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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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揺籃編
  第九話 伝説の始まり

宇宙暦788年6月3日 エル・ファシル、エル・ファシル中央区8番街、レストラン「サンタモニカ」
ヤマト・ウィンチェスター

 オットーがフレデリカちゃんに必死に話しかけている。
確かにフレデリカは可愛い!アニメでも可愛かったが、現物はもっと可愛い!
新しいウエイトレスが、とか言ってた癖に…。オットーのやつ、フレデリカと話したいだけじゃないか。
痛でで!ファーブルつねるな!俺はフレデリカじゃなくてオットーを見てるの!てか何でお前着いてきてるの!
「…ウィンチェスター曹長はああいう子が好みなんですか??」
「好みというか、知ってるんだよね、あの子」
「へえ。知り合いの娘さんとかですか?」
「知り合いと言えば知り合い…かな?」
「??」
分からなくていいんだ、うんうん。……ん??
…あの窓側のボックスシートでボッチ飯してる客、どこかで……。こっち向け。窓の方を見ろ!
…間違いない、ヤン・ウェンリーだ。
本物だ!!初めて…じゃないけど初めて見た!
ひえー!生ヤンかよ!…本当に頼りなさげ感たっぷりだな…。
「ウィンチェスター曹長、個人携帯端末(スマートフォン)鳴ってますよ…あたしもだ」

”緊急呼集。第2分艦隊所属の者は宇宙港軍専用区画に向かえ“

 「またか!オットー、ファーブル兵長、行くぞ」
見るとヤン・ウェンリーも立ち上がっている。第2分艦隊所属なの??じゃなくても警備艦隊所属なのは間違いないな。てか今やっと原作第一巻なのか!アニメも原作も宇宙暦何年とか帝国暦とか気にしてなかったから、ヤンがいつエル・ファシルに来るのか分からなかったぜ!
銀河の歴史がまた1ページじゃねえか!!



6月3日23:00 エル・ファシル軌道上、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 やっとアウストラに戻ってこれた。しかし、シャトル発着の混雑は半端なかったな。二度とごめんだよまったく。

 『各科長集合、士官室』

 一体どうしたっていうんだ?…『エル・ファシルの奇跡』の始まりか?始まりなら始まりでいいんだけど、流れが見えないのはキツイ。
「よお、坊や」
「あ、バーンズ曹長。何か聞いてます?」
「本隊と第1分艦隊はアスターテに移動を開始したそうだ。俺たちも覚悟した方がいいかもな」
「…ウチの艦隊はまだ三分の一くらいが月のドッグに入渠したままですよ?哨戒に出てるやつらもいるから、現状で四十隻もいないんじゃないですか?」
「そういえばそうだった。それに他の艦は休暇処理だから、たった四十隻でも出撃準備が整うまで時間かかるだろうな。参ったなこりゃ」

 エル・ファシルには月がある。そういえばハイネセンにはなかったな。エル・ファシルは恒星の名前もエル・ファシルだし、俺たちがいる星もエル・ファシルって名前だ。よく考えてみると、??なんだよな。
この世界の人々も、自分が住んでる星の衛星の事を月って言うし、主星の事を太陽って呼んでる。ハイネセンに住んでた頃もバーラトじゃなくて太陽、太陽って呼んでた。
…なんて事はどうでもいい。月には補修用ドッグがあって、こないだの戦いで傷ついた船がまだ入渠したままなんだ。それもそうだし、哨戒に出ている艦艇以外は休暇になっている。アウストラは旗艦だから休暇は後回しになっていたからよかったものの、他の艦はそれぞれ全員揃うのに時間がかかるだろう…。確かに参ったなこりゃ。



6月3日23:50 エル・ファシル軌道上、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
オデット・ファーブル

 士官室に集まってた砲術長と射撃管制主任が戻ってきた。何か浮かない顔してる。
『士官は辛くても全然平気そうな顔をしてなくちゃいけないんですよ。特に兵隊の前ではね』ってエアーズ兵曹が言ってたっけ?確かにあんな顔をされたら部下としては色々勘繰っちゃうよね…。
「よし、皆集合。射撃の皆も呼んできてくれ」
新任のクロンビー中尉。中尉を見てるとガットマン大尉がどれだけ優秀だったか分かるわ…。
「砲術長、皆集まりました」
「そうか、では始めよう」
砲術長セーガン大尉が話し始めた。
「イゼルローン回廊の同盟側で、第3分艦隊が敵と交戦中である。警備艦隊司令官は宇宙艦隊司令部に増援を要請、ジャムジードの星系警備隊艦隊が増援の準備中だ。第2分艦隊は現有戦力でアスターテからアルレスハイムに進出、同星系の哨戒を行う」
どっちみちウチは哨戒ばかりということね。
「四十隻でですかい!?回廊入口でドンパチやってるってのに、そりゃ少しばかり酔狂の度が過ぎるってもんじゃねえですかい?」
「…決定だ。バーンズ曹長。本隊と第1分艦隊はヴァンフリートを突破して最短で回廊入口に向かうそうだ。我々は途中哨戒隊を収容しながらアルレスハイムに向かい、同星系の哨戒に当たる」
…はあ。やんなっちゃう。



6月6日14:00 イゼルローン回廊前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、旗艦グメイヤ 
アーサー・リンチ

 「司令官。帝国艦隊およそ五百隻、我が方の12時方向。第3分艦隊と正対中です。距離、約六十光秒」
「よし、第3分艦隊と敵を挟撃する。全艦砲撃戦用意」
うまくいった、敵を牽制しつつティアマト方向に後退しようとしていた第3分艦隊を追う帝国艦隊の左側面を突く位置に出る事が出来た。ヴァンフリートを抜けたのは正解だった。
「第1分艦隊に、三時方向に移動して敵の後方を遮断するよう伝えろ」
「はっ」
第1分艦隊が敵の後方を遮断すれば、敵は三方向から包囲される事になる。第3分艦隊の損害の程度はまだ分からないが、それでも倍以上の兵力で包囲するのだ、完全勝利だろう。

 

6月6日19:00 アルレスハイム星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 ヤンがいた。若かったなあ…じゃない、近いうちに『エル・ファシルの奇跡』が起きるんだ。どうやって起こすんだろう?顛末は知ってても、フレデリカとヤンの出会いがあることは知ってても、経過が分からない…てか下手したら帝国の捕虜だ、それは困る。早くエル・ファシルに戻らないと…。
「ウィンチェスター曹長、どうしました?」
「あ、いや…ウィンチェスターでいいですよ、エアーズ兵曹」
「そうかい?でも一応上官になってしまったからねえ」
「新人には変わりないし、呼び捨ての方が気が楽ですよ」
「そうか。じゃウィンチェスター、どうかしたかい?」
「何でもないですよ…ていうか、いつまでここにいるんですかねえ」
「そりゃ…終わるまででしょうねえ。なんか用事でもあるのかい?」
「いや、まあちょっと…」



6月6日16:50 イゼルローン前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、旗艦グメイヤ
アーサー・リンチ

 「参謀長、降伏を勧告しよう、これ以上は無意味だろう。オペレータに敵と回線を…どうした?」
「これは…!イゼルローン回廊入口より帝国艦隊と思われる反応です!数は…数は約二千!」
「…増援か!参謀長、命令…正面の敵への攻撃を中止、第1分艦隊をこちらに合流させろ。第3分艦隊は攻撃中止後現位置を維持。…オペレータ、新しい敵集団との距離は?」
「はっ、失礼しました、新しい反応との距離、およそ七百光秒です!」
正面の敵が退いていく。約百隻。集団としてはそれなりだが、戦力としては数には入らないだろう。
「参謀長、あの敵の目的は何だと思う?」
「劣勢な味方の救援、だと思われます。数はこちらより優勢ですが、戦えない程の兵力差ではないとは思われますが」
「参謀長は戦いたいかね?」
「むざむざ合流させるのも興醒めとは思います」
「嫌がらせの攻撃を行う、と言うことか?」
「敵を撃破する機会を惜しまぬ、と仰って頂きたいものですな」
「物は言い様だな。よし、先ほどの命令を変更…第3分艦隊はそのまま微速前進、第1分艦隊の左翼に着け。第1分艦隊は現座標を維持、反転し逆撃態勢を取れ。本隊は陣形を再編しつつ三時方向に転回、横陣形を取る、急げ!」



6月6日18:30 エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、警備艦隊作戦室
ヤン・ウェンリー

 「君も災難だったな、着任早々置いてけぼりを食らうとは…まあ君の場合は艦隊司令部が君にメール送信を忘れていたからなのだがね」
「はあ、申し訳ありません」
「これは仕方ない。まあでもエル・ファシルでよかったよ、こういう事はちょくちょくあるんだ。これが本国なら降任ものだよ」
確かに帰艦遅延は懲罰ものだ。それが緊急出港時の帰艦遅延ともなると…。
つくづく私は軍隊組織に向かない…しかし忘れていたのは少しひどくないか?組織から弾き出されようとしているのだろうか?
「緊急呼集、緊急出港が多いからね。遅れた者をその都度懲罰にかけていたら一番困るのは指揮官たちさ」
「何故です?」
「自分達の管理責任を問われるからさ。帰艦遅延は多い時で百人単位で出るんだ。そんなこと報告してみろ、大問題だよ。部下をきちんと管理できているのか、ってね。当然出世にも響く」
「はあ、なるほど」
「本国がまったく知らない訳じゃない。緊急出港に遅れた者は艦隊の地上司令部で勤務することになっているんだ。一種の避難措置さ」
「…勉強になりました」

 正面の大型ディスプレイには現在の戦況が映し出されている。ヴァンフリートを突破した味方本隊が、第3分艦隊と交戦中の敵側面を突いた。本隊から別れた第1分艦隊がそのまま敵後方を遮断、三方向から敵を半包囲…。
味方が優勢とはいえ、完璧な布陣だ。しかしこのイゼルローン回廊入口に現れた二千隻程の新たな敵影、彼らの意図をどう見るか…
「ヤン中尉、補給艦の準備だ」
「補給艦、ですか?」
「そうだよ。どうなるか分からないからね。せめてアスターテまでは進出させとかないと」
「しかし護衛に回せる艦がいませんが」
「第2分艦隊に護衛要請を出す。現在アルレスハイムには敵がいない、通常の哨戒に戻ってもらって、第2分艦隊主力にはアスターテに戻ってもらおう」
「了解しました。手配の準備にかかります」
やれやれ、地上勤務といっても暇はないか。…補給艦の手配…どうすればいいんだっけ…やれやれ…。
 
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