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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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無印編
  第22話:雪の温かさが彼を繋ぎ止める

 
前書き
どうも、黒井です。

クリスの過去編第2話になります。 

 
 武装組織を襲撃してきたのは国連軍ではなかった。
 何故それが分かるかと言うと、襲撃者たちは戦闘終了後にクリス達を回収していかなかったのだ。

 襲撃者の人数は分からない。
 クリスが見たのは、戦闘の音が消えた後に自分達が捕らえられている部屋を覗きに来た1人だけだったのだ。その1人は、紫色の宝石の様な仮面を被った、男か女か分からない人物だった。

 襲撃者は一通り暴れ、武装組織を完全に壊滅させるとクリス達が捕らえられている部屋を一度だけ覗き込み、興味を失ったかのようにその場を去っていった。
 何が何だか分からず震えるしか出来なかったクリス達だったが、それから数時間後に今度は正真正銘国連軍がやってきてクリス達は本当に救出されることになる。

 その際、既に襲撃を受け壊滅した武装組織に国連軍は首を傾げたものの、それならそれで仕事が楽だと彼らはクリス達を救出した。
 勿論そこで彼らはクリスらに襲撃者について訊ねたが、当然ながら分かる筈もないのでクリスを含め全員が知らないという答えを返した。

 結局襲撃してきた者達に関しては何も分からず仕舞い。捕虜となっていた子供達は解放され、クリスは日本へと帰国することになる。

 だが日本へ帰ったところで、既に彼女の家族はこの世に居らず、また親しかった……寧ろ捕虜生活を経て心の拠り所としていた少年も居ない。
 彼には父親が居た筈だが、とてもではないが会う勇気は無い。

 天涯孤独となることが容易に予想でき、帰国の飛行機の中で既に途方に暮れていたクリス。そんな彼女の前に、フィーネは現れたのだ。

「争いの無い世界を作りたいのでしょう? なら私と共に来て、私に協力しなさい」

 協力してくれるなら、衣食住は保障するし面倒もちゃんと見るとフィーネは言った。

 正直クリスはそんなフィーネの事を心底怪しいと疑っていたのだが、同時にこの時のクリスには他に行くところが無いのも事実。大人は信用できなかったが、他の選択肢はクリスには存在しなかった。
 透も居なくなり、若干投げやりになっていたと言うのもあるのかもしれない。

 とにかくクリスはフィーネについて行くことを決め、それからは彼女の下で研究への手助けと称した完全聖遺物の起動実験などに携わる事となった。

 最早クリスの居場所はフィーネの傍のみとなった事もあり、彼女はフィーネに求められるままに歌い、シンフォギア・イチイバルを纏ったり完全聖遺物・ソロモンの杖を起動させたりした。

 そんな日々を送る中で、次第に彼女の中である変化が起こっていった。自身の歌に対する嫌悪である。

 シンフォギアやソロモンの杖、クリスが歌う事で得られたそれらは全て破壊を齎すものだ。

 対して透はその歌でクリスや他の子供達を癒していた。

 自分の歌は周りを傷付ける。そう考えるようになったクリスは自己嫌悪し、次第に歌その物を嫌う様になっていったのだ。
 そうしなければ、透に対して申し訳が立たないと思っていたのである。

 そんな風に1人歌と自分に対する嫌悪で暗鬱とした日々を送っていたクリスだったが、ある日彼女の心境に変化が起きる時が来た。

 それは今から1年前の、ある雨の日の事だった。


――
――――
――――――


 その日、クリスはフィーネの拠点である湖畔の屋敷周辺の森を散策していた。

 この日はフィーネが屋敷に居らず、それでいてやることも特になかった為暇を持て余したクリスは気晴らしに屋敷周辺をぶらぶらと散策していたのだ。

 ところがこの日は生憎と雨が降っており、気が晴れる処か逆にフラストレーションが溜まっていた。
 雨が降る森と言うのも風情があると言えばあるのだろうが、今のクリスにとってはただひたすらに忌まわしいだけだ。

「…………チッ! 帰るか」

 差した傘や周囲の木に当たった雨粒が立てる静かな音に包まれながら森の中を歩く。
 途中木の根に足を取られたりしないよう気を付けながら歩き、時折近くの茂みの中で何か野生の小動物が逃げていく音に耳を傾けていた。

 その時────

「うん? あれは…………?」

 視界の端に森の中において違和感のある物が映った。

 最初それが何なのかクリスはイマイチ理解できなかったが、ある程度近付いてそれが何なのか分かった。

 足だ。人の足、それが地面に横たわっていた。

 それを見た瞬間、クリスは盛大に顔を顰めた。

 こんなところで行き倒れである。絶対普通ではない。ここは確かに人里離れた森の中であるが、富士の樹海の様に自殺の名所となっている訳ではない。
 つまり、自殺しに来たと言うよりは何か事情があってここで力尽きたと考える方が普通だった。

 正直、関わり合いになりたくない。面倒になりそうな気がする。

 だが同時にこんなところで1人寂しく野垂れ死に掛けている者に対して憐れみを抱いている自分にも気付いていた。
 自然、クリスの足は倒れている人物に近付いていく。既に息絶えていたらともかく、もしまだ息があったのならせめて手当くらいはして人里に送り返してやろうくらいは思っていた。
 ここで見捨てるのも後味が悪いし、何よりここで他人を見捨てるようではあの日最期まで自分を気遣っていた透に顔向けできない。

 そんな想いと共に木の根元に見える足に近付き、根元に倒れこんでいるらしき相手を覗き見て──────瞬間、クリスの周囲から音が消えた。

「──────え?」

 目にした姿に強い既視感を感じた。
 何処か見覚えのある目を瞑った横顔、服装は記憶にある物とは全く違う上にボロボロだが、覗き見える横顔は未だに記憶に刻まれていた。何せ6年間すぐ近くで見続けてきたのだ。記憶に残らない訳がない。

 だが彼がここに居る筈はなかった。彼はあの日、自分の目の前で首を掻き切られそのまま何処かへ連れていかれて命を落とした筈なのだ。
 少なくとも助けに来てくれた国連軍の兵士はあの部屋に居た捕虜以外に子供の生存者は居ないと言っていた。
 つまり、彼も死んだ筈なのだ。

 では、今目の前の木に寄りかかって座り込んでいる少年は一体誰なのだろうか?

 その疑問の答えを求めてか、クリスはフラフラと少年に近付き、スカートが泥で汚れるのも構わずしゃがみ込むと少年の肩に手を置き話し掛けた。

「と、透……なのか?」

 震える声で、1年前に大人の理不尽で殺された筈の少年の名を呼ぶクリス。その声が届いたのか、それとも肩に手を置いたからか…………少年の瞼が震え、薄っすらと目が開かれる。

 少年は薄く開いた目をクリスに向けると、途端にどこか嬉しそうでそれでいて儚い笑みを浮かべた。

 それはクリスの記憶にある透の笑みと寸分違わぬもので────

「透────!!」

 思わぬ所で思わぬ人物との再会に、クリスは思わず歓喜し目に涙を浮かべる。

 だが笑みを浮かべた直後、少年――透はガクリと項垂れそのままズルリと横に崩れ落ちた。
 突然の事にクリスは傘も放り出して、雨に打たれるのも構わず倒れた透を抱き上げた。

「透ッ!? おい、透大丈夫か? しっかりしろッ!?」

 必死に呼び掛けるクリスだったが、対する透は彼女の言葉にうんともすんとも言わない。それどころか、触れて分かったが彼の体は恐ろしいほど冷たい。呼吸もどこか弱々しく、誰が見てもこのままでは死んでしまう事が明白だった。

――ど、どうすりゃいいんだッ!? このままじゃ、透がッ!?――

 死んだと思っていた少年と奇跡とも言える再会を果たせたと言うのに、このままでは死んでしまう。そしたらもう2度と会う事も、触れ合うことも出来なくなってしまう。
 その事を肌で感じ取りクリスは焦っていた。

 とにかくこのままここに居てはまずい。

 クリスはその考えに行きつき、透を担いで屋敷へと向かっていった。フィーネに見つかったら何を言われるか分かったものではないが、このまま放置するなんて絶対できなかったし雨風に晒すよりはずっとマシだ。

 自身も雨に打たれながら屋敷に戻ったクリス。
 幸いと言うべきか、フィーネはまだ戻っていないらしかった。

 誰も居ない屋敷の中を、クリスは透を半ば引き摺る様にして自身の部屋へと運んでいく。ここならフィーネにもそう簡単には見つからない。

 部屋に連れ込んだ透を、まずクリスは服を脱がせタオルで体を拭いてやった。
 服を着た状態でも分かっていたことだが、透はかなりボロボロだった。それも古い傷ばかりではない。真新しい生傷まである。

 ここに来るまでに一体何があったのか? そもそもあの後一体何をしていたのか? 気になる事は多いが今は全て後だ。

 パンツ以外全ての衣服を脱がせ、体を隅々まで拭いてやるとクリスは透をベッドに寝かせる。毛布を被せ、彼の体温が上がるのを待った。

 だがいくら待っても一向に彼の容体は快方に向かわない。苦しそうに呼吸をし、体を震わせている。
 もう体が自力で熱を生み出すほどの体力もないのだ。これでは体を乾かして毛布を掛けてやっても意味がない。

 どうすればいいか? 悩みに悩むクリス。その間にも透は顔を苦しげに歪めながら体を震わせている。

 そんな時、クリスの脳裏に名案が浮かんだ。彼の体が熱を生み出せないのなら、他所から分けてやればいい。
 ではその熱は何処にあるか? 今からお湯を沸かしていては時間がかかるし、この部屋には暖炉の様な物はない。暖房は既に入れているが、これでは不十分だ。

 唯一ある物と言えば────

「それは、でも…………いや、四の五の言っていられねぇ!」

 意を決し、クリスは雨で濡れた自身の衣服を脱ぎ去る。彼同様下の肌着のみの姿となると、羞恥に頬を赤らめながらも彼を寝かせたベッドの毛布に潜り込み彼の体に抱き着いた。

 瞬間、人間の体とは思えない彼の体の冷たさにクリスは彼に迫る死の気配を感じ取り恐怖した。
 そして彼の体に回した腕に力を籠めると、全身を密着させ自身の体温で以って彼の冷え切った体を温めた。

 冷え切った体に抱き着きながら、クリスはひたすらに祈りを捧げていた。

――お願いだ、逝かないでくれ透! もうあたしを……1人にしないでくれッ!!――











 不意に透は、自身の体を包む温かさを感じた。

 それを感じて最初に思った事は、遂に自分は死んでしまったのかと言う事だった。

 人気の無い森の中で傷付き倒れ、雨に打たれた体では数時間しか持つまい。

 唯一彼にとって救いだったのは、意識を手放す直前に愛しい少女によく似た顔を見られた事だった。恐らく死の直前に見た幻影だろうと、最期に目にした顔が彼女の物であれば心安らかに逝くことが出来る。

 そう思っていたのだが、次第に彼は違和感を覚え始めた。死んだにしては妙に感覚がはっきりしてきている。

 何かがおかしい、そう考えた彼は試しに瞼をゆっくりと開けてみた。

「…………ッ!」

 開いた彼の目に真っ先に映ったのは、意識を手放す直前に見た少女の寝顔だった。

 懐かしい少女──クリスの顔が、それも至近距離にある事に透は最初困惑したがそれ以上に彼が感じたのは安堵だった。
 彼には分かったのだ、この少女が1年間離れ離れになっていたクリスであることが。そのクリスとこうして再会できた。その事を彼は純粋に喜んでいた。

 今がどういう状況かなどは関係ない。彼は懐かしい少女との再会を喜び、その体をそっと抱きしめた。

 すると、彼が動いたことで覚醒したのかクリスも目を覚ました。

「ん、んぅ……寝ちまったのか…………って、えっ!?」

 いつの間にか眠ってしまっていたクリスだが、不意に自分が抱きしめられている事に気付き目を見開き彼の顔を見た。

 そこには、優しく笑みを浮かべている透の顔があった。

「────透ッ!!」

 堪らず歓喜の声を上げ起き上がるクリス。

 だが次の瞬間、透は顔を真っ赤にして飛び起き彼女に背を向けた。
 一瞬その事に首を傾げるクリスだったが、直ぐに今の自分たちの恰好を思い出し今度は彼女の方が顔を耳まで赤く染めた。

「わっ!? わわっ!? 見るな、あっち向いてろッ!!?」

 もうすでに後ろを向いているのだが、そんな事を気にしている余裕もなくクリスは彼から離れるとクローゼットを開け乾いている服を取り出し着替えた。
 その間透は耳まで赤くした状態で彼女に背を向けている。そして数分ほどで着替え終わると、まだ少し頬を赤く染めながらも透の元へと近付いた。

「えっと…………もう、いいぞ?」

 とりあえず依然として背を向けたままの透にクリスが声を掛けると、透も頬を赤く染めた状態でクリスの方に再び体を向けた。

 互いに正面で向き合い、相手の顔をまじまじと見て互いに相手が記憶の中にある人物と同じであることを再認識する。

 その認識を確実なものとする為、クリスは透に彼自身の名と己の名を訊ねた。

「と、透……だよな? あたしの事、覚えてるよな?」

 クリスの問い掛けに頷き口を開く透だったが、その口から言葉どころか声が出る事はなく、呼気が出る掠れた音だけが零れた。
 その様子にクリスは、1年前彼の身に襲い掛かった不幸を思い出し驚愕と悲しみが混ざった目を彼に向けた。

 そう、彼は命が助かっただけで夢は無残に切り裂かれたままだったのだ。

 それでも透は何度も声を出そうとした。両手で喉を押さえ、必死に喉を振るわせようとしたが結局声は出ず。

 彼の声と夢が失われたと言う現実を嫌でも認識させられた。

「透……やっぱり、声──」

 もう二度と彼の声も、歌も聞くことが出来ないと分かり悲しみに暮れるクリス。
 そんな彼女の肩に、透は手を置き正面から彼女の顔を見つめるとその口をゆっくりと動かした。

 ク……リ……ス、と────

 彼の方もクリスの事を覚えていた。声はなくとも名を呼んでくれた。
 その事が堪らなく嬉しくて、心に広がっていた暗鬱とした思いが晴れたような気分になり、クリスは透に抱き着いた。

「────!! 透ッ!!」

 涙を流しながら、加減もせず抱き着くクリスを透はしっかりと受け止めた。
 両目から止め処なく涙を流し嗚咽を溢すクリスを、透は優しく抱き留めその頭をそっと撫でてやった。

 そのまま暫く歓喜の涙を流し続け、漸く落ち着いたクリスは透がパンツ一丁で他に着る物がない事に気付くと屋敷の中から適当なバスローブを持ってきて着せてやった。

 あの濡れてボロボロになった服を着せる訳にはいかないし、だからと言って何時までも裸で居させる訳にもいかない。

 先程は色々あって気にしている余裕がなかったが、落ち着いて今になって見てみると細身ながらも意外なほど鍛えられた彼の体に赤面せずにはいられなかった。
 こんな性格だが、クリスだって立派な乙女である。見慣れない男の、それも心の拠り所とするほどに親しい少年の逞しい素肌を前にしては冷静でいられる自信が無かったのだ。

 一度立ち上がってバスローブを着てから、再びベッドに腰掛ける透。その隣に腰掛けたクリスは、今が頃合いかと透にこれまでの経緯を訊ねた。

「それで、透? 今まで一体何やってたんだよ? て言うか、あの後どうしたんだ?」

 クリスの問い掛けに、透は少し考え込む素振りを見せる。何と答えたらいいか、どこまで答えたらいいかを迷っているらしかった。

 が、少し考えただけで意を決したのか部屋の中を見渡して何かを探すと、部屋の隅に放置された先程まで彼が着ていたボロボロの服を見てそちらに向かい、適当に放置された服の中から何かを取り出した。

 掌のような形をした変わったバックルのベルトと、いくつかの妙に装飾部分が大きな指輪だ。

 彼が取り出した奇妙な組み合わせにクリスが首を傾げていると、彼は腰にベルトを巻き指輪の一つを右手の中指に嵌めた。
 そしてそのままクリスの隣に再び腰掛けると、今度は右手を掌型のバックルの前に翳した。

〈コネクト、ナーウ〉
「な、何だ? って、おぉうっ!?」

 ベルトから響く声に困惑するクリスだが、次の瞬間目にした光景に言葉を失った。

 透が手を翳すとそこに魔法陣が現れ、彼がそれに手を突っ込むと少し離れた所にあるサイドテーブルの近くに同じ魔法陣が出来てそこから透の手が出てきたのだ。
 彼はそのままサイドテーブルの上に置かれたメモ帳とペンを掴むと、魔法陣から手を引き抜き手元に持ってきた。

 その光景にクリスは驚愕のあまり言葉を失い口をパクパクとさせていると、透は彼女の様子に小さく笑みを浮かべつつメモ帳の紙面にペンを走らせた。
 筆談だ。言葉を声で伝えることが出来ない以上、現時点で彼が取れるコミュニケーション手段はこれしかなかった。

 そこで彼は、己の身に起こった出来事をクリスに説明していく。

[クリス、僕、魔法使いになったんだ]
「──────は?」

 透からのカミングアウト、それにクリスが返すことが出来たのは、たった一文字だけだった。 
 

 
後書き
ご覧いただきありがとうございました。

執筆の糧となりますので、感想その他展開や描写に対する指摘などよろしくお願いいたします。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 
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