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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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揺籃編
  第十七話 負けられない戦いがそこには有る

宇宙暦788年7月30日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校
戦術講堂 オットー・バルクマン

 ここでの生活にもだいぶ慣れた。元々似たような生活習慣だったから慣れるのも早かったな。
しかしヤマトの奴、本当にどこで勉強しているのか分からん。士官候補生二年次には四千八百人ほどの同期生がいるが、あの野郎、編入試験の結果を学年順位に当てはめると、学年中で百二位らしい。俺はというと、千九百五位、マイクに至っては三千二百十六位だ。
”これは一般学科だけだし参考記録みたいなものだから、あまり気にしないでいいわよ”とカヴァッリ大尉に言われたが、これはこれでヘコむ…。
一番癪に障るのはこの事をあのアンドリュー・フォークが知っている事だ。

”おやおや、将官推薦の方々は成績が悪くても希望通りの課程に進めるのですね。これでは何のための試験か分かりませんな”

なんて言いやがる。本当の事だから頭に来るぜ…。

 戦略研究科、略して戦研科では、一年生から三年生まで学年関係なく講義が行われるカリキュラムがある。戦術分析演習、いわゆる艦隊シミュレーションだ。何故全学年で行われるのかというと、同学年内だけで行うといじめや差別の助長に繋がるから、らしい。
それとシミュレーションに慣れた上級生から初心者の下級生までがランダムに対戦する事によって、あえて強弱をつけ、習熟度の差に関係なく実戦に近い環境に置くことを重要視しているのだそうだ。三年生の成績優秀者と一年生の平凡な成績の候補生が対戦して、三年生が負ける事もあるという。候補生には分からなくても教官達には当然シミュレーションの対戦者が分かるから、才能の発掘にも繋がるらしい。
が、これは戦研科だけの話だ。戦研科の他には航海科、機関工学科、技術情報科、補給科、飛行科、陸戦科があるが、彼らは逆に学年内で各課程共同で戦術分析演習が行われる。戦術分析演習の時数も戦研科の十分の一くらいの時数しかない。…航海科にしておけばよかったかな。一応本職だからな…。

 今日はカリキュラム内での初の戦術分析演習の日だ。戦術分析演習は〇九〇〇時から一六四五時までみっちり行われる。昼食もマシンに入ったまま戦闘糧食(レーション)を食べる。俺達は不味いと思うが、候補生たちには受けがいいそうだ。
それはともかく、俺達は編入組だから当然シミュレーションには慣れてない。
課業外の自由時間、自習時間や休日を潰してシミュレーションマシンを使わせてもらったが、慣れたのかそうでないのか全く分からない。卑怯な事にヤマトの奴はアウストラに乗っている時もシミュレーションをやっていたのだという。シミュレーションマシンの性能は高く、高度自己認識・推論機能、音声入力・応答機能が付いている。「射撃管制は戦闘以外暇だし、喋ってくれるから暇つぶしに丁度良かった」そうだ。
確かにそうだが、他にもやることあっただろ!

 「これはこれは、将官推薦のバルクマン先輩ではありませんか」
「ふ、フォーク候補生…」
「対戦があるかも知れませんね、そのときはお手柔らかにお願いしますよ」
「お、おう」
くそっ…。
「どうしたオットー」
「ヤマト…」
「フォークの奴になんか言われたか?」
「いや、ちょっとな…」
「対戦相手なんて分かりゃしないんだから、大丈夫だよ。ほら、教官来たぞ」



7月30日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校、
戦術講堂 ヤマト・ウィンチェスター

 あれは…ドーソンか?間違いない、ドーソンだ。まだ大佐なのか…。それにチュン・ウー・チェンじゃないか!中々銀英伝らしくなってきたぞ…。
「気ヲ付ケ!」
一年から三年までが一斉に立ち上がる。今日のシミュレーションは戦研科全学年の五分の一が参加している。
「…着席してよろしい」
皆が一斉に座る。
「本日の講義は戦術分析演習、シミュレーションだが、趣向を変える。本来対戦相手は指名禁止、姓名は明かさないのが原則だが、候補生一年のフォーク候補生のたっての希望により、対戦相手を指名して行う。今日はこの一戦のみ行い、他の候補生諸君は見学とする。見学者の講堂の出入りは自由、フリードリンクだ。だが早飯は許さんぞ!…見学者は自分が指揮官なら、参謀ならどうするかを考えながら見学するように。フォーク候補生、対戦相手を指名してよろしい」
げ!ドーソンのやつ、フォークの煽りに乗ったな?あいつの事だから、俺達の誰かを指名してくるに決まってる、参ったな…いきなり洗礼とは。
しかしフォークの奴、相当自信あるんだろうな。負けたらどうするんだろうか?

 「そうですね…先日中途編入された候補生二年の方々がいましたよね、ドーソン教官?」
「ふむ、確かに居たな…うん、うん。五十年ぶりの将官推薦者の三名の事かね?」
「え!将官推薦の方々だったのですか!?ということは実力も確かなはず…ですよね?教官」
「うん、うん。そうだろうな。彼等を指名するのかね、フォーク候補生」
「はい、三人のうちどなたでも結構です。是非ご教授して頂きたいものです」
「…とフォーク候補生は言っているが…バルクマン候補生、ダグラス候補生、ウィンチェスター候補生」
「はい」
「はい」
「はい」
「可愛い後輩のたっての希望だ、どうか受け入れてやってはくれないだろうか」
さすがに周りもざわついているな。完璧な出来レースじゃねえか。負けられない戦いがそこにはある、なんてよく言ったもんだ。
「挙手がないのならこちらから指名するが……姓名順で…バルクマン候補生、いいかね?」
「いえ、私がいきます」
「ダグラス候補生か。いいだろう。では両名、準備をしたまえ、十分後に開始する」

 ざわめきが酷くなった。俺達の編入時の成績はもう皆に知れ渡っているからな…。
「マイク、大丈夫なのか?負けるとは思わんが」
「顔に負けるって書いてあるぜ、バルクマン」
「いや、それは…俺が行くよ」
「いや、いいんだ、あいつは元々気に食わなかったからな。いいチャンスだぜ、へこましてやるよ」
「マイク」
「なんだヤマト」
「あいつ、一年とはいえ首席だからな。気を付けろよ」
「だいじょぶだいじょぶ」



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 マイケル・ダグラス

 さあ、ちゃちゃっとやっちゃいますか…!
「両名とも、以下の設定を入力したまえ。…戦域設定はイゼルローン前哨宙域、ティアマト、ダゴン、ヴァンフリート、エルゴン、アスターテ。双方、艦艇数一万五千隻、練度A。敵発見時は報告せよ。時間経過設定は十分を毎時とする。双方の配置は戦域内にランダムに行われる。自動撤退の設定は残存艦艇数八千隻とせよ。どちらかが自動撤退になった時点で状況終了とする。質問はあるか?無ければ設定入力が終了後、申告せよ」
「…用意よし」
「用意よろしい」
「了解。………始め」

 やっと始まったぜ。俺は赤軍か。ここは…ダゴンだな。…ダゴンと言えば包囲殲滅戦か。皆あれをやりたがるよな…でも兵力は同じ。…それでもやるか?まあ、嫌味なやつほどやりたがるよな、こういうのは。せっかくだからここで待ち受けるとするか!
「コンピュータちゃん、五千隻を索敵に回せ。ダゴン星域全方位に索敵だ」
『編成ハ、ドウナサイマスカ?』
…合成音声とはいえ、いい声してんね、コンピュータちゃん。頭もいいしね。
「コンピュータちゃん、編成は任せる。一万隻はダゴン星域中心部に移動、陣形は任せる」
『了解イタシマシタ…五千隻ヲ十二方向二展開サセマス。…推論ノ妨ゲニナリマスノデ不必要ナ語句ノ修飾ハオ止メクダサイ。チャン、ハ、必要ガアリマセン』
「お、おう。分かった」
…コンピュータちゃん、本当に頭いいんだよな…。



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 ヤマト・ウィンチェスター

 「ヤマト…マイクの奴、大丈夫かな。一時間経ったから、シミュレーション上は六時間経った事になるけど」
「スクリーンに戦況が写し出されるのは敵発見後らしいからな。まあ大丈夫だろ。しかし暇だな…」
「なんでそんなに落ち着いてられるんだよ?どう見ても嫌がらせの対戦だろこれは!俺達は不馴れ、相手は学年は下だけど、首席だぞ?」
「まあ落ち着けよオットー。ほら、オレンジジュース飲むか?」
「いらん!」
「美味しいのに…。オットー、慣れてるって言ったって、あいつは一年だ。たかが三ヶ月のハンデだぞ?フォークが士官学校に入校したとき、俺達はどこにいた?シミュレーションは奴の方が上かもしれない。でもたかが三ヶ月でも経験は俺達の方が上さ。しかも艦隊戦、勝利、全滅、脱出のフルコースだ。フォークの奴は、俺達が下士官上がりだから舐めているんだよ。そしてマイクはどこに居た?ローゼンリッターだぞ。陸戦でも艦隊戦でもやることは同じだ。負けないよ」
「…お前の話を聞いてると本当に大丈夫そうな気持ちになるから不思議だよ」
「お前だって大丈夫さ。生き死にはかかってないんだからな。たかがシミュレーション。それが全てじゃないんだ」
「そうだな、そうだよな」

“レッド・フリートより敵発見の報告あり。ブルー・フリート発見、約六千隻。ダゴン星域内、ティアマト星系方向。レッド・フリート主力は発見した敵と正対、距離千光秒。これ以降の戦闘状況はスクリーンに写し出されます”

 「ほら来た」



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 マイケル・ダグラス

 「コンピュータ。会敵していない索敵部隊を急いで引き返させろ。ダゴン星域中心部で合流させる。合流後は横陣形で待機。本隊はこのまま急速前進、十二時方向の敵を叩く」
『了解イタシマシタ』



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 アンドリュー・フォーク

 『前方百光秒二敵影、四百隻。コノ敵影ヲコレヨリA目標ト呼称シマス。A目標、我ガ方ノ針路ヲ塞イデイマス。ドウナサイマスカ?』
ふん、敵の索敵部隊だろう。先に我が本隊が発見されたのは不味かったが、これで奴はこちらが挟撃ないし半包囲しようとしている事が判った筈だ。
「コンピュータ、他に敵影はあるか?」
『敵二発見サレタ後カラ周辺宙域二妨害電波ガデテイマス。他二敵影ハ認メラレマセン』
…分かりやすい奴だ。索敵部隊の後ろにお前が居るのが明白ではないか。
「よし、コンピュータ、減速。前方の敵集団を撃破だ!」
『了解イタシマシタ』
しかし妨害電波のせいで分進させている両翼の分艦隊と連絡がつかないな…。しかしダグラスも自分の放った妨害電波のせいで、近づきつつある両翼の分艦隊の位置は判るまい。その分こちらが有利だ。
『前方十二時二新タナ敵影、オヨソ一万隻。コノ敵影ヲコレヨリB目標ト呼称シマス。B目標、我ガ方二急速二近ヅキツツアリ。A目標、急速後退シマス』
バカな、突撃してくるだと!?


7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 マイケル・ダグラス

 「コンピュータ。昼メシ中だが先手必勝、突撃だ。全力斉射。星域中心部の第二集団に命令。星域外縁部、アスターテ方向に転進せよ。外縁部到着後、別命あるまで待機」
「了解イタシマシタ」



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 ヤマト・ウィンチェスター

 「マイクの奴、優勢なのに退いていくぞ。フォークの本隊の殲滅のチャンスじゃないのか?」
「そうだな…損害軽微、マイク本隊九千五百隻、フォーク本隊三千五百隻…本隊の戦いだけで見れば、自動撤退になってもおかしくない。何故後退するんだ?………そうか、判ったぞオットー。あいつ意地悪だな」
「どういう事だ?」
「いいか?一ラウンド目はマイクの完勝だ。何故フォークの本隊が六千隻しかいないと思う?ダゴンにマイクが居たもんだから、ダゴン殲滅戦を再現しようとしたんだだろう。分進合撃からの包囲殲滅、誰もが夢見るやつだよ。スクリーンに写っているのは敵発見後の戦闘の状況だけだから、フォークの奴が本当に殲滅戦を再現しようとしているなら、スクリーンに写ってない残り九千隻を二つに割って進ませている事になるだろ?」
「そうだな…じゃあ、マイクの奴も残り五千隻をどこかに隠してるのか?」
「多分、索敵に使ったんだろう」
「五千隻もか?」
「そうさ。多分マイクはずっとダゴンに居たんだ。動かない代わりに索敵網を密にしたんだろう。戦力はお互い同数、増援がある訳でもないしな。ダゴンに居れば、フォークが殲滅戦を再現するだろうと踏んだのさ。そしてこの場合、索敵網に敵のどれか一つでも引っ掛かってくれるだけで良かったんだ。一つは確実に位置が判るし、一万隻あれば見つけた一つは確実に減らせるからな」
「…でもマイクはその一つを殲滅せずに後退しているぞ?」
「意地悪だって言ったろ?オットー。フォークだって敗けられないんだ、お前が奴だとして、この状況で後退するマイクを追うか?」
「いや、追わない…戦力が足りないから残り九千隻と合流……そうか、判ったぞ。マイクの奴、居場所の分からない敵戦力を引き摺り出そうとしてるのか!」
「ご明察!」


7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 アンドリュー・フォーク

 おのれ…中々やるではないか。だが奴は一万隻、こちらは六千隻だった、優勢なのは当たり前ではないか。しかし優勢なのに奴は何故退いたのだ?
『敵ガ後退シマス。ドウナサイマスカ』
「コンピュータ。敵が後退に見せかけて、追って来るこちらを逆撃にかけようとしているのではないか?」
『…ソノ恐レハナイト思ワレマス。現在ノ本隊残存兵力、三千五百隻デス。兵力差カラ判断シマスト、敵ガ後退ヲ偽装シテマデ逆撃ヲカケルトハ思ワレマセン』
そうか、その通りだな。しかしコンピュータと一人問答とは情けない限りだ、それでも首席か、アンドリュー・フォーク!お前は同盟軍の将来を背負って立つエリートなのだぞ!緒戦で負けたくらいで落ち込んでどうするのだ!
「コンピュータ、戦力を再編だ。妨害電波の影響外の宙域まで後退する。両翼の分艦隊には合流の指示を出し続けろ」
『了解イタシマシタ』
奴は一万隻だった。五千隻を索敵に当てているとすればこちらは合流すれば一万千五百隻、まだ充分に戦える!



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 ヤマト・ウィンチェスター

 「マイクの勝ちだよ、オットー」
「そうだな…味方左翼を厚くして前進させる事で敵左翼の突出を誘う。味方の突出に誘われるように、敵の予備として控えていたフォーク本隊が敵左翼の更に左側からマイクの右翼側面に回り込もうと迂回、そこへ当初索敵に回していた兵力の残り、四千六百隻がアスターテ方向から現れてフォーク本隊の後方を突いた…フォーク本隊は半壊し艦隊全体の統制が取れない。フォーク側は損害が七千隻を越え自動撤退、状況終了か」
「フォークは包囲にこだわり過ぎた。フォーク本隊が動くのはもう少し後でも良かったんだ。状況終了時のお互いの残存兵力だけ見れば、マイクは一万隻、フォークは七千八百隻。引き分けと言ってもおかしくない数字だよ。実戦ならこうなる前に切り上げるか、増援を呼ぶと思うからね」
「そうだな…それにしても周りがざわついてるな。まあ当たり前か、マイクが勝つとは誰も思ってないだろうからな」
「そうだね、でもこれで益々俺達への風当たりは強くなるな。特にドーソン教官が」
「そうなのか?」
「シミュレーションの始まる前のあのわざとらしい態度を思い出してみなよ?言ってただろ、本来は相手の指名は禁止、対戦相手の姓名は明かさないって。上から言われたならともかく、首席とはいえ一候補生の希望を入れてこのシミュレーション対戦をやったんだぜ?ドーソン本人は候補生の希望を入れてやっただけって言うかもしれないが、許可したのはドーソンだろう。こんな事、上に言っても認められる訳がないだろうからな」
「もしそうなら、なんでフォークの希望を受け入れたのかな」
「俺達が気に入らなかったんだろうよ。将官推薦者は優秀、というのがレッテルだからな。将来自分の競争相手になる、とでも思ったんじゃないか?それにあいつは他人のアラ探しをするタイプみたいだからな」



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂

 「将官推薦は伊達ではないようですね、今回は大人しく敗けを認めるとしましょう」
「ハッハ、次の機会はないぜ。お前は俺に勝てないどころか、オットーやヤマトにも勝てやしない」
「…一度勝ったくらいでいい気になるな!下士官風情が!!今回は本気を出さなかっただけだ!次こそは!」
「…おい」
「何だ!」
「実戦に次はないんだぜ?常に本気なんだ、分かるか?戦いに士官も下士官も関係ないんだ」
「……覚えていろよ」
「ああ、覚えておいてやるとも」 
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