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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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無印編
  第24話:歌をあなたに、演奏を君に

 
前書き
読んでくださる方達に最大限の感謝を。

2020・04・26:後半の一部を書き直しました。 

 
 透がフィーネの屋敷に厄介になることになってから早くも数週間が経過していた。その間、彼は消耗していた体力を回復させ戦えるくらいにまでなると、早速フィーネの監督の下クリスと共に戦闘訓練などに明け暮れていた。

 その中で一つフィーネとクリスにとって予想外だったのは、透が意外と戦えたことだろう。
 彼曰く、ここに来る前に居た場所で鍛えられたという話だが、フィーネの見立てではそれだけでは済まないくらい彼は強かった。

 何しろネフシュタンだといい勝負をすることもあったが、接近戦に不得手なイチイバルだと一度近付かれたら透の方に軍配が上がるのが常であった程だ。

 フィーネは確信した。透には天性で戦士としての才能がある。これはますますいい拾い物をしたと内心で喜んでいた。

 透の価値はそれだけではない。
 彼はクリスを精神的に縫い留めておくのに最適だった。

 彼を屋敷に置いて数日もしない時点でクリスが彼に強く拘っていることは察する事が出来た。透はフィーネに恩義を感じている為そう簡単に離れる事はなく、そして彼をダシにすればクリスはそれまで以上に従順に動いてくれる。

 フィーネの思惑は確かに成功していた。
 だが成功し過ぎていた。フィーネは意識していない事だったが、クリスの中で優先順位がフィーネよりも透の方が上になってしまっていたのだ。

 その事にフィーネは気付くことなく日々は過ぎ去った、ある日の事だ。

〔そう言えばクリス、どうしてイチイバルを使う時以外は歌わないの?〕

 共に過ごすようになって数カ月が経とうとしていた頃、透は徐にクリスに問い掛けた。

 彼が知るクリスは良く歌う少女だった。

 捕虜になっていた頃は精神的に余裕が無かった為一度も歌う事は無かったが、それ以前は何もなくても良く歌っていた。
 それを聞いて透も共に歌うと言うのが2人にとっては当たり前の事だった。

 しかし、この屋敷で再会してからと言うもの、彼女はイチイバルを用いて戦う時以外は片時も歌おうとはしなかった。
 この数カ月の間は歌う事が出来なくなった自分に遠慮しているのだろうと思い、彼女の意を酌むつもりで何も指摘することは無かったが、数カ月経つ頃にはそれだけが理由ではないことに察しがついていた。

 対してそれを訊ねられたクリスは激しく動揺した。
 当然だ。今の彼女にとって自身の歌は忌むべき存在、例え透であってもその事に触れてほしくはなかった。

 結果、クリスは一瞬で険しい表情になり彼女にしては珍しく透に対して拒否の姿勢を見せた。

「あたしに、もう…………歌の事は言わないでくれ。本当はイチイバル使うのだって嫌なんだ」
「!?…………?」

 まさかの返答に透は目を見開き手にしていたペンが滑り落ちた。

 ペンが床に落ちる音で我に返った彼は、ペンを拾う事も忘れてクリスに問い掛ける様に彼女の目を覗き込んだ。

 だがクリスはそれを拒絶するように顔を背けると、彼に背を向け忌々しいと言う気持ちを隠しもせず歌を嫌うようになった理由を口にした。

「分かるだろ? アタシの歌は透のとは全然違うんだ。イチイバルにネフシュタン、それにソロモンの杖…………アタシの歌で出来る事なんて周りの物を壊すしかできないんだ。アタシの心を支えてくれた、透の歌とは違うんだよ!?」
「……!?」

 クリスの答えに透は全力で首を横に振ると、ペンを落としていたことに漸く気付き急いで拾い上げ、殴り書きに近い勢いでメモ帳に文字を記しクリスに見せた。

〔そんなことはない。クリスの歌にだって人を支えることは出来る!〕
「──!? 何を根拠にそんなこと言えるんだよ!? 誰の所為で歌えなくなったのか忘れたのか!? アタシの所為だぞ!? アタシなんかを元気付けようとしたからだろうが!?」

 珍しく透に対して怒気を込めて言葉を発するクリスに、透は困惑した目を向ける。
 クリスの剣幕に気圧されながら、それでも透はクリスの歌を諦めきれず食い下がった。

 諦められる訳がない。クリスの歌は、透にとっての夢でもあるのだから。

〔それじゃ、僕らの夢は? あの時誓い合った、歌で沢山の人を笑顔にしようって言う約束は?〕

 透にとって、それが今までの生きる糧であった。クリスとの約束と夢を叶える事を胸に、ここまで来たのだ。
 それがクリス自身にとって否定されるなど、彼にとっては死刑宣告にも等しい言葉であった。

「ッ!? 約束は……あたしも覚えてる。でも、もう駄目だ。壊す事しかできないあたしの歌じゃ、透の夢を逆に汚しちまう。だから…………ゴメン。約束は、守れない」

 今度こそ透の頭の中は真っ白になった。指先の感覚が無くなり、ペンとメモ帳が再び落ちる。顔からは血の気が引き、呼吸はしているのに息が苦しい。

 絶望している透の様子に気付いているのかいないのか、クリスは悲痛な面持ちで言葉を続けた。

「悪いとは、思ってる。約束、勝手に破って。でも、もう駄目なんだ。だから、約束の事はもう…………忘れてくれ」

 そこまで言って、クリスは足早に部屋から出ていった。もう彼の前には居られなかったのだ。
 今にも泣きそうになっている、透の前には…………。

 クリスが出ていき1人部屋に取り残された透は、扉が閉まると同時にその場に崩れ落ちその場で静かに泣いた。声が出せなかったのはこの場合彼にとって幸いだっただろう。
 もし声が出せていたら、きっと彼の慟哭はクリスの耳に届いていただろうから――――




***




 それから数日の間、透のクリスの仲は限りなく疎遠になっていた。

 会話――勿論透は筆談――は最低限、顔を合わせるのも数える程度。しかも戦闘訓練では、透の戦績が明らかに悪くなっていた。

 これは透とクリスが互いに相手との距離感を見失ってしまったが故である。特に透はクリスの存在が力の源になっていた節があるので、彼女との精神的な距離が離れてしまった事でコンディションが最悪になってしまっていたのだ。

 苦しんでいるのは彼だけではない。クリスも同様に苦しんでいた。
 それは彼との約束を勝手に破ってしまった罪悪感だけによる物ではない。

 ある日、1人屋敷の外を湖に向かって歩いていく透を見つけた時の事である。

「あの先は、湖? 何で…………ッ!? 透の奴、まさかッ!?」

 クリスとの約束を、夢を叶えられなくなったことに絶望し、入水自殺しようとしているのではないか? そんな予感に慌ててクリスが飛び出して後を追い、湖の畔で見つけた時彼は湖に向かって必死に発声練習をしていたのだ。
 勿論声は出ない。でない声を必死に出そうとしていたのである。

 何故あんな事を? 等と考える程クリスは鈍くはない。
 透はまだ、夢を諦めきれていないのだ。歌を愛し、歌で人を笑顔にしようと夢見た透。
 しかし彼自身は最早歌を歌えず、共に歌で人々を笑顔にしようと誓ったクリスは歌を捨てた。
 最早彼が夢を叶える為には、起きもしないだろう奇跡に縋って声が出せるようになる事を願う以外に方法は無かったのだ。

「透――――!?」

 必死に、それこそ血を吐かんばかりに出せない声を出そうと発声練習する透の姿に、クリスは堪らず涙を流した。
 未だ夢を諦めきれず、その身を叶わぬ夢と言う炎に焼かれて苦しむ様子を見て彼女も罪悪感に苛まれたのだ。

 1人の少年の夢を自らの手で砕いてしまった、その罪からくる罪悪感に。

 それからと言うもの、クリスは透が発声練習するのを見守り続けた。それこそが自分への罰だと思ったからだ。

「クリス、最近透の様子がおかしいのだけれど、あなた何か知らない?」

 そんな時である。フィーネが珍しくクリスに透の事で訊ねてきた。
 当然クリスは言葉を詰まらせた。透の様子が変化したのは、誰がどう見てもクリスが原因だからだ。

 フィーネからの問い掛けに最初返答を迷いだんまりを決め込んでいたクリスだったが、ふと魔が差してフィーネに悩みをぶちまけた。
 それは或いは逃避だったのかもしれない。もう見ていられなかったのだ。叶わぬ願いを追い求めて苦しむ透の姿を見る事が、彼女にとっても辛くて苦しくて仕方なかったのである。

「聞いてくれるか、フィーネ?」
「そうね……まぁ言ってみなさい」

 フィーネに促され、ぽつりぽつりと最近透との間に起こったトラブルを…………彼の夢と約束を破ってしまった己の罪を懺悔するように告白した。

 透とクリスの間に何があったかを聞かされたフィーネ。
 全てを話し終え、再び罪悪感に苛まれたのか表情に影を差し肩を落とすクリスをフィーネは暫し見つめた。

 正直、彼女としてはここでクリスと透に駄目になられては困る。何とかして立ち直ってもらわなければ。

「ねぇ、クリス?」
「ん……何だ?」

 何時になく柔らかな声で話し掛けるフィーネ。普段のクリスであれば少しは警戒するのだろうが、今のクリスは精神的に余裕が無かった為欠片の違和感すら抱くことは無かった。

「聞きたいんだけど、あなたはどうしたいの?」
「どうしたいって?」
「透に対して、罪滅ぼしをしたいのか否かよ」
「そんなの、したいに決まってる!? でも、どうすりゃいいんだよ……」

 出来ることなら、彼に罪滅ぼしをしたいと言う気持ちに嘘偽りはない。しかし、歌を捨てた自分に今更何をしろと言うのか。

 そうクリスが思っていると、フィーネはとんでもない事を口にした。

「それなら簡単よ。クリス、歌いなさい」
「――――――は?」

 最初、クリスはフィーネの言葉が理解出来なかった。だが彼女の言葉が頭に染み込み、理解できると心に激情が沸き上がった。

「何言ってんだッ!? あたしがもう歌いたくないって、歌う資格はもうないって分かってるだろッ!?」
「だからよ、クリス」
「何がッ!?」

 激情に駆られ怒鳴り散らすクリスをフィーネは冷ややかに見つめながら諭す。

「あなたにとって歌う事は苦痛なのでしょう? なら丁度良いじゃない」
「え?」
「夢と約束を破てしまった彼の為に、あなたが歌って彼を癒すのよ。どう? 罪滅ぼしとしては最適でしょう?」

 傍から聞けばそれは滅茶苦茶な話だった。夢と約束を破った相手の為に、その原因と言える捨てた歌を歌うだなんて。

 だが今のクリスは透とのすれ違いと罪悪感で、冷静な判断力を著しく欠いていた。
 故に、フィーネの言葉が筋の通ったものであると思えてしまった。

「ね? それにこれはあなたが彼と本当に分かり合う為に必要な事でもあるのよ」
「必要な、事?」
「そうよ。歌うのは辛く苦しいのでしょう? でもその苦しみはきっと、あなたと彼を繋いでくれるわ。何しろ、痛みこそが人と人を繋ぐものなのだから」

 話を聞けば聞くほど、フィーネの言葉が正しいように思えた。

「さ、行きなさいクリス。彼の為に、罪滅ぼしの為に歌うのよ」
「透の、為…………あぁ、分かったよ」

 フィーネに背を押され、透の元へ向かうクリス。
 やや覚束ない足取りで部屋を出ていくクリスの後姿を、フィーネは薄く笑みを浮かべながら見つめていた。

 一方部屋を出たクリスは真っすぐ透の部屋へと向かったが、そこに透は居なかった。
 ここに居ないとなると、彼の行く場所は限られる。きっと今日も、湖の畔に発声練習をしに行っているのだろう。

 今日で、それを終わらせる。

「すぅ……はぁ……」

 一度深呼吸し、覚悟を決める。
 そして声を出そうとして咽ている透の隣に無言で立つと、イチイバルを纏う時以外は遠ざけ、封印していた歌を紡いだ。

「ッ!?!?」

 再びクリスの口から奏られた歌を耳にし、透は目玉が飛び出さんばかりに見開いた。弾かれるように自身の隣に立つクリスの方を見る彼の目には、溢れんばかりに涙が浮かんでいる。

 歌いながら彼を見て、改めて自分の罪を認識しクリスの心が悲鳴を上げる。
 それを表に出さないようにし、クリスは歌い続ける。これが透への罪滅ぼしだと信じているから。

 最初、クリスが再び戦いに関係なく歌を歌い出してくれた事に歓喜していた透だが、彼はすぐにクリスが心の中で苦しんでいる事に気付いた。

 それで彼も気付いた。クリスは無理をして、自分の為に歌っているのだという事に。

 透は慌ててクリスの肩を掴み、首を左右に振った。

 そんな無理をしてまで歌う事は無い。自分を苦しめてまで、歌うようなことを透は望んでいなかった。

 しかし――――――

「いいんだ、透。あたしは、透の為に歌う。歌えなくなった透の代わりに、あたしが歌うよ。だからもう、透は苦しまないでくれ」

 クリスはそう告げると、取り付かれたように歌い出した。クリスにとっては今や苦痛でしかない歌を、透を癒す為に歌おうと言うのだ。

 そうではない、そうではないと透は声を大にして言いたかった。
 彼が聞きたいクリスの歌は、苦痛を押し殺した罪滅ぼしの歌ではなく、クリス自身が望んで歌う彼女が楽しめる歌なのである。

 こんな歌は断じて彼の望む歌ではない。

 だが今のクリスにただの言葉が通じぬことも理解できた。今のクリスは、透への罪滅ぼしをすると言う強迫観念にも似た想いで歌っている。

 どうすればいいか? 悩む透だったが、その瞬間彼の脳裏に父の顔が浮かんだ。
 そこで閃いた。今の自分に出来る事が、一つだけあったのだ。

〈コネクト、ナーウ〉

 透は閃きを実行に移すべく、コネクトの魔法で愛用の双剣――ヴァイオリンとしての機能を持つカリヴァイオリンを取り出した。

 そして彼はクリスの歌に合わせて演奏を始めた。出来る限り優しく、聞く者の心を癒すような旋律を。

 これはクリスの為の演奏だ。クリスが自分の為に、自分を癒す為に歌ってくれるのなら、自分は彼女を少しでも癒す為に演奏しよう。
 透はそう心に誓った。

 果たして、クリスの表情からは少しだが苦痛が取れたような気がした。まだ歌う事に対する抵抗などは残っているだろうが、それでも透の演奏が僅かながらクリスの心の癒しとなっている事は確かなようだ。

 夢破れた少年を癒す為の歌と、罪に苛まれる少女を癒す為の演奏。
 互いに互いを思い遣る、しかしそれでいてどこか悲し気な2人だけの演奏会。

 その2人の様子を、フィーネは離れた所からじっと眺めているのだった。




──
────
──────




 そして現在に至る。フィーネのお仕置きと言う名の拷問で体力を消耗しきった透を部屋に連れていったクリスは、ベッドの上で泥の様に眠る透の手を沈痛な面持ちで握り締めていた。

 彼女が考えている事はただ一つ、このままここに居て良いのかと言う事だ。
 フィーネには確かに恩がある。天涯孤独となっていたところを引き取って衣食住の世話はしてもらったし、必要な教育も少しスパルタだったが受けさせてくれた。
 これから先普通の学校に通う事になっても何の問題も無いだろう。それに何より、透を受け入れてくれたことは彼女にとって何よりの僥倖だ。

 ただ、何時の頃からかフィーネからの透に対する当たりが強くなってきていた。
 具体的に何時だったかは定かではないが、気付けばフィーネは透に対して辛く当たる事が多くなり、今回ほどではないが透に対してはかなり厳しい罰を与えることも増えてきていたのだ。

 透もフィーネからの接し方がきつくなっている事には当然気付いていた。
 だが彼はそれに気付いていながらも、何故かフィーネに対して出会った当初から変わらぬ態度で接していた。
 例えどんな罰が与えられようと、彼は一切気にした様子も無く、時にはフィーネに食って掛かろうとしたクリスを宥めていつも通りを貫いていたのだ。

 今までは彼がそう言うならばと、クリスは留飲を下げ続けてきた。

 だが今回は流石に我慢ならなかった。先程のあれはいくら何でもやり過ぎだろう。確かに透をここに置きフィーネの協力者とすることを提案したのはクリスの方だ。

 しかし、いやだからこそ、手を貸してくれている透に手を出すのはお門違いと言うものではないだろうか。クリスが罰せられるならばともかく、透に手を出すのは今回に関しては間違っているとしか思えなかった。

 事ここに居たり、クリスはこのままフィーネの元に透と共に居るべきかと現状にかなり不満を抱き始めていたのだ。

 フィーネがクリスからの透に対する優先度を履き違えている事がここにきて大きく影響しだしていた。
 今のクリスにとってフィーネなどどうでもいい存在だった。いや、どうでも言いは流石に言い過ぎかもしれないが、フィーネと透どちらを取るかと聞かれれば迷いなく透の方を取るだろう。

──もしもって時は、いっその事……──

 この時既に、クリスはいざという時の事を考えだしていた。

 彼女がそれを実行に移す時が来るのかは、今はまだ分からない…………。 
 

 
後書き
と言う訳で第24話でした。

原作ではフィーネ以外に頼れる、と言うか縋れる相手が居なかったクリスですが、今作では透が居るのでフィーネに対応に原作以上に不満を抱いています。勿論これは今後の展開に大きく響きますので、今後の展開をお見逃しなく。

次回からは再び颯人達の方に場面が戻ります。

執筆の糧となりますので、感想その他展開や描写等への指摘を受け付けていますので、どうかよろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 
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