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夏のある日

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第二章

「ここは変わらないわね」
「ここは変わらないよ」
 祖母は沙雪に笑って言った、もう八十近い筈だが年齢より若く見える。
「ずっとね、のどかだよ」
「そうよね」
「だからね」
「赤ちゃんが生まれるまで」
「ずっとここにいればいいよ、そうしてね」
「身体をっていうのね」
「ゆっくりとね」
 そこはというのだ。
「休むんだよ」
「そうさせてもらうわね」
「そしてね」
 祖母は沙雪にさらに言った。
「美味しいものも食べて」
「そうしてよね」
「休むんだよ、ここはお野菜も果物もいいし」
 祖母はもんぺと割烹着のその姿で話した。
「近くに牧場もあるし海もね」
「そうよね、近くにあるから」
「田舎だけれどね」
 昔ながらのそうした場所だがというのだ。
「食べものはいいから」
「美味しくて栄養のあるものを沢山食べて」
「そのうえでね」
「身体もよくしてっていうのね」
「いい子供を生むんだよ」
「そうさせてもらうわね」
「あんなに小さかった子がね」
 祖母は目を細めさせた、そうしてこうも言うのだった。
「何時の間にかね」
「大きくなって」
「結婚して子供もなんてね」
 歳月、それを感じつつ言うのだった。
「思いもしなかったよ」
「そうね、私もね」
「子供の時はだね」
「結婚して子供が出来るなんて」
 それはと言うのだった、沙雪も。
「遠い未来だって思っていたから」
「それがだね」
「今はね」
 こう祖母に言うのだった。
「そうなったから」
「それは誰でもだよ」
「お母さんになることは」
「最初は誰も思いもしないよ」
「子供の頃は」
「そう思うけれど」
 それがというのだ。
「今のあんたみたいにね」
「お母さんになるのね」
「そうなれるとは限らないけれど」
 それでもというのだ。
「お母さんになれるのよ」
「そうなのね」
「お母さんになれることはそれだけで幸せよ」
「じゃあ私は幸せなのかしら」
「そうよ、幸せになる為に」
「今はっていうのね」
「ゆっくり休むんだよ」
「それじゃあ」
 沙雪は祖母の言葉に頷いた、そうしてよく寝てよく食べて養生に務めた。すると健康状態は徐々にだがよくなり。
 ある夏の晴れた日に祖母に笑顔で言った。
「最近前よりもずっとね」
「よくなったのね」
「ええ、身体の調子が」
 穏やかな笑顔で言った。
「いいわ」
「それはいいことだよ、やっぱりね」
「ゆっくり休むとなのね」
「お腹の中に赤ちゃんがいたら」
 その時はというのだ。 
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