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真・恋姫†無双~現代若人の歩み、佇み~

作者:Duegion
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第二章:空に手を伸ばすこと その壱

 青と赤が混ざり合う、混沌とした茜空。冬風ならではの穏やかさを感じ、それでいて冬特有の肌寒さが蔓延している。山肌から流れてくる寒風が地を縫って、人心を閉ざすかのよう。飢餓に震える弱者の啜り泣きが今にも聞こえそうな中原の平野にて、二人の若人が剣戟を合わせている。 

「ふんっ、ふんっ、おりゃ!!!」

 椿にも似た美麗な赤髪。溌剌と常に前に進もうとする気概が表れているかのようであるその髪が大きく靡く。風を切るようにびゅんびゅんと、鋭い刃音が宙を切り裂き、時に土を擦切らした。赤髪の者はその麗しき表情を苛立ちに染め上げながら、手にもった戟を一つ二つを振り被り、大きく凪ぐ。その一撃一撃が空を切る度に其の者、詩花は相手に向かって怒声を放った。

「ぃっ、このっ、当たれっ!!避けるなっ!!」
「避けなかったら死ぬわ」
「んじゃ防ぎなさいっ、よ!!」

 地を滑るような突き上げを、相手は呉鉤を使って弾く。その澄ました顔付きに浮かぶ余裕を突き動かすべく、詩花は身体を反転させて石突を突き出すも、すっと後ろに飛びぬかれてかわされる。詩花はそれに留まらず、戟を縦に回転させながら、下方より股割りの一撃を払った。相手は当然にそれを避けるが、これこそが彼女の狙いである。即座に力を込めて戟の払いを力ずくで止め、刃の裏にある鎌を、全力で相手の肩口目掛けて振り下ろす。特殊な形状をした両刃の武器ならではの、鋭利な連撃だ。

「せいぃやあああ!!!」

 だが凛とした掛け声と一撃を嘲笑うように相手は横に退く。鎌が虚しく地面に刺さるのを横目に、相手は茶を啜るが如き自然な動作で、それでいて詩花にとって雷光にも等しき鋭さを以って、払い蹴りを打ち込んできた。途端に前のめりとなっていた彼女の身体は、前方へ大きく転がった。

「うわぁぁっ!?!?」
「足元お留守だぞ」

 相手はすぐさま呉鉤を倒れ込んだ詩花の足目指して突き出す。詩花は焦燥に駆られ、戟を引き寄せながら飛び退いて避け、振り向き様に反撃の戟を構えようとする。瞬間、彼女の爪先三寸先に、真っ直ぐに投擲用の短剣が勢い良く突き刺さり、彼女の肝を潰した。  

「ああああ、あっ、危ないでしょ!!なんでこんなの投げるのよ!聞いてないわよ、仁ノ助!!」
「いや言ってないから。というかな、詩花。実戦じゃ何飛んでくるか分からないんだぞ。それこそ、っと!人の肉だったり血飛沫だったり飛んできて、お前の視界を奪う事だってあるんだ。そういう事態が起こっても大丈夫なように、こうして稽古をつけているんだろう。文句を言わずに、先ずは俺に一撃当てて見せろ」」

 詩花に近付いて、短剣を引き抜きながら、鍛錬の相手をしていた仁ノ助は諭すように言う。凄惨な光景を想像したのか、詩花の顔が僅かに引き攣った。何故この二人が、互いに剣戟を交し合うような経緯となったのか。
 町を出でて早二週。仁ノ助の旅は一貫として、曹操か劉備への仕官を目的としてその道程を歩んできている。其の間、野生の獣を見つけては狩猟し、清水を見つけては喉を潤し、またある時は商人等と物資・情報交換をして旅を続けてきた。だが詩花は不満を持つ。折角手に入れた武器が使う機会が全く訪れなかった事に対してだ。本来ならば順風満帆に旅が続くだけ感謝すべきなのだが、詩花は寧ろそれを好んでいなかったようである。大方、旅を冒険と勘違いして、危険らしい危険に遭遇しないのが理由であろう。
 そんな訳で彼女は仁ノ助に、自らにある程度の危険を齎す武技鍛錬の実行を提案し、結果として手荷物と愛馬を控えさせて、現在に至るのだ。といってもあくまで鍛錬。仁ノ助は攻勢に回らず、守勢に徹するという事で了解を得ていた。

「ったくもう!自分が強いからっていい気になっちゃって...」

 強気に言い放つ仁ノ助に、そしてそれに及ばぬ自分に苛立ちを覚えながら詩花が立ち上がり、土塗れの戟をもう一度構え直す。胸中の闘志は悄然とならず、未だ熱く燃え滾るのを感じていた。
 対する仁ノ助は得物である呉鉤を正眼に構えつつ、その内心で僅かに驚きを抱いていた。

(...さっきの一撃、結構危なかったな。よく避けたなぁ、俺)

 肩口への鎌の一撃。唯身体が反応するがままに避けた心算であったが、鋭利な一撃は本来の狙いを外し、仁ノ助の外套を浅く切り裂いていた。茜の光を受けた青糸が解れて、薄く靡いている。同伴者の確かなる腕前に、仁ノ助は知らず知らずに安堵を覚えていた。

「今度は当てるわよ!貴方もっ、全力出しなさいよね!!」
「へーい」

 気の抜ける返事を他所に詩花が飛び掛る。仁ノ助の足捌きを警戒してか、距離を開けて突きを放ち、刃先に肉を引っ掛けるような捌きを続けざまに見せる。それは遠目から見れば味気の無い攻撃であるが、やられる側としては堪ったものではない。己の得物では届かぬ距離に敵の肉体が存在し、その凶刃に曝され続けているのだ。凡そ、有利とはいえぬ情勢である。それでも回避を続け、刃を素早く返して払いと突きを弾く辺りは流石の手並みである。埒が明かぬ攻防に、攻め手である詩花は歯噛みを覚えずにはいられない。

「ちっ!おりゃぁっ!!」

 柄半ばを持ち、詩花は一転、一気果敢に攻めかかる。戟を刃中心で攻めている方が間違いなのだ。石突とて、人と屠るに全うな武器である。柄の両端に凶器を備付けたかのように、詩花は攻めかかった。
 流れが一変する。柄を半ばより持つ事で戟の重量をそれほど気にせずとも良くなった為か、リーチが短くなる反面、一撃が鋭くなる。更に石突の払いと突きが加わり、仁ノ助にとって見れば、剣を柄頭でくっ付けた双刃剣を相手にするが如き難儀な事態。なまじ新品なだけに切れ味も折り紙つきだ。仁ノ助は割と必死にこれを弾き飛ばしていく。
 顔を狙った一振りを避け、腰で回された戟の石突を剣で弾く。重量のある一撃にたたらを踏みかけ留まると、距離を詰めた詩花の縦割りに見舞われる。咄嗟に体を反らせば、左腕を掠めて刃が通過していった。瞬間、詩花の眼光が鋭くなり、刃の落下が止まる。戟が地面と平行するように返され、横薙ぎの一撃が振るわれんとしていた。

「おらぁあっ!!」
(やばっ!?)

 身体のバネを使って全力で飛び退く仁ノ助。それに追い縋るように戟の一閃が鋭い音を伴って振るわれた。仁ノ助は四間|《≒7.2メートル》ほどの距離を開け、油断無く武器を構えた。
 両者、戦意滾った視線を交わしあい、暫し微動だにせずに相手の出方を待つ。詩花が緊張でごくりと唾を飲み込み、何かを見つけたか、視線を鋭くさせる。そして彼女は鍛錬にも関わらず爽快に破顔して、仁ノ助の腿辺りを指差した。脚絆に切込みが入り、浅く血を滲ませている。最後の一閃が届いていたのだ。詩花は調子に乗った心で口々に言う。

「ほら見なさいっ!今度こそ当たったわよ!!あんたもまだまだねぇ~?これで仕官するんだって言うんだから駄目ね~!力量知らずの武者相手じゃ、仕官先の武将も笑っちゃうわ~!アッハハハハーーー」
「ほう?まだまだ、ねぇ?」
「......え?」

 地を這うような低い声に詩花は固まる。仁ノ助は乾いた笑みを浮かべながら呉鉤を投げ捨てて己の駄馬に近寄ると、その鞍に掛かっていた大剣を掴み取る。刀身が1メートル近くあるその無骨な剣を、人はクレイモアと呼称する。仁ノ助はこれを確りと両手で握り締める。親指を立てて、残りの四本の指の間接の裏側に柄の縁を合わせる握りだ。
 重みも得物のリーチも全く違う剣に、詩花はどもりながら声を上げた。

「ちょちょちょちょっ、そっ、それは無しよ!ありえない!馬鹿じゃないの!?そんな大剣防げるわけーーー」
「実戦じゃ相手は選べないぞ?そして戦地に足を運ぶのならば、降りかかる火の粉は払えるようにならないとな!臆せずかかって来い、詩花っ!」
「ってあんたから来てどうすんのぉぉっ!?!?」

 仁ノ助は問答無用に走駆し、動揺を浮かべながらも戟を構え直した詩花目掛け、大きく縦振りの一撃を見舞った。詩花は後ろに飛んで避けた心算でいたが、而して彼女の頭上に刃は存在したままだ。リーチの変化に身体が理解を覚えていなかったらしい。柄を短く持っていた事が幸いしたか、咄嗟に戟の刃を掲げる事が出来た。途端に、刃に打ち付けられる大剣の重みに柄が震え、腕がぎしりと痛みを覚えた。   

(重っ!?) 

 転がるような醜態で、剣の勢いを殺すように詩花は思いっきり横に転がる。クレイモアは勢いのままに詩花が立っていた地面に落ち、土煙を撒く様に一筋の剣閃を刻み込んだ。仁ノ助はその一振りに留まらず、柄を確りと両手で握り締めて詩花に迫る。
 これは呉鉤と勝手が違う武器だ。鋭利さと刀身の細さを誇る中原の刀剣であれば、その鋭利さを生かすように速さを磨く方向に傾注せざるを得ない。取分け体裁き、足捌きが重要となる。此の手の武器は手数の豊富さよりも、相手の拭い難き隙を突くような、確実さが求められる。経験を積めば積むほど、武人は武神となり、得物の刃は妖しき光を放つようになる。これこそ中原の武の真髄である。
 対して西洋剣は別方向だ。此の手の武器に共通するのは唯一点。相手を押し切り蹂躙する事、それだけだ。武に美を持たぬその得物には露骨なまでに重量が注がれ、一撃一撃が中原のものと比較にならぬほどの衝撃力を抱く。斬るよりも叩く、砕くに精通する得物は、正に当たれば良い・手数が多ければ多いほど良いといった、非常に脳筋的な武器であった。
 仁ノ助も半ば無意識とはいえそれを分かってか、得物の重量を生かすように腰の回転をより意識させながら、剣を凪いだ。体躯に近い部分から伸びていくような攻撃。間延びして一見緩やかに見え、瞬間目も眩むような速さで剣閃が放たれる。元々斬る心算は無かったであろう数度の空振りを詩花は必要以上に恐れ、一気に五間ほどの距離を開ける。手に響いた衝撃の強さに、驚愕を覚えているのだ。

(ううう、嘘でしょっ!?なんであんなに重たいのよ!?)
「...どうした、固まって。臆したか?」
「ばばばばっ、馬鹿いいい言わないでよ!!臆病でもへへへ変態でもなんでもないわよっ!」
「...いや、そんな事言ってないんだけど」

 緊張を一気に覚えたか声が上擦り、戟の穂先が震えている。これでは鍛錬とはいえないと思ったのか、仁ノ助は宥めの言葉をかけた。

「詩花、緊張して武器をまともに持てなくなってるぞ。ほら、リラックスリラックス」
「へ?なに、りらっくすって?」
「あぁ、そだな...深呼吸しろ、深呼吸。色々捗るぞ」
「え、あぁ、うん。...すぅ......はぁ......」

 吸って、吐いて、吸って、吐いて。
 何度か繰り返す内に緊張が解れ、過度に疲れを意識しなくなってくる。詩花は改めて柄を握り締め、それを頭上で大きく振り回し、その穂先を仁ノ助に突きつけた。 

「うっしゃぁ!」
「落ち着いたか?」
「えぇ...じゃぁ、加減抜きで往くわよ」
「あぁ、受け止めてやる」

 言うや否や、詩花は物怖じせず、仁ノ助の得物の手中へと飛び込んでいく。大きく足を踏み出し、撓|《しな》らせるように戟を突き出す。

「しぃっ!」

 案の定回避される。続けて鎌で頸を裂くよう右に払うがこれも避けられる。だが予測の範囲内だ。詩花は力を反転するように即座に刃を返す。それはまるで横合いより抜き打ちを放たれたかのように錯覚するほど、先の動きよりも断然と鋭さを誇るもの。仁ノ助は剣の重みに頼る勢いでこれを防ぎ、即座に左より迫る石突より飛び退く。詩花は柄頭付近を握って更に迫り、斧を扱うかのように振り下ろす。飛び退きで動きの取れぬ仁ノ助は強引にこれを払い除け、続けざまに迫る詩花の姿を見、僅かに瞠目した。

(私だって、このくらいはっ!!)

 鍛錬とはいえ、否、鍛錬であるからこそ全力を出さねばなるまい。詰まり、己の得物の得手とする所より、相手を切伏せる。
 詩花は眼前の敵を見定める。得物の重さは変わりとて、所詮は剣に過ぎない。そう思ってか否か詩花は自然と、戟の最大の強みであるリーチの長さを生かすように、突きを主軸として攻め手を激しくさせていく。

「えいやぁぁぁっ!!」

 手数の利、仁ノ助にではなく詩花に転んだようだ。刃の両方、如何なる面によってでも肉は裁断され血潮が撒かれる事請合いの戟を、詩花は足腰に力を入れながら、小刻みに相手に繰り出していく。
 手首を回して出された刺突を打ち払い、膝狙いの落とし切りを寸前で避け、下方から円を描くように放たれる一撃を弾く。胸先で鋭く火花を散らした鎌を見て、冷や汗が飛び散る。剣の重みが一気に不利と働き、守勢に転ばざるを得なくなる仁ノ助。戟を弾いたと思った瞬間、即座に眼球目掛け返された刃を避けた際には、肝が冷える思いであった。

「っ...あっぶな...」
「まだまだぁっ!!」

 絶叫にも似た猛りを放ちて、詩花が額に大粒の汗を浮かべて迫る。柄半ばを持ち牽制の突きを放つ。そして繰り出された右足を軸として身体を縦に廻し、戟の鎌を思いっきり落す。其処から繋げて更に一歩踏み出し、左手を柄半ば付近を握り締め、まるで岩盤に穴を開けるかのような鋭い刺突を繰り出した。一連の攻め手は詩花が最も得意とする所であり、例に漏れず仁ノ助は姿勢を崩す。

「これでぇ...」

 大きく刃を戻し、更なる刺突を構える詩花。一瞬の内に手首の戻しを確認し、再びそれを廻し、仁ノ助の胸奥の心臓目掛け、刺突を繰り出した。 

「決まりぃぃ!!」
「お前がなっ!」

 仁ノ助は笑みを浮かべ、両手でクレイモアを逆手に握ると刺突を滑らせるように防ぐ。火花を散らした先には、硬い木で出来た長い柄があり、その横を刃の腹が通過してゆく。逆手ゆえに、下方から上方に向かって、引き上げるような切上げが可能。
 咄嗟に詩花は戟を離し、刃の反対側に回り込み、再び戟を握ろうとする。だがそれより前に、同じく剣を離した仁ノ助により、軽々と背負い投げを見舞われた。大きく尻を打ち、詩花は可愛らしい悲鳴を漏らした。

「あいたっ!!っっっぅぅ...痛いじゃないの、もう!」
「そりゃ鍛錬ですから。加減は出来るだけしたけど、大丈夫?」
「だいじょう、ぶっと!!あたた...石踏んじゃったかも...」

 尻ではなく、足の裏を気遣うようにぴょんぴょんと跳ぶ。
 仁ノ助はそれを横目に大剣を、呉鉤を拾って鞘に納める。

「今日は此処までな。そろそろ夜だ。夕餉の支度をしないと」
「はーい...ちなみに夕餉は何かしら?」
「干し肉と水」
「............早く町に行きたいわね」
「あぁ、そうだな」

 粗末な夕食に居た堪れない気持ちが沸いて来る。早く新鮮な飯にありつけるよう、二人は祈りにも似た期待を込めてそそくさと夕餉の支度をしていった。




 冬の寒さで凍える洛陽の市場。その中心で四肢を縄で縛られながら甲高い喚き声を挙げる男がいた。風体は野蛮そのものを表しており、男の髪を結わく黄色の頭巾が出自を公然と語っている。
 この者の名は馬元義という。朝廷内の欲まみれた宦官達と内応をし、時がきたら皇帝の膝元であるこの町で決起を行い、朝廷の腐敗を一気に武力で断じる手筈となっていた。ところが彼の部下である唐周が皇帝直属の宦官にこの事を密告、結果として計画は露呈してしまい彼は拘束される。今は唯、処刑されるだけの哀れな身だ。

「ーーー以上の罪によってこの男を車裂きの刑に処する!!恐れ多くも皇帝陛下に反旗を翻そうとした、鬼畜所業を企む男の末路をしかと目に焼きつけよ!!!!」

 彼の目の前に立つ役人が高々と宦官によって書かれた書状を読み上げた。彼らの周りを何事かとみつめているのは、いずれも飢えと貧しさを体の何処かしらに見せている住人達である。宦官による腐敗政治が町を蔓延って以降、日々自らの生活は困窮する一方、それに加えて冬の寒波が町をなでているので体が震えている。腐敗政治を弾劾する者達が処刑された以降は、このようにして事ある度に謀反者が現れては公開処刑にされている。群衆は慣れきった様子で処刑の成り行きを見守っていた。
 役人が読誦を終わった後に、近くに待機する騎手たちに手をさっと振り合図をする。
 車裂きの刑とは別名八つ裂きの刑ともいわれる残酷な死刑方法の一つである。人間の四肢に縄を縛って馬車につなげる。そして馬車を引く馬が一気に発進して勢い任せに体を引き千切り、右腕・左腕・右足・左足・胴体の五つに体を分解するのだ。恐怖を与えるために生まれてきたかのようなこの処刑はこの大陸では昔からあるものであり、宦官たちはそれを民衆への威圧目的で使用しているに過ぎないが、それでも余りあまって惨い計であることは変わりない。
 騎手たちが合図を見て馬車に乗り手綱を持った。後は役人が処刑執行の合図をするだけである。事此処にいたって自らの最期を感じたのか、自分の気勢を見せ付けるかのように馬元義は叫んだ。

「蒼天の獣達よ!!!!!!!!」

 彼の叫びに驚いて役人達が彼を振り向いた。これから体を千切られる男とは思えないほど、目は狂気と自信で爛々と輝いており、口元は限りない侮蔑の笑みを浮かべている。

「貴様ら畜生どもをこの手で殺せぬことが残念の極みだわ!!!!!!だが我が為さずともいずれ天が貴様らを食い殺すであろう!!!!楽しみに待っておれ!!!!!!!」

 男はさも愉快な気持ちであろう、洛陽の町全体に響かんばかりの哄笑を洩らした。手が縛られていなければ腹を抱えて転げまわっていただろう。
 男の狂気に満ちた行動に拭い難い恐怖を抱いたのか、役人が顔を歪めて声を裏返させて命を下す。

「や、やれィィィ!!!」

 騎手たちが鞭を強く入れると馬達が嘶いたのちに前へ向かって勢いよく直進する。勢いをもって千切るのであるから縄は幾分長く、馬が距離を稼いでいくと巻かれた縄が徐々に引っ張られていく。馬元義は狂った哄笑を途絶えさせない。役人が苛苛しながらまだかまだかと馬の走りを見届けている。
 ついに馬車がその距離に到達し、馬元義のに括られた縄に瞬間的に重圧を加えた。自らの四肢を強烈な力で引っ張られるのを笑みの中で感じた彼は、次の瞬間に訪れる圧倒的な衝撃を脳に焼けつけられた。そして血飛沫が舞う宙を見つめながら天の悟りを開いたかのように想起する。それが何かをはっきりと知る前に、彼の意識は雲散霧消して暗い深淵の中へと堕ちていった。






「『張角らの賊軍、予想を超えて巨大なものなり。よってそなたを遺憾ながら騎都尉に命じるが故、朝敵殲滅に全力を注ぐべし』、か・・・・・・。自分達が危うくなった瞬間に政敵を頼るとは。誇りの欠片も無い連中ね」

 部屋の主が己の獣欲ことしか知らない無知な宦官に対して嘲る。次いで自分の中に沸き立つ戦意の昂ぶりを感じ、大陸を巻き込む戦乱に思いを馳せる。
 あの後、史実どおりに黄巾の乱が始まった。太平道の教祖である張角は軍事行動計画を事前から用意周到に巡らせていた。信徒たちは黄色の頭巾をつけ一斉に蜂起し、中原各地に動乱は広がりを見せる。
 張角は自ら天公将軍と称し、張角の弟張宝は地公将軍、張宝の弟張梁は人公将軍と称した。天地人をもじったそれは森羅万象の大元である天と地と人が味方であることを印象付ける。対して霊帝は三月に何進を大将軍として首都防衛の任に当てて、同時に洛陽に至る八つの関に都尉、つまり軍事指揮官を置き守備を固める。平行して二次にわたって続けられた党錮の禁を解き、弾圧されていた知識人らが黄巾賊に加わるのを妨げた。さらに反乱討伐軍司令官として、北中郎将の盧植に冀州の張角討伐を、左中郎将の皇甫嵩・右中郎将の朱儁に潁川の黄巾討伐を命じる。いずれも賊達が大勢集結している場所であり、確実に鎮圧するために信頼できる武将を遣わしたのであろう。兵力は皇甫嵩・朱儁ら連合軍が4万。盧植の冀州討伐軍もほぼ同等であり、腐っても朝廷の力を見せ付ける。
 しかし彼らだけがこの乱を治める人物ではない。
 不敵な自信に満ち溢れたこの者は自然に他者を圧倒する気を持っていた。部下にも自分にも信頼を置き、畏敬の対象とされるまでになったこの者は、既に討伐に向けて自軍に向けて出陣の準備をするように命じてある。後は報告を待つだけである。

「華琳様、出立の用意が委細整いました」

 この世界には恐ろしく似合わない猫耳フードをした女性が部屋の中へ入ってきて、討伐軍の用意が出来たことを告げる。華琳と呼ばれた少女はそれに目をやる。

「分かったわ、桂花。では早速行くとしましょう」
「はい華琳様、宦官共の度肝を抜いてやりましょう」

 二人の少女が崩されることの無い自信を醸し出して部屋の外へ出て行く。前を悠然と歩く少女の目には覇王の威光が、それについてくる少女は前を行く少女に畏敬と陶酔の視線を向けていた。






「ついに、乱世が始まったみたいだね」
「はい、ご主人様。このような時こそ、どうぞ私の武をお使い下さい」
「愛紗だけではないのだ!鈴々も敵をばったばったと倒せるのだ!!」
「あ、私だけ除け者にされてる感じがする!私だって頑張るもん、ご主人様!」

 雲ひとつ無い快晴の空の下で、戦乱の世などを気にも留めず明るく話す四人の構成は、男子一人に対して女子三人である。
 偃月刀を掲げる少女と蛇矛を元気いっぱいに振り回す少女に、華やかな笑顔でその二人の間に入る少女はさながら姉妹のようであり、三人からご主人様と呼ばれる少年は明るくいつも通り振舞って自分を元気付けようとする姿に笑みを零す。
 四人が乗る馬が先頭となってその後ろを何十、何百の人間が武具を持ち糧食を持ち旗を掲げて続いていく。空に翻る刃門旗は十字に交わされた剣の表しているようにみえる。自らの名を一字とってつけるのが普通であるがこれは例外であるらしい。自らの出自を表さぬそれは、いわば寄せ集めの義勇軍。この四人の呼びかけを通じて参加を希望した志願兵が占めており、戦意が高く同時に連帯感が高いことが兵達の行進からみてとれる。義勇軍でありながら中々の錬度であるが、やはりそれは正規軍には劣ることが否めない。軍の頭脳がいなくては数百の兵など有象無象の蟻の群れ、敵との戦力差が大きければすぐに蹴散らされることであろう。それを十全に承知している彼らは、少女の一人の幼馴染である、幽州太守公孫賛に保護を求めて行軍をしていた。
 途中の黄巾賊をまとめて倒さんばかりに進む彼らの行く手は、未だ遮るものが一つもなかった。





第二章:空に手を伸ばすこと 始

 
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