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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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無印編
  第16話:最高のショー、その予約

 
前書き
2020・04・24:後半を大幅に書き直しました。 

 
「――――風鳴司令、翼さんの方そろそろお時間ですので」

 司令室の中央付近、ミーティングが行われているその場所で眼鏡をかけた慎次が弦十郎に声を掛けた。その表情は若干引き攣っている。

「翼さん、今晩はアルバムの打ち合わせが入っています」
「ッ! そうか、なら今日のミーティングはここまでだな。翼、行くといい」
「はい、それでは失礼します!」

 慎二は表の顔はツヴァイウィングのマネージャーを務めている。彼の登場でミーティングはなし崩し的にお開きとなり、翼は彼の後についてその場を立ち去っていく。

――――――のだが、その際の彼女の表情はどこか解放されたような、それでいてどこか名残惜しさを感じさせるものとなっていた。それはある意味で彼女だけではない。颯人と奏の2人を除いた全員が肩から力を抜き顔から緊張が無くなる。

 肝心の2人――――颯人と奏だが、2二人は互いに対照的な顔をしていた。まず颯人の方だが、彼は心底楽しそうな笑みを奏に向けている。

 問題は奏の方だ。彼女は何かを堪える様に、しかし隠しようのない怒りと屈辱に表情を歪めていた。その理由を理解しつつ、慎次と翼について行かない彼女に颯人はおちょくるような視線を向けながら問い掛けた。

「ん? 奏は一緒に行かなくてもいいのか?」
「…………今日は翼ソロの仕事だよ。あたしは別」
「それだけ?」
「──────ッ!?」

 理由など分かっているだろうに、それでも尚楽しむように問い掛けてくる颯人に遂に奏の堪忍袋の緒が切れた。

「こんな格好で外出られるかッ!?」

 そう言って奏は自身の服装を指差す。

 今の彼女の恰好は、いつもの私服ではなくメイド服となっていた。それもメイド喫茶などで見るような変にスカートの短いものではない。本場の貴族の屋敷に努めているような、決して華美ではなくスカートも長い本格仕様だった。派手さはないが、明らかにこの場どころか街中でも異質で目立つこと確実な恰好である。

 私服の中にチューブトップとホットパンツがある事から察することが出来るが、奏は露出の多い服を着る事に対しても抵抗が少ない。
 だが肌の露出の多い服と本格メイド服では話が別なのかかなり恥ずかしいらしく、顔を赤くしているがその理由は怒りだけでなく羞恥が入っていることは明らかだ。

 それを理解しているので、颯人は殊更に楽しそうな笑みを浮かべてメイド服姿の奏を眺めていた。

「だっつってもさ、元々は俺が食うなって言ったドーナッツを奏が食っちまったのが悪いんじゃねぇか。人の物勝手にとった罰だ、罰」

 決して間違ったことを言っている訳ではないので、颯人の言葉に奏は何も言えなくなってしまう。それでも諦めきれないのか、奏は抵抗を試みた。

「大体さっきのトランプ、あれ得意の手品だろッ!?」
「だったら? そこまで言うならタネ見破ってみろよ?」
「ぐぬぬ────!?」

 2人の様子に今日はこのまま颯人が勝ち逃げ、奏は一日メイド服で過ごすことになるのかと弦十郎を含め二課の職員の誰もが思っていた。

 その時、響が動いた。彼女は徐に颯人の右手を掴むと、何も言わずにそれを上下に振った。奏を揶揄う事に意識を向けていた颯人はそれを止める間もなかった。

 すると──────

 パラパラッ、パラッ

「「ッ!?」」
「あ……」

 響が両手を上下させるのに合わせて、颯人の上着の袖口から数枚のトランプカードが舞い落ちた。絵柄は違うが、その全てにこう書かれていた。

『犯人は私です』…………と。

 袖口から零れ落ちたカードを見て颯人と奏は固まり、あっさりとタネを見破った響は意外なほど気の抜けたような声を上げる。弦十郎を始め誰もがその光景を唖然と眺める中、颯人は黙ってカードを拾い集め──────

「────やっぱり仕掛けてやがったかぁぁぁっ!?」
「クソッ!? 響ちゃんにバレるのは流石に想定外だったッ!?」

 再起動した奏の叫びで始まる恒例の追いかけっこ。奏は長いスカートを可能な限り手で持ってたくし上げた状態で颯人を追いかけた。正直傍から見るとかなり危険なレベルでたくし上げているのだが、奏自身も颯人もその事には気が付いていない。

 あっという間に走って行ってしまった2人の後ろ姿を見送った響達。どうしたものかと呆然としている響に、弦十郎が感嘆の声を掛けた。

「…………響君、よくあの手品のタネが分かったな?」
「え? あぁ、いや、テレビなんかだと手品師とかイカサマ師って袖の中にカード隠してる事が多い印象だったからもしかしたらって思って。でもまさか本当にあるとは……」
「察するに、奏ちゃんが選んだカードを抜き取る寸前に袖に隠してたカードとすり替えたのね。見事な腕前だわ」
「あれ? でも颯人の奴、奏ちゃんが選んだカード以外も袖の中に隠してたみたいですよ? それに最初に奏ちゃんがカードを選んだ時は本当にランダムだった筈なのに──?」

 了子の分析で一瞬颯人のマジックのタネが明らかになったかに思えたが、朔也の発言により再び不可解な事実が明らかとなる。

 その謎に対して、弦十郎がある考察を述べる。

「……これは俺の勘だが、颯人君は触れただけでそれがどんなカードなのか分かるんじゃないか?」
「触れただけ…………ですか?」
「そうだ。昔映画か何かで見たことがある。優れたイカサマ師は、目で見ずとも開いた本が何ページなのかを知ることが出来ると言う。もしかすると彼も──」

 弦十郎の考察に、朔也などはそんなまさかと言う顔をしていた。彼だけではない。この場に残っている誰もが、彼の考察に対し似たり寄ったりな顔をしている。まぁ普通に考えれば、そんなことできる訳はないという結論に至るだろう。

 そう、普通に考えれば…………だ。




***




 一方、話題の渦中にある颯人の方はと言うと…………。

「わっはっはっはっはっ!」
「待てこらぁぁぁぁっ!?」

 上機嫌で奏から逃げ続けていた。
 つい先程、無自覚とは言え奏に気を動転させられた時の鬱憤を晴らすかの如く、盛大に高笑いしながら二課本部の廊下を駆け抜け、奏がそれを必死に追いかける。

 しかし現状は奏に不利だった。何しろ奏は今ロングスカートのメイド服姿だ。走るのには適していない。寧ろここまで颯人についてこれたのが奇跡である。

 案の定、奏は徐々に颯人から引き離されていた。
 いつものパターンで言えば、このまま颯人に逃げられて奏が地団太を踏むのが常であった。

 しかし、今回は違った。奏は徐に硬貨を二枚取り出すと、それを渾身の力を込めて颯人に向けて投擲したのである。

「逃がすかおらぁぁぁぁぁっ!?」

 奏が投擲した硬貨は真っすぐ颯人に向け飛んでいく。颯人はそれに気付く事なく――――

「いぃってぇぇっ?!」

 背中に思いっきり硬貨が直撃し足が止まった。

 それを見て奏が勝ち誇った笑みを浮かべるが、ここで奏も予想していなかった事態になる。
 奏が投げた硬貨が直撃した痛みで足が止まった際、足を(もつ)れさせる颯人。そのまま彼はよろけながらも進み続け、止まる事も出来ず壁に頭から激突した。

「あいだっ?!」
「あっ!? 颯人ッ!?」

 この展開は予想外だったのか、奏は笑みを引っ込めて頭を押さえて蹲る颯人に近付いた。彼の事を表面上だけでも知っている者であれば演技を疑って近付くのを躊躇いそうなものだが、今彼が壁に激突した時の音が冗談では済まされないレベルであることに気付いている奏はその可能性を考慮せず颯人を心配して近付く。

 果たして、彼は本当に壁に激突しているらしく奏が近付いても何のアクションも起こさなかった。
 額を抑えている颯人の肩に奏が優しく手を掛ける。

「大丈夫か颯人?」
「う~、大事は無いけどめっちゃイテェ」
「立てるか? ほら、そこにベンチあるから」

 奏のエスコートで近くのベンチに座る颯人。
 彼を座らせた奏は、颯人の足止めに貢献した硬貨で冷えた缶ジュースを買って颯人に渡した。

「ほら、これで冷やしな」
「あ~、悪い」
「気にすんなって。こっちも悪かった」
「いや、それは別にいいんだけどよ、あんなの何処で覚えた?」

 颯人の記憶にある限り、奏があんな事をした覚えはない。どう考えてもここ最近で覚えた技術である。
 そう考え訊ねると、奏は少し得意げな様子で颯人からの疑問に答えた。

「2年前からちょくちょく練習してたんだよ。颯人に逃げられないように、ね」
「変なもん覚えやがって、銭形平次かよ」
「こっちだって何時までも逃げられるのを指咥えて見てるだけじゃないんだよ。ただ今回は悪かった」
「そこはもういいよ」

 そこまで話して颯人は徐に額を冷やしていた缶を離し額に手を当て、コブが大分引っ込んだのを見るともう大丈夫と判断してプルタブを開けて中身に口を付けた。

 缶の中身を一気に全部煽ると、空になった缶をゴミ箱に放り投げる。投げた缶は綺麗な放物線を描き見事にゴミ箱に入った。

 ゴミとなった缶がゴミ箱に入ったのを見届けた奏は、颯人の額に手を伸ばして問題がない事を確かめた。その手付きから彼は奏が自分を本気で気遣ってくれている事を感じた。

「ん、もう大丈夫そうだな」

 奏が安堵の溜め息を吐く。その彼女の仕草だけで、本気で心配してくれているのが颯人には分かった。
 そんな彼女の様子に颯人は疑問を口にした。

「なぁ、そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃないか?」
「何を?」
「奏が俺をどう思ってるのか。まだ告白に答えてもらってないんだけど?」

 ここでその問い掛けがされると思っていなかったのか、今度は奏が気を動転させた。

「んなっ!? ――んで今その事聞いてくんだよ!?」
「いいだろ? こっちはずっとお預け喰らってんだぞ。答え強請って何が悪い?」

 あっけらかんと告げてくる颯人に、奏は手を引っ込めそっぽを向いた。

 奏としては、彼の告白に応えるのは吝かではない。ただ、彼女とて1人の女、乙女である。愛の告白をするならそれ相応のムードが欲しい。
 少なくともこんなところでやっつけ気味に答えるようなことはしたくなかった。

「絶対答えない。答えて欲しかったらもっとムードを整えろ」
「じゃあせめて俺の事をどう思ってるのか教えて」
「い、や、だ!」

 意地でも答えない姿勢を見せる奏に、颯人はアプローチを変えた。

「それなら、ムードを整えたら答えてくれるんだな?」
「え?」
「今自分で言ったじゃん。ムード整えれば答えるって、そう言う事だろ?」

 自分の言葉尻を取られ、奏は顔を赤くしながら目を白黒させた。彼に付け入る隙を与えてしまった、己の迂闊さに頭を抱えたくなる。
 だがそれ以上に、彼が本気だと言う事が分かり期待している自分にも気付いていた。

 彼ならきっと、本当に相応のムードを整えた場所で告白してくれるだろう。
 何しろ彼はエンターテイナーとしての自分に誇りを持っている。場を盛り上げる事、人の心を沸かせることに関しては絶対に手を抜かない。

「よ、よし、分かった! アタシが満足できるようなムード作ってくれたら答えてやろうじゃないか!!」
「お、言ったな! よぉし、言質取ったからな。忘れんなよ?」

 颯人は楽しそうに笑みを浮かべ、顎を人差し指で叩いた。
 いや、楽しそうに、ではない。本気で彼は楽しんでいた。何しろこれは彼にとって最大のエンターテインメント、愛する女性を最高に満足させる為のショーを自らの手でプロデュースするのだ。
 心躍らない訳がない。

 結局のところ、彼は生粋のエンターテイナーなのだ。

 そんな颯人の様子に、奏は今更ながらとんでもない事を言ってしまったような気になり恥ずかしさを感じつつ、どのようなムードを作ってくるのかと言う期待で頬をほんのり赤く染めた。

「あ! 見つけた!」

 颯人が楽しそうに奏への告白のムードをどのようにするかを考えていると、近くの角から響が顔を出した。どうやら2人を探してきたらしい。

 2人を見つけた響は、何処か楽しそうな颯人と顔を赤くしている奏に首を傾げた。

「あの、2人ともどうしたんですか?」
「な、何でもない!? 何でもないから気にすんな!?」
「そそ、何時もの事だから気にしなくても大丈夫さ。ところで俺ら捜してたみたいだけどどうしたの?」

 訊ねはするが、響の目的は颯人には予想がついていた。大方なかなか戻ってこない奏――ついでに颯人も――を探していたのだろう。響は奏によく懐いている。

「奏さん達がなかなか戻ってこないから、どうしたのかなって」
「あぁ、悪い悪い。颯人捕まえようとしたらちょっとトラブってね」
「トラブル?」
「もう大丈夫だから気にしなくて大丈夫。んじゃ、そろそろ行くか」

 颯人が懐から懐中時計を取り出して時間を見ると、思っていた以上に時間が経っていたことに気付いた。確かにそろそろいい時間だ。

 首を回しながら颯人は立ち上がり、その場を立ち去ろうとした。

「んじゃ、そろそろお暇するかね」

 そして帰って奏に告白する為に最高のムードを演出する為の策を練らねば。

 そう思っていたのだが、徐に奏が彼の肩を掴んで引き留めた。

「ちょっと待ちな。まだアタシの用事が全部済んでない」
「――――ん?」
「ん? じゃないよ。分かってんだろ?」

 どこか凄みを感じさせる奏の言葉に、颯人が冷や汗をかく。今度はポーカーフェイスを崩した、始めて見る彼の表情に響が颯人と奏の顔を交互に見る。

「さ~て、颯人……覚悟は良いな?」
「一応聞く…………駄目って言ったら聞いてくれんのか?」

 どこか懇願する様な颯人の言葉。
 それを聞いて奏はニコリと笑みを浮かべると…………無言で彼の耳を掴んで思いっきり引っ張った。

「駄目に決まってんだろうがッ!!」
「あいででででででっ?!」

 背中から抱き着くようにして颯人の首に腕を回し、彼の頭を固定した状態で右耳を引っ張る奏。情け容赦のない仕打ちに、颯人は堪らず暴れ出すが奏がガッチリ掴まっている為振りほどけない。

 体勢的に颯人の背には奏の胸が押し当てられているのだが、今の彼にその感触を堪能している余裕は無かった。

「ごめんなさいごめんなさいっ!? 痛い痛い、千切れるって!?」
「安心しろ、この程度で千切れるほどお前の体は軟じゃない」
「俺限定っ!? いやマジで悪かったって、服元戻すから勘弁してくれッ!?」
「だ~め」

 言い方は可愛いが、内容は颯人にとって死刑宣告に等しい言葉。

 結局颯人はその後奏の気が済むまで耳を引っ張られ続け、その間二課本部内には珍しく彼の悲鳴が響くことになるのだった。 
 

 
後書き
*色々とありまして2020・04・24に後半を大幅に書き直しました。ワイズマンと颯人の対峙などが大幅にカットになりましたが、ご了承ください。

今回も読んでくださりありがとうございました。執筆の糧となりますので感想その他、表現や展開への指摘なども随時受け付けておりますのでよろしくお願いします。

次回の更新もお楽しみに。それでは。 
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