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fate/vacant zero

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古の伝説

ここ、ヴェストリの広場は魔法学院の敷地内、『風』と『火』の塔の間にある中庭である。

 その名の通り西側にあり、正門から尤も遠いため人気は4つの広場の内、最も少ない。

 それだけ聞くと決闘にはうってつけかもしれないが……、噂を聞きつけた生徒たちが既にびっしりと溢れかえっていて、学院の偉い人に知られるのも時間の問題かもしれない。

 ……食堂で宣言した時点で既に知られているかもしれないが。


 とにかく、その広場の拓けた中央。

 先に来て才人を待っていたギーシュが、薔薇の造花を掲げる。


「諸君! 決闘だ!」


 うぉーッ、と歓声が巻き起こった。

 才人を連れてきたギーシュの友人が、ギーシュの宣告のあとを継ぐ。


「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民だ!」


 ……いい加減、平民と呼ばれるのにもなれちまったとはいえ。俺にだって、名前はあんだよ。


 内心かなり苦々しく思いながら、ギーシュを睨みつける。

 ギーシュは腕を振って、歓声に応えている。

 やる気あんのか、とツッコみたくなった時、ようやく気付いたかのように振り向いた。


 しばしの間、睨み合う。それだけで自然と、場には静けさが満ちた。


「とりあえず、逃げずに来たことは褒めてやろうじゃないか」


 ギーシュが、薔薇の花を弄りながら、歌うように言う。


「誰が逃げるか」


 ふ、っと口の端を吊り上げたギーシュは、宣告を持って返事とする。


「さて、では始めようか」


 その声の残響が消えない内に、才人は動き出していた。


 一気に距離をつめ、まずは無視してくれた礼からぶちこんでやる。

 ケンカは先手必勝だ!


 ギーシュまでは、ほんの十歩程度の距離だった。


 メイジだか、貴族だかはどうでもいい。

 あの高慢そうな鼻っ柱から、叩き折ってやる!


 そんなことを考えながら、もう一歩踏み込めば衝突する距離までを一気に詰めた。


 ここなら、渾身で拳が当たる。

 詰めた距離を助走にし、勢いを殺さずに右手を振りかぶる才人。

 だが、対するギーシュはそんな才人を余裕と嘲笑の目で見つめると、手にした薔薇の"造花"を一振りした。

 何の真似だ?と怪訝に思いながらも、右手を憎たらしい鼻っ柱へ振りぬこうとする才人の拳の前に、薔薇の花びらが一枚舞っていた。









 壁か何か殴ったかのような反動と共に。右手が、みしりと嫌な音を立てた。





「ッ、なんだ……こいつ!?」


 才人の右拳は、ギーシュの横から伸ばされた、甲冑をまとった女戦士の、緑色した右素手に包まれていた。

 虚空から眼前に産み出されるその怪異に、とっさにバックステップを踏んでしまった。

 距離が開き、その腕の主が視界に収まる。


 その色は、緑青ろくしょう。甲冑から肌に至るまでの全てにおいて、緑青色だった。

 身長は才人と同程度だが、女性と思しき細い顔立ち。

 その瞳に光はなく、代わりというわけではないが、こちらへとに突き出されている腕は、照り返す陽光に鈍いながらも輝いていた。

 どうやら、人形の類らしい。胸像とか彫像とか言われてる部類だろうか。


「僕は魔法使いメイジだ。だから魔法で戦うのだよ。
 よもや、文句はあるまいね?」


 よくはねえよ。

 よくはねえ、けど────ああ、忘れていたともさ!

 メイジって魔法使いのことだっけなぁ!


「てめえ……」


 睨む視線を物ともせず、ギーシュは余裕綽々と口上を挙げる。ポーズ付きで。


「そういえば、まだ名乗りを掲あげていなかったな。

 ぼくは"青銅"。

 青銅のギーシュだ。

 したがって青銅の人形ゴーレム、『戦乙女ワルキューレ』がきみの相手をしよう──」


 ギーシュの言葉が締めくくられると同時、『戦乙女ワルキューレ』は才人めがけて砲弾の如く突っ込んだ。

 右の拳が、才人の腹に深くめり込む。


「げふっ!」


 才人はその勢いを丸ごと受け取り、地面を二跳三転しながら野次馬の辺りまで吹っ飛ばされた。

 息が詰まって、うまく立ち上がれない。腰から下が痺れて、欠片も力が届かない。


 無理もない、青銅製の鈍器で強打されたのである。

 金属バットならぬ、電柱のフルスイングみたいなもんだ。

 そんなもん直撃して平然と立ち上がれるほど、人間というものは丈夫にできていない。


 その才人を、ゆっくりと近寄ってきた『戦乙女』が見下ろしている。

 目はただ彫ってあるだけだが、そんな雰囲気がする。


「なんだよ。もう終わりかい?」


 ギーシュが、呆あきれた声でぼやいた時、野次馬をかきわけてルイズが飛び出してきた。





「ギーシュ!」

「おやルイズ。悪いね、きみの使い魔を少しお借りしているよ!」

「いい加減にして! だいたい、決闘は禁止されてるじゃないの!」


 怒鳴るルイズを、ギーシュは涼しい顔で受け流す。


「禁止されているのは、貴族同士の決闘のみだよ。平民と貴族の決闘なんて、誰も禁止していない」

「そ、それは、今までそんなことなかったから……」


 ルイズが言葉に詰まる。


「ルイズ? ……まさかとは思うが、きみはそこの平民が好きなのかい?」


 ルイズは、怒りによって瞬時に沸騰した。



「誰がよ! 冗談はやめてよね! 自分の使い魔が無駄に傷つけられるのを、黙ってみてられると思うの!?」



 ……ちょっと待て、こら。







「誰が……怪我、するっ て? 邪魔すんなよ、バカ」



「サイト!?」


 肩に手を置かれたルイズが、悲鳴のような声で叫んだ。


「へ……、ようやく名前で呼びやがったなコノヤロウ」


 そうして、肩に手を置いて初めて分かった。



 ルイズは、震えていた。


「わかったでしょう?
 平民は、絶対に魔法使いメイジには勝てないのよ!」


「……ちょっと、油断しただけだ。いいから、そこをどいてろルイズ。危ねえぞ」



 そのまま、肩に乗せた右手でルイズを押しやる。

 痛みがずきりと響いたが、ちょっと鼓動に合わせて軋んでるだけだ。

 根性で耐えろ、俺! 弱みを見せるな!


「おやおや……、立ち上がるとは思わなかったな。手加減が過ぎたかな?」


 ギーシュが才人を挑発する。

 才人は、ゆっくりとギーシュに向かって歩き始めようとした。


 が、ルイズに肩を掴まれて後ろにつんのめる。



「寝てなさいよ、バカ! なんで立つのよ!」


 ああ──鬱陶しい。


 才人は肩を揺らし、ルイズを振り払った。


 なんでだって? そんなの、決まってんじゃねえか。



「ムカつくからだ」

「ムカつく? 魔法使いメイジに負けたって、恥でもなんでもないのよ!」


 恥だ?

 負けることなんて分かりきってる。

 だったら初めから負けを認めてていこうもせず理不尽でも謝れぶざまににげだせって?


 ああ……ダメだ、こいつ。根っこからわかってねえ。



「うるせえよ」


「え?」

「負けたら恥だって? だから・・・意地張ってる?

 恥ずかしいからって意地張るくらいなら、まずお前にケンカふっかけてるぞ?
 いい加減、俺はムカついてるんだ。

 魔法使いメイジだか貴族だかしらねえけどよ、お前ら、揃いも揃って頭ごなしに威張り散らしやがって。
 魔法がそんなに偉いのかよ」


 ギーシュが、毒を吐き散らすこっちを薄い笑みを浮かべながら可笑しそうに見てやがる。



「やるだけ無駄だと思うがね」


「無駄? そりゃどっちがだ?」

「無論、きみに決まっているだろう?」


「そうか? 全然効いてねえぞ、お前の銅像の拳。
 俺はまだ、こんなに元気だ。──弱えな、お前」


 最後の言葉を口にした途端、ギーシュの顔から表情が消えた。

 ゴーレムの右手が、本体ごと飛んできている。モロに頬にくらって、才人はまた吹っ飛ばされた。


 歯が何本か折れ、口の中を転がっている。

 折れた歯を吐き捨て、よろめきながら立ち上がる。

 何故か、笑いがこみ上げてきた。


 すげえな……、これが、魔法使いメイジの力か。

 多少のケンカはこなしてきたが、こんな重い攻撃を食らったことは今までに一度も無かった。


 才人の口の端には、笑みと血が滲んでいる。

 どうやら、才人の好奇心はこんな状況であっても発動してしまったらしい。


 "初めて"くらった"魔法使いメイジの攻撃"に、青銅の『戦乙女』に、才人は限りなく心を揺り動かされていく。

 よろよろとよろめきながらも、それでも立ち上がっていく力が、その"興味"から引き出されている気さえしてくる。


 だが立ち上がる都度、ギーシュの『戦乙女』が、よろめく体を容赦なく傷めつけてきた。


 ぎりぎり交わした拳は横薙ぎに払われ、ラリアットとして背中を襲う。

 ギーシュの方に都合よく弾き飛ばされたため、立ち上がりながら繰り出そうとした右拳が、後ろから『戦乙女』に殴り落とされて砕ける。

 左のこめかみにコマのような回し蹴りをくらった。

 鼻に拳が直撃する。胸に、肘の寸打が横殴りに入る。

 拳を避けようとしても、なんらかの変則的な動きをする"銅像"によりどこかしらにことごとく命中してしまう。


 才人が立ち上がるたび、そんな行動は繰り返されていた。


 左目は、既に血で塞がってしまった。

 右目で、右手を確かめる。指が、色んな方向へ好き勝手に曲がっている。

 『戦乙女』の飛び蹴りが、右手を興味深く眺めていた才人の顔面に直撃し、頭を強く地面に打ち付けた。


 意識が、一瞬飛んだ。でも、それでも――











 目を開けたとき、そこには青空をバックにしたルイズの顔があった。



「お願い。もうやめて」


 悲痛な面持ち。揺らめく鳶色の瞳。

 ……揺らめく?


「――*――£;───」


 ……声が出ない。というか、がらがらとのどの奥で音がして、咳き込んで、赤いものを吐いた。

 全身痛いが、胸が飛び切り痛い。どうも肋骨まで逝っている気がする。


 ……何かのマンガでみた方法を試してみよう。

 大きく、息を吸って――



 バキボキ、と音がして、肺が肋骨を押しのけた。


 おお、ホントにこれでも何とかなるのか。

 そんなことを思いながら、声を出す。


「――ない でる◆が、ぼ■ え゙」

 台詞の一部がごろごろと鳴る雑音ノイズで潰れたが、なんとか声になった。


「誰が。誰が泣くもんですか。
 ……もういいじゃない。あんたはよくやったわ。
 こんな無茶する平民なんて、初めてみたわよ」


 ……少し、気が緩んだ。

 すると、右手が、ずきずき、どころではない痛みを放っているのに気づいてしまった。

 なんかじくじくと――


「――×っでえ」


「痛いに決まってるじゃないの。当たり前じゃないの。
 ――何考えてるのよ、このバカ」



 なにかが当たる感覚が、頬にした。


 大丈夫、いまの俺には気付かない。

 だから、こいつは いてなんかいない。

 それぐらいの意地は張らせてやる。

 張らせてやる、から。


「あんたはわたしの使い魔なんだから。これ以上、勝手な真似は許さないからね」


 すまねえな、ルイズ。



「……終わりかい?」




 だから────その約束はできねえ。



「――$&っとま゙っでろ。た§のぎゅΨけい゙だ」



「サイト!」


 上半身を起こしながら、ギーシュに告げた。


 ――つもりだ。

 ギーシュは、俺の意地を呑みきるつもりらしい。

 微笑みながら、薔薇を一振りした。


 舞い落ちた花びらが一本の剣に変わり、地面に落ちる。

 ギーシュはそれを掴むと、才人に向かって投げた。

 その剣は、未だ立ち上がっていない俺の真横に突き刺さった。


「君。これ以上続けるというのなら、その剣を取りたまえ。
 もしここでやめるというのなら、一言こう言いたまえ。
 ごめんなさい、とね。
 それで手打ちにしてやろうじゃないか」

「ふざけないで!」


 ルイズが、立ち上がって怒鳴る。しかし、ギーシュは気にも留めずに言葉を続ける。



「わかるか? 剣だ。つまり『武器』だ。
 平民どもが、せめて魔法使いメイジに一矢報いようと磨いた牙さ。
 まだ噛みつく気があるというのなら――」



 その先は聞いちゃいなかった。

 なぜなら、その時にはもう、俺は、初めて見た"本物の"『武器』に、興味を全部持ってかれていたのだから。





 剣。剣だ。すっげえ。

 本物……、なんだよな。


 俺の"興味"は、ゆらゆらと、でも確実に左手を突き動かし、それを握らせた。

 その剣の"柄"を、ルイズが押さえた。



「だめ! 絶対だめなんだから! それを抜いたら、ギーシュは容赦しないわ!」


 そうかい。


「Дもな。おれ%、もとのぜか‡にぁ、かえれНぇ。ここで、くらじて§くし#、ないんАろ゙」



 ルイズの方は、既に見ていない。


 これが、剣か。

 いい、握りごこちだ。


 ルイズの手を無視したまま、ゆっくり、ゆっくりと地面から抜き放っていく。


「そうよ。それがどうしたの! 今は、関係ないじゃない!」


 少しずつ、力が溢れてくる気がする。

 剣を握るのって、


 ――『武器』を握るのって、こんな気持ちにしてくれるのか。





 おもしれえじゃねえか?





「おれあ゙、つかい魔Λも、いい」


 声に、少しだけ力が戻ってきた。



「ねる@は、床λ¥も、いい」


 軽く咳き込む。

 肋骨辺りがべきべきいったような気もするが、気にしてる場合か。

 こみ上げてきた血球を吐き捨てる。



「メシは、わビしКたっ゙て、いイ」


 体はずたぼろ。だが、それがどうしたってんだ。



「下ギだって、洗ってやるよ」


 好奇心が、途方も無く膨れ上がっていく。



「生きるためだ。しょうがねえ」


 力が、どんどん体に漲っていく。

 これで、動けないわけがねえ。



「けど。けどな。オレは、俺だ。人間なんだ」


 ルイズの手を柄に重ねたまま、ついに剣が、地面から抜けた。



「下げたくない頭は、絶対に、下げねえ。



 ――これだけは、譲らねえ!」









 力が抜けたように、ルイズが尻餅をついてへたりこんだ。

 その視線は、ただ一点。

 自分の手の中で強く発熱し、いま光を放ちだした、才人の左手のルーンに向けられていた。









 所変わって、学院長室。

 ミスタ・コルベールは口角泡を飛ばしながら、オスマン老に説明を続けていた。


 召喚の儀式の折、ルイズが平民の少年を呼び出してしまったこと。

 ルイズがその少年と『契約コントラクト』した証として現れた珍しいルーンに、どこか見覚えがあったこと。

 それを調べていたところ――



「始祖ブリミルが使い魔の一つ。『ガンダールヴ』に行き着いた、というわけじゃな?」


 オスマン老は、コルベールが描いた才人の手のルーンのスケッチをじっと見つめた。


「そうです! あの少年に刻まれたルーンは、伝説の使い魔『ガンダールヴ』に刻まれたものとまったくの同一にございました!」

「で、君の結論は?」


「あの少年は『始祖の使い魔ガンダールヴ』です!
 これが大事でなくて、なにが大事だというのですか! オールド・オスマン!」


 半ばまで禿げあがった頭を拭いながらまくしたてるコルベールから目を外し、改めて文献のソレと、スケッチとを見比べるオスマン老。



「ふむ……、確かにルーンは同じじゃ。
 ルーンが同じである以上、ただの平民だった少年は、『ガンダールヴ』となった、ということになるんじゃろう」


「いかが致しましょう?」

「ふむ。じゃがしかし。これだけで、そうと決めつけては早計かもしれん」


 当時のソレをその目で見た者は、当然ながら遠の昔に墓の中だ。

 本当の本当にソレがそう・・であるかと問われては、答えられるものなど居はすまい。



「むぅ。それもそうですな。
 何か、その証明となるものでもあれば別なのですが――」


 両名は一つ唸って、考え込んでしまった。

 とそのとき、ドアがコツコツとノックされる。



「誰じゃ?」


「私です、オールド・オスマン」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、ミス・ロングビルの声だった。



「なんじゃ?」


「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。
 大騒ぎになってしまっているのですが、教師たちも生徒たちに邪魔されてしまって、
 止めることができないようです」



 オスマン老は、頭を抱え込んでしまった。


「まったく……、暇をもてあました貴族ほど、性質たちの悪い生き物はおらんのぅ。
 で、誰が暴れておるのかね?」



「一人は、ギ-シュ・ド・グラモン」

「あの、グラモンとこのバカ息子か。
 親父も色の道では剛の者じゃったが、息子も輪を掛けて女好きじゃ。
 おおかた女の子の取り合いじゃろうよ。相手は誰じゃ」


「……それが、貴族メイジではありません。
 ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです」


 なぬ? と顔を見合わせる室内の二人。


「教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」


 これはもしかすると……、と、オスマン老の目が鷹のように光る。



「アホか。たかが子供のケンカを止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」

「わかりました」


 足音が、だんだんと遠ざかっていく。

 ミス・ロングビルはその場を立ち去ったようだ。


 コルベールの唾を飲み込む音が聞こえた。



「オールド・オスマン」

「うむ」


 考えは同じらしい。

 オスマン老が杖を一振りすると、壁に架かった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。











 さて、これはどういうことだろう。


 剣を引き抜いた頃から、だんだんと体の痛みが引いていった気がする。

 傷自体が治ったわけではない。動かせば痛いことは痛いのだ。ただ、その痛みが妙に鈍くなった。

 体から血が抜けていったせいかとも疑ったが、そういうことでもなさそうだ。

 力は、全身に漲みなぎっているのだから。


 おまけに、体が風のように軽い。

 力いっぱい羽ばたいたら、飛べるんじゃないかってくらい軽い。

 ……やらねえけどな、右手砕けたまんまだし。


 後はそう、左手の握る剣だ。

 まるで手と一体化したかのようによく馴染んでいる。

 今まで握ったことはなかったけど、剣って、こんなに簡単に振り回せるもんなんだろうか?


 まじまじとその手を見ていると、何やら淡く光を放っているのが分かる。

 正確には、そこに刻まれたルーンが発光していた。


 ……ひょっとすると、これのせいだろうか?

 そんなことを考えて前を向くと、冷たい笑みを浮かべたギーシュと目が合った。



「まずは、誉めよう。
 ここまで貴族メイジに楯突く平民がいることに。素直に、感激したよ」


 そう言って、薔薇を一振りした。


 どうやらあの薔薇そのものも、"青銅"製の造花だったらしい。

 あの棘の跡一つない薔薇の枝が、魔法の杖本体のようだ。

 どこまでもキザな奴だな。


 しかし、なんで俺はこんなに余裕があるんだろう?





 ……って、簡単な話だな。

 負ける気が、してないんだ。

 そりゃ余裕もできるってもんだ。


 つぃ、とギーシュのゴーレムが襲い掛かってくる。

 青銅の塊。

 戦乙女ワルキューレの姿をした像が、ゆっくりと……。





 ……ゆっくりと?

 こいつら、こんなに鈍のろっちかったっけ?



 いや、違う。俺が、視える様になってるんだ。

 これも左手の仕業だろうか?

 おもしれえ、けど……考えるのは後でも出来る。

 そんなことを考えながら……、俺は跳んだ・・・。







 自分のゴーレムが、『戦乙女ワルキューレ』が丸太のように切り裂かれた。

 突然の異様な速さに舌を巻く間に ぐしゃり、と両断されたゴーレムの上半身が地に落ちる。


 それを合図に、『風刃エアカッター』のように速く突っ込んでくる奴・が見えた。


 たかが、平民ごときに……、いや、あれほど殴り倒しても笑いながら起き上がり続けてくる相手が、"ただ"の平民であってたまるものか。

 このままただ突っ立っていては、負ける。

 負けてしまう!


 その恐怖が焦りとなり、余裕も威勢もかなぐり捨てて杖を振るわせた。

 いま残された花弁ざいりょうは六枚。

 出し惜しみなんてしている余裕はなかった。

 生み出したゴーレムたち全てに疾風はやてのイメージをねじ込んで、奴・を一息に押しつぶさせる。



 つぶさせた、はずだった。



 飛び掛ったゴーレムのうち五体まではその受けることもできず、瞬く間に木偶でくでも割るように刻まれていた。



 がしゃん、ぐゎんと緑色の腿が手首が槍が胴が肩が鎧が半面が、断ち割られた幾つもの全身が、奴・の周囲でけたたましく草に沈んだ。

 いま、振られていたのは本当に僕の錬金なのか?

 剣閃きせきが見えない。速すぎる。

 あんな速さで剣が振れる人間が居るなんて――。



 ――人間? いや、ちょっと待て。


 今そこに剣を振りぬいた姿で迫り、鷹のように目を据わらせる男は何だった。

 あれが今、この地を駆けることができるそもそもの原因は何だった?


 まさか、と。それに思い至った時、奴・が再び動いた。

 最後に残されたゴーレムを、咄嗟に自分の前に戻したが、それすら瞬またたきと保たず心中線から左右に殺ばらけた。



「ひ――」


 鼻先を掠めた剣の風が、鼻先を裂いて血を流す。

 奴・が、そのままこちらへ突っ込んでくるのが見えた。




 首やられる。



 そう思った時にはもう、頭を抱え込んで伏せていた。









 ザシ、と首先で乾いた音がした。

 死んでも音は聞こえるのかと、間抜けにも当事者になって初めて知った。







 そう思ったのだが、思うこと数秒。

 いつまで経っても痛みが訪れず、痛いほどの静けさが確かな音として耳を打つ段になって、ようやくそれに違和感を覚えた。


 いやな汗にまみれ、それを不快だと感じる背中がある。

 死の恐怖に震え、がたがたと震える腕が動かせる。

 吹き抜ける春の風を、涼しく感じる体がある。



 生きて、いる。





 どういうことだと、おそるおそる目を開ける。

 すると剣は、顔の真右。

 ほんの、数サント離れた場所に突き刺さっていた。



「……続けるか?」


 呟くように聞こえた、奴・……、彼奴・の、声。


 そうして。生かされたのだ、と悟った。


 自分が。負けたのだ、とも。

 負けてしまったのだ、とも。


 ……負けられたのだ、とも。



 決闘を続ける気力も余裕も、根こそぎ剣に裂かれてしまっていた。

 続闘を否定する声を上げようとしたが……、震えた声しか出そうになかった。


 格好悪いな、と思った。

 だが……、震える声でも応えてやらねばなるまい。

 それが礼儀であり、ルールなのだから。



 ――そうして。

 ギーシュは勝者に、降参を告げた。



 苦々しく──だがどこか少し、少しだけだけど晴れやかな。


 新鮮で、複雑な思いを胸に。









「ま、参った」





 ふう。  


 終わったんだ────そう実感した途端、なんだか一気に力が抜けてしまった。


 剣から手を放し、力が抜けて重くなった体で、のっくりルイズの方へ歩いていく。

 あの平民やるじゃないか! とか、ギーシュが負けたぞ! とか、野次馬どもからの歓声がどこか遠く届いているが。


 今はとりあえず措いて置いて。



さて。ちょっと考え事をしよう。


 何故、勝ててしまったんだろうか、とか。

 なんで俺はあんな動きが出来たんだろうか、とか。

 そもそも、青銅で青銅を切り裂くってどんな怪現象だ、とか。


 いろいろ、ふらつきながら考えてみる。





考えてみた。





 結論。わからん。

 何の答えにもなってない気がするが、それもまあいいか、と本気で思った。


 だって、いくら考えても想像が付かないほどわからないだなんて、これ以上のない面白いことなんだから。



 けど、俺自身にサイケなパワーが宿ってるんだとしたら、どういうことが出来るかは、全部自分自身の体で試さないとダメなんだろうか。

 ちょっと面倒いなぁ、と思う。

 思った、けれど。ほんの少し、本当に少しだけ裏っ側を捲ってみるだけで、こんなにおもしろいことが山盛りなんだ。



 この世界も、悪くはねえのかもしれないなあ──



 そう考えながら、







才人は全身を投げ出すように、豪快にすっ転んだ。











「サ、サイト!?」



 いきなり倒れかけた才人の体を支えようと駆け寄ったルイズは、だが、ちょっと勢いがつきすぎた体を支えきれず、あと重さにも負けて地に潰された。

 才人ごと。



「サイト!」


 体を揺さぶってみるが、反応が無い。

 ただ、胸に置いた手からは大人しめの鼓動が伝わってくるので、死んではいないらしい。

 というより。



「……サイト?」

「ぐー……」


 いびきが聞こえる。

 肋あばらとか手とか折れて砕けたはずなのに、頑丈にも寝ているようだ。


「なによ、もぅ……」


 ルイズは、心配そうに苦笑しながらため息をつくという器用なことをした。

 治療を急がなければならない重傷のはずなのだが、どうもこの寝息は焦りを奪うのだ。


 ふと横を見れば、ギーシュが立ち上がって、首を振っていた。


「ルイズ。彼は、何者なんだ?
 このぼくの『戦乙女ワルキューレ』を倒すなんて……」


「ただの平民でしょ」

「ただの平民は、青銅の剣で、青銅のゴーレムを切ることができるモノなのかい?」

「ふん。あんたの作り込みが甘かっただけじゃないの?」


 ルイズは才人の下から這い出ると、そのまま彼を抱え起こそうとした。

 が、支えきれずに転んでしまった。というか、また下敷きになった。


「あぁあもう! 重いのよ、このバカぁ!」

 堪り兼ねて叫ぶルイズを見兼ねてか、周りで見ていた生徒の誰かが『浮遊レビテーション』をかけてくれた。


 浮かび上がった才人の体を、ルイズは寮に向かって押していく。

 早く部屋に運んで、治療してやらなくちゃ。

 あばら骨と右手が折れてるのは分かってる。けど、あれだけ殴られていたのだ。

 絶対にまだ10や20はおかしくなってるところがあるはず。

 まずはそれを探ることから始めなきゃ……っぅ。



 ルイズは、目をごしごしとこする。

 痛そうで、可哀想かわいそうで、どうも涙もろくなってしまうのだ。

 最後に剣を握った時、なんでかルーンが光っていたけれど、あれが無かったら死んでいたかもしれない。


 勝つことより、そっちの方を気にしなさいよ。


 このバカは、わたしが喚んでしまった大バカは、ここで死ぬかもしれないなんて少しは考えたんだろうか?

 変なプライドばっかり、振りかざして……。


 ただの。平民のクセに。



「使い魔のクセに。勝手なことばっかり、するんだから」



 ルイズは、寝ている才人を軽くこづいた。

 安心したら、急に頭にきてしまったのだ。











「――ま、これぐらいはしてやってもいいわよね。サイトのためですもの」


 そうのたまって『空中浮遊レビテーション』を使った杖を胸元へしまいこんだのは、炎髪でグラマラスな少女。

 その瞳には、妙な力がこもっていた。

 人ごみから離れ、広場の隅の置石のところへ歩いていくキュルケは一人笑う。


「ふふふ、燃えてきたわ……、これよ、これ!

 この湧き上がる、燃え上がるような快感!
 今までにないくらい、調子よく燃えてきたわ!

 これこそが情熱! これこそが恋! 微熱のキュルケの本領発揮なのよ!」


 そう陶酔しながら、歩みだけは止めないキュルケは、傍目にはかなりのアブナイ人であるが……、言わぬが華であろう。


「ヴァリエールの使い魔。
 まさにこれ! って感じよね!
 ヴァリエールの男を奪うことこそがツェルプストーの本領!
 今代も、奪わせてもらうわよルイズ!」

 おっほっほ、と高笑いしながら、通り過ぎかけた置石の方に勢いよく振り向く。



「そういうわけで、協力してちょうだいね! タバ……さ?」







⇒ だれも いません。

 その上に乗っかって本を読み、文字通りの高みの見物をしていたはずの空毛の親友は、いつの間にか立ち去っていたらしい。



「あらー……? タバサー? どこ行ったのー?」


 きょろきょろと辺りを見回しても、既に小柄な友人は影も形もない。


「変ねぇ。あの子、使い魔を召喚してすぐも一週間くらい見かけなかったし……、いったい何処に行っちゃってるのかしら?」


 首をヒネリながら、キュルケはてくてくと『火』の塔に向かって歩いていった。











 オスマン老とコルベールは、『遠見の鏡』で一部始終を見届けると、再び顔を見合わせた。


「──オールド・オスマン」

「──うむ」


 コルベールの声が、奮ふるえている。

 どうも、かなり"興味"を惹かれているようだ。


「あの平民、勝ってしまいましたが……」

「うむ」


 オスマン老もまた、まだ意識が鏡の向こうにいったままなのか、返事がなんとなく虚ろだ。



「グラモンは『ドット』メイジですが、それでもただの平民に遅れをとるとは思えません。
 そしてあの動き。あの速さ! あんな平民、見たことがない! やはり、彼は『ガンダールヴ』!」

「うむむ……」


「オールド・オスマン! さっそく王室に報告して、指示を仰がねば――」


「……いや、それには及ばん」


 オスマン老は、重々しく頷く。白い髭が、厳しく揺れた。



「なぜですか? これは世紀の大発見ですよ! 現代に蘇りし、始祖の使い魔ガンダールヴ!」

「落ち着きたまえ、ミスタ・コルベール。『ガンダールヴ』はただの使い魔ではないのじゃぞ」


「その通りです、オールド・オスマン。
 始祖ブリミルの用いた『ガンダールヴ』。
 姿形の記述は一切ありませんが、主人の無防備な詠唱時間を守りぬくために特化した存在だと、文献には残されていました」

「そうじゃ。始祖ブリミルは、呪文詠唱の時間が非常に長かった……その魔法のあまりの強大さゆえに。
 知ってのとおり、魔法使いメイジが魔法使いメイジとして強さを磨く限り、その詠唱は強い意思の集中を必要とする。
 魔法それ自体が強力じゃじゃうまであればなおさらの。

 当然、そんなじゃじゃ馬を扱っておる時には敵の動きを見る余裕なんぞ持てはせん。
 そんな無力な間、己の身を守るために始祖ブリミルが用いた使い魔が『ガンダールヴ』なのじゃ。
 その強さは――」



「千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持ち、あまつさえ並の魔法使いメイジであればまったくの無力に追いやられたとか!」


 非常に興奮した調子のコルベールが、オスマン老の言葉を継いだ。



「じゃから、落ち着かんかいミスタ! きみの悪い癖が出てきとるぞ!」

「も、申し訳ございません!」


 背筋を伸ばし、冷静な表情に戻るコルベールだった。



「で、じゃ。ミスタ・コルベール」

「……はい」


「その少年は、本当にただの人間だったのかね? 亜人種ライカンスロープの類だったとか、そういうことではなく?」

「はい。どこからどう見ても、ただの平民の少年でした。
 ミス・ヴァリエールが呼び出した際に、念のため『解析ディテクト』で確かめたのですが、正真正銘、ただの平民の少年でした」


「そんなただの少年は、なぜ現代の『ガンダールヴ』になってしまったのかね?」


「それは……、ミス・ヴァリエールと契約したからですが」

「彼女は、優秀なメイジなのかね?」

「いえ。といいますか、むしろ無能といいますか……。
 どんな呪文を使っても、必ずといっていいほど爆発してしまうのです」



「その二つ……、いや、三つが謎じゃな」

「? ……ですな」

「"無能なメイジと契約"した"ただの少年"が、何故『ガンダールヴ』になってしまったのか。
 まったくもってわからんのぅ」

「そうですね……時に、オールド・オスマン」

「なんじゃね」


「三つ目の謎というのは……?」

「なんじゃ、気付いておらんのか?
 ……ミスタ・コルベール。お主は、何属性の使い手じゃったかな?」

「私は『火』ですが……、それがどうか?」


「そう、お主は『火』属性じゃ。

 ……お主、彼女のように魔法の失敗で爆発を生じさせることは出来るかの?」

「……いえ。覚えたての頃に、うっかり発火させてしまうことはありましたが、爆発させてしまうほどの炎では……」


 はた、と気付いた。



「そう、部屋全体に響く爆発を生じさせるほどの『火』系統の魔法となれば、それは『トライアングル』の領域なのじゃよ。
 それは同じ爆発向きの系統たる『風』の魔法であったとしても同じことじゃ。どう弱くとも『ライン』はなくばそうはなるまい。

 では、落ちこぼれのはずの、『 ゼ ロ 』 のドットにもみたない彼女はいったい、何の系統を使っておるのじゃ?」





「……それが、三つ目ですか」

「そういうことじゃよ。

 王室のぼんくらどもにこれほど興味をそそられそうな二人組を渡すわけにはいくまいよ。
 そんなオモチャを与えてしまっては、また戦を引き起こしてしまうじゃろうて。
 宮廷で暇をもてあましている連中は、つくづく戦好きじゃからな」


「はっ。学院長の深謀には、相変わらず恐れ入ります」

「これ、地が出とるぞ、ミスタ。

 ……ともあれ、この件は儂わたしが預かる。
 他言は無用じゃ、よいな」

「は、はい! かしこまりました」


 オスマン老は杖を握ると、苦笑したまま窓際へ向かった。

 見下ろす眼下、西の中庭ヴェストリに未だ集まったままの生徒の群れを見下ろしながら、遠い歴史の彼方へと思いを馳せる。



「伝説の使い魔、『ガンダールヴ』か。いったい、どのような姿をしとったのじゃろうなぁ」


 コルベールは、夢でも見ているように彼方を見つめ、呟いた。



「この古書によれば、『ガンダールヴ』はあらゆる『武器』を使いこなし、敵と対峙したとありますから……」


「ふむ」





「――とりあえず、腕と手はあったんでしょうなぁ」



 
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