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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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無印編
  第7話:一角獣の導き

 
前書き
どうも、黒井です。

今回より本格的に原作本編に関わっていきます。 

 
 ツヴァイウィングのライブ会場での事件から2年後────

 私立リディアン音楽院と言う女学院、そこにほど近いところにある公園にちょっとした人だかりができていた。
 この日は日曜日と言う事もあって公園に多くの人が居ること自体は珍しくないのだが、日本のただの公園で人だかりができるというのは少し珍しい。

 その人だかりの中心に居るのは、1人の青年だった。

 チロリアンハットを被った黒いカジュアルなスーツ姿の青年は、周囲の人々に手に何も持っていないことをアピールしてから両手を合わせる。
 決して少なくない人々の目が彼の合わさった手に集中しているのを見渡した彼は、次の瞬間合わせた両手を今度は離した。

 すると、先程まで何もなかった筈両手の間にトランプが現れまるで繋がっているかのように右手から左手に流れていく。それを見た人々の多くはその光景に歓声と共に拍手を送る。

 オマケとばかりに青年は左手に集まったトランプを軽くシャッフルすると、1枚を近くに居た観客の1人の少年に引かせる。少年が引いたのはクラブのA。

 青年は他のトランプをスーツのポケットに突っ込み少年からクラブのAを受け取ると、マジックペンで花丸を書き観客にそれを見せると四つ折りにして左手で握り締めた。次いで右手の指をパチンと鳴らすと、開いた左手の中には何もない。

 クラブのAはどこに行ったのか? 観客が不思議そうな顔をする中、彼は徐に少年にズボンの後ろのポケットを見てみろとジェスチャーで示した。

 少年がそれに首を傾げながらもズボンの後ろのポケットに手を突っ込むと、そこには四つ折りにされた跡のある花丸を書かれたクラブのAがあった。

 またしても上がる歓声と拍手。そんな中、観客の1人は青年に疑いの目を向けていた。

 その目は、この程度のトリックなど簡単に見破れるぞと雄弁に物語っている。

 それを見て、青年のマジシャンとしての闘争心が疼く。青年は身振りで拍手を収めると、面白くなさそうな目を向けている観客を手招きで呼び寄せる。
 怪訝な顔をする観客に笑みを向けながら、その手を取ると1枚の白いハンカチを取り出した。表も裏も見せて、何のタネも仕掛けもないことをアピールする。

 それを観客の掌の上に被せ、1秒も経たない内にハンカチを取り去る。するとそこには、1羽の白いハトが居るではないか。

 これには彼に疑いの目を向けていた観客も歓声を上げざるを得ない。青年が観客の掌の上にハンカチを乗せた時間は本当に一瞬、観客の手が布の感触を感じ取ったかどうかと言う瞬間にハンカチを取り払った時、そこにはハトが居たのだ。
 これは流石に認めざるを得ない。

 一頻り拍手と歓声を受けた青年は、最後にハトを片手に優雅に一礼すると次の瞬間彼の足元から白煙が上がり、彼の姿を覆い隠す。

 煙が風に流され視界が晴れると、そこには『thank you』と書かれた紙を咥えたハトだけが残されていた。

 少し離れたところから響く歓声、それを聞いた青年──颯人は小さく笑みを浮かべると、誰にも悟られることなくその場を離れるのだった。

「さ~て、この近くだったよな。待ってろよ、奏」

 彼はリディアン音楽院に向け歩き出す。全ては、2年前の約束を果たす為に。




 ***




 ところ変わってここはリディアンの地下に存在する、特異災害対策機動部二課の本部。その一角にある休憩スペースにて、司令の弦十郎がエージェントの1人である緒川とコーヒー片手に雑談に興じていた。

 話題は主に“3人”の装者についてだ。

「どうだ? 最近のあの3人は?」
「悪くない感じだと思います。奏さんはまだちょっと彼女に負い目がある感じですが、翼さんは逆に彼女を鍛える事に意気込んでるみたいです」
「ははっ、そうか。翼に気に入られるとは、響君も苦労するだろうな」

 現在二課に所属している装者は全部で3人。以前から所属していた奏と翼、そして最近になって偶発的に装者となった、立花 響である。

 この響、2年前にツヴァイウィングのライブで起こった事件で奏たちに助けられたあの少女である。あの後奏達と共に病院に搬送され、治療を受けた彼女は無事退院していた。

 尤も、退院後に待っていたのは生存者に対する迫害であり、彼女と彼女の家族もその例に漏れず周囲からの迫害に苦しめられた。おかげで彼女は父親が突如として蒸発するなど心に傷を負う事になってしまったが、それでも彼女は真っ直ぐな心を保ち続けていた。

 その最大の理由は、あの事件の後に奏が生放送番組に乱入して日本全国に向けてアーティスト生命を賭けて切った啖呵である。
 大局的には大きな影響を及ぼさなかったあの啖呵も、部分的には大いに効果があった。

 それが顕著だったのは、響と歳の近い年齢の少年少女である。良く言えば多感であり感受性豊か、悪く言えば流されやすい彼ら彼女らは、あの奏の啖呵により徐々にではあるが響への態度を軟化させつつあった。

 それでも中には依然として響を貶める輩は存在した。

 が、そんな彼女を放って置かない者達が現れだした。

 それまで迫害の輪には参加せず傍観を決め込んでいた者達や、理不尽を感じつつも異を唱えることで自分にとばっちりが来ることを恐れて行動しなかった者達だ。
 特にとばっちりを恐れていた者達は、奏の言葉で自分達が間違っている訳ではないと考え積極的に響を庇う様になっていったのである。

 加えて響自身が学内での迫害に対し毅然とした態度で臨むようになってからは、虐めも次第に終息しだし少なくとも表立って響を貶める輩は形を潜めるようになった。

 流石に周辺住民からの迫害はそこまで減る事はなかったものの、それでも響は周囲の迫害に負けない強い心を持つことが出来るようになったのだ。

 だからだろうか。偶発的とは言えシンフォギアの装者、それも奏と同じガングニールの装者となり二課に助力することとなった響は奏によく懐いていた。
 ファンとしての憧れもあるのだろう。だが恐らく何よりも、彼女が奏に強い信頼を向けるのはあのライブ会場で助けられたことが起因しているに違いない。

 当の奏本人は、自らの力不足により負傷させてしまった上にノイズとの戦いに巻き込んでしまった事に対して負い目を感じているようではあるが。

 そんな3人は、現在二課本部施設のシミュレーターでの訓練を終え、訓練施設に隣接したシャワー室で汗を流したところだった。

 訓練の汗を流しさっぱりした3人は、更衣室で各々の衣服に着替えていく。

「ふぃ~。どうだ、響? 少しはギアの扱いにも慣れたか?」

 着替えの最中、奏が下着を身に着けながらここ最近の調子を響に訊ねる。

 二課に配属当初の響の動きは、正直に言って酷いにも程があった。敵を殴ると言う動作にしたって素人感丸出しで見ていて危なっかしい。

 故に、奏と翼は極力響を実践に出すことは控え、今は戦い方を叩き込むことに専念した。まだアームドギアさえ出せていない彼女には、危険と隣り合わせの実戦は早すぎる。

「あはは、正直まだ分からない事だらけです。アームドギアなんか、全然出せる気配もないし。でも、お2人について行けるように、私頑張ります!」
「よく言った立花。なら、次からはもっと厳しく鍛えてやろう。泣き言は聞かないからな」
「うえぇっ!?」
「あっはっはっ! 墓穴掘ったね、響。ま、安心しな。あたしも付き合うからさ」

 笑いを交えながら談笑する三人の様子から容易に窺えるが、3人の仲は良好である。

 響がガングニールの装者となった当初こそ、奏は諸々の責任感から彼女を巻き込むことに難色を示していたが、彼女自身の強い希望で仲間として迎え入れることが決まってからは一転して先輩として甲斐甲斐しく面倒を見ていた。

 また翼は翼で、奏と同じガングニールを纏っているからか響をそれに相応しい戦士に育て上げようと気合を入れて接していた。
 彼女の扱きは厳しく、響は口では何度も弱音を吐いていたが2人について行きたいと言う気持ちは本物なのか、何だかんだで翼に課せられたハードな訓練にも耐え続けている。

 奏がそれとなく緩衝材となって、適度に訓練の手を緩めさせている事も理由の一つかもしれない。

 とにかく、組んで間もないが3人はチームとして割と纏まりつつあった。

 そんな3人が和気藹々としながら着替えていると、突然馬の(いなな)く声が3人の耳に入った。

「ヒヒーンッ!」

「んん!? 何だ今の?」
「馬の声? ですよね?」
「でも、こんな所に馬なんて…………ん!? 奏、足元ッ!?」
「えっ?」

 明らかに場違いにも程がある馬の声に、困惑しながら周囲を見渡す3人。その中でそいつの存在に真っ先に気付いたのは翼だった。

 彼女の声に奏が自身の足元を見ると、そこには奇妙な奴がいた。

 それは一見すると手の平サイズで青いプラスチックか何かで出来た馬の様であった。だがそれの頭部には体のサイズに不釣り合いな大きさのナイフと言うか剣と言うか、とにかく刃物のような形状をしたパーツが付いているのだ。

 その姿を一言で言い現わすならば、ユニコーンと言うのが最も適切だろう。ただし、角に当たる部分のパーツだけが妙にアンバランスだが。

 そして、その手の平サイズの青いユニコーンの玩具の様な奴は、口にメモ用紙の様なものを咥えていた。

「な、何だ此奴?」
「おぉ、可愛いッ! ここってこんな物もあるんですね?」
「いえ、私達もこんな物は初めて見るわ。ドローンの類とも違うようだけど……」
「つか此奴、何咥えてんだ?」

 着替え途中であるにも拘らず、青いユニコーンに夢中になる3人。

 そんな中で奏は徐にそいつが咥えているメモ用紙に興味を持ちそれに手を伸ばした。奏がそれを掴むと、青いユニコーンはあっさりと口を放した。一切抵抗がないどころかむしろ進んで渡してきた当たり、どうやらこれを渡すことが目的だったらしい。

 さて、ここで問題となるのは、このメモ用紙には一体何が書かれているかという事である。奏は若干警戒しながら、二つに折り畳まれたメモ用紙を開き中に書かれている内容を確認する。

 そこに書かれていたのは────

「『I'm back』? 何だこれ? ………………ッ!?」

 とある映画における俳優の台詞の一つ、それが書かれただけのシンプルなメモ用紙を用いた手紙に最初奏は首を傾げるだけだった。翼と響も同様だ。

 だがその下の方にある宛名らしきものを目にした瞬間、奏は思わず呼吸を止めた。

 そこにはこう書かれていた。『by HAYATO』…………と。

 次の瞬間、奏は自分の恰好も忘れて更衣室を飛び出した。

「旦那ぁぁぁぁぁッ!?」

 後先考えず飛び出した奏を、翼と響は慌てて着替えを終わらせ追い掛ける。

「ちょっ!? 待って、奏ぇぇッ!?」
「奏さんッ!? ちょっとストップ──ッ!?」

 2人の引き留める声も聞かず、弦十郎を探して走り回る奏。不幸中の幸いにも他の職員とすれ違ったりする事無く、思いの外早くに弦十郎の姿を発見できた。

「見つけたッ! 旦那、これ──」
「「ブゥゥーッ!?!?」」

 休憩スペースで寛いでいる弦十郎と慎次を見つけると一目散に駆け寄る奏が二人に声を掛けるが、彼女の姿を見た瞬間2人は口に含んでいたコーヒーを揃って噴き出した。彼らの突然の奇行に仰天する奏だったが、彼らの仰天は彼女の上を行った。

 何しろ────

「うわっ!? ふ、2人共どうした?」
「どうしたはこっちのセリフだッ!?」
「奏さん、なんて格好してんですかッ!?」
「恰好? あ――――ッ!?!?」

 慎次に言われて奏は漸く思い出した。まだ自分は着替えが完全に終わっていない事を。

 恐る恐る下を見ると、下半身は肌着以外何も身に着けていない。上半身は普段着のチューブトップまでちゃんと着ていたが、下半身が下着むき出しの状態でここまで飛び出してしまっていた事実に奏の顔が一瞬で茹蛸の様に羞恥で赤くなりその場にへたり込んでしまう。

 言葉も出せずその場に座り込んでしまった奏に遅れて現場に到着した翼と響は、急いで奏に残りの着替え一式を渡し物陰に引き摺って着替えさせた。

 数分ほどで着替えを終えた奏は、まだ顔を赤くしつつも先程掌サイズのユニコーンから受け取った颯人からの手紙を弦十郎に見せた。

「ほ、ほらこれ! 颯人からだ!」
「何ッ!? 明星 颯人君からかッ!?」

 奏から手紙を受け取り中身に目を通す弦十郎。慎次も横から覗き込むが、シンプル過ぎて判断に困る手紙の内容に困惑した様子を見せる。

「I'm back……って、これだけですか?」
「これは、あるアクション映画における台詞の一つだな。意味はそのまま、『戻ったぞ』だ」

 何故態々英語表記でこんな手紙を寄越すのか理解できなかった奏たちだが、この中で唯一映画、その中でも主にアクション映画を嗜む弦十郎はそれがとある俳優の台詞であることに気付く。

 だが奏にとってはそれが誰のセリフかなんて重要ではない。問題は、その言葉の意味。戻ったぞ、と言う事は彼が帰ってきたと言う事。その事実に奏の顔が喜色に染まる。

「そ、それで? 何処に居るかとかは、分からないか?」
「これだけだとそこまでは、な」

 流石にこの一文だけで居場所まで特定することは出来ない。これでは何の為に手紙を寄越してきたのか…………。

 そこまで考えて彼女らは気付いた。そもそも、これを郵送などではなく直接渡してきたと言う事は、彼が近くに居ると言う事ではないのか? 

 つまり────

「ヒヒーンッ!」

 ここで先程奏に手紙を渡した掌サイズのユニコーンが再び嘶いた。その声に全員がそちらを見やると、いつの間にそこに居たのか通路の先で青い小さなユニコーンが背を向け首だけをこちらに向けていた。

 見たこともないその存在に弦十郎と慎次が面食らう中、奏は迷うことなくそのユニコーンに近付いていく。

 彼女が近付くとユニコーンは逃げる様にその場を離れるが、ある程度距離が離れると足を止め再び奏の方を振り返った。その様子は田舎道で出会ったハンミョウの様、まるでついてこいと言っているかのようであった。

 奏は確信した。あのユニコーンについて行けば、颯人の元へ辿り着ける。

「行こう! あいつについて行けば、きっと颯人の所へ行ける!」

 迷わずユニコーンの後をついて行く奏に引き摺られる形でついていく弦十郎達。

 小さい体ながら意外と速い速度で通路を進むユニコーンに引き離されないようについて行く奏達だが、途中で弦十郎はある事に気付いた。

──この道……司令室に向かっているのか? ──

「叔父様、この道って……」

 隣を走る翼も気付いた。慎次も気付いている。気付いていないのはユニコーンを追い掛けることに夢中になっている奏と、訳も分からず走っている響だけだ。

 通路を進めば進むほど、その道が指令室に繋がっているように思えて仕方ない。だがもし司令室に颯人が居るのなら、司令室に詰めている誰かが連絡を寄越す筈だ。今司令室にはオペレーターの藤尭 朔也や友里 あおい、更には了子までが居る。

 誰からも何の連絡もない、という事は流石に司令室には居ないという事だろうか? 

 弦十郎がそんなことを考えていると、ユニコーンは徐に一つの扉の前で足を止め奏達が追いつくのを待った。彼女らが追いついた時、ユニコーンは再び嘶き、その扉を見て弦十郎と翼は顔を強張らせる。

 一行が辿り着いた場所は、司令室だった。

 ここで漸く奏もユニコーンが司令室に向かっていたことに気付いたが、今の彼女にそんなことはどうでも良かった。この先に颯人が居る、その事への期待が圧倒的に強い。

 ユニコーンが頭部の角で扉をつつく。まるで早く開けろと言っているかのようだ。それを見て奏は、高鳴る胸の鼓動を抑えつつ扉を開けた。
 この先に待つ者の姿に奏だけでなく弦十郎達も神妙な表情になりながら扉の向こうを注視し────

 火薬の弾ける音が奏達を包んだ。 
 

 
後書き
と言う訳で7話でした。

今作では、奏が生存しているので翼が大分穏やかです。少なくとも問答無用で響を認めようとしないなどという事はなく、純粋に未熟な戦士として、またいろいろな意味での後輩として認識し接しています。お陰で原作程ギスギスすることなく円滑な関係を築けています。奏の存在が2人の間のクッションとしての役割を果たしているという点も大きいですね。

さて、宣言通り次回以降は週一での更新となります。書き溜め分はまだ余裕がありますので、暫くは安定して週一更新できると思いますのでどうかご安心ください。

それでは本日はこれにて。来週のこの時間に会いましょう。 
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