| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

揺籃編
  第七話 パランティア星域の遭遇戦(後)

宇宙暦788年4月21日04:40 パランティア星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ、第3艦橋 ヤマト・ウィンチェスター

 そんな事どうでもいい、戦艦戦力は敵より上…。打たれ強く…。

 「ここはお話が弾んでいるようね。周りはお通夜だというのに。オジさまも何考えてるのかしら、増援無しだなんて」
カヴァッリ中尉だ。笑い声につられたのか、第1艦橋から様子を見に来たらしい。
オジさま…。カヴァッリ中尉…。そうだ!閃いた!
「よう、パオラじゃないか。第1艦橋は気が詰まるだろ?今休憩がてら分艦隊司令ごっこをやってるんだ」
「…分艦隊司令ごっこ!?…楽しそうですね。それよりガットマン中尉、ファーストネームで私を呼ぶの止めてください」
「いいじゃないか。全く知らない仲じゃないんだから」
「そういう言い方は止めてください!勘違いされたら困ります!…で今は誰が分艦隊司令役なんです?」
「ウィンチェスターさ。俺はバーンズ曹長にダメ出しされたから更迭だ」
ガットマン中尉が天を仰いで首を切る仕草をした。確か28歳。いい兄貴分って所か。
「参謀のカヴァッリ中尉です、新司令を心から歓迎します。宜しくお願いいたします、ウィンチェスター司令。前司令は残念でした…」
泣く真似までして…カヴァッリ中尉、あなたも結構ノッて来る人なんですね…。

 「司令は止めてください…でも閃いた事があるんです。…帝国艦隊が攻めて来ないのは何故です?あちらの方が優勢なのに」
「言われて見るとそうだけど…向こうはただの索敵部隊でしょう?私たちと同じ様に、こちらを牽制しつつ援軍を待っているのでは?」
「もうお互い姿をさらして半日以上経つのにですか?もし索敵部隊なら我々を撃破して尚の事前に進まなきゃいけない。敵発見を報告、戦闘に突入、です。優勢なのですから。優勢だけどこちらの撃破に自信が無ければ、攻撃を開始しつつ援軍を呼ぶでしょうね。だけど現状はそうなっていない。呼べる援軍がいない、というか、敵本隊というものがいないからです」
「…想像でしかないわ」
「確かに想像です。でも翻って我が軍を見てください。私の言っていることが確信に近い想像だと分かると思います」
「どういう事?」
「何故我々は撤退しないのですか?援軍もないのに」
「それは敵を牽制…そうか!そういう事ね!ちょっと来なさい!」
痛ててて、引っ張らなくても着いていくから待ってくれ…



4月21日04:50 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ オデット・ファーブル

 ウィンチェスター兵曹が拉致されてしまった。第3艦橋だけではなく、第2艦橋の人たちも何事かと走っていく二人を見ている。
「さっきの坊やの話、あれはどういう事ですかい?」
バーンズ兵曹長がガットマン中尉にコーヒーを渡しながら尋ねている。…あ!私が淹れなきゃいけないんだった…。
「リンチの野郎が騙されたのさ。ウチが敵を発見した、リンチに報告がいく。そして奴はこう考えた。発見された敵は二百四十隻だ、でもこんな筈はない、二百隻程度の艦隊で帝国が攻め寄せる筈がない。他にも部隊がいる筈だ…」
「あ…」
「本隊から増援がないのはリンチの野郎がそう思い込んじまったからだ。俺たちは目の前で精一杯だが、警備艦隊司令官ともなると色々考える事が増えるからな、そう思い込まざるを得ない訳だ。その結果、ダゴン、ティアマトも探さなきゃいかん、ヴァンフリートもあるからアスターテから動けない…こうなる事を予想してやったなら、あの帝国野郎は大したもんだぜ」
「なるほど…。坊やはそれを見破ったと」
それが本当なら、すごい!やっぱりウィンチェスター兵曹はエリート下士官なんだわ!ペアでよかった!
仲良くしなくっちゃ!

 主任が頭を掻いている。風呂入ってないのかしら。
「リンチの野郎が勝手に思い込んだ結果、だと俺は思うがね。物事を悲観的に考えるとロクな事にならない、っていういい見本だな。まあ一番の原因は最前線が二千隻程度の艦隊でどうにかなると考えている奴がいることだろうな。弁護するのは癪だが、リンチの野郎はその犠牲者って訳だ」
「統合作戦本部長が悪いんですかい?」
「国防委員会さ」
「…主任も一応士官どのなんですねえ。あの会話だけでよくおわかりで」
「一応は余計だ」
「ところでなんですがね、リンチの野郎、リンチの野郎って…主任は司令官がお嫌いなんで?」
「嫌いだよ」
「何でです?」
「あいつ、士官学校の時の学年主任教官なんだよ。俺が士官学校3年の時だったな。当時1年生のパオラ…カヴァッリ候補生を口説いた事があるんだ。まさかリンチの義理の妹なんて知らないからな。無知って恐怖だと実感したな。それがバレてから、俺の成績が目に見えて悪くなったんだよ。それまで学年3位だったのに」
「なるほど…報復人事みたいなもんで。それにしても優秀だったんですねぇ」
「だから。一応とか、だったとか、やめてくれ。今でも優秀だぞ」
…みんな色々あるのね。早く彼氏探して寿退社しないと…。ウィンチェスター兵曹にアタックしようかな…。



4月21日04:50 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ、士官室
セバスチャン・ドッジ

 「内務長です、入ります」
そう言って旗艦内務長のカヴァッリ中尉が入って来た。彼女はリンチ少将の義妹だ。
二、三言しか話した事はないが、言葉の端々に聡明さが感じられた。優秀な人物の様だ。
その彼女が一人の下士官を伴っている。外見と階級からすると…下士官術科学校出身者か。
「さあ、ウィンチェスター兵曹、貴方の推論を話しなさい」
「は、はあ」
いきなり入って来て突然何を言い出すんだ。ダウニー司令もパークス艦長も呆気に取られている。ウィンチェスター兵曹か?彼も困っているぞ。
「内務長、今は司令部の会議中なのは分かっているね?ダウニー司令も君の上官も驚いているぞ。いきなり来られても困るのだが」
「はい、それは分かっています。ですが、オジさ…いえ、リンチ司令官は過誤をなさっておいでです。このウィンチェスター兵曹は過誤の原因を見抜きました。それでここへ連れてきたのですが…」
「パオラ・カヴァッリ中尉。貴官は縁故を頼って自分の意見を通そうとするのかな?順序があるだろう。そんな事をされてもリンチ少将は喜ばないだろうと私は思うが」
「ですが…いえ、主任参謀の仰る通りです。失礼しました」



4月21日04:55 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ、士官室 
ギル・ダウニー

 「待ちたまえ内務長。主任参謀、聞いてみようじゃないか。宜しいか?艦長」
「司令がそう仰るのであれば異存はありません」
「私も異存はありません。が、内務長、今回だけだ。次からは副長同席のもと、艦長の私を通すように」
「…はい!ありがとうございます!…ではウィンチェスター兵曹、改めて貴方の推論を話しなさい」

 「なるほど、そういう事か。…それならば敵に動きが無いのも、敵に増援が無いのも説明がつくな」
「はい、最初から敵本隊などいないのです。警備艦隊司令部を責める訳ではありませんが、敵の少なさに騙されてしまったのだと思います。兵力に比して警備区画は広大です。他にも敵がいるかもしれない、と考えるのは至極当たり前の話だと思います」
「では、あの敵は何をしているのだと兵曹は考えるね?」
「航路調査か星系調査の類いではないでしょうか。優勢なのに攻撃してこないという事は、戦闘以外の任務で侵入しているのだと思います。そこをアルレスハイムで哨戒グループに見つかった、そしてパランティアで我々に出くわした、という事ではないでしょうか」
「調査か。だが我々に見つかった後も敵は撤退しないな。何故だと思うね」
「我々より優勢だからです。劣勢な状況の我々が攻撃を仕掛ける事はないと思っているのでしょう。攻撃されてもいつでも撃破できる、もし反乱軍に増援が到着したとしても充分に逃げられるだろうと。ならば調査任務を続行しても問題はありません」
「よく考えたな、納得した。艦長、いい部下を持っていますな」
「ありがとうございます、と言いたいところですが、私も顔を見るのは初めてなのです。彼の着任した晩に出撃でしたからな。艦長挨拶は次の日に予定していたのですよ」
「そうでしたか。…話を戻そう。敵の意図は判別した。この後どうするかだが、敵の増援がないのであれば、撃破に向けて努力しようと思うが。ウィンチェスター兵曹、君も司令部に来たまえ」



4月21日05:00 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ 
ヤマト・ウィンチェスター

 「司令部に、ですか?私は下士官です。参謀任務の経験もありませんし、もとの任務もありますし、遠慮させて頂きたいのですが…」
司令本人が言い出したんだから司令部行きは確定だろうけど、一応遠慮しないとな…下士官風情に司令の補佐をやられたら、参謀の顔が立たんだろう。現にドッジ大佐とウインズ少佐だったか?に睨まれている。
誇らしげなのは艦長とカヴァッリ中尉だけだ。
「謙遜するなよ、敵の意図を見破るくらいだから、敵艦隊の撃破なぞ容易いだろう?ウィンチェスター兵曹?」
ウインズ君、俺は君たちの顔を立てようとしてるんだぞ?それをなぜ挑発するのかね?お前達がちゃんと仕事してればこうはなってないだろ?それに艦隊戦なら原作知識をいくらでも出せるんだぞ?お前らホントに立つ瀬無くなるぞ?
「な、何が可笑しい!!」
…え?しまった、心の声が顔に出ていたようだ。ウインズ君がメッチャ怒ってる…俺は微笑んでいたらしい。カヴァッリ中尉を見るとスゴく呆れ顔をしているから、多分蔑み笑いでも浮かべてたんだろうな…。
「ウィンチェスター兵曹、私からも頼む。私達は参謀という肩書きに胡座をかいていた様だ」
ドッジ大佐、言葉の内容と表情が一致してませんよ…。
それはともかく、モブ中のモブから抜け出す機会を逃がす訳にはいかない。いっちょ、やったるか!
 
 「そういう事でしたら微力ながら力を尽くさせて頂きたいと思います。申し訳ないのですが、お願いがあります、司令閣下」
准将では閣下とはあまり呼ばれないのだろう、ダウニー司令は少し嬉しそうだ。
「何だね、行ってみたまえ」
「やはり、階級が気になります」
「戦時昇進でもさせろと言うのか、バカな!司令、このような…」
「ウインズ少佐、黙っていたまえ」
ウインズ君、立場が逆転したようだね。
「いえ、私は下士官、兵隊ですので、ドッジ大佐やウインズ少佐に軽々しくものを頼むという訳にはまいりません。そこで、私の手伝いをする人間が欲しいのです、閣下」
「確かにそうだな。一等兵曹が大佐に指示を出すわけにはいかんな。宜しいか?艦長」
「司令の宜しいように願います。ではウィンチェスター君、人選は済んでいるんだろうな?」
「はい」



4月21日05:10 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ、第1艦橋 
オットー・バルクマン

 「どういう事だ、ヤマト。俺にもマイクにも分かるように説明してくれるんだろうな」
「まあまあ。後で説明するから、今は合わせてくれ」
「そうだな。巡察と格闘から救ってくれてありがたい事だ」
「…何をすればいい?」
「星系図を出してくれるか」
俺はヤマトに言われた通りコンソールを叩いてパランティア星系図を出した。それはいいが、何で参謀達に睨まれなきゃいかんのだ!
「…あったあった。…主任参謀殿、宜しいですか?」
「ドッジでいい、何だね?」
「ありがとうございます、ではドッジ大佐、艦隊をこの小惑星帯に移動させて下さい。伏撃の準備をします。その後に艦隊を二つに分けます」
「小惑星帯に襲撃部隊を潜り込ませるのか?艦隊を分けたら敵艦隊にバレてしまうぞ?さすがにこちらの数も知られているだろう。成功するとは思えんが」
「我々が全軍で小惑星帯に移動を開始すれば、敵もこちらの動きに注意を向けるでしょう。伏撃の準備かとね。伏撃の準備なら、当然艦隊を分けると思うでしょう。この場合、再び小惑星帯から出て囮の役目の艦隊の兵力は小さくなる筈ですよね、艦隊を二分するのですから。そうしたら、敵はどう動くと思います?」

 ドッジ大佐は興味が出てきたようだ。腕を組んで考えている。でもな、俺は大佐参謀と堂々と話の出来るお前の精神構造に興味津々だよ。
「…敵は元々我々の倍近い。こちらの兵力が二分されたとすれば嬉々として囮艦隊の撃破にかかるだろうな。この場合、小惑星帯にもう半分が潜んでいるのは分かっているのだから、そこから出てくる部隊には注意はするが、後回しといったところだろうな」
「では、小惑星帯から出てきたこちらの数が百五十隻のままだったらどうなります?」
「伏撃を諦めて出てきたと思うだろう。元々敵が多いのだ、これも撃破にかかるだろうな」
「では小惑星帯には、注意を払う事はない?」
「だろうな。兵力が小惑星帯に入るまえと変わらんのだから」
「ありがとうございます。では司令閣下に作戦を説明いたしますので、ご協力をお願いいたします。オットー、マイク、お前達も手伝ってくれ」



帝国曆477年4月21日06:00 パランティア星系、パランティアⅥ近傍、銀河帝国軍、
特別第745任務艦隊旗艦ニーベルンゲン 艦隊司令部

 「隊司令、パランティアⅥの調査が終了しました。それと、反乱軍に動きがあります。パランティアⅧ小惑星帯に移動中との事です」
「参謀、パランティアⅧ小惑星帯、というのは?」
「はっ、惑星パランティアⅧが周回する筈だった軌道に広がる小惑星帯です。今回の調査に随行している航路部の者によりますと、元々パランティアⅧになる筈だった微惑星や小惑星の集まりだという事であります」
「そこに反乱軍が潜り込もうとしているという訳か」
「はい。反乱軍は艦隊を二分して、一隊を小惑星帯に置き我々を挟み撃ちにしようとしているのではないか、と思われます」
「私もそう思う。反乱軍の兵力はいか程だったか?」
「百五十隻前後だと思われます」
「…調査の前に撃破してもよかったかな。…参謀、敵が小惑星帯に伏勢を置くとして、どれ程の兵力を割くと思う?」
「我々の正面に本隊百二十隻、小惑星帯に三十隻ではないかと。反乱軍としては、せめて我々の半数を置かないと、伏勢が攻撃を仕掛ける前に本隊が敗れてしまうでしょうから」
「同感だ。会敵の予想時刻は?」
「約七時間後と思われます」



4月21日13:55 パランティア星系、銀河帝国軍、特別第745任務艦隊旗艦ニーベルンゲン 
艦隊司令部

 「隊司令、まもなく会敵します。反乱軍艦隊…百五十隻程が橫陣形をとっております」
「…敵は伏勢を置くのを諦めたのかな、参謀」
「元々反乱軍は我が方より少数です。艦隊を二分した場合、本隊が堪えきれずに各個に撃破される事を恐れたのかもしれません。…どちらにせよ敵は少数です。撃破する事は容易だと思われます」
「だな。全艦、砲撃戦用意。旗艦の発砲は待たなくてよい。有効射程内に入り次第、各個に砲撃開始だ」
「御意。…全艦、砲撃戦用意!」



4月21日14:00 パランティア星系、自由惑星同盟軍、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
A集団、旗艦ユリシーズ A集団司令部

 「…司令、我が方右翼側から後方にかけて小惑星帯が流れています。艦隊後部の駆逐艦やミサイル艇が小惑星を牽引している事を考慮しますと、こちらの作戦が敵に露見するのを避ける為にはこのまま横陣形で戦闘を開始した方がよいと思われます。小惑星帯がありますので敵左翼側からの圧力は減少しますが、正面および敵右翼側から圧迫されると危険です。幸い我が方は戦艦の数が勝っていますので、短時間なら確かに主砲の連続斉射で凌げるとは思いますが、連続斉射は二時間が限界です。少数の我々を打ち破れない事に敵が痺れを切らして我々を粉砕しようと突破を企図した時、小惑星帯からB集団が突撃を敢行します。B集団は突撃突破後、敵の後方を遮断、我々と挟撃態勢に入ります」
「了解した。私の人生の中で一番長い二時間になりそうだな」
「…同感です」
「しかしよくも思い付いたな。小惑星を牽引して敵のセンサーをごまかせ、火線の少なさは連続斉射で補え、とは…貴官が思い付いたのか?」
「いえ、ウィンチェスター兵曹です」
「だろうな。貴官では無理だろう。私でも無理だ。確かに長距離センサーでは小惑星と艦艇の判別はつかん
。盲点だな」
「…!」
「貴官や私が劣っている、というのではない。むしろ軍人としては我々の方が優秀だろう。発想の違い、だろうな。小惑星を牽引して敵のセンサーをごまかす、なんて事はシミュレーションでは再現出来んし誰もやろうと思わんだろう?」
「ですが…そういうものでしょうか」
「そうだ。だから大佐、今落ち込む必要はないのだ。それに、この策が成功するとも限らんだろう?…よし。全艦、砲撃戦用意。全砲門開け」



4月21日15:30 パランティア星系、パランティアⅧ小惑星帯、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
B集団、旗艦アウストラ、B集団司令部 ヤマト・ウィンチェスター

 まだか。…まだなのか。
快く応じてくれたからよかったものの、ダウニー司令やドッジ大佐達には申し訳ない事をした。艦隊をA集団、B集団と分割したから、指揮をとる都合上移乗が必要だったのだ。戦艦ユリシーズの艦長もビックリしただろう。
そして、B集団の指揮はドッジ大佐に執ってもらおうと思ってたんだが、パークス艦長が指揮を執ると言い出した。
「ドッジ大佐は司令の補佐をせねばならん。手の空いているそこそこベテランの高級士官となったらワシしかおらん。旗艦艦長をやっておったから指揮の要領は大体判る。任せて貰いたい。それにワシの部下が言い出した事だからな、部下の尻拭いはきちんとせねばならんて」
申し訳ありません、と謝ったら、
「…と、こう言った方が格好よかろう?ワシは旗艦艦長だから大佐になっとるだけで、本当は中佐で終わる人間だ。退役前に一度でいいから艦隊司令をやってみたかったのだ。巡航艦四十隻とはいえ、艦隊は艦隊だ。ハハハ」
なんて言いやがる。こっちは楽しんでるから申し訳ぶらなくてもいいか…。

「ヤマト、敵が密集しだした、紡錘陣形をとるんじゃないか?」
「オットー、これを待っていたんだ。パークス艦長、今です」
「よし!全砲門開け!全艦、突撃!!」



4月21日15:30 パランティア星系、銀河帝国軍、特別第745任務艦隊旗艦ニーベルンゲン
艦隊司令部

 「こ、これは!隊司令、小惑星帯から高速で敵が突っ込んできます!」
「なんだと?応戦せよ!」
「正横からの攻撃です、それに我が方は陣形再編中です、間に合いません!」



4月21日16:00 パランティア星系、自由惑星同盟軍、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊A集団
A集団、旗艦ユリシーズ A集団司令部 セバスチャン・ドッジ

 戦闘が開始してからの司令は枷が外れたかの様にイキイキとしておられる。
「艦長、全艦に伝達。左翼後退、右翼は前進だ。…ああ、オペレータ、平文でいい、B集団に打電してくれ。敵に傍受される?傍受してくれたら敵は逃げ出すだろう。いいか?…B集団は敵左翼側に回られたし、以上だ」
”ユリシーズの艦橋はアウストラより狭くて息が詰まる“
なんて仰っていたのが、
“オペレータまで距離が近いから貴官の手を煩わせなくて済むな。これはこれで指揮が執りやすい”
に変わった。
「司令。敵は未だに混乱から回復していません、我が方の勝利は確定的です。おめでとうございます」
「ありがとう主任参謀。しかし気を抜くのはまだ早い、敵の旗艦はまだ健在だ。B集団と共同で敵左翼を半包囲できればパーフェクトゲームだが、敵も馬鹿じゃない。こちらの意図するところを見抜いてさっさと逃げ出すだろう。まあ、それでも勝利は勝利だ。まことにありがとう」
司令が握手を求めてきた。虚をつかれたが、慌てて差し出す。はにかんだ笑顔が印象的だった。

 「司令。戦う前に…策が成功するとは限らん、と仰っておられましたね」
「…確かにそう言ったな。それが?」
「いえ、成功するとは限らないのに、なぜ採用なされたのかと思いまして」
「…ふむ。私は七百二十七年生まれだ。まもなく六十五になって退役だな。君はいくつだ?」
「今年で三十五になります」
「ほう、そうか…あの方と同じ年か」
「あの方とは」
「ブルース・アッシュビー元帥だよ。…ドッジ大佐、私はウィンチェスター兵曹にアッシュビー提督を感じたのだ」
「司令はアッシュビー提督をご存知なのですか?」
「彼の事は皆が知っているさ。第2次ティアマト会戦。何もかも劇的すぎた。当時私は中尉だったが、提督とは会戦前に一度だけ話した事があるんだよ。ウィンチェスターが私の疑問に力強く答えるの見て、なぜかそれを思い出したんだ。ああ、これは勝つな、とね。あの方の作戦案も、本当に成功するのか?と疑うものが多かった。彼の策を採用したのはそれが理由だ。口ではああ言ったが、失敗するとは思わなかった、よくて痛み分けという想像はしたがね…愚にもつかない理由で失望したかな?」
「いえ。意外な理由で驚いています」
「単に私の思い過ごしと希望的観測と過大評価かも知れん。しかし考えてみたまえ、18歳でこの結果だ。この先どうなるか見てみたいとは思わないかね?」
「ブルース・アッシュビー元帥の再来、ですか…」 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧