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人理を守れ、エミヤさん!

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衣替えだねジャックさん!




 たっぷり十時間眠り、起床した俺に差し出されたのは軍服だった。
 午前四時の事だ。まだ夜の闇は去っておらず、焚き火台の灯りだけが唯一の光量となっている。見張りとして立っていた歩哨の兵士が「BOSSの軍服を用意してみました。よろしければお着替えください」などと言ってきたのだ。
 俺は意味が分からず困惑した。いや、俺は軍属じゃないんだが……そう溢すと彼は苦笑した。なんでも一団の領袖足る俺だけが、見た事もないような戦闘服だと浮いてるように見えるのだとか。同じ軍服を着れば、さらに仲間意識が深まるはずだと彼は力説した。これは他の仲間達も同意見なのだと。

 ……まあ分からなくもない話ではあった。しかし俺は乗り気にはなれない。
 というのもこの時代の大陸軍の軍服は、中世チックな衣装の色が濃く、端的に言って俺のセンスからすれば『ダサい』の一言に尽きるのである。
 兵隊諸君の気持ちは分かる、しかれど着たくない。それが俺の感情。そう伝えると、兵士は言った。「ならいっその事ですね、『フィランソロピー』の軍服でも作っちゃいますか」と。なんでも彼は、そうした衣服を造る家の出身らしい。大陸軍に徴兵されたばかり故に、軍への帰属意識の薄い彼ならではの発想だった。

「……」

 いや、『フィランソロピー』は大陸軍に合流したら解散予定なんですが。謎の敬語を使いたくなる俺は、空気を読んでグッと堪えた。
 そうしてデザインを考え始めた彼、エドワルド准尉だが、図面を引いて描かれるそれのなんというセンスの無さ……いやこの時代なら通用するが、やはり未来人である所の俺からすれば目を覆わんばかりである。ついつい口出ししてしまった。
 未来の軍服を投影する。これをモデルにしてくれと。詰襟のそれだ。エドワルドは目を輝かせた。「格好いいですね! BOSSがその力で作ったのを配ればいいのでは!?」
 そう言われてもダメだ。俺の投影品は破損したり傷ついたりするとすぐに消える。戦闘中に傷を負った瞬間兵士が素っ裸になるぞと告げると「それは嫌ですね」と納得される。

 とりあえず砦中から余っていた衣服と、旗、その他の布類を掻き集める。そうこうしていると、陽が昇り始める朝が来た。俺はせっせとデザインした軍服を作り始めている彼の傍らで、軍服の上に着ける外套を作り始めた。投影品ではない赤い布で。
 こう見えて編み物は苦手ではない。というか割と得意な部類だ。主夫としてもやっていける自信がある。来世は主夫になりたい、家で家事だけしてぐぅたらしたいと脳裡に戯れ言を溢しつつ。ふと冷静になる。

「なにやってんだ、俺は……」

 頭が痛くなる思いだった。明日にはこの砦を出るというのに……。元々の予定である『フィランソロピー』の兵の訓練は俺の疲労を理由にキャンセルしたから、この日の俺は暇と言えば暇だが。だからって何してるんだろうなと冷静になると、無性に恥ずかしくなってくるのが人情というもの。いい歳した大人の男が『ぼくのかんがえたサイコーにかっこいい軍服』を作っているなんて……。なんというか、バカみたいだ。
 だがまあ、構わないだろう。コイツらのバカに付き合うのも、交流の一種だとでも思えば。そう割りきってしまうと、こうしているのも悪くはない。なんだなんだと集まってくる兵士達を尻目に、俺とエドワルドはここはこうだろ、BOSSここはこうしては? と意見を交わしつつ軍服を作る。鞣した革に金具を取り付けベルトにし、出来上がったものに腕を通してみた。
 おお! 兵士達が感嘆の声を上げる。黒地の布を基調として、四角い胸ポケットを左右に二つずつ。スーツを厚地にしたような機能的なもの。上着の上からベルトを締める。黒い革の手袋を両手に嵌め、脹ら脛の半ばまで届く軍靴を履いた。
 その上に背中全体を隠し、左半身を覆い隠す面積の広い真紅のマントを羽織る。その裾は膝の辺りまで来ていた。「BOSS、これを!」カーターが興奮しながら鏡を持ってきて俺に見せてくる。

 機能性のいい詰襟の黒い軍服。真紅のマント。新たに二、三ほど小さな傷の増えた貌に、無骨な眼帯をつけ。右目は傷んだ金色をしている。……完全に悪の帝国のそれに見えた。帝国の総統と言われても納得されてしまうだろう。思わず顔を顰め、うわぁ、と呻きそうになってしまった。

「な、なんて事だ……」

 エドワルドが呻く。我々はもしかしたら、歴史的瞬間に立ち会ったのでは……なんて馬鹿げたことを真剣に口にしていた。鼻を鳴らす。

「バカ言ってないで見張りはちゃんと立ってろ」
「しかしBOSS!」
「しかしもかかしもあるか、さっさとやれ。……えぇいガキかお前ら! 散れ、散れ!」
「マスター!」

 興奮冷めやまぬ兵士達にヤケクソ気味に一喝していると、不意に沖田が俺の傍に来ていた。
 目を輝かせて俺を見上げてくる沖田に、思わずゲッと口に出してしまう。

「かっこいいです! 大総統! って感じです!」
「おお、大総統ですか。いいですね、それは」
「黙ってろカーター!」
「オキタさん、なんなら貴女のものも造りますか? BOSSとお揃いですよ」
「五月蝿いぞエドワルド。……春。お春! 嬉しそうにするんじゃない! 新撰組なら浅葱色の羽織一択だろうが!」
「でもマスター! この服の上から羽織れば問題ないって沖田さんの中の土方さんが言ってます!」
「その土方を黙らせろ! 本人がそんな事を言うとでも思ってんのか!?」

 言いますって絶対! あのひとカッコつけマンですもん! 俺が! 新! 撰! 組だァ! とか言いそうですもん! ラストサムライならぬラストMIBURO的な感じに!
 生前親しかっただろう沖田に、そうも力説されると弱い。俺の中の土方歳三のイメージが、音を立てて崩れ去る思いだった。鬼の副長は色んな意味で鬼なのかどうなのか。

 ……変なテンションでやり切ってしまった感が酷い。カーター達を追い散らすと、今度は群衆に囲まれる。特に子供連中は目を輝かせていた。男達の目も熱い。
 なんだか一周回ってこれでもいいかという気になってしまっていた。適当にあしらいながら城壁の上に向かう。一番目のいい俺がいれば、見張りも楽でいいだろう。風に当たりながら嘆息する。エドワルドが自由時間なのをいいことに、子供みたいにキラキラとした表情でせっつく沖田を横に女性用の軍服をデザインしていた。勘弁しろ……そう思うも、いずれ『フィランソロピー』の隊服はこれで統一されてしまいそうだなと諦念が過る。

 まあいいか。まさか人理修復後にまで『フィランソロピー』の名前と軍服が残り続ける訳でもあるまい。
 首に紐と金具で固定したダイヤを下げ、俺は遠くを見る。見渡す限りの快晴だ。冬は近い。……本格的に気候が厳しくなる前に、なんとか大陸軍と合流したいところだったが……甘い見通しは立てない。最悪の事態を考え、寒さを凌げる拠点を確保する必要があるなと思った。

 ――翌日、砦を発つ。







   ‡‡   ‡‡   ‡‡   ‡‡   ‡‡







「じゃーん! どうですマスター、この新コスチュームを纏った沖田さんの艶姿は!」

 心なし艶の増した鬣を撫でてやり、嬉しそうに嘶くアンドロマケに跨がる。いざ出立の時間だ。
 しかし肝心要の剣がいない。どこで道草を食ってやがると嘆息し掛けた俺の許に、黒衣の軍装を纏った女剣士が寄ってきた。
 あたかも大正時代、陸軍の軍人が着ていたような、ハイカラの軍服を想起させられる黒衣。穿いているのはズボンではなく、元々沖田の穿いていた丈の短いスカートに近い。革のブーツとも合わさり、機能性と可憐さを両立させた華がある。黒衣だからか、露になっている白い太股がより強調されているようで、より目に眩しくなっていた。
 その上に宣言通り浅葱色の羽織を纏い、見事なミスマッチ感を生み出しているが、沖田が着ると実によく似合う。ミスマッチもまた味わいの一つとでも言うように。俺のものも大正時代の陸軍の軍服をモデルにしてあるから、ペアルックと言えるのかもしれない。

「――進発!」

 沖田が来たのを確認し、一つ頷くと俺は号令を発する。一斉に歩き出す『フィランソロピー』の群衆。兵士の半数は砦で回収した荷車を押していた。その荷車にはこの遠征で欠かせない食糧などが積まれている。
 馬上の人となっている俺は『フィランソロピー』の隊列の先頭を行く。カッポカッポと蹄を鳴らすアンドロマケの調子は良さそうだ。丹念に世話をしてやった甲斐がある。

「ちょ! ちょ、ちょっと待ってくださいマスター! なんで無視するんですか!? まーすーたー!」

 完全に無視された沖田が慌てて駆け寄ってきて、アンドロマケの隣に来る。焦ったように俺を見上げてくる沖田に、しかし俺は反応しなかった。それどころではなかったのだ。

 ――バカな。

 脳裡を席巻する驚愕の念。以前の想定を遥かに上回る現実的脅威に、俺は内心の動揺を悟らせないようにするだけで精一杯だったのだ。

 ――推定戦力は、3アルトリアだったはず……なのになんだ、戦力が跳ね上がっている……!?

 それはつまり……そういう事だった。

 ――普段はサラシでも巻いていたというのか? 限界まで押さえつけてなお、3アルトリアだったと? バカな、この俺が戦力の測定を誤るなど……! こ、これでは……6アルトリア……いや! 7アルトリアだ! なんという事だ……新撰組色が少し抜けた程度でこんなにも印象が変わるとは……見抜けなかった、この海のジャックの目を以てしても……!

「え、えーと……もしかして、似合わないです? あ、あはは……な、なんか一人だけテンション上げちゃって恥ずかしい、です……マスターとお揃いだぞー! なんて、ちょっと……調子乗っちゃいましたね……」
「!」

 病弱娘はメンタルも弱かった。無視されると、途端に泣き出しそうに顔をくしゃくしゃに歪め、今にも涙を溢れさせてしまいそうになる。
 今度は俺が慌てる番だった。泣かせたくなんてないのだ、可愛い子は誰でも好きだよ俺はとかほざく弓兵を見習え!

「すまん。春が……想像していたより可愛くてな。つい目を逸らしてしまった。似合ってるぞ、お春」
「ぇ……え、ええ!? お、沖田さんが可愛い!? あは、あはは……またまたぁ! マスターってばお世辞が上手いんですからぁ! そこは『かっこいい』とかですよフツー! 私なんかがカワイイわけないじゃないですか! もぉ、まったくもぉ!」

 一瞬で回復するメンタルだった。チョロ過ぎないかこの娘……少し心配になった俺である。
 だがまあ、にぱぁと顔を輝かせ、鼻唄を歌いながら俺の周りをくるくる廻る、明らかに上機嫌極まる沖田を見ると笑みが溢れてしまう。アルトリアが見たら、自分にかなり似た風貌の沖田がそんな童心なのに、極めて複雑な心境になるんだうなと思うと笑えてくる。しかしまあ、一部全然似てないんですけどね。
 なんて。本人に知られたら確実にカリバられる事をつらつらと思考していると、沖田は不意に跳躍して俺の後ろに飛び乗ってきた。アンドロマケはムッとするも、温厚な気性のお蔭か振り落とそうとはしない。しかし――

「ま、待て! 乗るな!」
「? なんでです? いつもこうしてるじゃないですか」

 当たってる、背中に剣の丘が二つ当たってるんだ! ふざけてるの? 挑発してる? 誘ってる? 無防備過ぎるぞコイツ。新撰組の情操教育はどうなってんだおいコラ近藤お前だお前! 保護者出て来い一回絞めるから。
 動転する俺に沖田は不思議そうにしながら腰に腕を回して来る。まったく意識していない。おいやめろ、性欲を持て余すだろうがコラ。こちとら溜まってるんだぞ一人で発散する時間も余裕もないんだぞ。
 だが堪えよう。伊達に剣の如き男と呼ばれていないのだ。鉄の心を持ってるんじゃないかと揶揄される俺の自制力は鋼だ。この程度で揺らぐ俺ではない。こんな簡単に揺らぐようでは、あの菩薩じみた女に食われていた。そう自身に言い聞かせていると、不意に天啓が下った。

 ――キアラだからこそ堪えられたんじゃないんですかね……。

 流石俺だった。此処に来て真理を得た。なるほど確かに。あの女は怖かった。命の危険を感じた。自制心が紙でも命が大事なら誰だって我慢するはず。いや我慢してる男でも、男であるだけでアレには惹かれてしまうのだろうが。
 やむをえまい。心を無にする。無心とは弓道の基本にして極意。投影の鍛練にて、それなくば成せるものもなかった。無心になる。無心になった。なったら、ぽろりと余計な一言。口から先に生まれてきた男とは誰の弁だったか。イリヤさんでしたね……。

「春、普段はサラシ巻いてたんだな」
「はぇ?」

 数瞬、レスポンスがなかった。沖田はその言葉の意味を呑み込むのに数秒を要した。刹那、バッと沖田はアンドロマケの背から飛び降りて、俺から距離を取った。顔を林檎のように真っ赤にして、あわあわと自身の胸を触っている。
 おい、そういうとこだぞ。男の前でそういう仕草を見せるんじゃない。

「あ、あれ!? 沖田さんサラシ忘れてます!?」
「気づいてなかったのか……」
「仕方ないじゃないですかー! 新コスチュームにテンション上がってたんですもん! すぐ出発する感じでしたし焦ってたんですよやだー!」

 やっぱり頭の中は春一色なんじゃないか……。
 普通忘れないだろう。忘れていたにしろすぐ気づくものだろう。なんで気づかなかったんだ。
 なんというか、ダメな女だ……女だっていう自覚が足りない。見ろ、周りの奴ら皆、生暖かい目でお前を見てるぞ。誰かが見てないとコイツ、ころっと騙されてしまいそうだな。マスターとして見ておいてやらないと……。今の保護者は俺だから仕方ない。

「春、乗れ」
「えっ」
「俺は歩く。お前は有事に備えて体力を温存しとかないとな」
「マスター……」

 アンドロマケから降りる。そして沖田を促すと、何やら(ちょろいーん)という擬音が聞こえた気がした。
 沖田は顔を赤くしたままそっとアンドロマケに乗って手綱を握る。霊格の低い普通の馬なんだから、騎乗スキルが最低でも乗れるのは立証済みだ。それに新撰組には馬術師範もいた。生前に全く心得がなかった訳でもあるまい。
 沖田は借りてきた猫のような静かになった。騒がしいのもいいが、そうして黙っているとそれはそれで可憐ではある。俺としてはいつも凛としているアルトリアのレアな表情を見ている気分になれるから、これはこれで大いにアリだ。

 向かうは変わらず南東。ある程度南下したら東に進路を変える。昨日俺の記憶にある地図を書き写し、どこに軍事拠点が置かれているのかカーターやエドワルドに訊き、知っている限りの地点を記させた。
 置かれている拠点の場所の傾向から割り出せば、後は教科書通りの絞り込みで、どこに拠点があるのかはおおよそ割り出せる。地形や都市の場所などを勘案すれば、此処から250㎞も歩けば中継できる砦があるはずだ。無くても、或いは潰されていたとしても、更に二つ先までは保つ物資はある。
 問題はそれまでにどれほど戦闘を避けられるか。避けられない戦闘があったとして、どれほど人的被害を抑え、物資を捨てなくて済むかだ。理想は戦闘がないこと。あったとしてもサーヴァントがいないこと。
 道中にカウンター・サーヴァントを拾えたら最高なんだが。特にレオナルド並みに万能でヘラクレス並みに強ければ文句はない。後はそうだな。属性が悪ではなく、アルトリア並みに真名を知られても特に問題なく、ヘクトール並みに守りが上手くて、燃費がクー・フーリン並みならなおいい。実に謙虚だ。

 馬車には子供やお年寄り、怪我人を優先して乗せてある。荷車を押すのは兵士。それを交代しながらやるが、半数は周囲を警戒しながら護衛をする。
 気候は穏やかだ。陽射しも暖かい。一昨日から快晴が続いている。しかし……雨が降れば、どうなるか。雨の中を行軍するのは極めて厳しい。兵士や俺はともかく、群衆には体力の消耗が激しくなるだろう。天幕を無数に作り、そこで雨が止むのを待っても、ぬかるんだ地面を歩くのは難儀するだろう。
 雨が降っていると視界が悪くなる。足音も聞こえ辛くなる。天幕を組んで雨宿りをしている時に敵に襲われたら最悪だ。

 都合よくカウンター・サーヴァントと出会って。都合よくそのサーヴァントの宝具が天候を操れたり、食べ物を量産できたり、理想的な戦力になってくれないかなぁ、と思う。

「……はは」

 そんなご都合主義は訪れない。現実をよく知るからこそ、俺は笑う。
 信じられないほど何もなく、数日歩いていた。次の中継拠点まで、後一日といったところか。

 ああ……まったく。こうも何もないと、却って不吉な予感を抱く。

 何せ――そういう時ほど、とんでもない何かが起こるのだと。俺の平坦とは言えない人生経験上、よくよく思い知っていたから。







 
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