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fate/vacant zero

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竜は異界の風を見せるか?





「それで、だ。キュルケ」



 ここは遮るものが何もない風の中、つまり空。

 日の出を背にして空を往ゆく、シルフィードの首元辺り。


 本を読むタバサが背もたれにしている才人は、正面で背びれにもたれているキュルケに尋ねた。


 ちなみにヴェルダンデは相変わらず口の中、フレイムは頭の上である。



「なぁに? サイト」

「『竜の羽衣』って、どういう秘宝なんだ?」


 尋ねられたキュルケはあごに指をやると、軽く唸うなって答えた。



「地図には、『纏まとえば千里の空を越える秘宝』って書かれているから……、『風』系の魔法道具アーティファクトじゃないかしら?」

「羽衣……、と言うことは、女性用の服の形をしているかもしれないね。
 ああモンモランシー、待っていておくれ!
 僕は きっと、君のために『竜の羽衣』を手に入れて見せるよ!」


 キュルケの回答ことばに被せるようにして、ギーシュがいつものような軽口を開いた。



「ギーシュ、あんたちょっとはサイトの資金のことも考えなさいよ。

  ……だいたい、自分で選んでおいてなんだけど、この地図の感じじゃ本物かどうか怪しいわ」


「……またかね?」


 ギーシュが、いやな顔をしてぼやいた。



「またとか言わないの。
  残りの地図の中で一番マトモそうだったからこの地図を選んだんだけど、なんか変なのよね」

「変って、どんな風に?」


 かわらず背もたれにされている才人が訊ねる。



「あのね、これまでの地図って、裏に色々書いてあったでしょ? 秘宝についてとか、注意事項とか」

「ああ、あったな」


「この地図には、その注意事項がまったく書かれてないのよ。
  地図の上では近隣の村から歩いて10分もかからないほど近いのに」


 キュルケが目の前で広げるその地図の裏側には、先ほどの『それを纏えば~』の文と、『風の羽衣』という名前だけが書かれていた。



「確かに、なんも描いてないな……。
 これもパチモンだったり、とか」

「シャレにもならないことを言わないでくれたまえ……」


 肩を落としてげんなりとぼやくギーシュに、少し凹んだキュルケが反論をする。



「ま、まあインチキならインチキなりの売り方って物があるわよ。
  世の中にバカと好事家は掃いて捨てるほどいるんだから」



 それってまさに俺たちのことなんじゃ、とサイトは思ったが口にはしなかった。

 ギーシュも思ったが口にはしなかった。言わない優しさという奴だ。

 タバサは本から顔を上げると、才人の肩越しにじっとキュルケを見つめた。



「な、なに? あたしの顔に何かついてるの?」


 冷や汗を浮かべたキュルケが、タバサに尋ねた。

 タバサは目を逸らさずに首を傾げると、杖を軽く向けて一言。



「スキモノ?」



 ぐっさりざっくりと言葉の矢に不意討ちで急所をぶち抜かれたキュルケは、さめざめと幅涙を溢こぼしながらシルフィードの背中に突っ伏した。


 ……そこは黙っててやろうぜ、タバサ。











Fate/vacant Zero

第二十六章 竜は異界の風を見せるか?









「……なあ、キュルケ。マジでここなのか?」

「地図の上では、間違いなくここになってるわね」


 才人は呆ほうと大きく口を開けて、辺りをきょろきょろと眺め回していた。


 ここはラ・ロシェールの西方、タルブ領の4割方を占める大草原のど真ん中。

 学院近くにも大きな草原が広がっていたが、それとは違ってタルブの大草原は起伏に富んでいる。


 あっちがルイズやタバサならこっちはシエスタくらいかな、なんて意味もなく考える。

 どこからともなく殺気が飛んできた気がするが気にしたら負けだ。


 ともあれ。才人たちが今立っているのは、そんな丘の一つの上にぽつんと佇んでいる建物の前である。

 ちょうど草原は花盛りらしく、朝日に照らされている鮮やかな緑の上で、小さな白やレモン色がそこかしこで楽しげに踊っていた。


 建物を背にして眼下、遠目に見える森の手前辺りには、小さくわらわらと茶色っぽいものが見える。

 どうやら、あれが地図に描かれていた村らしい。


 左右の方角は今立っている所と似たような丘がちらほら見えるばかりで、かなり遠くまで何もない。

 鮮やかな色彩を誇っているそれらを気の済むまで見渡すと、才人は建物の方に振り返った。



「何やら珍しい形の建物だが……、これは寺院の一種かね?」

「見た感じ、そんな雰囲気ではあるけど……、何かしらね、この垂れ下がってる縄ロープ?」


 キュルケとギーシュは変わらずそこに立って建物を見ながら唸っており、タバサはその門扉もんぴに近付いて何やら調べているように見える。

 この建物は、一言で言って怪しかった。


 石材ではなく板と角材で組まれ、石灰と糊のりの混合物――いわゆる漆喰しっくいで塗り固められた白の外壁。


 ハの字に組まれた屋根の端から、何故だか大量に垂らされている細い縄。


 やはり木造で閂かんぬきの掛けられた、観音開きの大きな門扉もんぴ。


 門扉を取り囲むように組み上げられた丸い柱だけが何故か朱色に染め上げられており、周囲の白とのコントラストが異彩を放っている。



 才人は、はてと首を傾げた。

 なんだか、見覚えのある形の門柱だ。


 見覚えはあるのだが、絶対にこんな所にはあるはずのない見覚えだ。

 才人が気のせいだろうとその考えを切って捨てたところで、扉を調べていたタバサが振り向いた。



「何かわかったのか、タバサ?」


 いつものように軽くこくりと頷いたタバサは、口を開いた。



「建物全体に、『抵抗レジスト』が掛けられている」


 それもかなり強力なものが、との弁に、才人たちは確信を深めた。

 どうやら、『宝』がこの中にあるのは間違いなさそうである。



 ……ついでに、余計なところまで間違いなさそうだ。



「これって、どう考えても蔵くらの類たぐいだよな」


 再びこくりと頷くタバサ。


 フーケじゃあるまいし、人さまのものを勝手に拝借するのはいくらこいつらが貴族だと言ってもまずいだろう。

 宝探しは血沸き肉踊る楽しさが伴ったが、流石に泥棒行為では心が震えない。


 いやガクブル的な意味でなら震えるかもしれないが。



 と、なると。



「……しょうがないか。それじゃあ、学院に《メキャァ! ゴト、ゴトン》……返………………


 ……………………は?」



 引き返すか、と提案しかけた口が、そのままバカみたいに塞がらなくなった。


 何故かって?

 そりゃあ、いま正に目の前で起こってることのせいだろう。


 開いた口が塞がらない、って奴だったか。



「「お宝ー!!」」



 キュルケとギーシュが躊躇ためらいもせず閂かんぬきを破壊して、寺院的な蔵?の中に飛び込んでた。





「…………」


 タバサは唖然として真っ二つにへしおられた閂かんぬきを、肩越しに見つめている。



「…………」


 才人は呆然と明暗差で真っ暗な建物の奥を見やっている。



「…………器物損壊?」


 タバサは我に返り、建物の方へ向きなおった。

 まだちょっと動揺しているかもしれない。



「…………いやその前に強盗なんじゃねえか?


 ……って言ってる場合か! 早く追うぞ、タバサ!」


 才人は我に返ると、数少ない友人が窃盗犯になるのを防ぐべく、タバサとともに暗い建物の奥へと飛び込んだ。



「おい、ギーずぶへッ!?」
 「…… 《ぼふ》ッ……!?」
「ぇ、ぅきぁあ!?」
   「ぬ、ぉ ごふッ!?」



 飛び込んだ途端、才人はギーシュの、タバサはキュルケの背中にそれぞれ衝突してもんどりうった。


 どうやら二人は飛び込んですぐのところで立ち止まっていたらしい。

 横から射していた朝日のせいで、中が陰かげになっていたようだ。


 団子になった四人はごろごろころころと転がって、何か硬いものに衝突して止まった。





「いってててて……」

「いったぁい……、あ、タバサ大丈夫? 怪我はない?」

「……(こくり)」

「ぐぉおおぉお……」


 頭やら腰やら、打ったところをさすりながらよろよろと立ち上がる四人。

 ……何気に、これがこの一週間で最大のダメージかもしれない。



「い、いったい、いきなり何をするんだねきみは……」

「そりゃ聞きたいのは俺の方だぞ……、なんであんなとこで立ち止まってんだよ……?」


 才人は鼻っ面から行ったのか、顔面を押さえて反論した。

 ギーシュはキュルケと顔を見合わせ、答える。



「それはだね……これのせいだよ。顔を上げれば分かる」


 これって何だ、と思いながら才人は顔から手を離して前を向いた。

 するとそこには、



「…………『戦乙女ワルキューレ』じゃねえか」


 先ほど閂かんぬきを圧へし折った、ギーシュの青銅人形ゴーレムが立っていた。


 どうもさっきはこいつにぶちあたって止まったらしい。

 板張りの床にぶつけたにしては顔がやたら痛いと思ったらこいつのせいか。



「違う違う、その奥だよ、奥」

「奥ぅ?」


 視界一杯にワルキューレが移っていたので、一歩後ろに下がってギーシュの言う『奥』を眺めやる。



 危うくあっと叫ぶところだった。

 うっかり、胃に空気をデシリットル単位で呑み込んだ。

 驚きすぎて、呻く声さえ出なかった。


 とんでもないものが、そこに安置されていた。



「何かしらね、これ?
  とりあえず、『羽衣』って呼べるような代物じゃあないみたいだけど」


「個人用の凧フネ、かな?
  いや、それにしては材質が木じゃないな……。金属でもないようだが。
 
そもそも風を受けるための帆がついてないし、翼が羽ばたくように出来ているわけでもない。
  それでいて、小さな竜並に大きいときた。
  こんなものが、本当に空を飛ぶのか?」


「やっぱり、ハズレだったかしら……。


  って、タバサ? サイトも、なんでこんなガラクタをそんなに熱心に見てるの?」



 呆然とソレを見据える才人の背後でキュルケとギーシュが何やら目の前の物体について議論していたが、才人はソレを気にもせず、ふらふらとその『ガラクタ』に向かって歩き出した。

 才人はそれが何であるか、朧気ながらもシっていたから。


 夢でも見ているような覚束無い足取りで歩み寄り、割れ物でも触るかのように恐る恐る指を、手をソレに触れさせ――



「こりゃあ!」



 いきなり背後から飛んできた張りのある皴枯しわがれた怒鳴り声に、四人は弾かれたように20サントほど跳び上がった。

 ぱっと後ろを振り返ると、そこには小柄で腰が少し曲がった老女が居た。


 表情は逆光でロクに見えないが、まあ見るまでもないだろう。

 どう考えても怒っている老婆は、こちらに近づきながら口を休めず畳み掛ける。



「そこで何をやっておるんじゃ 童わっぱども!
  この庫ヤシロの内に入ってはならぬと、あれほど口を酸っぱ―――



 ―――うん?」


 そのままギーシュとキュルケの目と鼻の先まで来た老女は、ようやっと目の前の年若い連中が知らない人間だと気付いた。

 どうも近眼のようだ。



「誰じゃ、お主ら? この辺りでは見かけない顔じゃな」

「えーと……、その、俺た「トリステイン魔法学院の生徒よ」……」


 どもった才人を遮ってキュルケがそう答えると、老女は先ほどまでの怒りがなかったことのように掻き消え、姿勢を流れるように正し、堂に入った仕草で両の手を胸の前で包むように重ね、頭こうべを垂れた。



「貴族の方とは露知らず、先ほどはとんだ失礼をば致しました」

「あら、お気になさらないで結構ですわ。
  それより……、貴女あなた、『竜の羽衣』ってどこにあるかご存知かしら?」


 老女は、意表を突かれたような表情で答える。



「『竜の羽衣』、ですか?
  それでしたら、貴女様あなたさまの後ろにあるのがそれですが……」


 何故このようなものを? と老女は不可解に思っているようだ。

 四人はやはりこれが『羽衣』なのかと納得し、キュルケを除いた各々は『羽衣』へと視線を向けなおした。



「それじゃあ、この『ガラクタ』の所有者はどなた?
  こんな寺院もどきを建ててるぐらいなんだから、誰かの持ち物なんでしょう?」


 老女はキュルケの言い様に眉を顰めると、少し棘を含んだ語調イントネーションで言葉を紡いだ。



「……これは我が家に伝わる秘宝であります故に、一応は私の持ち物と言えなくもないでしょう。
  しかし、それがどうか致しましたか」


「ええ、ちょっと要用いりようで。
できればこの秘宝、あたくしたちに譲ってい「ダメでございます」……」


 老女は容赦なく話題を切り捨てた。



「……理由を教えてくださらないかしら?
 でないと、納得のしようがありませんわ」


 こんなガラクタなのに、とは内心に留めながらキュルケが問うた。



「はい。

 ……元々、この羽衣は義父の持ち物だったのです。
 義父は60年ほど前、どこからともなくこの村を訪れたそうでして。
 いつだか本人に訊いてみたら、遥か東の地ロバ・アル・カリイエの方からこの『羽衣』に乗ってこの草原にまで飛んできたと申しておりました」


 それが本当なら凄い話だ、とギーシュは思う。

 ここから東方の地までは、何千リーグキロメートル単位で離れているのだ。



「尤も、私とてこれが飛ぶ姿を見たことは一度もないのですが」

「それは、どうしてかね?」


 ギーシュは、釣られたようだ。



「義父が言うには、……確か、ジャットゥネェリ……、いや、ジュトーネ・リュゥ……?
 ……とにかく、この秘宝に食べさせる餌が足りないそうです。


 ……話が逸れましたね。
 ともかくそういう事情で飛ぶことの出来ない置物のようなものなのですが……、それでもこれは殆ど唯一といってもいい、義父の形見なのです。
 出来るなら、お譲りしたくはありません」

「そこをなんとか、というわけには行かないかしら?」


 形見と聞いてもなお食い下がるキュルケ。

 どうも、無碍むげにダメと言われたことで、魂の何かに火がついてしまったようだ。



「……どうしても、これが必要なのですか?」

「ええ、その通りよ」


 澱みなく答えたキュルケを、ギーシュが肘でつつく。



「……なあ、キュルケ」

「……言われなくたって、自分で分かってるわよ!
  でも、ああやって拒否されると、どうしても欲しくなるじゃない!
  分かるでしょ!?」


 出来るなら、わからんよ、とギーシュは答えたかった。

 だがその機会は、黙って考え込んでいた老女が先に話を切り出したことで、完全に流れてしまった。



「わかりました。ご足労お掛けしますが、私の後についてきてください」









「ここです」

「ここ……って、ただのお墓じゃないの」


 もう少し羽衣を見ていたいと庫くらに残ったタバサを除く三人を引き連れた老女は、遠目に見えていた村の外れ、その共同墓地の一角で立ち止まった。

 彼女の正面には、周りにある白くて幅広の墓石とは趣おもむきを異にする、黒くて四角い石柱で組まれた墓がある。


 これが、老女の目的地だったようだ。



「これは義父が亡くなる前、その自らの手で組み上げた墓です。
  ……皆さま、そこに彫られた銘は読めますか?」


 キュルケとギーシュが、既にその墓石にはりつくようにして文字を睨んでいた才人の両脇から覗き込み……、口々に声を上げた。



「なにこれ? 何処の文字なの?」

「古いルーン、に見えなくもないな……。
  魔術の心得でもあったのかね、貴女の父君は?」


 ぶつぶつと何事か呟きながら墓石に手をあてている才人を他所に、二人は老女に問うた。



「いえ、義父が魔法を使ったことは一度も。
  ……義父の遺言には、この墓石の銘を読むことが出来たものに『羽衣』を譲れ、とだけありました」


「ヒントの類は、何かないの?」

「それが全く。
  読むことが出来たものは自然と名乗り出るだろうから答は教えないでおく、などとも言ってはおりましたが……」


「「うーん……」」


 その場に屈かがんで唸る二人を余所に、才人は何気なく立ち上がって老女へと振り向き、口を開いた。



「お婆さん」

「はい?」



「お婆さんのお父さんって、ホウショウ、とか、クニサキとかって苗字じゃありませんでしたか?」



「「……はい?」」


 突然何か言い出した才人に呆ほうける二人を放置し、老女は呻くようにそれに答えた。



「確かに、義父はその字あざなをクニサキと名乗っておりましたが……、何故、それを?」







JSSDF第2師団 邦咲隼人くにさきはやと二佐 ここに眠る



「それがこの墓石の銘、ですか。
  ……なるほど、義父が自然と名乗り出ると言った意味がわかりました。
  こういうことでしたか」


 得心したような、でもどこか不満そうな老女が、ため息とともにそう溢した。


 本当は遺言を盾に諦めていただくつもりだったのに、それが裏目に出てしまったのだ。

 教えてもいない義父の名前を言い当てられてしまっては、言い逃れのしようもない。


 ため息ぐらいの無礼は、許されたっていいだろう。



「仕方ありませんね……。

それでは、貴方に『羽衣』をお譲りしましょう。
 家族にも知らせてきますので、しばらくお待ちいただけますか?」


「あ、それならさっきの庫くらの方で待たせてもらってもいいですか?
 タバサも待ってますし」

「あたしたちは、一緒に着いていかせてもらうわ。
 お墓でじっと待ってるだけなんてやぁよ、あたし」


「あ、はい。

 ……そうですね。それでは、お二方はこちらへ……」









 村の中へと向かう三人と別れ、再び丘の庫くらに戻ってきた才人は、左手で『竜の羽衣』に触れてみた。

 途端に印ルーンが光を放ち、いつかの『破壊の杖』の時のように、その正体が何であるかを才人は正しく理解した。



「これは、武器?」


 同じようにその“機体”の胴体に手を当てていたタバサが、光っている印ルーンを見ながら尋ねてきた。


 この機体”が”武器か、と問われれば難しいけど、この機体”に”武器が詰まれているのは間違いない。

 機首と両翼付け根の機関砲ガトリングポッド口や、機体下にずっしりと固定された二本の有翼誘導弾空対空ミサイルを見ながら、才人は頷いた。


 声を出さなかったのは、その間にも印ルーンが光を放ち続け、持ち主サイトの記憶にこの“機体”の内部構造や基本的な操縦法を刻んでいたためである。

 その情報の波が収束しだした頃になって、タバサは更に尋ねてきた。



「なにで造られているのか、よくわからない……。
  やっぱり、これもあなたの世界の?」


「ああ」


 それもおそらく間違いない。


 これの持ち主は、墓石の記述を信用するなら『Japan Strategy Self Defence Force』――戦略自衛隊、の士官さんだ。

 あの『破壊の杖』の持ち主と同じ、異世界からの闖入者ちんにゅうしゃ。


 俺と同じ、異邦人。



「これは俺の世界の武器……、いや、『兵器』だ。
 空を飛ぶ、な」


 タバサにそう教えながら、刻まれた知識の中から燃料タンクの位置を探しあて、タンクコックを捻り開けてみた。

 かすかに鼻を突く臭いはするものの、反響音が深い。


 なるほど。

 燃料ジェットねんりょうが空っぽじゃ、そりゃ飛べないわけだ。


 タンクコックを戻し、少し機体との距離をとって、今度はその全身に目を向ける。

 尖った機首から縦と横に突き出した尾翼までのラインにも、主翼にも、見た限りでは歪みはないようだ。

 黒塗りされた全身の中で、垂直尾翼に抜きで描かれた『JSSDF』の銀文字と、継つぎ目を縁取りする淡い緑が目を奪う。


 それを見る限りなるほど、この機体が『竜の羽衣』と呼ばれた理由がなんとなくわかった気がした。


 才人がこの世に生まれるよりも、ずっと昔に生を受けた戦闘機。

 今もなお現役で空を舞っている筈の生ける神話、その風格。


 物言わぬ不死存在――即ち、『竜』の『羽衣から』、と。



「……確かF-15イーグル、だったっけ。
  なんか改造されてるみたいだけど、燃料さえあればそのまま飛ばせそうだな。
 ガソリンだったか、軽油だったか……? 重油は違ったような」


 そうなるとこれの持ち主だった人は、相当な距離をこれに乗って飛んできたんだろう。

 ……いやまあ、こっちの世界に来る前に飛び回ってて、帰ろうとしたところを……、っていう可能性もあるんだけど。


 情報が足りない。もっと情報が欲しい。

 これの持ち主がどこから飛んできて、この丘へ辿り着いたのか。

 それが知りたい。



 才人がそう渇望して唸っていると、くいくいと半袖が引っ張られる感触があった。

 振り返ってみれば、なにやらタバサが端っこをつまんで、才人の顔を見上げていた。


 和む。



「ん、どした?」

「これは、飛べるの?」


 と、首を傾げて問うてきた。



「わかんね。でも、ジェット燃料――要は油さえあれば多分、飛ばせると思うぜ」

「そう。

  ……その時は、少し乗せて欲しい」



「……へ?」


 才人が、固まった。



「……迷惑なら「いや、別にそんなことはないぞ。
 タバサなら、万回乗せたってOKだ。

  ……いやそうじゃなくて。興味、あるのか?」


 フリーズから瞬間的に立ち直ってまくし立てた才人が、素朴な疑問を尋ねてみた。

 タバサはこくりと頷いて、



「あなたの世界の乗り物。
 すごく、興味がある」


 そうのたまった。







 タバサの言葉の真意を探るべく、悩んで悩んで考え抜いたあげく結局答を出せなかった才人は、なんだか疲れた感覚とタバサを伴って庫くらの外に出た。

 憔悴しょうすいした才人は改めて、視界を埋める広大な草原を眺め渡した。


 しなやかな日差しに照らされ、風に揺らされきらきらと朝露を光らせる草原と、蒼くて白い空と雲の、鮮やかなコントラストが目に沁みる。

 そういえば、こっちの世界に来てからというもの、とにかく毎日が好奇心で一杯で、こうやって景色を眺める余裕もなかったな、と才人は気付き苦笑した。


 隣で佇むタバサの方も、輝く草原に目を向けたまま、身動きを忘れて見入っている。

 才人の目には、そうした好奇に彩られるタバサの瞳が、きらきらと輝いていて映った。

 そしてその目に魅入られた自分に気付いて、慌てて草原の方を見直す。


 何故かオーバーワークをしたがる心臓や肺を押さえ込むよう努力しては、気付けば再び、輝く草原に見入っているタバサの瞳に釘付けになった自分がいる。



 しばらくの間、そんなことを繰り返しながら各々、光景に見入っていると。




「お二方」

「ぅわぁ!?」
「ッ…(びくり)」


 先ほどの老女に、背後を取られていた。



「? お二方、食事の準備が整いましてございます」


 どうやら老女はそれを伝えるためだけにここまで来たらしい。


「へ? え、はぁ。
 食事、ですか。

 ……は、食事?」


「はい。
 お連れのお二方が、ぜひお願いしたいと」


 思わずタバサと顔を見合わせて、二人して呆れた溜息をついた。


 流石にそれは図々しくなかろうか、とも思ったが、作ってくれたものを放置するのも失礼だ。

 多少の肩身狭さを感じながら、二人は老女に従い、村へと降りていった。







 その道中でのこと。

「お二方は確か、魔法学院の生徒でしたね?」


 老女が、不意にそう溢した。



「(こくり)」

「俺はちょっと違いますけど。まあ、似たようなものです」


 二人がそれに答えると、老女は続けてこう問うてきた。



「では、私の孫娘をご存知ではありませんか?
  学院の方に、奉公に出しているのですが」


「えーと……、その人の名前は?」

「おや、これはうっかりしておりました。
 孫の名は、シエスタといいます」



「「え」」



 才人の足が止まった。


 タバサが、それに気付いて足を止めた。



「どうなさいました?」


 と、老女も立ち止まり振り向いた。



「あ、いえ。

 ……知ってますよ。
  貴族じゃない俺にも、よくしてくれてます」

「そうでしたか。
 手紙はこまめに寄越して来るのですが、どうにも気に――」


 そう、色々と。

 料理が出来て、優しくて、可愛くて……、多分、俺を好いてくれている女の子。


 それこそ俺なんかには、勿体無いくらいによくしてくれている。



「――それで、昨日、でしたか。
  もう少ししたら帰ると手紙が来たのですが、どうも文に元気がありませんで……。

 おっと、足が止まっておりましたな。
  先を急ぐと致しましょうか」


 ……元気がない、か。

 多分、この間のことを気に病んでるんだろうけど……。



 ……俺はシエスタの好意に、何かを返してやれるんだろうか?



 顔をじっと見つめてくるタバサに先を促うながしながら、俺はそんなことを考えていた。









 その日、才人たちは老女の家……、シエスタの生家に泊まることにした。

 『竜の羽衣』を運ばせる竜騎士隊が、今日中にはどうやっても到着しないと踏んだためだ。


 竜騎士隊には、『羽衣』を学院まで運ぶ方法はないかと相談されたギーシュが、父親のコネを使って要請した。

 初めこそ怪訝な顔をしたものの、どうしてもと頭を下げて頼み込んできた才人に折れたらしい。



 それから、シエスタの家族にも紹介された。


 両親に、兄1人、弟2人、妹4人の大家族。

 父母は初め、不意に貴族とともに現れた“平民”を胡散臭そうに見ていたが、魔法学院でシエスタが世話になっている人(本当は、逆だけれど)だと婆さんが紹介すると途端に相好を崩し、もてなし度合いを皆と同列強、くらいにまで跳ね上げた。

 そんな“いい家族”の姿に才人とタバサは、自分でも気付かないほど少しの寂しさを覚えた。



 なお、昼食の途中で“貴族を泊める”ことを聞きつけた村長が、息堰いきせき切らして飛び込んできたのも明らかに余談である。







 同日夕方。



「こんな感じか……?
 Luna猛れ Magnus大きな Ventosus風!」


 村から、人気のない共同墓地を挟んだ反対側の開けた所で、才人とタバサはいつも通りの、でも少しだけいつもとは違った授業をしていた。


 二乗呪文ラインスペル『突風ガスト』と『風槌エアハンマー』。

 今日の課題はそれである。


 昼食後すぐに何を約するでもなく二人して町外れに出向き、休憩を合間合間で挟みながらの二人の授業は、いつになく熱心であった。

 家族というカタチに感じてしまった寂しさを、無意識に紛らわせようとしたのかもしれない。

 が……、それはこの際置いておこう。


 肝心の授業の成果はというと。



 基礎魔法コモンマジック『風縒ヴァンデル』の上位版である『突風ガスト』の方は、驚くべきことに一発で成功した。

 練り込みこそ甘いが、『ライン』成り立てとしては望むべくもないレベルだ。


 一方の『風槌エアハンマー』は、と言うと。



「……だめ。工程が混ざって、ただの突風になってる。
 『固め』て『吹かせる』それぞれの過程を、しっかり分けてイメージして」

「うぇ、またか……。

 自分ではちゃんと二つに分けて、固めて吹かしてるつもりなんだけどな。
 何処で間違えてんだ……?」



 ――とまあ、こんな感じであった。

 挑戦初日なのだから、『突風ガスト』を成功させただけでもよしとすべきだろう。



 こうして才人は、昼食から夕日が差すまでの間に、通算で『突風ガスト』一回(成功)、『風槌エアハンマー』二回(どちらも失敗)を唱え、精神力切れで立ち眩みを起こして授業を終えた。

 普通なら精神力切れを起こすと立ち眩み程度では済まないのだが、その程度に収まる辺り、飽くなき好奇心とは偉大であるのかもしれない。







 そんなこんなで授業を終えた二人が村外れから戻ってくると、ギーシュが何やら便箋らしきものを手にしてフリーズしていた。

 キュルケはキュルケで、その便箋をその背後から覗き込んで青褪めている。


 こりゃいったい何事だと、二人は同じようにしてその便箋を覗き込んだ。



 どうも一枚はギーシュの父親のコネからの返事だったようだ。

 竜騎士隊の貸し出しを了承する旨が書かれている。


 で、もう一枚の方は。



「なあタバサ」

「……なに?」


「これ、長々と色々書いてあるけどさ。

 ……なんかどの文も全部、『授業をサボって宝探しなぞ言語道断』と『帰ってきたらお仕置きだ』のどっちかに読めるんだが。
 俺の目がおかしいのか?」


 タバサはしばらく無言で宙に視線を投げ出した後、ぽつりと、


「それで正解」


 と呟いた。



「あー……。
 ……ごめんな、ほんと。俺のせいでえらいことになっちまったみたいで」

「別に、あなたのせいじゃない」


 被せるように、才人の謝罪を両断したタバサは、青くなって固まったままの二人に追い討ちをかけた。



「自称『宝の地図』を買い込んできたのはあなたじゃない。
 だからあなたは謝らなくていい」



二人は、綺麗さっぱり撃沈した。





 
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