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夏のある日

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第一章

               夏のある日
 松本沙雪はこの時母の実家である岡山の田舎にいた、夫の京太郎と離れ一人そこにいるには確かな理由があった。
 沙雪は夫との間に出来た子を妊娠していた、だがどうも体調が思わしくないので大事を取って穏やかな母の実家に入ってだ。
 そこで身体を養生させつつ子供を生むことになったのだ、夫と彼の両親だけでなく自分の両親も話し合って決まった。
 それで夫は妻に言うのだった。
「俺としても残念だがな」
「大阪にいるよりはなのね」
「大阪はどうしてもな」
 この街はというのだ。
「賑やか過ぎてな」
「妊婦にはよくないっていうのね」
「特にお前はな」
 今の彼女はとだ、夫はおっとりとした顔立ちで妊婦らしいゆったりとした服を着た妻を観た。淡い栗色の髪の毛はふわりとしていて腰まである。その外見はまさに彼の意中のものであり熱心に声をかけた時のことを思い出しながら話した。
「今はな」
「体調が悪いから」
「だから静かな場所でな」
 そこでとだ、夫は言った。一七三位の背丈で痩せて眼鏡がよく似合っている顔である。髪の毛は七三に分けている。
「ゆっくりとな」
「養生してなのね」
「子供を生んで欲しい」
「そうなのね」
「それもな」
「私の為で」
「子供の為だ」
 二人の為だというのだ。
「だからな」
「そうね、私はね」 
 沙雪は自分の考えも述べた、大きな黒目がちの目が白い肌によく合っている。
「大阪にいたいけれど」
「そう思っていてもな」
「私のこととっていうのね」
「お腹の中の子供のことを思うとな」
 どうしてもというのだ。
「それが一番だ」
「お義父さんもお義母さんも言っておられて」
「お前のご両親もな」
 京太郎から見れば義父簿である彼等もというのだ。
「じっくり話し合ってな」
「そういうことになったから」
「だからな」
「赤ちゃんが生まれるまで」
「それまでな」
 その間はというのだ。
「岡山の方にいてくれるか」
「お母さんの実家ね」
「そうしてくれるか」
「そうね、私だけならね」
 それならとだ、沙雪は夫の言葉に頷いて言った。
「いいけれど」
「子供もいるからな」
「お腹の中に」
「だからな」
 それでというのだ。
「ここは頼むな」
「それじゃあね」
 沙雪も頷いた、そしてだった。
 沙雪は一人母の実家である岡山の山奥の村に入った、そこは昔ながらの農村で人は少ないがそれでもだった。
 穏やかで落ち着いた場所だった、そこの古い大きな家がだ。
 母の実家だった、そこに入ってだった。沙雪はすぐに彼女の祖母に出会ってそのうえで言ったのだった。
「ここに来るのはもう」
「子供の時からだよね」
「ええ、それでも」
 こう祖母に言うのだった、家の庭の隅では祖父が農作業の用意をしている。 
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