| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

人理を守れ、エミヤさん!

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

要観察対象ジャックさん!




 ――地響きがする。

 お前は不幸だ。
 不運な人だ。
 可哀想だ。
 哀れだ。

 ――以前。俺は傲慢な人だと詰られた。

 弾劾ではない。酒の席の、率直な感想だ。
 場末の酒場だった。
 生憎とその時は酔っていたし、相手も酔っていたから、会話の内容も互いに殆ど覚えていないと思う。
 しかしそのやり取りだけは、なんとなく記憶にこびりついていた。
 まだ冬木から飛び出したばかりの、青二才だった頃だ。俺はぽろりと、世界中から不幸(ケガレ)を拭い去りたいという衝動を口にしていたらしい。
 飲酒は二十歳未満で覚えた。世間の善良な方々は、そんな俺を窘めるのだろうが。残念ながらその酒場の主人は無頓着な性質だったようで。飲みたいならガキでも飲みゃあいい、ただし見つからないでくれよ、おれが捕まるからと笑っていた。

 ――坊やよぉ。お前さんは、傲慢だねぇ……。

 覚えている声は、それだけだ。言われた内容だけが頭にある。



『不幸の限界量。幸福の限界量。そんなものは、人間誰しも同じもんだ』

『戦争に巻き込まれて腕ぇ無くして親亡くして、目一杯不幸を叫ぶガキと。平和な国のスクールで苛められて、親に虐待されて不幸に沈むガキも』

『大富豪のガキに生まれて、何不自由なく甘やかされて育ったガキも。貧しい親ぁ持って自由になるもんが少なくって、そんでも朝昼晩の飯食えて親に愛されてりゃ幸せって感じるのも』

『どっちも同じ不幸で、幸福だ』

『お前さんが何をヨゴレと感じてんのかなんざ知らねえよ。なんでそんなに焦ってんのかもな。けどよ、これからどんだけデケェことするってなっても忘れちゃなんねぇぞ』

『人間が感じる不幸せも、幸せも、感じる感情の最大値はおんなじだ。人間の脳ってのは、度の過ぎた感情持ちゃあぶっ壊れる。残るのは狂人、そいつはなにをしても不幸にも幸福にもなりゃあしねぇ。嗤ってるだけさ』

『人助けしたいんだって? おお、けっこうじゃねえか頑張りな。おれにゃあ真似できねぇし真似しようとも思わねぇ。けどな、アイツの方が可哀想、アイツの方が恵まれてるって風にだけは区別すんなよ。どんだけすげぇ事したって、そんな見方してりゃあお前さん……』

『――人間じゃあ、なくなっちまうぜ』



 地響きがする。

 所詮は酔っぱらいの戯れ言だと、忘れてしまう事は出来なかった。それが人の世界で、人を助けようとする時の心得だと感じたから。自身を戒める真理となると、アルコールの回った頭でも漠然と感じたから。
 俺の主観で、彼の方が可哀想、彼の方が幸せそうと決めつけてはいけない。可哀想だと哀れんだ人は、実は幸せなのかもしれない、満足しているのかもしれない。逆に恵まれている人も、満たされていないかもしれない。餓えているかもしれない。
 そんなものだ、人間なんて。――だったら誰を、どうすれば救う事になるのか。その穢れを拭い去った事になるのか。考えて、考えて。

 決めつけるのではなく、己の心に従う道を見つけられた。分からないなら問い掛ける事にした。

 俺だって人間なんだ。全知全能の神様なんかじゃない。救いの手を差し伸べても、余計な事をするなと払いのけられるかもしれない。しかしそれでいいのだ。
 何をしても感謝される奴なんていない。例えどれだけ徳を積み、善行を重ねようが、知らないところで怨まれたりもする。救ったはずの人が巡り巡って悪行に手を染める事だって有り得るのだ。
 なら、力んだってしょうがない。出来る事だけをしようと、自身の裡から生じる衝動に折り合いをつけられた。

 ――地響きが、する。

 悔いのない道を行き、人道のど真ん中、王道を敷いて心の命じるままに歩む。自己と他者を比較するのが人の性で、拭えない悪性なのだろうが、それを克服出来る人もいる。憐れまず、過去を見ず、欲に溺れず、比較せず。中庸の在り方で善を成す。
 『人類愛(フィランソロピー)』とは、我ながらよく名付けたものだと思った。食べ物、衣服、住居。人が心にゆとりを持ち、礼節を知るための三大要素全てが不足していながら、彼らは最低限のモラルを忘れなかった。生きる希望はある、絶対に生き残れる。その信頼が己に向けられるからこそ、人間の善性を保ち続けられているのは分かっていた。俺が死ねば、或いは抑えようのない被害が拡大すれば、その薄い善性は破れ、その裏の悪性が顔を出すと分かっていても。その儚い善性が眩しい。

 広野を行く。見渡す限り、誰もいない。敵影は見えない。このまま何事もなくいけばいいと、願う事自体が愚劣極まる。
 地響きがした。大地が揺れた。嗚呼――どうしたって、こうも上手くいかない。





 魔神柱、顕現





「――」

 地面を突き破り、舞い上がった砂塵の中に屹立する醜悪な柱。無数の瞳が、俺を見ている。
 慮外の襲撃。完全な不意打ち。思考が止まる。驚く事すら出来ない。見た事もない化け物に、群衆の意識にも空白が打ち込まれていた。
 膨大極まる魔力の塊。サーヴァント数騎分もの魔力の波動。それが――二体。
 あ、と誰かが喘いだ。魔力を感じる事も出来ない群衆すら、途方もない天災を目撃してしまったのだと理解していた。
 多数の眼球に、力が籠る。刹那、我に返った俺は直ぐ様号令を、

「ぎぃぃいいいい!?」

 熱線が奔る。それが、群衆を穿った。肉片一つ残さず蒸発する多数の人々。
 カッ、と視界が赤く染まる。俺を狙った視線の熱線は、咄嗟に飛び退いて躱せても――戦う術すら知らない人々に躱せるものではなかった。瞬間的に激発する意識を燃やし、俺は叫んでいた。

「――敵襲だ下がれェッ! カーター、撃てッ!!」

 自身の背後の空間に剣群を投影しながらカーターに指示を飛ばす。カーターが指揮を執り咄嗟に兵士達に銃撃を行わせた。
 着弾する。しかし、まるで効果がない。放った剣群も悉く魔神の凝視に溶かされていく。訳も分からないまま最善の一手を打つ。

「春、一体は俺がやる、もう一体はお前がやれ!」
「――承知ッ!」

 沖田は躊躇う素振りすらなく旗を立てた。大規模な火力を持たない彼女では、どう足掻いても魔神柱に有効打を与えられない。三段突きも有効となる範囲が、魔神柱の巨体では小さ過ぎる。
 剣群を次々と放つ。召喚された新撰組が果敢に魔神柱に攻め掛かり、膾切りにしていく。だが、

「ひぃぃいい!?」「ぎゃっ!」「逃げっ――」

「I am the bone of my sword.」

 斃し切る前に、『フィランソロピー』は全滅する。
 沖田だけが、魔神柱に対抗できる。しかし一撃でその総体を消し飛ばせるわけではない。魔神の名を冠するに足るしぶとさで、沖田を屠らんと魔神柱は暴れ。もう一体は、俺を。ついでと言わんばかりに群衆へと視線を照準している。
 呪文を口ずさんでいた。素早く投影できる代わりに格の足りない剣群では足止めも出来ない。かといって螺旋剣などは魔力を充填している間に俺も、『フィランソロピー』も大損害を被る。

「──So as I pray, 」

 必然、それしかなかった。

「――無『』の剣製(アンリミテッド・ロストワークス)

 出し惜しむ暇はない。双剣銃より撃ち放たれる無限の剣弾。それは無数の視線を掻い潜って魔神柱に着弾し、宇宙より墜落してくる小惑星をも粉砕する火力が炸裂した。
 魔神柱はぎょろりと全ての眼球で俺を凝視して、爆散する。その肉片、霊格の欠片が死を確信させる。
 沖田や新撰組が、間もなく魔神柱を撃破しそうだ。それを見届けもしない内に俺は背後を向く。算を乱して四散していこうとする群衆に、俺は黒い銃剣の銃口を空に向け発砲する。

「鎮まれッ!!」

 そして一喝した。銃声にびくりとした彼らは、俺の怒号に静まり返る。恐怖の色が顔に貼り付いていた。
 険しい顔で命令する。

「整列しろ。……するんだ」

 怒鳴らなかった。しかし、恫喝されたように彼らはバラバラに、体を震えさせながら隊列を組む。
 点呼しろ。右から順に、と。そしてそれらが済むと俺は黙りこくった。
 ――三十一人、死んだか。
 拳を握り締める。唇を噛む。怒りのあまり卒倒しそうだった。兵士達に欠員はない、それはあの魔神柱は人の密集している地点を狙ったから。
 前方を向く。目を凝らす。遥か彼方に、聳え立つ柱があった。数は……二十六。何者かと戦闘中なのか、激しい魔力光が閃いている。巻き込まれたらいけない。既に気づかれている。

「――進路を変える! 南西に走れェッ!」

 銃声を轟かせ、『フィランソロピー』の面々を走らせる。脚をもつれさせながら、我先に走り出す彼らを護衛する。
 本当は魔神柱と戦闘を行っているらしいサーヴァントを援護しに行きたかった。だがそれは出来ない。今俺が『フィランソロピー』から離れれば、彼らは心を乱して錯乱してしまいかねない。カーターが抑える事も出来ず、バラバラになって逃げていきそうなのだ。
 それに、二十六体の魔神柱と戦闘を行うなど正気ではない。確実に死ぬ。旗の宝具を使った沖田とともに向かっても、逃げる間もなく全滅するだろう。
 遠すぎて姿を確認出来なかったが、悪いがあのサーヴァントには魔神柱を引き付けていて貰うしかない。囮として見捨てる。二十六体の魔神柱との戦いを、まがりなりにも戦闘として成立させるだけの力があるらしいのがひどく惜しいが……そんな事を言っている場合ではなかった。

 ――無数の真紅の槍が見えたようにも思えたのが、ひどく気掛かりだった。

 大勢の人が死んだ。
 俺の反応が鈍かったせいで。
 初手から、惜しまず、二回弾丸の「無限の剣製」を撃てばよかった。なのに、それが出来なかった。
 悔やんでも悔やみきれない。なんたる無能か。だが悔やむのも嘆くのも後だ。今は不自然さを確定させるのが先である。

「……弱い。ああ、弱かった」

 あの魔神柱は、弱かった。
 俺が知るものとは違う。性能は変わりなかったが、どこかがおかしかった。

 まるで、意思のない傀儡だったような。
 まるで、知性のない機械だったような。
 まるで――魔神柱の姿と力だけを再現した、最も厄介な知能を欠いたモノのような。

 本来の魔神柱なら、二体もいれば初撃の奇襲で俺は死んでいたか、或いは重傷を負っていたはずだ。
 それどころか、群衆は全滅し、兵士達もよくて半減していただろう。

 逃げる。とにかく、逃げる。

 ――後に(ジャック)・フィランソロピーと呼ばれる男は、過日の冬木……その出来事を。思い出を。身近な人々に関するもの以外、全て忘れている事へ……ついぞ思い至る事はなかった。







 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧