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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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揺籃編
  第十九話 巣立ちの準備

宇宙暦789年1月3日 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、
シルバーブリッジ24番街 キャゼルヌ邸 ヤマト・ウィンチェスター

 「お前さんがウィンチェスター准尉か。それにバルクマン准尉、ダグラス曹長。三人共よく来てくれた。キャゼルヌだ。よろしくな」
「ヤマト・ウィンチェスターです。よろしくお願いいたします」
「オットー・バルクマンであります。キャゼルヌ中佐、よろしくお願いいたします」
「マイケル・ダグラスです。よろしくお願いします」
「そんなに畏まらんでもいいさ。ほら、あの二人を見てみろ」

 キャゼルヌさんが顎を向けた先には、早々とウイスキーを手に取るヤンさんとアッテンさんがいる。
「おい、そこの二人。やっと全員揃ったんだ。新年の乾杯くらいしたらどうなんだ」
「乾杯はいつでも出来ますがね、いい酒に巡り会える機会というのは逃してはならないものなんですよ?なあ、アッテンボロー」
「全然同意します、ヤン先輩」
「あのなあ、俺がいつそいつを飲んでいいと言った?」
「酒の方は全然拒否する気配がありませんよ?」
「全く…お前さん達、酷い先輩を持ったな。ほら、皆グラスを持て…新しい年に、乾杯!」

 アッテンさんの誘いで俺達はキャゼルヌ邸へお邪魔している。ヤンさんの所に行ってもロクなメシはないからキャゼルヌ中佐の所に行こう、となったのだ。もちろんヤンも誘ってだ。ヤンさんは機会があれば俺達を連れて来い、とキャゼルヌ中佐に言われていたそうだ。

 “丁度良かった、新年の挨拶もまだだし、三人共連れて来いって言われてもいたからね。行こうか“

 いきなり押しかけて、この二人は他人の迷惑とか考えていないのだろうか?
「アッテンボロー、バルクマン准尉とダグラス曹長と一緒にツマミを買いに行って来てくれないか。オルタンスが来るまでメシがないからな。ほら、財布持っていけ」
「分かりました。チョイスに文句は無しですからね」
「分かった分かった」


 
 「…ヤンに友人が出来たなんて、どんな人間か知りたくなるじゃないか。…エル・ファシルでは大変だったようだな。ドッジ准…中将の下に居たのか?」
「はい、いえ、正確には私は旗艦乗組員でした。ドッジ中将はエル・ファシル警備艦隊第二分艦隊司令部所属でいらしたので、それで良くしてもらいました」
「そうだったのか。ヤンがやたらとお前さんの策を誉めるのでね。分艦隊司令部所属かと思ったんだが…よく自分の思い付きを通せたな」
「いえ、当時の上官のお陰でして。当時の内務長が私の思い付きを上申してくださったんです」
「ほう、よくもまあねじ込んだもんだ。何という人だ?」
「パオラ・カヴァッリ大尉という方です」
「カヴァッリ……ああ、あの子か」
「キャゼルヌ先輩、ご存知なんですか?」
「ああ。ヤンにとっても縁は薄くないぞ」
「どういう事です?」

 意外にもキャゼルヌ中佐はカヴァッリ大尉を知っていた。士官学校卒なら、年が近ければ先輩後輩の間柄ってのは有り得る事だ。
「カヴァッリ大尉は士官学校の後輩でな。俺が候補生三年の時の一年生だった。彼女はリンチ少将の身内なんだ。ヤンとは被ってないな、なあ、ヤン?」
「よく覚えてないですね」
「…お前さんの歴史以外の記憶力に期待したのが間違いだったよ。…才気煥発、という程ではなかったが、行動力には不足のない印象だったな。当時はリンチ少将も士官学校で教官をしていたから、肩身の狭い思いをしていたようだ」
「でも先輩、そんな昔の事よく覚えていますね」
「俺はまだ二十七だぞ。記憶力に偏りのあるお前さんが異常なんだ」
 くそっ、アニメのままの声だから、ついニヤニヤしてしまう。
「ウィンチェスター、何がおかしいんだい?」
「いや、お二人は本当に友人同士なんだなあと思いまして」
「そうだね。先輩でなければとっくに友達付き合いを止めているところなんだけどね」
「おいおい、俺が友達でなくなったらお前さん、栄養失調どころか、餓死してしまうぞ?」
「すべてオルタンスさんの功績じゃないですか」
「…とにかくだ、得難い友人同士という訳だ」

 年の離れた友人というのは、本当に羨ましい。先輩後輩の間柄でも分け隔てなく接するキャゼルヌさんの人柄による所が大なんだろうな。
「そういえば、ヤン中尉…ではない、ヤン少佐はエコニアに行かれてたんですよね?ケーフェンヒラー大佐はどういう人でしたか?」
「君はケーフェンヒラー大佐を知っているのか?」
「軍内部の電子新聞の片隅に訃報が載っていましたからね。捕虜収容所の不正を暴くのに協力した、とか…ヤン少佐が暴いたんですよね?すごいなあ」
「あれは…私は何もしていないよ」
「でも少佐の存在がキッカケとなったのではありませんか?」
「…何故だい?」
「不正を働いている側からすればですよ、英雄と呼ばれているヤン少佐がいきなり赴任してくれば、これは何かあると勘繰るのは当然ではないかなあと思うからですよ。ましてやエコニアは辺境だ。英雄の赴任先には相応しくない、と誰もが思うでしょう。時期から言って耳目を集めやすい。不正を働いている者からすれば、大人しくするか、逆に注目される前にどうにかしてやろうと思うでしょうから」
「…キャゼルヌ先輩、どうです?優秀な若者でしょう?」
「お前さんも充分若いがね。いやはや、確かにすごいな。エコニアにヤンを行かせたのは俺なんだ。英雄騒ぎのほとぼりを冷ますのに丁度いいかなと思ってね。確かに不正の噂も前からあったし、どうにかしなくてはとも思っていたからからな、ちょっとした爆弾を落として診ようと思ったのさ。まあ、ヤン自身も歴史的探求心を満たして帰ってきた事だし、いい事づくめさ」
「…一歩間違えれば死ぬとこだったんですがね」
「何かを得るには、何かを失うものさ」
「ほら、言っただろう?先輩でなければ友達を止めているだろうって。これから君も苦労するぞウィンチェスター。有能な軍官僚はとてつもなく腹黒いんだ。可愛い後輩をダシにして不正を暴こうとか、友達が聞いて呆れるだろう?」
「お二人共仲が本当にいいんですね…ケーフェンヒラー大佐には私も話を聞いて見たかったです。私も歴史が好きなので」

 「ヤン、同好の士が出来て良かったじゃないか。しかし、何故ケーフェンヒラー大佐の話を聞きたいんだ?」
「アッシュビー元帥の死は謀殺…ではないのですか?」
「何故それを…ヤン、お前さんが話したのか?」
「いえ、話してませんよ」
「…噂はすぐに伝わるものです、キャゼルヌ中佐。何でも、投書があったとか」
「…内容については明言出来ないが、確かに投書はあった」
「後はキャゼルヌ中佐自身が話された通りではありませんか?ヤン自身も歴史的探求心を満たして帰ってきた、と仰ってましたよね。歴史的探求心を満たすには資料や歴史の生き証人が必要です、それがケーフェンヒラー大佐だったのでは?」
「参った。お前さん、本当にすごいな。これは確かに紹介したくなる友人だ。よかったな、ヤン」
「ええ、エル・ファシルでも助けてもらったし、本当に得難い友人ですよ」
全部知っている立場としては非常にこそばゆいぜ。もうモブキャラじゃなくて準レギュラーの立ち位置だな。…早く卒業してえなあ…。



789年5月10日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校
野戦演習場 オットー・バルクマン

 「立て!学年主席が聞いて呆れるぞ」
「おのれ…油断しただけだ!」
アンドリュー・フォークは事ある毎に俺たちに絡んでくる。今だってそうだ、学年が関係ないカリキュラムで、講義の日程が合うと必ず絡んでくるのだ。
今は白兵戦の講義中だ。今日は実際に装甲服を着て行う白兵戦技実習が行われている。陸戦隊にだって指揮官や参謀は必要だからな、当然卒業後は陸戦隊に行く者もいる。実際に自分自身が戦う必要が無かったとしても、戦えない指揮官や参謀はバカにされる。下士官達にバカにされない程度に、ある一定の白兵戦技能は身に付けなきゃならない、という訳だ。
ローゼンリッターに行ってたマイク程ではないが、俺やヤマトだって白兵戦技は不得意じゃない。陸戦専門の戦科学校程ではないが、下士官術科学校のカリキュラムの半分は白兵戦技訓練だった。もちろん装甲服を着用しての戦技実習もたくさんあって、団体戦技トーナメントや個人戦技トーナメントもあるくらいだから、手を抜く奴等はほとんど居なかった。

 「…お前、どうしてそんなに俺達に絡んでくるんだ?」
「……」
「生きのいい奴は嫌いじゃないが、少ししつこくないか?少し休憩しようぜ」
「もう一戦やってからだ!」
「…ヤマト、替わってくれ。なんか飲んでくるわ」
「…了解。よし、いつでもいいぞ」
確かに奴は頑張っている。学年首席は伊達じゃない。同じ学年と試合している時は八割くらいの勝率を維持している。あ…負けた。


5月10日 自由惑星同盟軍士官学校、野戦演習場 ヤマト・ウィンチェスター

 「下半身ががら空きだぞ。ほら、もう一回だ」
「くそっ!!」
「…今のは中々良かったぞ…よし、時間だ。ありがとうございました」
「…ありがとうございました…」

 俺達は三年生、君も二年生になったことだし、もうそんなに目の敵にしなくてもいいんじゃないか、フォーク君。
でも…アニメのイメージと違うんだよな、目の前にいるフォークは多少性格は悪いが、頑張り屋の優秀な奴だ。それが何でああなった?
「おーい、マイク」
「やっぱ格闘は楽しいよな…なんだ?」
「今日の外出、何か予定あるか?」
「ないよ。オットーも酒飲みに行くくらいじゃないか?」
「スールズに言ってさ、フォーク呼び出せないか?」
「スールズ?…ああ、ズカリッターか。呼び出せるだろうけど、来るかな?」
「スールズも一緒なら来ると思うけど、珍しいな?説教でもすんのか?」
「内容はどうあれ、俺達と奴は結構親密な間柄だろ?たまには一緒にメシでもどうかと思っただけさ」
「ふーん。まあ暇だしいいか」



5月10日19:00 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、ウーズヴィル5番街
パブレストラン「ラシュテ」 ヤマト・ウィンチェスター

 「このようないかがわしい場所に出入りしていたとは…将官推薦の名が泣きますよ、先輩方」
おい、やめろ、というスールズカリッターの制止にも耳を貸さず、フォークは言葉を続ける。
「後輩を呼びつけて私的制裁でもしようというのですか?これだから下士官あがりは」
「フォーク、お前な…」
「ほっとけオットー、俺たちは向こうで飲もうぜ、ほら、ズカリッターもこっちだ」
「ダグラス先輩、妙な略し方は止めてくださいよ…」

 マイク、気を利かせてくれたのか。お前は本当にいい奴だ。
「私的制裁なら店に呼び出す訳ないだろう?まあ座れよ、何飲む?」
「ジェイムスンを」
「じゃマスター、俺も同じやつを……乾杯」
「…乾杯」
「初めて飲んだけど、悪くない」
「…それで、ご用は?」
「用が無きゃ誘っちゃいけないのか??俺達は編入だし、アッテンボロー先輩は卒業してしまったから、士官学校の中で濃い付き合いがあるのはお前とスールズカリッターくらいなもんだからな、一緒にメシでも、と思っただけだよ」
「…敵に塩でも送ったつもりですか?」
「おいおい、俺達同じ同盟軍だろ?敵も味方もあるもんか」
「甘いんですね。周りは皆競争相手ですよ。そういう意味では敵ではないですか」
「…競争相手だ。敵じゃないさ」
「先輩と私では考え方に相当隔たりがあるようですね」
「そうだな。別に俺は宇宙艦隊司令長官や統合作戦本部長になろうとは思っちゃいないからな」
「将官推薦を受けておいて、ですか?他の候補生に失礼ではありませんか?」
「失礼とは思っていないよ。その二つだけが士官として最終目的地ではないだろ?地位というのは自分が頑張った結果として付いてくるものだ」
「全くその通りですよ。先輩はそうではないかも知れないが、私の頑張った結果として欲しいのは統合作戦本部長です。卒業年次の近い候補生は皆競争相手、敵ですよ。阻害要因は早い内に潰さねばならないのです」
「学年内で統合作戦本部長に一番近いのは自分、邪魔なのは俺達、という訳か」
「…そうなりますね。本人方を前にして、失礼な話ですが」

 やっぱりだ、腹立つ奴だがフォークはまだおかしな奴じゃない。転換性ヒステリーなんて病気を抱えて士官学校に入学出来る訳がないのだ。その傾向はあるんだろうが、在学中から順風満帆にエリートコースを歩み過ぎてああなったんだろう。何もかもが上手く行って挫折や障害が無かったんだ。でなければロボスが飛び付いた結果とはいえ、帝国領侵攻作戦の参謀なんかになれる訳がないのだ。第六次イゼルローン会戦だって参謀として参加している、無能な訳がない。
そんな順風満帆な所に俺達が現れた、確かに邪魔だ。しかもその邪魔者たちは秀才という訳でもない。たまたま将官推薦されただけの下士官あがりの増上慢、と来ている。フォークの判断基準だと、そんな奴等に勝てないのだから、屈辱だろう…。
しかし奴はそれを堪えている。耐えている。俺達という障害を前に、それに屈する事なく頑張っている。
考えてみればフォークも不幸な奴だ。ヤンさん越えを狙ったのが運の尽きと言うものだ。でなければ帝国領侵攻なんて、あんな粗雑な作戦考える事もなかっただろう。

 「お前の頑張りは認めてるよ。でもそれは独りよがりの頑張りだと俺は思うよ。自分も、巻き込まれた周りも、そのうち不幸にする。いずれ追い付き追い越せではやっていけない時が来る。それよりだ、俺達と一緒に来ないか」
「…来ないか、って、どこへ行くんです?」
「それはまだ分からんけどな。行けるところまで行けばいい、行き止まりだったらそこでまた考えようぜ。行き止まりだ、って一人で考え込むより皆で考えたほうが楽だろ?」
「…その結果、私が先に進むかも知れませんが、いいのですか?」
「そんときはこき使ってくれればいいさ」
「…考えておきます」
 
 
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