| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

無印編
  第19話:危険な演奏会

「イチイバル、だとぉっ!?」

 クリスがネフシュタンの鎧を脱ぎ、新たにシンフォギア・イチイバルを纏った時司令室でモニターを見ながらオペレーターからの報告を聞いた弦十郎は堪らず叫びを上げた。

 何を隠そう、あのイチイバルは元々この二課の所有する聖遺物の一つであったのだ。

 今から10年前に紛失し、それ以降行方が分からなくなっていた第2号聖遺物を用いたシンフォギア。それが今、モニターの向こうで奏達と相対している。それも未確認の魔法使いと思しき者と共に。

 それを見て、まず真っ先に行動を起こしたのは了子であった。

「現場に行くわ」
「了子君ッ!?」

 突然踵を返しながら現場に向かおうとする了子を、弦十郎は慌てて引き留める。

「待つんだッ! 行くなら俺が行く、だから君はここで──」
「悪いけど、そうも言ってられないでしょ? 失われた筈のイチイバルの奪還、加えてあの子が脱ぎ捨てたネフシュタンの鎧を回収する千載一遇の好機なのよ。ジッとしてなんていられないわ」
「だが、危険過ぎる。未知の魔法使いにノイズを操る術を持った相手だ。君はここに残っていろ。行くなら俺と緒川だけで行く」

 弦十郎は了子が現場に向かう事に強い難色を示した。
 彼の言う通り、未知の相手にノイズを操る手段を持ったクリスは自衛の手段を持たない了子にとって大きな脅威だ。ヘタに向かえばとばっちりでシャレにならない被害を受ける可能性もある。

 二課の責任者として、何より“一人の男”として弦十郎は了子の行動を認める訳にはいかなかった。

「見たところ、あの魔法使いっぽいのは動きに悪意が感じられないわ。そもそもの話戦力自体はこちらが勝っている訳だし、身の心配はそんなに必要ないでしょう?」
「それは……えぇいッ!? 問答している時間が惜しい。いいか? 必要以上に勝手な行動は許さないからな!」
「はいはい、それでいいから早くいきましょ」

 半ば強引に現場に向かう了子。弦十郎はそれを仕方なく認め、緒川を伴い現場に向かう為彼女に続き司令室を後にする。

 その際、一度背後を振り返りモニターに目を向ければイチイバルを身に纏ったクリスとメイジがウィザード達との戦闘に突入していた。その様子に一度険しい顔をし、次いで了子の後ろ姿に苦虫を噛み潰したような顔をしてから司令室を出ていくのだった。




***




 一方、クリスと名乗ったイチイバルの装者とメイジと対峙するウィザードは、仮面の奥で一人険しい表情をしていた。

 あのメイジの実力は先程の戦闘で味わった。だからこそ断言できる、奴は強い。
 負けてるなどと弱気になるつもりはないが、さりとて自分の方が強いなどとは逆立ちしても言えなかった。最大限に見栄を張っても互角と言うのが精一杯だった。

 それはクリスも同様だ。彼女もなかなかの強さを持つ。ネフシュタンの鎧を纏っている時もノイズ相手に一戦を終えた後とは言え翼を追い詰めたのだ。
 この上未知のシンフォギアを纏った時、彼女の実力は如何程の物なのか? 

 現状に危機感を颯人が感じていると、彼の隣に奏がアームドギアを構えながら並び立った。突然隣に来た奏に彼がそちらを見やると、彼女は真剣な表情で口を開いた。

「まさかこの期に及んで下がってろ、何て言うつもりじゃないだろ?」
「ん~……まぁな」
「じゃ、文句はないよな?」

 そう言って不敵な笑みを浮かべる奏に、颯人は仮面の奥で溜め息を吐きつつ頼もしさに頬を緩めた。

「あぁ、文句はねぇ。寧ろ頼む」

 颯人がソードモードのウィザーソードガンを構えながら告げると、奏に続き翼と響も並び構えた。

「2人だけを戦わせるのは防人の名折れ。私もッ!」
「わ、私も、皆さんの邪魔にならない程度に頑張ります!!」

 戦う気満々の様子の翼と響。2人の参戦に颯人は奏と顔を見合わせ、同時に肩を竦めた。本当はまだダメージが抜けていないだろう翼と戦力的に不安が残る響には下がっていてほしかったが、問答する時間が惜しい。

 対するクリスは、立ち上がり自分達に対峙しようとする2人を見て明らかに小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「おいおい、さっきあたしにボコボコにされたこともう忘れたのか? お前じゃあたし達には勝てないぜ?」
「先程までの私と思うなッ!」

 言うが早いか、クリスとメイジに向け突撃する翼。彼女がそう動くだろうことは予め予想していたので、それに遅れる事無く奏は彼女に続き颯人はスタイルをフレイムに戻しながらメイジに攻撃を仕掛けた。
 響は颯人に続く。

 迫る奏と翼を、クリスは両手に持った二丁のボウガンで迎え撃つ。通常のボウガンとは異なり複数の光の矢を同時に発射するボウガンから放たれる弾幕を、奏は翼の前に出てアームドギアを回転させ盾にすることで凌ぐ。

「その程度ッ!!」
「チィッ!?」

 急激に距離を詰めてくる奏に流石に不味いと思ったのか、クリスはその場から跳躍して距離を取る。
 その様子から奏はイチイバルを纏ったクリスは接近戦が不得手であることを看破。翼に視線で合図を送ると更に攻勢を強めた。

 接近戦を得意とする2人に攻め立てられるクリスを援護しようとしたのか、メイジがクリスの元へ向かおうとするが颯人はそれを許さなかった。

 背を向けようとしたメイジにウィザーソードガンを振り下ろし、防御させることで強制的にその場に押し留めた。

「響ちゃんッ!!」
「はいッ!! やぁぁぁぁぁっ!!」

 動きを止めたメイジに、響が雄叫びと共に殴り掛かる。固く握りしめられた拳がメイジに迫るが、メイジはそれを左手に持った方の剣だけで弾いてしまった。
 力は籠っていた、フォームも悪くはない。しかし、覚悟が固まっていなかったのだ。理由はただ一つ、相手がノイズではなく人間だから。
 先程は自分が不甲斐ない所為で翼だけに負担をかけ、結果何も出来ずに翼を窮地に立たせてしまった。故に今度は3人について行こうと戦いに参加したのだが、やはり人間相手だとどうしてもまだ覚悟が決まり切らなかったのだ。

 その事を颯人は責める気はない。仕方のない事だし、彼女の性格を考えればこうなる事は簡単に予想できた。
 だからこそ彼はまず自分が攻め、相手に隙を作らせて響がやり易い状況を整えたつもりだったのだが、この程度ではメイジには通用しなかったらしい。

「うあっ?!」
「隙ありッ!」

 だが響の行動は決して無駄ではなかった。メイジが響に気を取られた瞬間、僅かにだがウィザーソードガンを押さえている力が緩んだ。
 それを見逃さず颯人は軸をズラし、メイジの懐に入り込むと刃を叩き込む。

 残念なことにこの攻撃は凌がれてしまい、相手の胴体を浅く切り裂く程度で大したダメージは与えられなかった。
 だがここで嬉しい事態になる。颯人から距離を取ろうとしたのか、後方に跳躍したメイジが偶然にもクリスと背中合わせの形になったのだ。

「ッ!?」
「透ッ!?」

 クリスにとってもこの形になるのは想定外だったのか、密着する形で背後に立ったメイジ──クリス曰く透──の存在に意識をそちらに向けてしまう。

 それを見た瞬間、颯人達は素早く行動を起こした。

「行け響ちゃんッ!!」
「翼もだッ!!」
「は、はいっ!」
「あぁっ!」

 颯人と奏の声を合図に、響と翼が背中合わせになった2人に突撃する。
 一方、颯人はウィザーソードガンをガンモードにして構え、奏もアームドギアを何時でも投擲できるように構えていた。

 今の透とクリスは一見すると互いに背後を守り合っているように見えるが、その実颯人達に追い詰められていた。
 何しろ背後に下がることは出来ず、動ける方向は前と横しかない。そして数の上で不利である現状、四方からの集中攻撃を避ける為には必然的に2人は左右どちらかに動かなければならなかった。それも2人で左右別々に、だ。同じ方向に動いても状況は何も変わらない。
 だがそれをすると当然相方の背中を無防備にしてしまう。

 つまりこの時点で2人は、互いに下がれない状況で4人からの集中攻撃を受けるか危険を覚悟で左右別方向に逃れて包囲を脱するしかないのである。

 それを見越して、颯人と奏はその場に残り響と翼だけを攻撃に向かわせた。2人の攻撃を受け止める様なら颯人達も攻撃に参加すればいいし、どちらかあるいは両方が左右に逃れようとすれば背中を向けている方を颯人と奏がそれぞれ攻撃すればいい。

 奏はこの時点で自分たちの勝利を確信していた。

 しかしここでクリスと透は予想外の動きに出た。徐にクリスが身を屈めると透がその背に乗るようにして後ろに倒れこんだのだ。対するクリスはそれに合わせる様に、否、彼の背を掬い上げる様に体を捻りながら両手に持ったボウガンをそれぞれ迫る翼と響に向けた。

「なっ!?」
「えっ!?」

 突然の行動に一瞬思考が停止する2人。

 その2人に向けてクリスは容赦なく引き金を引き光の矢を放つ。響と翼は咄嗟に防御したがお陰で体勢は崩され、更に響にはクリスの、翼には透の追撃が襲い掛かった。

「くぅっ?!」
「翼ッ!?」
「あっ────」
「させるかッ!?」
〈ディフェンド、プリーズ〉

 翼と響、それぞれに迫る追撃を颯人と奏がフォローして事無きを得る。響に放たれた矢はウィザードの障壁で防がれ、翼に放たれた斬撃は奏が振るったアームドギアにより弾き返された。

 どちらかが隙を晒すのを待って攻撃を翼と響だけに任せたのは失敗だった。

 そう感じた颯人と奏は体勢を立て直した翼・響と共に今度は4人で一斉にクリスと透に攻撃を仕掛けた。流石に倍の戦力で一斉に攻撃されては堪ったものではないだろう。

 ところが──────

「あめぇんだよッ!!」

 クリスと透は互いに向き合うと、透のバックアップを受けてクリスがその場で大きく跳躍した。魔法使いの腕力とシンフォギアによる肉体強化を受けての跳躍は優にビル3階分ほどの高さまで彼女の体を押し上げ、颯人達を俯瞰させた。

 その状態でクリスはボウガン型のアームドギアの形状を変形させ、銃口を3つ持つガトリング砲に変形させた。クリスはそのまま上空で体を横に回転させながら両手に持ったガトリングの引き金を引き、文字通り弾丸を雨霰と4人に降り注がせた。

「うわぁぁぁぁっ?!」
「何だよそれッ!?」

 弾丸の雨を受け、思わずその場で立ち止まってしまう響と奏。

 一方颯人と翼は何とか切り抜けると、地上に1人残された透を仕留めるべく一気に接近した。あの2人、なかなかに連携が良い。片方だけでも早々に潰して連携を崩さないとこちらの被害が大きくなる。

 そう思い透に攻撃を仕掛けたのだが、颯人と翼は思っていた以上の苦戦を強いられた。

 同時に放たれた颯人と翼の斬撃を透は両手にそれぞれ持った剣で弾き、まず手始めに翼の腹に蹴りを入れて大きく引き剥がした。

「ぐはっ?!」

 体をくの字に曲げて蹴り飛ばされる翼を颯人は一瞬見遣るが、直ぐに気を取り直して透の相手に集中した。

 相手が1人になったと見て、苛烈なまでに両手に持った剣で縦横無尽に斬りかかってくるのを颯人はウィザーソードガン一つで迎え撃つ。重く鋭くそれでいて速い斬撃を剣一本で耐え凌ぐのは骨が折れるどころではなかったが、文句を言っても始まらない。
 翼はまだ合流できそうにないし、奏と響は未だ上空からのクリスの弾幕で釘付けにされていた。

 増援が望めない状況に、颯人が仮面の奥で顔を顰めていると、出し抜けに目の前に光の矢が装填されたボウガンが突き付けられた。見れば何時の間にか着地していたクリスがアームドギアを構えていたのだ。

 仮面の奥で目を見開く颯人。その彼にクリスは不敵な笑みを向け、容赦なく引き金を引いた。

「ぐあっ?!」
「へへっ!」

 再び距離を離された颯人に、クリスは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
 それを見て彼は思わず地面を殴りつけ、苛立ちを発散させると体勢を立て直しつつある奏と翼に目配せし3人で一斉にクリスと透に飛び掛かる。

 響は…………まだ体勢が整っていない。1人のけ者にするようで心苦しい気持ちはあるが、此処は仕方がないだろう。

 2人相手ならあっさり対応されたが、今度は3人。しかも颯人は空中から伸ばした鎖で自身を引き上げ上空から攻撃を仕掛けている。

 三次元方向からのものを含んだ三方向同時攻撃、これは流石にどれか一つは刺さる筈だ。

 しかしやはりこの2人の連携は彼らの予想を上回っていた。

〈イエス! ブリザード! アンダスタンドゥ?〉

 突然透が魔法で地面を凍らせると、2人は徐に互いに左手に持った方の武器を上に放った。そして空になった左手を繋ぎ合わせると、その左手を中心に凍った足場を滑ってメリーゴーランドの様に回転し始めたのだ。

「「なっ!?」」

 既に攻撃できる距離まで近づいていた奏と翼はその行動に一瞬どちらを攻撃するべきか迷い、そこを突かれてクリスと透両方の攻撃を喰らってしまう。

「ッ!? チィッ!?」
〈フレイム、スラッシュストライク! ヒーヒーヒー! 〉

 先んじて攻撃を仕掛けた筈の奏と翼が返り討ちにあったのを見て、颯人は大技で2人を纏めて薙ぎ払う事を選択した。
 本当は奏と翼の攻撃で動きを止めた2人を同時に攻撃して連携を崩すつもりだったのに、こちらが逆に連携を崩されてしまったのだ。

 放たれる炎の斬撃。
 それを透はクリスの手を引き抱き寄せる様にして回避すると、そのまま回転の勢いを殺さず立ち位置を変更。大技を放った直後で無防備になっている颯人にクリスのアームドギアが変形したガトリング砲の吐き出す銃弾が襲い掛かる。

「あぁ、くそっ!?」
〈バインド、プリーズ〉

 自身に向けられる銃口を見て、颯人は咄嗟にバインドの魔法で自分の体を明後日の方向に引っ張り放たれる銃弾を回避する。

 何とか事なきを得た颯人だったが、状況が宜しくないことに危機感を覚えていた。

 あの2人、思ったよりもずっと強い。いや寧ろ、2人揃ったことで個人で戦ってきた時以上の力を発揮しているように見える。
 現に今も、体勢を立て直した奏や翼、響と共に攻撃を仕掛けていると言うのに互角以上に立ち回られている。

 時に互いに手を取り合い、入れ代わり立ち代わり立ち位置や相手を変え戦うクリスと透。その様はまるで戦っていると言うよりはホールでダンスでも踊っているかの様。剣戟や銃撃音をBGMに舞い踊る2人は、間違いなく今この場を支配していた。

 その事が颯人は非常に面白くなかった。

「ちっくしょう、舞台の主役掻っ攫いやがって。3人共、大丈夫か?」
「あたしはまだ何とか」
「わ、私も、大丈夫です。でも、翼さんが──!?」
「くぅ……」

 体勢を整える意味も込めて一旦あの2人から距離を取り1か所に集まる4人。
 この中で一番消耗が激しいのは翼だった。彼女はこの直前の戦闘で既にクリス相手に苦戦を強いられ、消耗していたのだ。其処に加えて、今し方の戦闘で更に消耗し動く事すら儘ならなくなってしまった。
 翼はもう限界だった。

 これ以上は不味い。それを感じ取った颯人はクリスと透に声を掛けた。

「へいへい! 今更だけどさ、お前らノイズまで使って一体何がしたい訳?」

 今はとにかく時間が欲しい。
 翼が持ち直すにしろこの場を捨てて退避するにしろ、苦しいのはこちら側だ。少しでも時間を稼いで、この状況を打開する手立てを考える事を第一に颯人はクリス達に声を掛けた。

 それにこれは決してただの時間稼ぎではない。あの2人の行動理由が気になると言うのは紛れもない事実でもある。もしこの質問に対する答えが得られればそれはそれで御の字、仮に無視されてもそこから話を繋げて時間稼ぎは出来る。
 颯人はそれを狙っていた。

「んん? 本当に今更だな?」
「状況が状況だったんでね。それで?」

 颯人の問い掛けにクリスはボウガンを肩に担ぎながら思案し、数秒ほど考えてから口を開いた。

 尚その間、透の方は片時も油断した様子を見せずに4人の動きを注視し警戒していた。

「いいぜ、答えてやるよ。あたしらの目的はな、そこの女を連れてくることなんだ」
「どの女よ、3人居るんだけど?」
「だぁぁっ!? もう、そこの一番小さい奴だよッ!?」
「一番小さい? あ、翼ちゃんか!」

 クリスの言葉に周囲を見渡し、翼の姿を目に入れた颯人はポンと手を叩いて合点がいったと言う様に頷いた。

 その言葉に翼は即行食い付いた。

「ちょっと待ってくださいッ!? その言葉は聞き捨てなりませんッ!? 私のどこが小さいと言うのですかッ!?」
「だってこの場に居る中じゃ一番貧そ、ゴメン、慎ましい体付きじゃん?」
「今貧相って言おうとしましたねッ!?」
「真面目にやれ馬鹿ッ!?」
「イテッ?! おま、アームドギアで殴るのは酷過ぎるだろッ!? 鈍器ってレベルじゃねえんだぞッ!?」
「誰が胸の話したんだよッ!? 身長だ身長ッ!? そこの髪短い奴だよッ!?」
「えっ!? わ、私ッ?」

 突然始まるバカ騒ぎの最中、自分が目的であると知らされ驚愕する響。当然ながら狙われる理由に全く心当たりがない為、何故自分が初対面の相手から狙われるのかと狼狽を露にしていた。

 狼狽える響を背に隠しながら、奏はクリスに何故響きを狙うのかと問い掛ける。

「響に何の用だ? 見たところ他所の国からのエージェントとかそう言うのじゃ無いっぽいけど?」
「さぁね? あたし達が言われたのはそいつを連れてくることともう一つだけだから。何でかなんて知らないね」

 クリスがシンフォギアを纏っている以上、シンフォギアを手に入れる為に経験の浅い響を狙うとは考え難い。
 となると、考えられるのは国に属さない若しくは国の意向とかが関係ない独立した組織ないし個人によるものである。いや、これまで二課がロクにその存在を掴むことも出来ずに活動していたという事を考えると、クリスの雇い主は個人であると考える方が妥当かもしれない。
 ある程度大きな組織であれば、二課の方でも何かしらの情報を掴むことは出来た筈だ。

 響が狙われたと言うところから奏がクリスの背後を色々と推測している横で、颯人はクリスが口にしたもう一つの目的と言うところが気になっていた。奏や翼を一緒くたにしない辺り、装者として欲しているのは響だけで他の2人は必要ないという事。

 となると、もう一つの目的で思い当たるのは………………。

「もう一つの目的ってのは?」
「そりゃお前さ、赤い魔法使い。お前を戦えないようにしろって言われてんのさ、あたし達は」

 やはりか。颯人は小さく鼻を鳴らす。
 シンフォギア以外で何か目的があるのだとしたら、それは魔法使いである彼しかいない。その目的が連れ去る事ではなく無力化と言うのは少し予想外だったが。

 差し詰め、あのメイジは対ウィザード用の戦力と言ったところか。目には目、歯には歯、魔法には魔法で対抗しようと言うのも理解できる話だ。
 単純にシンフォギアと同等の戦力が他に居なかっただけという可能性もあるが、クリス1人にネフシュタンの鎧とイチイバルの二つを与えているという事を考えれば、戦闘要員として動ける者はあの2人以外に居ないのだろう。

「あぁ、言われなくても分かってるよ透。あいつあたしらの隙伺ってんだろ?」
「は? どうしたいきなり?」
「分かってるって。殺しはしないよ」
「んん?」

 徐に、クリスが誰かと話し始める。

 透という名前を先程から口にしていることから誰に話し掛けているのかは分かるのだが、当の本人は先程から一言も口を開いていない。軽くクリスの方に目を向けたりなどはしているが、小声すら発してはいなかった。

 にも拘らず、彼女はどうやって会話を成立させているのだろうか? 

 突然奇妙なことを口にし始めたクリスに気を取られ、颯人の注意が逸れてしまった。

 それを狙ってかどうかは知らないが、次の瞬間クリスと透は行動を起こした。

「んじゃ、そろそろ仕上げと行くか。一曲景気のいい奴頼むぜ、透!」

 前に出てアームドギアを構えるクリス。

 一方透は、左手に持った剣を逆さに持ったかと思うと切っ先側の峰を顎で挟み、右手に持った剣の峰の部分を左手の剣の腹の部分に添えた。よく見ると両方の接触部分には共に糸が張ってあった。

 それを見て、颯人はそれが何なのかを理解した。あれはヴァイオリンだ。ヴァイオリンとしての機能を持った二つで一つの武器だったのだ。

 透が澱みなくそれで演奏を始め、それに合わせる様にクリスが歌を歌い出した。先程から戦闘中に口にしている歌を、更に激しくしたような歌だ。

 突如始まる演奏とそれに合わせた歌唱。

 するとクリス達と颯人達、双方に変化が起こった。

 クリスの方はアームドギアが変形し長い砲身のような形になると、スカート部分から変形した装甲と肩越しに合体して両肩に一門ずつ担がれた砲台となる。

 一方、颯人達の方は演奏が始まってすぐに翼と響、そして颯人が苦悶の声を上げ始めた。

「な、何だ、これは────!?」
「か、体が……重いッ!?」
「ぐあぁぁぁぁぁっ?! こ、こいつは──!?」
「何だ、どうした3人共!?」

 突然3人に訪れた異変に、唯一何の異常もない奏が混乱する。

 その彼女の耳に、オペレーターのあおいの声が入った。

『天羽々斬、及び響ちゃんと奏ちゃんのガングニールの適合係数が急激に低下していますッ!』
「はぁっ!? ちょっと待て、あたし何ともないぞ? …………あ、まさか──!?」

 シンフォギアは適合係数が低い者が纏うと負担が装者に襲い掛かる。奏もLiNKARで誤魔化してはいるが、効果が切れればギアは重くなり負担はバックファイアとなってその身を苛む。

 翼は元から適合係数が高かったし、響もギアと融合している為に奏に比べて受ける負担はまだマシな方となっている。が、奏が同じ状況になれば受ける苦痛は2人の比ではない。

 では何故奏は何ともないのか?

 その答えは、現在進行形で苦しんでいる颯人が答えだ。彼は魔法により奏がギアから受ける筈だった負担を己の身に肩代わりさせている。だからこそ奏自身は何ともないのに、彼はここまで苦しんでいるのだ。

 彼が今感じている苦しみは、本来奏が受ける筈だったものである。

 それを理解した瞬間、奏はなりふり構わず透に飛び掛かった。

「それ止めろぉぉぉぉっ!?」

 このままでは、奏のギアのバックファイアで颯人が苦しむだけでは済まない。

 何としてでも止めさせなくては。

 幸いにもクリスは大技の準備でまともに動けない様子だし、反撃してくるにせよ何にせよ、演奏を止めさせる事が出来ればそれで十分だった。

 バックファイアをこれ以上颯人に受けさせる訳にはいかない為、奏は技を使わず純粋にアームドギアによる攻撃だけで透に仕掛けた。距離は十分詰まり、奏は容赦なくアームドギアを横薙ぎに振るう。
 あわよくば、クリスも同時に仕留める事を狙って。

「おらぁぁぁぁっ!!」

 大きく振るわれ、薙ぎ払われるアームドギア。ノイズ数体を纏めて切り裂けるだけの威力を持ったそれを、しかしクリスと透は予想以上に軽快な動きで回避すると次いで奏に接近し、2人揃って彼女の腹を蹴り飛ばした。

「がっ?!」

 クリスと透の蹴りで颯人の直ぐ近くまで蹴り飛ばされた奏。

 奏から請け負ったバックファイアの苦痛に苦しみながらも、颯人は気力を総動員して立ち上がり飛ばされてきた奏を何とか受け止めた。

「奏……だ、大丈夫か?」
「馬鹿ッ!? あたしの心配より自分の事を────」

 こんな状況でも自分より奏の事を気遣う彼に、奏は焦りを露にしつつ彼の体を支えた。
 一見まだ余裕を残しているように見えるが、相当に辛い筈だ。実際、奏が支えようと彼に触れると、大して力を入れていないにもかかわらず彼の体は大きくグラついた。

 そして彼にばかり気を取られていたが故に、クリスと透に十分な時間を与えてしまった。

 ふとあの2人の事を思い出しそちらに目を向けた奏。彼女の目には、エネルギーを溜めて物騒な輝きを放つ砲口を向けているクリスの姿が映った。

「ッ!? しまった!?」
「ヤバい、退け奏ッ!?」
〈ディフェンド、プリーズ〉

 今にも強烈な砲撃をしてきそうなクリスを見て、颯人は奏を押し退け3人の前に出ると魔法の障壁を展開する。正直なところ、今のコンディションで障壁を張ったところであの明らかにヤバそうな攻撃を相手にどこまで通用するかは微妙だが、やらないよりはマシだ。

「これでも…………喰らいなッ!!」

 そして放たれる砲撃。放たれるは砲弾ではなく、最早ビームと表現すべき光の奔流。

 颯人の障壁はそれを何とか受け止めはするものの、彼自身に多大な負担を強いていた。

 しかもそれだけに留まらず、砲撃を受け止めていた障壁に罅が入り始めた。罅はすぐに障壁全体に広がり、これ以上は持たないことが容易に予想できた。

 それを察した瞬間、颯人は奏の前で両腕を大きく広げ彼女を守る為に動いた。

「やらせるかッ!!」
「立花ぁッ!!」

 そして遂に、障壁に限界が来る。

 障壁は砕け散り、4人をクリスが放った砲撃の奔流が包む。

 砲撃が行われたのは僅か数秒。

 すぐに光の奔流は消え去り、クリスの担いでいた砲身は元のボウガンに戻った。
 攻撃の構えを解き、クリスは砲撃の影響で発生した土煙の向こう側を注視した。

 正直、少しやり過ぎたかと思い始めていた。透には殺しはしないと告げた手前、全員生きてくれているとありがたいのだが…………。

 クリスが心配していると、風で土煙が晴れていく。内心でハラハラしながらクリスが見守る中、土煙が晴れた先に広がっていたのは──────




 倒れ伏す3人の装者と、彼女達を守るように両手を広げた颯人の姿だった。だがその肝心の颯人も、数秒と経たずにその場に崩れ落ちた。

 それと同時に、変身を維持できなくなったのか、その姿を元に戻すのであった。 
 

 
後書き
ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回、最後の方でクリスが使ったのは絶唱ではありません。ありませんが、メイジによる魔法でブーストが掛かり絶唱のインスタント版みたいな感じになりました。本家絶唱がツインバスターライフルだったので、こちらはツインサテライトキャノン風です。

次回は久々にあの男が登場です。

執筆の糧となりますので、感想その他展開や描写に対する指摘や質問も受け付けておりますので、どうぞよろしくお願い致します。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧