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実の両親

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第一章

               実の両親
 岡田彦太郎は養子である。
 岡田家は代々学者の家であり彦太郎の義理の父は国立大学の教授である。
 義母は小説家、詩人、戯作家として知られている。彦太郎はその両親に赤子の頃に引き取られてから育てられている。
 養子にされた理由はよくあるものだ、両親共に子供が出来ない身体であり代々続いている家を絶やすことがあってはならないからだ。
 それで彼は養子に入ったが両親は二人共確かな人であり幼い頃から優しくかつ厳しく育てられて義理の父の跡を継ぐ形で今は東北大学大学院の研究室にいた。
 だが彼がある日だ、大学の研究室において大学生達と話をしている時にこんなことを言われた。
「岡田さんは夏目漱石お好きですか?」
「漱石かい?」
「はい、あの人は」
「いや、僕は理系だからね」
 工学部にいる、義理の父は文学博士だが彼はこちらの博士号を習得しそのうえで学者になっているのだ。
「一冊二冊は読んだけれど」
「それでもですか」
「あまり詳しくはないよ」
 こう学生に答えた。
「実はね」
「そうですか」
「ずっと理系馬鹿でね」
 彦太郎は面長で色白の顔で少し自嘲めかして述べた。背は一七五程ですらりとした体型だ。黒髪はオールバックにしておりその目には知的な輝きがある。
「吾輩は猫であると坊ちゃんは読んだけれど」
「他の作品は、ですか」
「読んでいないよ」
 こう学生に答えた。
「残念だけれど」
「そうですか」
「イギリス文学者でもあったことは知ってるけれど」
「じゃあ東京生まれだったことは」
「知ってるよ、正岡子規の友人だったね」
 彦太郎もこのことは知っていた。
「そうだったね」
「じゃあ生い立ちは」
「東京帝国大学を出て」
 彦太郎は漱石のその生い立ちについても述べた。
「イギリス留学をして作家になって」
「はい、そうですよね」
「あと子供さんが七人だったかな」
「その他のことはご存知ないですか」
「ちょっとね」
「じゃあ漱石さんが養子だったことは」
「えっ、養子!?」 
 そう言われてだ、彦太郎はびっくりした顔になった。そのうえで学生に尋ねた。
「そうだったんだ」
「そうなんです、あの人は」
「養子だったんだ」
「最初ご両親だって思っていた人は違ったんですよ」
 漱石を幼い頃育てていた彼等はというのだ。
「それで、です」
「後で知ってだったんだ」
「相当驚いたそうですよ」
「そうだろうね、実のご両親と思っていたら違うとか」
 彦太郎は自分が養子だったことは知っている、だがそれは自分も両親もごく親しい人達にしか話していない。彦太郎に至っては友人の誰にも話していない。結婚したならその相手には言うつもりである。そして我が子にも。
 それで今も隠して言うのだった。
「ショックだね」
「それが作品にも影響しているかも知れないですね」
「漱石にそんなことがあったんだね」
「そうなんですよ」
「それは知らなかったよ」
 本当にとだ、彦太郎は学生に述べた。
「けれどそうした話はあるんだね」
「そうですよね」
「まあ養子自体はね」
 やはり自分のことは隠したまま言う彦太郎だった。 
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