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ある晴れた日に

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594部分:誰も寝てはならぬその十二


誰も寝てはならぬその十二

「それじゃあね」
「ああ、わかったぜ」
 確かな声での言葉になっていた。
「俺もな」
「迷ったら人の為に」
 加住はその優しい笑みでまた言った。
「それが正しいってね」
「そうだよな」
 彼はそれでわかった。それで今そこに向かうことに決めたのだった。
 佐々は自分の店のカウンターで野菜を切っていた。
 人参も玉葱も次々に切っていく。素早く見事な包丁捌きである。
 しかしだった。何処か晴れない顔だ。それに気付いたカウンターの席に座っている初老の常連客が彼に声をかけてきたのだった。
「なあ若旦那」
「はい?」
 彼の常連の間での仇名である。それに応えたのである。
「何ですか?」
「迷ってるのかい?」
 こう言われたのだった。
「ひょっとして」
「いえ、別に」
「隠さなくてもわかるよ」
 それはすぐに否定されたのだった。
「顔に出てるからね」
「顔に」
「そうさ、出てるよ」
 また言ったその客だった。
「もうね」
「そうですか」
「悩んでるんならな」
 客は彼に言ってからまた言ってみせてきたのだった。
「その時はな」
「どうしろっていうんですか?」
「進むんだよ」
 日本酒をおちょこで一杯飲んでからの言葉だった。
「進めばいいんだよ」
「進むんですか」
「本当に進みたい方にな」
 そこにだというのである。
「進めばいいんだよ」
「そっちにですか」
「そこはわかってるよな」
 あらためて彼に言ってきた。
「その方向は」
「ええ、まあ」
「だったらそこにだよ」
 また言ってきたのだった。
「進むんだよ。いいな」
「そっちにですか」
「ああ、迷うのもあるさ」
 それはあるというのだった。
「けれどな。それを切ったその時に人間ってのはな」
「どうなるんですか?」
「人間ってのは大きくなるんだよ」
 客の顔は不敵なものになっていた。
「あんたの親父さんもそうだったしな」
「親父もですか」
「そうだよ。じゃあわかったな」
「ええ、それで」
 はっきりと頷くことのできた彼だった。
「行きます。それじゃあ」
「何だい?」
「ちょっと親父とお袋呼んできます」
 何故かこう言うのだった。
「ちょっと」
「何処かに行くのかい」
「行く場所ができました」
 明るい笑顔になっての言葉だった。
「ですから」
「でかくなれたみたいだな」
「そうですかね」
「ああ、なったな」
 笑顔で言ってきた客だった。
「どうやらな」
「そうですか。じゃあ」
「ああ、行って来な」
 送る言葉であった。
 
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