悪者は誰かにとっての英雄で、
この世界には正義も悪も存在せず、全てが個々の里の基準に決まる――

 いのとサクラは誓い合う。もう夢見て恋するだけの少女にはならないと。クナイを握り戦線で戦いながらも、従順に里に従うだけの道具ではなく、忍びの在り方を探っていく意思を持った人間として存在し、そして相手もこちらも任務であることを常に忘れないことを、犯罪者も英雄も全てこちらの里の基準による判断であることを。もっと強くなることを。
 
 

 
後書き
物語は確実にかわりはじめています。 
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