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fate/vacant zero

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微熱のお時間




ルイズは、藁わらたばに座って筆ペンを持った才人を蹴倒すと、藁わらたばをまとめて廊下にほっぽり出した。


「いきなり何すんだよ?」

「わたしが忍び込んだら、困るでしょう?」


 にっこりと笑いながらルイズが言った。

 午前の授業中のことを、未だに根に持っているようだ。


 正直、廊下は勘弁して欲しいんだけどな。



「部屋の外って、風通しがいいから寒いんだけど?」

「きっと、夢の中のわたしがあっためてくれるわよ」


 ルイズに引き下がる気はないらしい。

 一度こうなったルイズは止められない、というのはもうイヤというほど身に沁みてわかっていた。

 仕方が無いか、とこの一週間たらずの出来事を書き綴ってきた、日記みたいなメモ帳みたいなよくわからない冊子と、すっかり愛用品になった筆ペンを手にし、毛布を引っかぶって廊下に出た。

 体の全部が廊下に出たとたん、背後でばたん!がちゃり、という派手な連続音がした。


 本気で締め出されたらしい。


 しかたなく、廊下の藁わらたばに座り込み、毛布にくるまって今日の日記を書いて……書いて…………書い……て。



 壁に大きくあいた窓から、風がぴゅうと吹き抜けていく。





 寒い。


 メガ寒い。


 むっちゃ寒い。


 ものごっつ寒い。


 廊下の床は石造りなもんだから、輪を掛けて寒い。



 ちゅーか冷たい。

 藁わらたばを貫通して、石の冷たさと風の寒さが尻に襲撃をかけてくる。



 歯の根があわねえ。

 毛布のあるなしなんてもう関係ない。

 ていうか、毛布のおかげで半端にぬくくて、逆に尻の寒さが際立っちまってる。


 眠れるか、こんなんで。

 3発ほどルイズの部屋のドアに蹴りをくれてみる。



 反応がねえ。ダメっぽいな。


 ああくそ、小枝でも拾ってきて、ルーンを使って暖を取るか?



 ……って、全力で握り締めながら眠るなんて器用な真似は俺には出来ん。


 ああクソ、だいたい、たかが夢ごときで締め出しまでしなくたっていいだろうに、ルイズめ。



 どうやって復讐してくれようか、と責任転嫁しながら、日記を書いて気を紛らわせる。

 だんだん寒い以外のことが頭に浮かばなくなってきたが。



 正面――キュルケの部屋のドアが、がちゃりと開いたのはちょうどその時だった。











Fate/vacant Zero

第六章 微熱のお時間







「あれ……、フレイム?」



 ひょっこりと顔を出したのは、キュルケの火蜥蜴サラマンダーだった。


 気がついたら、なんでか右手が毛布から突き出されていた。

 おいでおいでを無意識にしていたらしい。


 ……仕方ねえじゃねえか、寒さで凍えそうってか現在進行形で凍えてるんだから。


 誰に言い訳してるんだ。フレイムにか。

 自分の思考に自分でツッコミをいれていたら、右手が少し熱めながらも温かくなった。



 いつものように、フレイムがすり寄っているらしい。

 きゅるきゅるという声が懐っこく聞こえてくる。


 ああ、やっぱこいつあったけぇなぁ、としばらく撫で回していたら、くいくいと袖を引かれた。


「ん?」


 見れば、フレイムが部屋に戻ろうとしている。

 才人の袖口をくわえながら。


「お、おい。どうしたんだ?」


 まあ、フレイムは普通に火蜥蜴サラマンダーなわけで、喋れるはずもない。

 一瞬こっちを振り向いただけで、またぐいぐいとキュルケの部屋に……、ってこらこらこら!


 まずいって! 流石にそれは問題あるって! 俺はキュルケの使い魔ってわけじゃねえんだぞ!?


 なんて心の叫びが届くはずも……あるかもしれないが一切気にせず、ぐいぐいと引っ張るフレイム……&、ずるずる引き擦られていく俺。

 抗うわけにも行かず、そもそも抗えるような生易しい力でもなく、フレイムの出てきたドアをくぐってしまった頃。


 なんだか、草原を遠ざかっていく羊の歌が、走馬灯のごとく映像つきで脳内を流れた気がした。

 売られてゆーくーよー?







 部屋の中は真っ暗だった。

 あ、いや、フレイムの周りだけがぼんやりと明るい。

 尻尾の炎の灯あかりかね。


 そのフレイムが、扉を器用にぱたりと閉じた。

 こいつはいったい、何を考えて俺をキュルケの部屋に連れ込んだのかね。


 あれか? 毎晩どたばたやかましくて眠れないっていう苦情でもキュルケから出たのか?


 そうだとしたら平謝りするしかないんだが。



 それとも、フレイムの純粋な厚意かね。

 使い魔同士の共感というか。


 お互い大変だね、っていうか、そんな感じの。



「ようこそ、サイト。こちらにいらっしゃいな」



 考え事をしながら立ち竦すくんでたら、部屋の奥の方からキュルケの声が聞こえた。

 いや、こちらにいらっしゃいって言われてもさ。


「真っ暗でなんも見えないんだけど……」


 へたに動いてなんか蹴っ飛ばして壊しちゃっても困るし。


 すると、ぱちりと弾けた音が一つした。

 それで、ぽっ、と俺の背後の蝋燭ろうそくに光が灯った。


 また一つ音がして、今度は俺の隣の蝋燭が、次の音で、ナナメ前にあった蝋燭が。

 一つの音ごとに一つの蝋燭へと、俺の近くから段々と火が灯されていく。


 それを10ほど数えた時、キュルケのそばの蝋燭が灯った。

 それで最後だった。


 そこが通るべき道筋であると言うように、俺からキュルケまでを一直線に灯火あかりが結んでいた。

 街灯みたいだな、と思いながら部屋を見回して、キュルケを見て、鼻を押さえる。



 いかん、俺まで赤く染まりそうだ。物理的に。



 ほのかに淡く幻想的な灯火あかりに照らし出されたキュルケは、ベルギードール、だったかなんだったか思い出せやしないが、まあそんな感じの――男を誘惑するための下着を着けていたってか下着しかつけていなかった。


 実に悩ましいもといエロっちい失礼扇情的な姿だああ頭がまわらねえいやむしろ回りすぎか落ち着け俺。

 とりあえず、キュルケの胸が上げ底などでないのは理解した。


 うん、だから落ち着けっての俺。視線を逸らせ。


 いやそれはそれで失礼いいからずらせ無理なら焦点をずらせ左右じゃない前後だ早くしろ血管がもたねえ誰と喋ってるんだ俺自分とに決まってるか。


 沸いた頭のもと、焦点を気合でキュルケの向こうの壁にあわせたところで、色っぽい声が聞こえた。


「そんなところに突っ立ってないで、いらっしゃいな」


 ふらふらと歩いていく。

 いや、ほんとに歩いてるのかどうかよくわからんが、まあキュルケが近づいてきてるってことは、俺は歩いているんだろう。


 多分。いや、俺自身が歩こうとした記憶が無いからこんなこと言ってるんだけどな。

 何を言ってるかはわからねえと思うが、まあ我慢してくれってかだから俺は誰に話してるんだ。


 いいから落ち着け俺。





 大きく深呼吸して落ち着いた時には、俺は既にキュルケの隣、ベッドの端に腰掛けていた。

 なんでだろうね。



 なんでかはひとまずおいといて、とりあえず、話しかけないことには始まらない。

 気になることから聞いていくことにしよう。


「な、なンの用?」


 ……裏返っちまった。

 かっこわりい。


 キュルケは、その燃えるような……、灯火あかりのもとで本当に炎のように見えてくる髪を優雅にかきあげて、俺の方を見つめてきた。


 いや、なんだなんだなんだ?

 俺、何かしたか? なんか悪いことでも言っちまったのか?


 混乱しまくってまったく落ち着いてなかったらしい頭を必死に回していると、キュルケは大きく溜め息をつき、悩ましげに首を振った。



「……あなたは、あたしをはしたない女だと思うでしょうね」




「へ?」


「思われても、仕方がないの。
 わかる? あたしの二つ名、"微熱"」


「え……、あ、あぁ。それは知ってる、けど」



 いったいそれがなんだと言うのか、キュルケは。

 話が見えない。


「あたしはね、松明たいまつみたいに燃え上がりやすいの。
 だから、いきなりこんな風にお呼び立てしたりしてしまうの。

 わかってる。いけないことよ」


「いけないこと……、なのかな。よくわからないんだけど」



 ほんとに。

 いったいなんの話をしてるんだ?


「ふふ……、あなたならきっとお許しくださると思ったわ」


 いやだから、何をさ?

 まったく話が見えないままなんだが。


 親父さんでもシエスタでもこの際ルイズでもいいから、現状が分かる人、誰か説明しに来てくれ。

 あ、やっぱ来なくていい。だから落ち着けってば、俺。


 相変わらず落ち着きのない脳を同じ脳で叱咤しったするという、実に意味の無い行為に耽ふけりながら、あらためてキュルケと視線を交わす。


 ほのかに微笑みながらじっと見つめてくるキュルケの瞳は、潤んでいる、ような気がする。



「えっと……、あの、何を許すの?」


 その返事は言葉でないもので返された。

 す、っとキュルケに手を握られる。


 おぉ、やわらかくてほそっけぇ。これが女の子の手か。


 初めて繋つないだけど、こんな感じがするんだなぁ。おもし……れぇ?


 いや待てそーじゃねえだろうちょっと待ってろ俺の好奇心。

 なんでキュルケは俺の指をなぞって……、え、なぞ、って!?





 あったけえ。だから待て。


 柔らかいも細いもちょっと待ってろ、いっぺん整理すっから。

 あーと、これはつまりなんだ?



「恋してるのよ、あたし。あなたに。恋はまったく、突然ね」


 整理する暇もなくストレート空振り三振スリーアウトチェンジだから落ち着け!って落ち着けるかバカ俺!



 なんだこりゃ。なんなんだいったい。


 あれか? ドッキリか? ドッキリなのか? ドッキリなんだな? きっとそうだな?

 じっとキュルケの目を覗き込んでみる。

 ……って、こんなんで嘘か本気かなんてわかるわけがねえ。


 落ち着けってば。



「あなたが、ギーシュを倒したときの姿……、かっこよかったわ。まるで、伝説のイーヴァルディみたいだったわ!
 あたしね、それを見たとき、痺れたのよ。
 信じられる? 痺れたのよ! 情熱! あああ、情熱だわ!」


「じょ、情熱か。うん」



 な、なんかヒートアップしてる?


「二つ名の"微熱"は、つまり情熱なのよ!
 あの日からあたしは、ぼんやりとして詩マドリガルを綴つづったわ。
 詩マドリガル。恋歌よ。
 あなたの所為せいなのよ、サイト。
 あなたが毎晩あたしの夢に出てくるものだから、フレイムを使って様子を探らせたりして……。ほんとにあたしってば、みっともない女だわ。
 そう思うでしょう? でも、みんなあなたの所為せいなのよ」





 えーっと……、冗談、じゃ、ない……よな?



 俺は、判断できずに固まっている。




 キュルケは、返事を待つように固まっている。





 やっぱり固まっている。







 まだまだ固まっている。









 相変わらず固まっている。











 しつこいようだが固まっている。














 まだ固まって――、いや、キュルケがゆるやかに目をつむり、顔が少しずつ近づいてくる。



 マジか。ああ、マジだ。


 マズイ。いや、何がかわからんけど、このままじゃマズイ。

 何がかはわからんけど、何か違う。何かが違うんだ。


 がし、っとキュルケの肩を両手で止める。

 薄目を開いたキュルケが、こっちを見つめてきた。


 うぁ、なんかすげぇ罪悪感がする。


 目で語ってるんだよ。どうして、ってよ。


 その悲しそうな視線から耐え切れずに目を逸らし、誤魔化すように口を開く。



「とととととととにきゃく。今までにょ、話はにゃしを、要約しゅると……」



 噛みすぎだ俺。

 深呼吸しろ深呼吸。


 すぅ、はぁ。


 うん、よし。

 ちったぁマシんなった。


 ハズだ。



 多分。



「君は、惚れっぽい」


 さっ、とキュルケの顔色が変わった。赤く。

 図星っぽいね。怒りなのかそうでないのかは表情でわかる。



「そうね……、人より、ちょっと、恋ッ気は多いのかもしれないわ。
 でもしかたないじゃない。恋は突然だし、すぐにあたしを炎のように燃やしてしまうんだもの」


 どう見ても恥ずかしそうに、目を逸らしながらキュルケがそう言ったとき。


 窓が、こつ、こつと叩かれた。


 外から。



 ……ここ、3階じゃなかったか?











「ん? ……なあ、竜の子。なんかさっき、炎が見えなかったか?」

「きゅる。しっかり見えたのね短剣。なんか、お姉さまの棲家の窓を突き破って生えてきてたのよ」




 上空、任務を終えたタバサを乗せて学院に帰ってきたシルフィードとタバサの腰にぶら下げられたシェルンノスが言葉を交わす。

 まだ学院までは1リーグkmほどの距離が残されているんだが、どこから炎が出てきたとかわかるもんなんだろうか。


 問題はそこではなくて、火が見えたってことの方であるが。


「寝床からか?
 おいおい、なんか事件でも起こってるんじゃねえだろうな。
 また一仕事すんのかね?」


 シェルンノスがうんざりした声を出した時、二度目の炎が同じ窓から生えた。

 まったく同じ窓から生えてきたのが、シルフィードにはよく見えた。


「うお……、またかよ。竜の子、何が起こってるのかわからねえか?」

「きゅい。なんか、黒焦げになった人間が二つほど炎だした部屋の下の地面に転がってるけど、他にはこれといって変なところはないのね」


 首を振りながら、眼下の様子を眺めるシルフィード。



「気にしないでいい。降りて」



 気ままに話し合う一本と一頭ふたりを気にせず黙々と月明かりで本を読んでいたタバサが、こともなげに呟いた。

 彼女としては、早く眠りたいらしい。


「いや、気にするなって言われても……、なぁ?」

「そうなのね。なにかあったらどうするのね? お姉さま」


 やけに息があってきているふたりが見事な繋ぎでそれぞれ言うが、ふるふると、タバサは首を横に振った。


「いつものこと」



「「へ?」」


 シルフィードとシェルンノスの声が重なった。

 タバサの蒼い瞳が、学生寮に少しの間向けられる。


 視線の先、伸びる火柱の根っこが3階の窓であることを確認した彼女は、一言だけ言い残してシルフィードに降下を促した。


 曰く、「二兎を追う者は一兎をも獲ず」。


 彼女の友人にとって、それは正まさしく"いつものこと"だった。

 まだ学院に来て日が浅いシルフィードとシェルンノスは揃ってクエスチョンマークを大量に飛ばしていたが、まあしょうがないだろう。



 一度に複数の男を部屋に呼び、一番最初来た男以外を燃して追い返すなんて、タバサの友人以外にはまず居ないだろうから。











「………………今のは?」



 フレイムの吐息ブレスにこんがり焼かウェルダンされ、一塊になって地面に落ちていった3人組の冥福を祈りながら、キュルケに尋ねる。


 いや、まさか一晩に五人とは。

 その全員が自分が恋人と思ってた辺り、きっと何かが間違っている。


 というか、焼いて追い払うなよ。

 哀れにもほどがあるからさ。

 いくらなんでも、想像の範疇外にも限度ってもんがある。



 ……ていうか、最後にまとまって来た3人組はいったい何がしたかったんだ?



「さあ? 知り合いでもなんでもないわ」


 嘘つけ。


「とにかく! 愛してる!」



 あ、ちょ、こら、ま……★▽■××××――ッ!?









 数秒の空白の後、ドカン、と盛大に音をたて、ドアがものすごい勢いで開いた。









 ――いかん、意識飛んでた!?



 がっちりと焦点を合わせる。


 今、目の前にあるのは、キュルケの……、えーと……顔。

 ていうか、閉じられた瞼しか見えん。


 この光景。んで、唇にあるあったかい感触。



 つまりあれか。キスか。

 むっちゃ押し付けられてるな。



 ……あれ、なんかふやふやしててやーらかくてしめっててあったかいものが唇をなぞ――ッて!?


 いや待て、それはまずい、ものすごくマズイ!

 ちょ、おい、こら、舌! 俺の舌、自重しろ!


 まて、こら、唇開けて出て行こうとすんじゃねえ!

 止まれ! 止まれ、っての!



「キュルケ!」



 ルイズの怒鳴り声がすぐ側で聞こえて、キュルケが体を、顔を、俺の顔を抑えた両手を離した。


 ナイス、ルイズ。

 どうにか、一線は守りぬけたみたいだヨ。



 …あ? ルイズ?


「取り込み中よ。ヴァリエール」

「ツェルプストー! なに、人の使い魔に手を出してんのよ!」


 ルイズの鳶色の瞳は、非常にまずいことに怒りの炎で彩られていた。

 やっべ。なんでここにいるんだ、ルイズ。



「しかたないじゃない。好きになっちゃったんだもん」


 キュルケが両手を挙げて、挑発的なまなざしでルイズを見つめていた。

 勘弁してくれ。鉾先は全部俺にくるんだ。


 頼む、それ以上挑発しないで。



「恋と炎はフォン・ツェルプストーの身を焦がす宿命よ。
 恋の業火に焼かれるのなら、本望なのがあたしの家系なのよ。

 それはあなたが一番ご存知でしょう?」



 心の中で祈ったことなんて知ったこっちゃないってことなのか。

 どう聞いてもおちょくっているとしか思えない口調でそう言いながら、肩をすくめるキュルケ。


 怨んでいいか?


 さっきのキスはスルーの方向で。

 ああ、ほら、ルイズの手がふるふると震え始めたじゃねえか。

 多分、怒りで。



「来なさい、サイト」



 びっくぅ! と震え上がる。


 やべえ、鳥肌立っちまった。

 すっげえこええ。


 具体的には、こっち向けられてる視線で殺されそうなぐらい。


 なあ、神さんでも仏さんでも始祖ブリミルさんでもこの際いいから助けてくれ。


 俺なんか悪いことしましたか。



「ねえルイズ。彼は確かにあなたの使い魔かもしれないけど、意思だってあるのよ? そこは尊重してあげないと」



 あの、俺の意思は確かそういうキュルケ当人に無視された気がしたんだが。

 俺の気のせいか?



「あんたね……。そんなことしてたらそいつ、十人以上の貴族から、魔法で串刺しにされるわよ? それでもいいの?」



 ナヌ?



「平気よ。あなただって、ヴェストリの広場での彼の活躍を見たでしょう?」



 いや、断言されても。

 そりゃ、ルーンを発動させっぱなしならどうにかなるかもしらんけどさ。

 というか十人以上って。

 さっきの五人だけじゃなかったのか、やっぱり?


「ふん。ちょっとは剣がお上手かもしれないけど。
 後ろから『火球ファイヤーボール』や『震風ウィンドブレイク』を撃たれたりしたら、剣の腕なんて関係ないわよね?」


 あ、それ無理。



 うん。不意打ちなんかされたら本気でどうしようもないし。

 ……やべぇ、さっきの五人に顔見られてたりしてねえだろうな。


 マジで洒落んなってねえぞ?

 丸腰で歩いてるとルイズの予想が現実リアルになりそうなんだが。



 ……いよいよもって剣が欲しいぞ。切実に。



「大丈夫! あたしが守るわ!」


 キュルケが組んだ手の上にあごを乗せ、熱っぽい視線を送ってくる。

 いやあの、それ、安心の材料にならねえんだけど。


 自分でも気まぐれって言ってたし、いつ飽きられるかわかったもんじゃないぞ?

 おまけに相手は俺だ。


 彼女居ない暦=実年齢が伊達だとはどう頑張ったって思えないもん。



 やばい、即行飽きられて嫉妬貴族どもにボコられる映像が頭ん中で明確になってきた。



 自分の妄想みらいよそうに恐れ戦おののいて、急いで立ち上がる。

 これ以上ここに長居してると、マジでヤバイことになりそうな気がしてしょうがない。



「あら……、お戻りになるの?」



 悲しそうにキュルケがこっちを見つめてくる。


 なんだその子犬っぽい表情。潤んだ眼。

 ああ、俺の脆弱な意思がマジ恨めしい。


 ふらふらと、またキュルケの隣に座りなおそうとしてしまった時、ほかならぬルイズが窮地から救ってくれた。



「いつもの手なのよ! ひっかかっちゃダメ!」



 俺の手を掴んで、キュルケの部屋からさっさと撤退してくれたわけだ。

 握られてるところが地味に痛いけど、ありがたいことに変わりはなかった。









 ルイズの部屋に入り、内鍵が掛かったところで、安心してずるずると床に這い蹲った。


 いや、さっきはマジで危なかった。危うくつられるところだった。

 あれも魔法の一種なのかね。『魅了』とか。


 まあ、なんにせよ、ひとまずは助かった。


 ありがとう、とルイズに言おうとして後ろを振り向くと。



 唇をぎゅっと噛み締め、両目を吊り上げてこっちを睨んでる般若が居た。



「まるでサカリのついた野良犬じゃないのーーーーーーーーーッ!!」



 震えた声で吼えられた。


 耳がいてえってか、今は夜なんだが。

 ほんと、よく苦情こねえよなぁ。


「そこに這い蹲ってなさい。
 わたしが、間違ってたわ。あんたを一応、人間扱いしてたみたいね」

「嘘つけ」


 どうしてこう感謝の気持ちを潰すのが上手いのかね、このご主人さまは。



 衣類は着たきりスズメ、食事の支給は謎の半生肉片入り澄まし汁スープと苦いサラダのみ、寝床は藁わらたばで床。


 ……この衣食住は文化圏の人間の生活の最低基準を本当に上回っているんだろうか。

 すっげえ疑問なんだが。



「ツェルプストーの女に尻尾を振るなんてぇーーーーーーッ! 犬ーーーーーーッ!」



 犬。

 犬か。


 ああ、あっさり本能に負けかけた理性を鑑みるに、ある意味それが正しい気がしてくるから困る。



 ガクリと肩を落としていると、ルイズが妙なものを机の引き出しから取り出した。


 ………………なんだっけ、アレ。


 持ち手から細長い蛇っぽい何かの伸びてるもの。

 蛇っぽい、と形容したように、先端は微妙に膨らんでる。


 テレビだか漫画だか本棚の裏の大人の絵本だかなんだかでみたことがあった気がするんだけど。名前が思い出せない。

 ルイズが、それを手首のスナップで動かし、床をビシリと叩いたところまでを見て、それが"鞭ムチ"と呼ばれる代物だったことを思い出した。



 人間相手に使う代物としては、実にアブノーマルな代物である、ということも。

 俺にマゾヒストのケはねえぞ。



「の、のの、野良犬なら、野良犬らしく、扱わなくちゃね。今まで、甘かったわ」



 ごめんこわい。


 なんで息が荒いの?


 なんで、目が血走ってんの?


 なんで、ピンと両手で張って、爛々した目でこっち見んの?



「アの、ルイズさん? なんでそんなもんが机に入ってんですか?」


 めっさ皮製じゃねえか。

 かなりつやつやしてるし。


 まさかそういう趣味の人かmy主人。

 さすがの俺でもそれはひくぞ?



「乗馬で使うのよ。あんたにゃ上等すぎるかしらね? あんた、野良犬だもんねぇッ!」


「野良犬!?」



 そういう趣味ではない、らしい。


 が、それでもこう、俺をビシビシと叩きまわる姿は、傍目にはどうみてもその性質テの人でしかない。

 って痛い痛い痛いッ!



「あいだ! こら! やめろ! やめろっての!」

「なによ! あんな女のどこがいいのよッ!」



 胸だろうか。





 なんてバカ正直に言ったら命が無さそうだ。

 そもそも、キュルケが相手、ってのは何かが違うと思ったわけだしな。


 まあそんなわけで、キュルケはパスしたい。


 移り気な相手には、俺は、なんていうか、"情熱"なんて見出だせないんである。

 どうせなら一途な子と、それこそ燃え尽きるまで恋がしたい。


 俺はそんな風に思ってる。

 まあ、恋に関することについては語彙が少なすぎるんでキュルケの言葉を借りるしかないんだけどな。



 しばかれまくりながらルイズにそう告げたら、途中でルイズはぴたりと動きを止めた。


「そう。まあ、キュルケじゃないんならどうでもいいわ。
 確かに、あんたが誰とどうつきあおうが、あんたの勝手だもんね」



 そうかい。そりゃあよかった。


 のか?


 それにしても、なんでこいつはこんなにキュルケを嫌ってるんだろうね。

 尋ねてみるか。


「なあ、なんでキュルケだとダメなんだ?」

「なに? あんた、やっぱりキュルケがいいの?」


 じろり、と睨まれた。

 ちげえ。


「いや、そうじゃない。興味があるだけだよ」

「あっそ。まあいいわ。教えてあげる」


 ルイズは指をピンと立て、説明を始めた。


「まず、キュルケはトリステインの民じゃないの。
 隣国ゲルマニアの貴族よ。それだけでも許せないわ。
 わたしはゲルマニアが大嫌いなの」


「へえ。そりゃまたどうして?」


「わたしの実家があるヴァリエールの領地はね、ゲルマニアとの国境沿いにあるの。
 だから戦争になると、いっつも先陣切ってゲルマニアと戦ってきたのよ。
 そして、国境向こうの地名はツェルプストー! キュルケの生まれた土地よ!」


 ギリッ、って音が聞こえそうなほどに歯を噛み合わせるルイズ。


 っていうか、聞こえた。


 だからこええってば。

 クールダウンしろ、クールダウン。

 KOOLにはならなくていい。



「つまり、あのキュルケの家は。
 フォン・ツェルプストー家は。
 ヴァリエールの領地を治める貴族にとっては、不倶戴天の敵なのよ。
 実家の領地は国境挟んで隣同士! 寮では向かいの部屋!

 許せない!」



 なるほど。どうりでキュルケも挑発的なわけだ。


 意識的にやってたんだな、あれ。



「そういえばキュルケが恋する家系とか言ってたけど。あれは?」


「ただの色ボケの家系よ!
 キュルケのひいひいひいおじいさんのツェルプストーは、わたしのひいひいひいおじいさんの恋人を奪ったのよ!

 今から二百年前に!」



 いくらなんでも昔過ぎないか?

 てーか、それはキュルケの家系のせいなのか?



「それからというもの、あのツェルプストーの一族は、散々ヴァリエールの名を辱めたわ!
 ひいひいおばあさんは、キュルケのひいひいおばあさんに、婚約者を奪われたの」



 おいおい。


 だからそれ、キュルケの家系のせいなのか?



「ひいおじいさんのサフラン・ド・ヴァリエールなんかね!
 奥さんを取られたのよ! あの女のひいおじいさんのマクシミリ・フォン・ツェルプストーに!
 いや、弟のデューディッセ男爵だったかしら?」



 そこまで続くと笑えねえけど、だからそれはお前の家系側になんか問題あったわけじゃねえんだよな?


 ていうか詳細はどうでもいいから。

 あと俺に訊いてどうする。


「まあとにかく、お前の家系はあのキュルケの家系に、恋人を取られまくったってワケか」


「それだけじゃないわ。戦争のたびに殺しあってるのよ。
 お互い殺され殺した一族の数は、もう数えきれないほどよ!」



 なんかどっちかってーとお前の一族が殺した数の方が圧倒的に多そうだよな。


 主に恨みの比重かなんかで。

 少なくとも殺意は確実に上回ってると思うぜ?



「しかし、それがどうして俺がキュルケとどうたらな話に繋がるんだ?」

「繋がるわよ! あんた、わたしの使い魔なのよ!
 小鳥一匹だって、あのキュルケに取られてたまるもんですか! ご先祖様に申し訳がたたないわ!」



 なるほど。

 一族郎党ってのも面倒なもんなんだな。



「まあ、それを抜きにしてもキュルケはだめよ。禁止」


 そういうとルイズは、水差しからコップに注いだ水を一息で飲み干した。


「どうして?」

「あのね。平民がキュルケの恋人になった、なんて噂になったら、あんた無事じゃすまないわよ?」



 あ、いけね。



 ようやく、さっきの部屋で窓からぶら下がってた連中を思い出した。

 ついでに、さっきベッドから立ち上がった直前に考えてたことも思い出した。


 そう。剣が欲しい。切実に。


 となると。



「ルイズ」

「なによ」


「剣くれ。剣」


 一番つてのありそうな奴に頼む。

 これしかねえ。


「持ってないの?」

 あたりまえじゃねえか。


「お前、俺を召喚した時のこと思い出してみろ。俺がそんな長いもん持ってたか?」


 あの時はノートパソコンの鞄しか持ってなかったからな。

 ていうか、現代日本で日常的にそんな目立つもん持ち歩いてたら一発で逮捕されるわ。

 真剣をそこら辺の店でホイホイ売られてたまるか!


「そういえば……。はあ、なんで持ってないのよ? 剣士なんでしょ? あんた」


 呆れられても困るし、そもそも認識が間違ってる。

 いろんな意味で。


「俺は剣士じゃねえし、剣なんか握ったこともな……かった・・・ぞ」


 こないだまで。


「ほんとに? あんた、この前は自在に操ってたじゃないの」

「そうなんだけどな。俺なりに色々と試してみたんだが、このルーンの効果だと思う」


「ふぅん……」


 ルイズが自分の考えに耽りはじめたので、俺は俺で実験の結果を伝えることにする。


「剣以外だと、小枝やでかい炭の棒なんかを握り締めても発動したな。
 発動中は身体能力や動体視力がすげえコトになるみたいだ。
 炭で薪たきぎをぶん殴ったら、炭が木っ端微塵になったぞ」


「や、なんで殴った炭の方が割れてんのよ?」

「堅さの問題じゃねえか?」


「そう。……ってことは、使い魔として契約した時に得られる、特殊な能力ってヤツなのかしら」



 へぇ。ルーンのことかね?



「例えば、他にはどんなのがあるんだ?」


「そうね……。黒猫を使い魔にしたとするでしょ?」

「おう」


「人の言葉を喋れるようになったり、後ろ足だけで歩いたりするようになるのよ」


「それって、使い魔が人でも得られたりするのか?」

「分かんないわよ、古今東西、人を使い魔にした例は…………。

 そっか。だからこそ、なのかもしれないわね。素人を玄人にする、ぐらいの効果はあるのかもしれない。

 ……って、あんた、さっき握り締めたら発動するって言った?」


「おう」

「つまり、何も持ってないときのアンタって、素人?」



「おう」



 ルイズがよろめいた。

 くらり、とでも擬音をつけてやろうか。


 かなり似合いそうだ。



「……はあ、わかったわよ。あんたに、剣、買ってあげる」

「あれ、いいのか?」


 ちょっと意外かもしれん。

 いつもの感じで、断られるかと思ったんだが。



「キュルケに好かれたんじゃ、命がいくつあっても足りないし。降りかかる火の粉は、自分で払いなさい」


 要するに、いちいちあんたの面倒ばっかりみてらんないのよ、ってことか、それは?


「いいのか? ていうか、剣ってそんな安いの?」

「なんでよ。結構値は張るわよ?」


 マジか。


「お前って、ケチじゃなかったんだな。飯とかアレだったから誤解してたよ」

「使い魔に贅沢させたら、癖になるでしょ。必要なものだったらちゃんと買ったげるわよ」


 誤解したままにしとけばよかった。



 後悔するはめになったじゃねえかよ。

 毎度毎度だが俺の感動を返せ。


「ああ、そうそう。あんまりルーンのことは言いふらすんじゃないわよ」

「え、なんで?」


「王室直属のアカデミーの耳にその話が届いちゃったら、面倒なのよ」



 面倒って。なんだそりゃ?


「アカデミーって、何やってるとこなんだ?」

「ん? 魔法の研究をしてるとこよ。むしろ、それしかしてないわね」


 科学者みたいな連中の集まりなんかね。


「そこで研究されたらどうなるんだ?」


「人体実験。あんた、解剖されたい?」


 滅相もない。



 科学者は科学者でもマッドな科学者の方かよ。

 んな外道な研究の犠牲者なんぞは甚はなはだ御免だった。



「それがイヤなら、言ったとおりになさい。いいわね?」



 イエス、マム。

 あれ、なんで軍隊式になってんだ俺。

 敬礼してっし。


 人体実験への恐怖かね。


「さ、わかったらさっさと寝る!
 明日は虚無の日きゅうじつなんだし、街まで連れてってあげるわ」


「おう。そんじゃ、おやすみ」



 藁わらたばと毛布のある廊下に歩いていく。

 まあ、これだけわくわくしてたら凍死はしねえだろ、と思いながら扉に手をかけたら、後ろから呼び止められた。



「こら、どこ行くのよ」


 いや、どこって。


「寝床だけど?」


 寝床を廊下へ放り出したのは、お前だろうに。

 もう忘れたのか?


「ああ……、もういいわよ。部屋で寝なさい。またキュルケに襲われでもしたら、大変でしょ」


 今の「ああ」ってなんだ。

 マジで忘れてたのか。



「いいのか?」

「いいの」



 そうか。なら、お言葉に甘えよう。


 羽ペンと日記を忘れずに回収して、藁わらたばと毛布を廊下から部屋の一角――元あったところに押し込んだ。

 毛布にくるまり、そのまま横になる。









 ほのかな月明かりに映し出された部屋の中、寝る前のわずかなまどろみの間、才人は左手の甲をぼんやりと眺めていた。


 剣を買ってもらえるようになったのは、実にありがたかった。

 これでようやく、ルーンの実験の続きが出来る。


 まさか、自分自身でこれほど面白いことが出来るなんて、むこうで燻ってた頃には思いもよらなかった。

 ルイズの数々の所業にはなんとも腹は立つものの、今なら、こっちへ召よんでもらったことには感謝してもいいかもしれない。

 帰れないってのはナンセンスだがな。


 それにしても、今日は慌ただしかった。

 キュルケの、恋。

 情熱、か。


 情熱ね。



 燃えるような恋がしたい。

 その気持ちは俺にだってわかる。

 ていうか、俺もそう思ってる。


 だけど、その為に相手をとっかえひっかえする、ってのは何かどっかが違うと思う。

 そんなのは、きっと恋じゃない。


 それこそ、"恋"に恋しちまってるんだ。

 それじゃ、相手が可哀想じゃないか。

 そんなん、長続きするわけがない。


 俺は、恋したヤツには精一杯、幸せになってほしいと思うから。

 いまは名前も覚えてねえけど、そんな男に恋して不幸になっていったヤツを、知ってたから。


 だから、俺は恋をしたい。恋を、しあいたい。


 キュルケのように移り気な相手じゃなくて、俺だけに恋してくれるような、一途な相手と。

 自分でも恥ずかしいこと言ってんなって思うけど、まあこればっかはゆずる気はねえかな。


 しかし、目があかねえ。あ、もう寝てんのか、俺。






 
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