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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§9 戦禍来々

 昨夜なんだかんだいって行かなかったことに、護堂から恨みの視線を受けたのが朝の話。そしてその護堂は今男子チームに混ざり無双を繰り広げているエリカに呆れている。

「マジか・・・」

 呆然と呟く黎斗。魔力を使っている様子が全く無い(もっともこれは使うまでも無いということなのか正々堂々ということなのかはわからないが)にもかかわらず男子軍団を圧倒しているのが凄まじい。勝てる気が全くしないので黎斗は応援に回っている。
 黎斗の身体能力は、ただの人間にすぎない。最初に死んだ神、ヤマの権能を簒奪したときに黎斗の肉体はそれまでと変質してしまったのだ。強大な呪術に対する耐性、という特権は失われ魔力もカンピオーネになる前と同じくらい、つまり皆無になった。運動神経も0といっても過言ではない。権能を発動時は圧倒的な魔力を得られるがそれは一時的なものに過ぎず、長年の修行により魔力などを増やしてきたものの神々の半分あるかどうかといったところだろう。
 黎斗の圧倒的な戦闘能力は、全て少名毘古那神の権能や呪力による肉体強化の結果に過ぎない。不意打ちに対処するため神経強化を当たり前にしているが、していなければ中級の騎士にすら遅れをとってしまう。長年を得て莫大な量となった神力はそうそう枯渇しないので出来る無茶苦茶な芸当だ。もっとも、殺された程度で「死にはしない」のだが。
 だからなおさらなのか、エリカの身体能力をこうもまざまざと見せ付けられると羨望の眼差しを送ってしまう。

「しかも護堂はちゃっかり万理谷さんと仲良くしてるしさ」

 護堂に目を向ければ祐理と仲良くしている様子が垣間見られる。美少女とお近づきになるのが本当にお上手な方である。護堂を主人公にしてラブコメ小説が書けそうな勢いだ。

「・・・アホなコト考えてる暇あったら今後について考えるか」

 黎斗を悩ませるのは、自身の扱う武器に関してだ。彼にはロンギヌスという相棒がいるのだが、現代での戦闘を考えると心もとない。昔と違い今の時代は狭い空間で戦闘になる危険性がある。仮に電車の中であの死人に襲われたとして、槍を使うのは厳しい。素手で戦うと殲滅速度が格段に落ちてしまうしリーチが皆無。魔法を詠唱している時間がもったいないし詠唱破棄で使おうものなら電車が吹き飛んでしまうだろう。黎斗はそこまで破壊系の魔法を使いこなせる訳ではないので詠唱破棄・無詠唱で威力・範囲を絞れる自信がない。それに神力・呪力などの力を使い切ってしまうとヤマの権能により変質してしまったこの身体は戦闘に耐え切れない恐れもある。

「やっぱ銃か刀剣、ナイフ辺りかなぁ」

 今度幽世に行ったときにでも武具を漁ってみるか。しばらくは傘を使うことにしよう、と当面の間の代用品に目処をつける。まさか大魔術師の住居に譲ってくれるように願う訳にはいくまい。盗む、奪うという論外な選択肢は当然却下。欲しいからといって相手の都合を無視したらいけません。
 この辺りの思考はパンドラに言わせると異色だとか。もっとも「まぁ、まだ化けの皮が剥がれていないだけかも」などと恐ろしいことを言っていた気もするが。本来パンドラの事を現世で思い出すことはできないらしいのだが、なんの因果かバラキエルに召喚された際にも色々変化があったらしくそのまま記憶しておくことができているらしい。おかげで「神殺し一の変態」などという不名誉なあだ名をつけられそうになる寸前にまで追い詰められたことがある。補足しておくとこの場合の変態というのは「正常ではない」という意味であって「キャー!!変態よー!!」の変態ではない。けっして。

「そうしたら銃刀法違反にならないようにごまかさなきゃか。めんどくせぇ・・・」

 一般の銃器や刀剣の類も入手が容易ではない上に迂闊に大衆の目に晒してしまえば銃刀法違反で警察に捕まってしまう。昔と違って大変な時代になったものだ。

「もっとも隣人の家から銃火器が一式出てきたら僕もびびるし、武器の入手が困難なのは良いことか」

 アパートの各部屋から爆薬だのミサイルが出てくる様子を想像し青くなる。やっぱり法律があってよかった、と思う黎斗だった。





 得物について考えた翌日の夜。
 不穏な気配に、目が覚めた。背中を嫌な汗が伝ってくる。今日は早く寝たのになんてことだ。

「ん・・・?」

「あ、れーとさんもこのイヤな気配感じたの?」

 目を開ければ、何時の間に着替えたのか、巫女装束の恵那が草薙の剣を片手に出て行こうとしている。

「どうなってんの?」

「わかんない。なんとなくヤな予感がするの。私ちょっと様子見てくるかられーとさん待ってて」

 おそらくあのカンピオーネが暴れ始めたのだろう。それ以外に要因が無い。ここ数日平和が続いていたから、争いは起こらないと思ったのだがどうやらそれは儚い願いだったようだ。相手は護堂だろうか? 事態がよくわからない。もし、カンピオーネ同士の争いなら恵那がいくら強かろうが敵うわけがない。

「危険だから外にでちゃダメだって」

 恵那に声をかけながら外を眺めた。カイムの権能を発動、木々から情報を得ようと試みる。流浪の守護のおかげで至近距離で発動しても恵那に気づかれた様子は無い。

「大丈夫だって。こう見えても恵那強いんだよ? れーとさんを守ってあげられるくらい。じゃ、いってきまーす」

「は!? ちょ、待てってば!!」

 やんちゃな娘さんは止める暇なく外へ飛び出していった。猪武者じゃあるまいし、口に出かけた言葉を飲み込む。そんな悠長なことを言って入られない。

「・・・ちっ、スサノオどういう教育してんだよ!! みすみす死地に行くなっつーの!!」

 幸せそうに安眠しているエルの毛布を奪い取る。哀れ丸まっていたキツネは籠から投げ出され、畳の上をころころ転がっていき壁にぶつかった。

「ぎゃふっ! ますたぁ、いきな・・・ッ!?」

 寝ぼけまなこでいたエルも外の気配を察するなり意識をすぐさま覚醒させる。

「これはいったい!?」

「わかんない! 恵那が飛び出していっちゃったから追いかけるよ!!」

 相手が本当にカンピオーネなら恵那が危ない。それなりの実力があることはわかるがおそらくエリカと同等程度、神剣の神懸りで挑んでも相手にならないだろう。着替えている時間すら惜しい。ジャージの上から自分の姿を隠すための黒いコートを羽織り、武器用に傘を持って外に飛び出す。

「うわ・・・」

 狼。狼。狼。見渡す限りが狼の群れ。30まで数えたところで黎斗は数えるのを放棄した。なんかもう数えるのが馬鹿らしい。

「この狼よく統率されてますね。あっちに向かっているようですけど、どうします?」

 おそらくこの狼は権能だろう。道路をわき目もふらずに走っていく狼の大群はなんだかシュールだ。恵那が暴走していなければ動画でもとりたいがそんなことをしている場合ではない。狼程度に遅れはとらないだろうが、あの(カンピオーネ)と戦ったら、まずい。

「恵那は・・・こっちか」

 草薙の剣の僅かな神力を頼りに狼の走り去っていく方向へ目的地を定める。認識阻害をかけて走り出した。狼の進路を邪魔するわけにはいかないので、電線の上を並走する。電線の上にひと息でのる。どういう理屈か、黎斗が疾走しているにもかかわらず、足元の電線に彼の動きが伝わっていない。風で揺れる程度で激しく揺れたりしていない。

「この前のカンピオ−ネの方が行動を?」

 そして、それが黎斗にとってもエルにとっても当たり前。

「わかんない。木々に聞いたけど死人と狼が徘徊してることしか。おそらく護堂とアイツとの戦闘だと思う」

「世も末ですね・・・」

 本当に、世も末だ。こんな大規模に迷惑をかけるのは勘弁願いたい。あの時に逃げずに潰しておけばよかったか、と物騒なことを考えてしまう。

「見つけた・・・!」

 少し前に見失った恵那だが再び視界に収めることに成功する。足元で呪力を爆発、一気に加速し恵那に追いつく。当然着地した音も衝撃も全て殺した。

「恵那!」

 その声に恵那が振り向く。追いつくことは無いと思ったのか追ってくることが無いと思ったのかはわからないが、その表情は驚きに包まれている。

「れーとさん!? なんで!?」

「恵那、帰るよ。これ以上は危ない」

「えー、大丈夫だって。れーとさんつまんなーい」

 大丈夫と言われても、相手を鑑みるに大丈夫の根拠が全く無い。戦闘の余波で吹き飛ばされるだろうに。

「つまんなくて結構。帰るの!」

 なんだろう。駄々をこねている子供をしかる親の気分だ。ジト目でつまらないと言われてもひくわけにはいかない。最悪、ディオニュソスを使うか。

「マスター、恵那さん、囲まれてますよ」

 周囲を見渡せば、死人が自分達を包囲しようとしている。全員がそこそこの使い手、大騎士クラスもいくつか見受けられる。数が多いから恵那を連れての逃走は厳しい。即、全滅させる。

「……はぁ、こいつら殲滅したら逃亡するよ」

「しょーがないなァ。 ……多分コレって相手の力の一端だよね。たしかになーんか恵那では荷が重そうかも。逃げちゃったほうがいいみたい?」

 この死者達が恵那の説得に役立ってくるとは皮肉なものだ。大体ビックリな野生の勘があるんだから相手の危険を察してほしかったと思うのは我侭だろうか?

「うし、じゃあ蹴散らしますか。……行ける?」

 傘を構えつつ、恵那に尋ねる。ロンギヌスを使えば恵那に正体がバレるだけでなく、死者を通してあのカンピオーネにも気づかれかねない。もし彼が来た場合、恵那を守りながらの戦闘は困難を極める。今日が満月か新月だったら月読命の権能でなんとかなったのだが、無いものねだりをしてもしょうがない。こんなに早く傘で戦うことになるのは少々予想外だが、まぁなんとかなるだろう。

「恵那は大丈夫だけど…… れーとさん、戦えるの? ってか傘で戦うの?」

 戸惑いを含んだ表情で恵那が返事をよこす。傘2本で戦おうとすれば、当然か。

「うん」

「あんま強そうに見えないんだけど……」

 いかにも安物な傘で大騎士級の死霊軍団と張り合おうとすればそう言われるのもしょうがない。

「これでも僕、そこそこ強いよ」

 そう返し、両手に傘を持ち、駆け出す。大騎士級はおそらくこの半数。恵那でもおそらく荷が重いこの敵は大半を自分が倒さねばならないだろう。
 相手の刺突を避け、間合いに入り込む。呪力で強化した右手の傘で、左下から切り上げる。と、同時に左の傘を投擲、音速を超え放たれた傘は狙い違わず前方の死者の心臓を直撃した。空いた左手で切り裂いた死者の持つ剣を奪い、左側の死者を頭から切り下ろす。背後からの一閃を地に伏せ見ずに回避、そのまま回転し右に薙いで両断する。

「……ざっとこんなもんか」

 生前名を馳せた大騎士といえども、所詮は大騎士。黎斗の前では赤子同然。剣を交えることすら許されず、傘の見事な連携の前に為す術なく屠られていく死者の群れ。惨劇の幕は一向に降りる様子を見せない。もし死せる従僕に血が流れていたのならば、この場には血の雨が降りそそいだだろう。そんな一方的な蹂躙。

「流石マスター、腕は鈍ってませんね」

 肩にしがみついているエルが口を開く。慣れたものでしっかりとしがみつきながらも口調には余裕が見受けられる。だが黎斗の屠る速度を見ているうちに視線に呆れが入り始める。

「……訂正。結構鈍ってますよ。昔なら」

「黙ってて、舌噛むよっ」

 衰えが一番わかっているのは自分自身だ。術だけでなく、こちらも鈍っているとは。指摘しようとするエルを黙らせ、電光石火の速さで敵に切り込む。ついさっき黎斗がいた場所から、先ほど切断された死者の首が灰となって飛んでいく。

「反省会は帰ってからね」

 なんだかんだ言っても敵の総数はもうそろそろ十人を割る勢いだ。決着は、近い。

「マスター!」

 エルの悲鳴に、思わず振り向く。

「ちっ!!」

 黎斗の駆け出す先には、恵那と彼女を囲む大騎士。足元に数体の死体が灰になりつつある辺り互角に戦えることがわかるが、満身創痍な今の恵那ではもう無理だろう。殲滅したつもりが取りこぼしていたことに歯噛みしつつ駆け寄り恵那に振り下ろさんとする刃を傘で受ける。

「れ、れーとさん!?」

「大丈夫? こいつら倒すからちょい待ち」

 返事をしながら、左に剣を突き刺す。右手の傘を前に投げる。投げられた傘は、途中で開き相手の視界を奪う。右からの攻撃から恵那を庇いつつ避け、後方からの切り上げに合わせて上空に飛び上がる。傘が破壊される頃には黎斗は距離をとることに成功した。

「くっ……」

 傷に触れたのか、恵那が苦しそうなうめき声を上げる。このままではまずいか。顔色が土気色になりつつある。

「限界だな」

 これ以上の戦闘は危険だと判断し、邪眼を発動。瞬間、相手の輪郭が歪む。ゆっくりと、しかし確実に相手の身体が消滅していく。あの男が今の消滅に反応するか。半ば博打だったがどうやら到来する気配は無い。

「あ……ありがとう……」

 最後に、そんな言葉を残して死人は全員消え去った。意思でなかったとするならば、権能で囚われていたのだろうか。

「ほんにまぁロクでもない力だな……」

 似たような(・・・・・)能力を持っているからか口調に苦いものが混じる。憮然と呟き、気を失っている恵那を背負う。早く帰って手当てをしなければ。

「っか、認識阻害かけていなければコレ明らかに僕不審者だよなぁ……」

 夜更けに意識の無い美少女を背負う男。絶対これはアウトだ。認識阻害をかけていることに感謝しつつ家路を急ぐ。






「治癒は苦手なんだよな……」

 出血自体は収まりつつあるものの恵那の容態は回復しない。こんなことなら本当、治癒を習っておけばよかった。反則染みた再生能力と規格外の呪術耐性のおかげで治癒など必要としなかったのだが、まさかこんなところで裏目に出るなんて。

「マスターは身体の構造上やむなしかと。いつも自己再生(リジェネレーション)ですし」

 この際泣き言は言っていられない。やらないよりはマシだろう。恵那へ呪力を送り治癒の術をかける。

「早く帰って風呂に投げ込もう」

「少名毘古那神の力ですか。……治癒を名目に女の子を全裸にするとか鬼畜ですね」

「このまま突っ込むわ!」

 お湯の量を少なめにしておけば溺死はしないだろう。それにいくら治癒のためとはいえ女の子の衣服を勝手に脱がすのはいけない気がする。

「マスター」

「わかってる」

 真剣な声音になったエルに返す。恵那を戦闘不能にしてくれたお礼はきっちりしよう。もっとも、恵那の自業自得とも言えるのだが。

「恵那の手当てだけしたら行くから。エルは恵那を看てて」

 アパートに戻ると恵那を部屋に寝かせる。出血箇所が多い上に雨に当たっているので衰弱が激しい。激しい振動が悪影響を与えること覚悟で疾走すべきだったか。応急処置レベルでもいいから手当ての方法を学んでおくべきだったと今更後悔してしまう。

「マスター、お湯入れてきました。私見てますけど溺死しないレベルの水量にしてくださいね?」

 エルに頷き、恵那の部屋に侵入。流石に箪笥を開けるのは気が引けるので、壁にかかっている千早を一着持って退室、バスタオルと共に脱衣所の籠に入れる。水量を確認。まぁ、こんなものだろう。

「あっつ」

 右手を浸し、少名毘古那神のもうひとつの権能を発動、温泉療法の創始者たる彼にかかればただの風呂を治癒効果のある秘湯に変えるなど造作も無い。今回の風呂は傷・疲労に良く効くように効能を調整した。ついでに温度も適温にする。火傷されたら怪我が増えてしまう。これならば即効性こそないものの、数時間つけておけば全治するだろう。

「ま、こんなもんか」

 一人で納得し、恵那を抱いてくるために部屋まで戻る。抱きかかえて風呂まで運ぶ。出血していなければ、アヤシイ雰囲気にみえないこともない。今は別の意味で怪しいが。

「よっと。……服濡れるけど勘弁ね」

 服を着せたまま浴槽へそっと下ろす。脱がす脱がさないで葛藤したのは心の隅にしまっておく。お湯につける瞬間に、恵那が僅かに身じろぎした。

「エル、後は頼むね」

 エルが浴槽にやってくるのと入れ替わりで黎斗は部屋に戻る。ふと、見下ろせば畳が血でベトベトだ。振り返れば、廊下もだいぶひどい。

「うへぇ…… これ乾いたら絶対落ちないよなぁ」

 雑巾を持ってきて、掃除を始める。数回往復してようやく血は目立たなくなった。

「これでいいや。暢気に掃除してる時間はないし」

 バケツを洗って、ようやく玄関に出る。外の天気は荒れに荒れている。

「さぁて、行きますか」

 目指すは、この嵐の中心部。そこにあの男も、護堂も、きっといる。 
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