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fate/vacant zero

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王都トリスタニアの休日





 さて、今日は休日ウィルドの日である。



 キュルケは昼前に目を覚ました。

 ぼーっとした顔つきで起き上がり、しばらくそのままベッドの上で座り込んで、何も考えずにぼーっとする。

 これがキュルケの日課であった。どうも低血圧気味なようである。


 しばらくそのまま回らない頭と目で正面右に見える空を眺めていた。



 一羽の小鳥が切り取られた空を横切り、ようやく(なぜ空が見えているのか)と疑問に思う。

 四角かったはずの空の縁ふちを見れば、そこにあったはずの窓枠は無く、真っ黒に煤すすけているのが見てとれた。


 誰の仕業かしら、と起き出した思考回路は的確に、自分の昨夜の所業を思い返させた。



「そうだわ……、ふぁう。いろんな連中が顔を出すから、吹っ飛ばしたんだっけ」



 そりゃ空も見えるわね、と一人ごちて、ベッドから立ち上がり……、化粧台に向かった。


 窓?

 さしあたって問題は無いのでどうでもいい。


 そんなことより、今日はどうやって才人を口説こうか。

 それを考える方が楽しみで仕方がない。


 気のせいか、いつもよりも随分お化粧のノリがよい。

 胸が楽しげに弾んでいるのが、自分でも分かる。


 獲物はしぶとい方が楽しいのだ。


 物騒な例たとえではあるが、キュルケは狩りが大好きなのであった。

 恋の、と頭に接つくが。


 そうこうするうち化粧も整い、自分の部屋の扉を開き、すぐ正面の扉を叩く。

 そうしてキュルケは己の戦闘体勢を整える。


 恋の、と条件付きで。


 誰が出てきても対処できるように手段を練りつつ、顎に片手を沿え、にっこりと微笑む。

 相手次第でどうとでも取れそうな笑みである。



 才人が出てきたら?

 抱きついてキス。これに限る。


 ルイズが出てきたら?

 ……どうしようかしらね?


 そのときは……、そうね、部屋の中にいる才人に流し目。

 あとは、中庭をうろついてたら向こうからアプローチ掛けてくるわね。



 ……キュルケは、才人が純愛好きだなどとは露ほども知らなかったりした。







 考えながら待つこと十数秒。



 出てこない。


 おまけにノックに返事も無い。


 あら? と不思議に思いながら、おもむろにドアを開けようと試みた。

 鍵が掛かっていたが、何の躊躇ためらいもなく『鍵開けアンロック』を掛ける。


 寮内での『鍵開けアンロック』は規則マナー違反?

 バレなければ何事も違反には至らないのだ。


 人の恋路を邪魔するモノは、地獄の業火で焼き尽くせ。

 ツェルプストー家の家訓であった。



 しかし、そんな馬の蹴たぐりも結局のところは無駄足に終わった。

 部屋の中はもぬけの殻だったのである。


「あらー……? どこ行っちゃったのかしら」


 きょろきょろと、部屋の中を物色する。

 相変わらず色気のない部屋ねぇ、と以前入った時の部屋の様子と比べながら思う。


 幕もついてないベッド、無造作に置かれたテーブルやチェア、飾り気のないクローゼットに箪笥ブルーシュト。



 あら?



 箪笥ブルーシュトの横に、鞄が置いてあったような気がするのだけれど。


 記憶と照らし合わせてみる。


 うん、確かにあった。

 ほんの半月ほど前の話だ。


 それが部屋のどこにも無くなってる、ということは……。

 おもむろに、窓から外を見回してみる。



 門から外へと出ていく、二つの騎影が見えた。

 もう少し目を凝らしてみると、はたしてそれはサイト、とルイズだった。



「なによー、出かけるの?」



 つまんない。

 でも、追いかけようにも、向こうが馬に乗ってるんじゃ追いつけない……、追いつく?


 しばし考えたキュルケは、何処ぞ遠い世界のガキ大将に苛められる少年のごとき短絡さで、己の親友に助けを求めることにしたらしい。


 ドアに鍵を掛けなおすこともせず、階段へ走っていった。









 してその親友はというと、随分と久しぶりで自由な休日に、限界一杯まで羽を伸ばしていた。

 といっても、部屋に引き篭もってベッドに沈みながら、赤縁の眼鏡の奥の海色の目を綴文に向けて、きらきらと輝かせているだけだが。

 一週間前に手に入れた戦友兼師匠な短剣は、そのあまりの退屈さに辟易しながら使い魔の竜を呼びつけて、お喋りというか高飛びに興じていたりする。



 そんな彼女が誰かと問えばまあ、言うまでもなくお察しの通り。

 タバサである。



 タバサは、実年齢よりも4つ5つほど若く見られることが多い。

 成長の止まっている背丈は同年代の中でも小柄なルイズよりさらに5サントセンチばかり低く、体は輪を掛けて細っこいためだ。


 とはいえ、当人がコンプレックスを持っているかといえば、そんなことは特段ない。

 むしろ、戦うにはその方が都合がいい、とすら考えているくらいである。

 恋愛など後回し、というか、いまのタバサの頭には自分がそれを享受するイメージなど毛頭なかった。



 タバサは、虚無の日きゅうじつが好きだった。

 勅命が届かない限り、自分の世界に好きなだけ浸っていられる。


 実にありがたかった。


 いまの彼女にとって他人とは、自分の世界への無粋な闖入者ちんにゅうしゃを指す。

 それは数少ない友人でさえ例外ではなく、よほどの事情でもない限りは鬱陶しいと感じるほどに。



 その例に漏れることなく、果して今日もドアは小突かれた。



 タバサはそれをいつものように無視する。

 物語はちょうど佳境に入るところだ。

 こんな美味しいところで中断するなどありえない。



 だんだん、ノックが激しくなってきた。耳障りだ。


 机に立てかけておいた杖を手に取り、僅かなルーンを雑に紡ぐ。

 部屋中に魔力を染み渡らせた。

 『凪サイレント』の魔法だ。

 これにより部屋の空気はその振動を放棄し、全ての音はタバサに届かなくなる。



 なお杖をとってからのこの間、タバサの目は本から全く逸らされていない。

 そこまで本が好きか。



 よし、と杖を離して本に没頭する。

 できればそのまま諦めて欲しいのだ。今は、忙しい。

 ドアには鍵も掛かっているし、よほどでなければ入ってくることは――





 あったらしい。


 ドアが勢いよく開き、キュルケが部屋へ足早に入ってくるのが視界に入った。

 キュルケはタバサの隣まで来ると大口を開けなにやら喚こうとしたが、ここは『凪サイレント』の勢力圏だ。

 当然、声など伝わるはずも無い。



 あまりの無反応っぷりで『凪サイレント』に気づいたキュルケは一つ溜め息をついて、手から本を取り上げていった。


 いい場面で強制的に没頭を中断されたのはかなり気に障ったが、まあ無視していたのは自分なわけで。

 おまけにその相手はキュルケである。

 数少ない友人だ。


 これが他の相手だったら、『風鎚エアハンマー』でも使ってお帰り願うのだが。


 仕方が無い。



 タバサはしぶしぶと杖を一振りし、『凪サイレント』を解除した。

 した途端にキュルケが喋りだした。

 手を放されたオルゴールみたいに。



「タバサ、今から出かけるわよ! 急いで支度をしてちょうだい!」





 そ ん な。



 今日はのんびりできると思ってたのに。

 未練がましく恨めしく、でも顔には出さずにタバサは呟く。



「……今日は虚無ウィルドの日」

 だから返して、と本に手を伸ばす。

 が、キュルケが高く掲げてしまった本には、ぴょんぴょん跳び跳ねても手が届かない。


 二回ほど繰り返したところで諦め、ぱた、と手を下ろして恨めしげに見つめてみる。無表情に。

 すまなそうな顔をしながら、キュルケが言った。



「わかってる。あなたにとって虚無ウィルドの日がどんな日だか、あたしはよく知ってるわよ。
 でも、今はね、そんなこと言ってらんないの。
 恋なのよ! 恋!」



 それでわかるでしょ、と視線で問われたが、わかりもしなければ納得も出来ないししたくない。

 説明を要求する。


「そうね、あなたは理由がないと動かないんだったわね……、ああもう! あたしね、恋したの!」



 知ってる。


「でね? その人が今日、あのにっくいヴァリエールと出かけたの!
 あたしはそれを追って、二人がどこに行くのか突き止めなくちゃいけないの!
 ここまでいい?」



 いい。

 彼女と一緒に出かけた、ということは……、今度のキュルケの相手は、二週間前に"青銅"に辛勝していた使い魔の男子だろうか。



 で。

 それで、なんでわたしに頼むの?



「馬に乗ってっちゃったのよ!
 あなたの使い魔じゃないと追いつけないの! 助けて!」



 半泣きになりながら抱きついてきた。


 しかたない。

 しぶしぶながら一頷きしておく。



「ありがとう! じゃあ、追いかけてくれるのね!」


 こくり、ともう一頷きする。

 だから、早く本返して。


 手を差し出したら、握りしめて感謝された。


 そうじゃなくて、本。

 視線をじっと上げられっぱなしの本に向けていたら、バツが悪そうに本を返してくれた。


 受け取った本を胸に抱き、窓を開けて口笛を吹く。



 ぴぃーっ、と音が天高くまで響き渡り、豆粒みたいな深い青がどんどん膨らみながら降りてくる。


 豆粒大が握り拳大になったところで窓から飛び降り、3階の床を過ぎた辺りで滑り込んできたシルフィードに、その体を受け止めさせる。

 キュルケも、間を置かずに背後に落ちてきた。



 この乗り方にも最近はだいぶ慣れてきたと思う。

 シルフィードは嫌がってたけど。

 痛いのね、だそうだ。


 二人がちゃんと乗ったのを確認したシルフィードは、その翼をばさばさと羽ばたかせて気流を捉え、200メイルmほどを一気に空へ逆戻っていく。



「いつ見ても、あなたのシルフィードには惚れ惚れするわね」


 キュルケは突き並んだ背びれにつかまりながらそう感嘆している。

 ……あれ、そういえば。



「どっち?」


 それがわかれば、楽に見つかるのだけれど。

「あ……ごめん、わかんない。慌ててたから……」

 む。


 しょうがない、一からシルフィードに探してもらおう。


「馬二頭。食べちゃダメ」


 そんなの言わなくてもわかってるのね、とジト目でこっちを見た後、シルフィードは力強く翼で風を打ち始めた。

 もっと高く空を昇り、視力で馬を見つけるつもりらしい。

 まあ、相手がいるのは草原である。すぐ見つかるだろう。


 さて、本の続きを読もう。



 そう思い、本を開くタバサ。

 どうやら場所が部屋から竜の背に変わっただけで、タバサの休日は何も変わらず過ぎていく、ようだ。



 少なくとも、今だけは。











Fate/vacant Zero

第七章 王都トリスタニアの休日











 才人とルイズは、トリステイン王城城下町トリスタニアの中央通りを歩いていた。


 魔法学院から乗ってきた馬は、門をくぐってすぐの駅に預けてある。

 才人は、生まれて初めての乗馬で遠乗りをするという無茶をやった所為せいで、腰が痛くて仕方なかった。


 確かに乗馬は面白かったのだが、一般人才人の身体能力では"興味"の勢いについてこれなかったらしい。

 ちなみにルーンは手綱では起動しなかった。無念。


 揺れる視界でひょこひょこと、街への興味を自前の餌にしながら歩く。



 ルイズは隣を歩きながら、そんな才人をしかめっ面して横目に見ている。


「情けない。馬にも乗ったことがないなんて、これだから平民は……」


 そこ叱るとこと違う。


「うっせ。だいたい、初乗りするヤツをこんな長時間乗せっぱなしにすんじゃねえよ」

「あの距離を歩いてきたら日が暮れちゃうでしょ。だからよ」


 まあ、そうなんだが。

 不毛だ、この話題は打ち切ろう。



 才人は、きょろきょろと通りを見回す。

 白い石造りの街は、なんだかテーマパークに来ているような錯覚を覚えさせてくれる。

 こういう西洋調の街というヤツは、国外に出たことの無かった才人にとっては新鮮極まりなかった。


 果物や肉、奇妙な小瓶からデカい籠かごまで、多種多様に露店を出している商人たちの群れ。

 のんびり歩いていたり、露店で品物を物色していたり、早足で人の群れを縫うやつがいたり。

 この通りには、老若男女ろうにゃくなんにょ取り混ぜた人々が闊歩していた。


 全体的に、魔法学院の人々より素朴な感じの印象を受ける。

 ああ、実に新鮮だ。新鮮だが、なんか違和感がある。


 左右を見比べ、おもむろに前を向く。

 露店が並んでいる所為もあるのかもしれないが……。



「狭いな」

「狭いって、これでも大通りなんだけど」

「これでか?」


 道幅、おおよそで4メートル。これに加え、路の両端には露店のスペースがとってあるのだ。

 それ+することの露天を眺める人の幅である。

 人が歩けるスペースは、自動車一台がぎりぎり通れるかどうか、程度になっている。


 これは狭い。

 どう見積もっても大通りというにはあまりに狭い。

 それでいて人通りは東京の電気街なみに多いものだから、なおのこと狭い。


 普通に歩くのさえ一苦労だ。



「ブルドンネ街。王都トリスタニアで一番広い通りよ。この先には、トリステインの王宮があるの」

「ん? 王宮に行くのか?」


 それはそれで嬉しい。好奇心がとてもくすぐられる。


「あんたね。女王陛下に拝謁はいえつして何する気よ」

「是非ともスープの中身を改善してもらう」


 せめて半生肉だけはなんとかしてほしいものだ。

 あのな、おまえは笑ってるが、食ってる方からしてみたら笑い事じゃないんだぞ? ルイズ。







 まあそれはさておいて。


 露店の量は、確かにここが大通りだと言わんばかりだ。

 服やら食い物やらは常識の範疇で、サンゴっぽい燭台やら、なんだか奇怪なカタチのカエル入りの瓶やら、あからさまに胡散臭い真っ赤な水薬ポーションやら、なんに使うんだか全くわからない、昔に絵本で読んだランプの精みたいな姿をしたターバンを巻いた男の像の置物やら。


 いちいち好奇心を刺激しまくられて仕方がない。

 きょろきょろと、次から次へと興味を惹かれるシロモノに目移りしまくっている。


 バネみたいな形の剥きにくそうなバナナを見つけ、そっちにふらふらと歩いていこうとしたら、ルイズに耳を掴まれてつんのめった。


「少しはじっとしなさい。スリが多いんだからね、ここらへんは。財布はちゃんとある?」


 物騒だな、そりゃ。

 ルイズに預けられた重みを、上着越しに確かめてみる。


「あるぞ、ちゃんと。……ていうか、こんな重いもんスられてたまるかっての」


 ずっしりした重量感がポケットに突っ込んだ手からは感じられた。

 さすがにこんなに膨らんでる重たい財布をもって逃げるのは一苦労だと思うんだが。


「魔法を使われでもしたら一発でしょ」


 まて、その理屈はおかしい。

 辺りを見回し、貴族メイジが居ないかどうかを確認する。


「普通の人しかいないぞ?」


 才人の貴族メイジを見分ける条件は二つだ。

 とにかく、マントをつけているやつ。

 あと、歩き方がもったいぶったやつ。

 少なくとも学院では、その二つがあれば判断できた。


 そして、この周辺にはマントを着けたり、変わった歩き方をしたりしているやつはルイズしかいない。

 少なくとも、見える範囲には。


「そりゃそうよ。だって、貴族は全体の人口の一割もいないのよ。
 あと、こんな下賎なところにはまず来ないわね」


 ますます持って理屈が変じゃね? と才人は思った。

 なんか、話が噛み合ってない気がする。


「そもそも、貴族がスリなんかすんのか?」


 ルイズは、それこそまさか、と両掌を空に向けて上に挙げた。


「貴族は全員が魔法使いメイジだけど、魔法使いメイジの全員が貴族っていうわけじゃないわ。
 いろんな事情で勘当されたり、家を捨てたりした貴族の次男坊や三男坊なんかが身をやつして、傭兵になったり犯罪者になったりするの。
 この辺りの裏路地には、そういう人種が少なからずはびこってるのよ」


「へえ……。貴族っても、いろいろあんだな」


 そういう才人の目線は、下から上に移されていた。


 軒先に掛けられた、木の看板を見ている。

 こういうタイプの看板は、ゲームの中以外で見た記憶はなかった。


「なあ、あの瓶の形した看板ってなに屋さん?」

「ん? ああ、あれね。酒場よ」


 おお、あれが酒場か。いわゆるBARか。


「こっちの酒場って入場に年齢制限とかないのか?」

「年齢制限?
 なにそれ? あんたの居たとこってそんなのあるの?」


 ないらしい。


「お酒は二十はたちを過ぎてから、ってな。お、あの×印はなんだ?」

「衛士えじの詰め所」


「エジ?」

「なに、衛士も知らないの? 警備をする兵士のことよ」


 ああ、なんとなくわかった。

 言ってみれば警備員さんか。街にもちゃんと居たんだな。


 しかし、こうやって歩いてるだけでもおもしれえ。

 俺、いま、ファンタジーと浪漫のど真ん中にいるんだなぁ。



 にやつく顔が止まらない。

 無理やり連れてこられたことなんて、とっくに意識の外まで飛び去っていた。



「っていうか、あんた剣買いに来たんでしょうが」


 あ、いっけね。

 忘れてた。好奇心に釣られすぎたか。


「そうだった。ちゅうか、剣屋はどこにあるんだ?」

「確かこっちよ。剣だけ売ってるわけじゃないけどね」



 そう言ってさらに狭い路地裏へ入っていくルイズの後に続いた。







「きたねえ」



 一歩踏み込んだ途端、アンモニア特有の刺激臭やら腐敗臭やらが鼻を突く。

 おまけに、ゴミや汚物の類が道端に散乱している。

 実にきたねえ。


「これだからあんまり来たくないのよ」


 そりゃ確かにこんな路は通りたくないだろう。誰だってそうだ、俺だってそうだ。



 辟易しながら少し歩くと、四つ辻に出た。


「ピエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺のはずなんだけど……」


 立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回すルイズ。

 どうやら、軒先の看板を一つ一つ確認しているようだ。


「あ、あった」


 そう嬉しそうに一声呟く。

 視線の先を見ると、剣の形をした銅製っぽい看板が三軒先辺りに吊り下がっているのが見えた。

 どうやらあれが剣屋、というか武器屋の看板のようだ。


 二人は石段を登り、撥ね扉を押し開いて店内に入った。







 店内は昼間だというのに薄暗く、ランプが灯されていた。

 四列並んだ棚には剣の類が所狭しと並べられ、周りの壁には槍が竹林の如く立て掛けられている。

 隅には、立派かつ武骨な甲冑が飾ってあった。


 そんな雑然とした店の奥、パイプをふかしていた50代ぐらいの親父が、店内に入ってきた珍妙な客ルイズと俺を胡散臭げに眺める。

 どうもこの親父がここの店主らしい。

 店主の舐め回すような視線は、ルイズのタイ留めに刻まれた五芳星で止まった。

 パイプを放し、ドスの聞いた声があがる。


「旦那、貴族の旦那。ウチは真っ当な商売してまさぁ。
 お上に目をつけたてるようなことなんか、これっぽっちもありませんや」



 うわあ、胡散くせえ。



 それが才人の第一印象だった。


「客よ」


 ルイズが、なにやら勘違いしている店主に腕を組んで言った。

 すると、店主の態度と表情と声色が、いきなりコロリと、なんというかこう、反転した。


「こりゃおったまげた。貴族が剣を! おったまげた!」

「どうして?」


「いえ、若奥さま。
 坊主は聖具をふる、兵隊は剣をふる、貴族は杖をふる、そして陛下はバルコニーからお手をおふりになる、と相場は決まっておりますんで」


 座布団一枚、とでも言って欲しいんだろうかこのオッサンは。

 顔に笑みを浮かべ、卑屈な態度で人当たりのよさそうな声を出す店主に、そんなことを思った。


 とりあえず、そっちはどうでもいい。

 俺はその辺に転がってる"本物の武器"の観賞に忙しい。



「使うのはわたしじゃないわ。使い魔よ」

「忘れておりました。昨今は貴族の使い魔も剣をふるようで」


 んなこたーない。


 投げ遣りに心中で相槌っつーかツッコミを打ちつつ、とりあえず剣を一つ手にしてみる。


 おお、いい感じに光ってる光ってる。

 剣ならフツーに持つだけでも発動するんだな。



「剣をお使いになるのは、この方で?」


 店主は、今度は壁に立てかけた槍を手に取ろうとしている才人を見やる。

 なにやら、おー光る光る、などという呟きが聞こえたが、ルイズは無視して一つ頷いた。


「わたしは剣のことなんかわからないから。適当に選んでちょうだい」


 それを聞いた店主は、いそいそと奥の倉庫へすっこんでいった。

 その口に浮かんだニヤリとした笑みは、才人はもちろんのこと、ルイズも気付いていなかった。





 それから一分と経たぬうちに、彼は1メイルmほどの刀身を持つ、小枝のような細身の剣を持って現れた。


「そういや、昨今は宮廷の貴族の方々の間で、下僕に剣を持たせるのが流行っておりましてなあ。
 そういった方々がお選びになるのが、このようなレイピアでさあ」


 新しい剣に興味を惹かれた才人がしゅぴっと寄ってきて、レイピアを受け取る。


「貴族が、下僕に剣を?」


 なるほど、煌びやかな装飾が施されていて、貴族の好みそうな美しい剣だった。

 ただ、才人が自分で扱う分としてはかなり不安が残った。


「へえ、なんでも『土塊つちくれ』のフーケとかいう魔法使いメイジの盗賊が、貴族のお宝をさんざ盗みまくってるって噂で」


 なんせ、これぐらいの細さの枝を振った時は、大きな木に当たった時に折れ弾はじけてどこかへ飛んでいってしまったのだ。

 これも同じ結果にならないとは限らないし、もしそうなってしまえば折れた刀身でまず自分の身が危なくなる。


「貴族の方々そいつをは恐れて、下僕にまで剣を持たせる始末でして。へえ」


 もうちょっと、頑強さが欲しい。

 その旨をルイズに伝えようと振り向くと、ちょうど細剣レイピアから目を上げたルイズと目があった。


「どう?」


 どう……、って、これでいいか? ってことか?

 なら、俺の答は出てる。


「いや、ダメだ。これだと折っちまいそうな気がする」


 首を振って、そう告げる。

 そう、と一言呟いたルイズは、店主に向き直った。


「もっと大きくて太いのがいいわ」

「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。
 それに見た所その剣は、若奥さまの使い魔とやらの細腕に折られるほどヤワな造りはしておりませんぜ」


「大きくて太いのがいいと、言ったのよ」


 ルイズのダメ押しに折れた店主はぺこりと頭を下げると、才人の腕からレイピアをひったくって奥へと消えた。



 小さく「素人が!」と呟いたのはやっぱり気付かれなかった。







 また少し経って、今度は立派な剣を油布で拭きながら店主が現れた。


「これなんかいかがです?」


 才人はそれを受け取ると、再び鞘から引き抜いてみた。


「店一番の業物でさ。貴族のお供をさせるなら、このぐらいは腰から下げてほしいものですな」


 それは、刀身1.2メイルmはあろうかという両手剣クレイモアだった。

 柄つかは両手で扱うため長めに作られており、柄尻つかじりには虹色に輝く乳白色の宝石がおさまっている。

 鍔つばは三角錐を横倒しにして二つ重ねたような形状をしている。その両端は細く鋭い。


「といっても、こいつを腰から下げるのはよほどの大男でないと無理でさぁ。やっこさんなら、背中にしょわんといかんですな」


 所々に宝石の鏤ちりばめられた柄つかも鍔つばも見事な一品だったが、目を引いたのはそちらではない。

 その刀身は鮮やかな青色をしており、自分の顔がくっきり映り込むほどに磨き抜かれていた。

 表面には無数のラインが走っており、それが何かの幾何学模様を形成しているようにも見える。


 そして何より、持った瞬間に得られたイメージが凄まじい。

 ダイヤモンドすらも切り裂いてみせる、そんな靭つよさが感じられたのだ。



「すげえ。この剣、すげえよ」


 面白い、というより、魅入られた。

 これは、欲しい。

 ルイズのほうを見て、激しく頷く。


 ルイズはそれを見て、サイトが気に入ったというのならこれでいいだろうと了承した。

 店一番と親父が太鼓判を押したのも気に入った。

 貴族はとにかく、"一番"が大好きだ。



「おいくら?」

「こいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの"錬金魔術師"シュペー卿で。
 魔法がこめられてるから、鉄だって粘土なみに一刀両断でさ。
 ごらんなさい、鍔の所にその名が刻まれているでしょう? おやすかあ、ありませんぜ」



 そうのたまう主人の指先を見れば、なるほど、確かに何か文字っぽいものが刻まれている。読めねえけどな。


「わたしは貴族よ」


 胸を張るルイズって、味方にまわしたらこんなに頼もしく見えるんだな。見直したよ。

 そんなルイズを見ながら、主人は淡々と値を告げた。



「エキュー金貨で2000。新金貨なら3000」


 それって高いんだろうか。

 才人はこっちの相場も貨幣価値も分からないので、とりあえず期待してルイズを見ている。


「立派な家と、森付きの庭が買えるじゃないの」


 うわすげえ。

 ってか、どう考えてもそりゃあぼったくりじゃないのか?


「名剣は城に匹敵しますぜ。屋敷で済んだら安いもんでさ」


 そうなのか。


「新金貨で、100しか持ってきてないわ」


 えー、と才人はがっくり肩を落とした。


「まともな大剣なら、どんなに安くても相場は200でさ」


 赤くなったルイズを見ながら、見直して損したと思った。

 ていうか、高いんだなあ、剣って。

 才人は、自分もこっちの金銭感覚はないということを既に忘れている。


「なんだよ、これ買えないのか?」

「そうよ。買えるのにしましょう」


 しかしさっきの話からすると、買えるのっていったら買わない方がマシ、みたいなのにしかならないんじゃないのか?

 才人はさらにがっくり来て、うっかり悪愚痴わるぐちをこぼした。


「貴族だなんだって威張ってる割には……」


 きっ、と睨まれた。なんだよ?


「誰かさんの大怪我治す秘薬の代金が残ってれば、手が届いたかもしれないんだけど」

「ゴメンナサイ」


 要するに、俺の無茶のせいか。

 怒るに怒れないなあ、と才人は意気消沈した。


「これ、気に入ったんだけどなぁ……」


 名残惜しげに、剣を鞘にしまう才人。



「生意気言うんじゃねえ、坊主」



 その背後、剣の積んである棚の中から、唐突に不思議なトーンの声が聞こえた。

 やや高めで芯の通った、男とも女ともつかぬ声。

 成長期過渡の少年の声、というのが近そうだ。


 ルイズと才人が、その棚の方を振り向いた。

 才人から剣を受け取ろうとしていた店主は、頭を抱えた。


「おめえ、自分を見たことがあんのかい? そのナリで剣を振るだ?
 こりゃおでれーた! 冗談じゃねえ! おめえにゃ棒っキレがお似合いさ!」

「んだと?」


 才人は、沸点寸前まで一気に血を上らせた。

 こちとら、その棒っキレで満足できねえからこんなとこまで剣買いに来てるんだよ、と。

 だが、その声の主を探してみても、そこには棚と積まれた剣があるだけ。


 人影など、どこにも見当たらない。



 あれ?


「それがわかったら、とっとと家に帰りな! おめえもだよ、貴族の娘っ子!」

「失礼ね!」


 人影が見えないとわかった途端に、才人の好奇心がまたもむくむくと膨れ上がってきた。

 人は居ない。じゃあ、何が喋ってるんだ?

 つかつかと棚の前に立ち、才人は大きく息を吸い込んだ。


「どこだ!」

「ここだよ! おめえの目は節穴か!?」


 叫んだら、間髪入れずにちょうど目の前・・・から返事が返ってきた。


 目に映っていたのは、抜き身の、錆の浮きまくった一本の剣である。

 声は、コレから発されているらしい。



「剣が喋ってる、んだよな?」

「そうだよ! 気付くのおせえぞ愚図!」


 愚図は余計だ。


 じゃねえ、間違いない。剣が喋っている。

 おもしれえ。

 どういう仕組みなんだかさっぱり理解できない辺り、実にいい。


「やいデル公! お客様に失礼なことを言うんじゃねえ!」


 デル公ってなんだ、と思ったが、まあそれは後回しだ。


「お客様? 剣に振られるような小僧がお客様だ?
 ふざけんじゃねえよ! 耳をちょん切ってやらあ! 顔を出せ!」


 才人は、じっくりとその剣を見つめた。

 完全に興味がシフトしたらしい。


「それって、インテリジェンスソード?」


 長さはさっきの大剣となんら変わらないが、刀身がやや細い。

 薄手の長剣だった。


「そうでさ、若奥さま。意思を持つ魔法剣、知恵持つ長剣インテリジェンスソードでさ。
 いったいどこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるなんて」


 ただ、表面には錆が至るところに浮いている。

 手入れとかされてなかったのか?


「とにかく、こいつはやたらと口は悪いわ、客にケンカは売るわで閉口してまして……。
 やいデル公! これ以上失礼があったら、貴族に頼んでてめえを溶かしちまうからな!」


 しかしまあ、喋る剣か。

 それだけでも……、って、トかす?


「おもしれえ! やってみろ! どうせこの世にゃ、とっくに飽きが来ちまってたところさ! 熔かしてくれるんなら上等だ!」


 熔かす!?


「やってやらあ!」


 こっちに向かって歩き出そうとした主人を、才人は片手で遮った。

 冗談じゃない。


「まあまあ。もったいないよ。喋る剣なんて、最高に面白いじゃないか」


 そう言うと才人は、左手で錆の浮いた剣を握って、棚から引っ張りおろした。

 握ったとたんにルーンが光を帯び始めたのは、言うまでもない。


「お前、デル公っていうのか?」

「ちがわ! デルフリンガーさまだ! 覚えと――?」


 へえ。名前がまたファンタジー調で実にいいな。



 って、いま変なところでセリフ切らなかったか? こいつ。


「名前だけは、一人前でさ」


 主人が、ぼやくように言った。


「俺は平賀才人だ。よろしくな」



 剣は、黙っている。



 さっき、何かに気付いたようにセリフを途中でぶったぎってから、ずっと黙りこくっている。


「おーい?」


 やっぱり反応がない。

 どうしたものか、と首を捻った頃になって、ようやくポツリと声がした。


「おでれえた。寝ぼけちまってたか。てめ、『使い手』だな?」

「『使い手』?」


 ルーンのことか?

 いや、ルーンのことだったら使い"手"なんて表現になるはずが。


「ふん、自分の実力もしらねえのか。まあいい。てめ、俺を買え」


 実力ね。

 やっぱ、ルーンのことなんだろうか。不思議。


「言われんでも買うさ」


 その返事で満足したのか、剣はまた黙りこくった。


「ルイズ。これで頼む」


 えええ、と言わんばかりの顔になっているルイズに告げた。


「ええええ。そんなのにするの? もっと綺麗で喋らないのにしなさいよ」



 本当に言ったし。

 そう言われてもな。

 もっと綺麗なのなんか買えるのか、お前。


「いいじゃんかよ。こんな面白い剣なら、大歓迎だぞ?」

「喋るだけじゃないのよ」


 ルイズはまだ不満げに文句を言ったが、財布の中身を思い出したのか、妥協することにしたらしい。


「あれ、おいくら?」

「あれなら、100で結構でさ」


 ルイズの目が少し見開かれた。驚いているらしい。

 そういや、さっき相場は200とか言ってたっけ。


「安いじゃないの」

「こっちにしてみりゃ、厄介払いみたいなもんでさ」


 ひらひらと、手を振りながら店主はそう言った。

 才人はいったん錆びた剣を店主に渡すと、上着のポケットからルイズの財布を取り出し、ひっくり返して中身の全てをカウンターのトレイの中にぶちまけた。


 ひと山になった金貨を、店主は慎重に数えた。

 少しの間の後、「毎度」という店主の声がする。


 支払い満了。


「どうしてもうるさいと思ったら、こうやって鞘に納めてやれば大人しくなりまさあ」


 才人は、店主から鞘に納められたデルフリンガーという銘の剣を、確かに受け取った。









 さて。


 武器屋から出ていった才人とルイズの後ろ姿を見つめる、二つの影があった。

 ……あいや、片方の影は見つめていない。本に没頭していた。


 言わずもがな、キュルケとタバサの二人である。

 キュルケは路地の陰から二人を見送ると、ぎりぎりと唇を噛み締めた。


「ヴァリエールったら――、剣なんかで気を引こうとしちゃって――、あたしが狙ってるってわかった端そばから、早速プレゼント攻勢? なんのつもりよ――――ッ!」


 だん、だん、だんと、キュルケは地団太を踏んだ。


 タバサはもはや我関せず。

 自分の仕事は終わりだとばかりに本を読んでいる。


 その腰にはシェルンノスが提げられている。

 王都につくまではシルフィードの首からぶら下がっていたのだが、急についてくると言い出したのだった。

 その際にキュルケが、もの珍しいものを見たと言わんばかりの表情になったのは言うまでもない。


 ちなみに話し相手を失って暇になったシルフィードは、上空で腹いせにヤケ飛びをしていたりする。

 ぐるぐると。

 今にも「暇なのー」って声が聞こえてきそうな勢いで。


 っていうか、いま聞こえた。あとでお仕置き確定。



 キュルケは、自分も剣をプレゼントするんだから、と息巻いて店内に入っていった。

 それを見送ったタバサは、本を読みながらもシェルンノスに軽く質問をした。


 まあつまり、「なぜ着いてきたのか?」である。

 どうも、同行を言い出したタイミングが妙だった。

 そのクセに何も行動を起こそうとしないので、気にかかったのだ。


「ああ。いや、なんだ。ちょっとばかり、知り合いの気配がしたんもんでな。この街に着いたときに」

「知り合い?」


 はて、どういうことだろう。

 シェルンノスの知り合いというと……。


「傭兵?」

「いや、違う。そっちじゃねえ。
 もっと古い知り合いだったはずなんだが……、ダメだな、もうよく思い出せねえや。
 俺もこの世に生まれてなげえからな。昔のことは、あんまり覚えてねえんだわ。
 なんとなく、忘れちゃいけねえ気配だったような気はするんだけどな」

「そう」


 もっと古い、知り合い。そして、シェルンノスは千年は軽く生きている。

 そうするとつまり、気配を感じられる知り合いとは……。



「同じ、知恵持つ武器インテリジェンスウェポン」



 その知り合いとやらに、シェルンノスのような、人を操る特殊能力がついていたりはしないだろうか。

 そうだとしたら、対策は練っておかなければならない、かもしれない。


 そこまで考えたところで、タバサはふと我に返った。

 なぜ自分はそれと戦うことを考えているのだろうか?

 敵だとは限らないだろうに。こういうのは、確かなんと言っただろうか。

 ああ、そうだ。


「野竜を草結びに掛ける算段取らぬ狸の皮算用」


 せっかくの休日なのだ。

 妙なことは考えず、大人しく本の世界に埋没していよう。



 それから、キュルケがほくほくした顔で大きな剣を抱えて出てくるまでの間、辺りは沈黙が支配した。


 帰り際、「あの剣を1000で売っちまった!」という悲痛な叫び声が聞こえた気がしたが、きっと空耳だろう。



 わたしは何も聞いてなどいない。



 聞かなかった。




 
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