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人理を守れ、エミヤさん!

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第五特異点『北米三国大戦アンリミテッド』
  全力疾走だね士郎くん!






「は……?」

 俺は目を白黒させる。此処はどこだ? 咄嗟に辺りを見渡した。
 見渡す限りの荒野。空には光の帯のようなものが幾つにも重なった、これまでの特異点で見慣れたものがある。兎にも角にもカルデアへ通信を試みるも、それは途絶えていた。
 どういう事だと愕然とする。だがしかし、彼方に一個小隊規模の軍勢があるのを目視で捉えた。

 それは、鎧兜で身を固めていた。

 槍と楯。逞しく筋骨に秀でた体躯と豊かな髭。
 その姿は知っていた。他ならぬ俺のサーヴァント、クー・フーリンの過去を夢で見た事がある。
 ケルトの戦士だ。勇猛無比な戦士団である。

「は、ぁ……? いや、なんでさ……」

 事態を把握する。なるほど此処は別の特異点かと。カルデアと通信が取れないのは、此処が第四特異点ではないから、第四かそこらが障害となってまともに連絡が取れなくなっているのかもしれない。だが意味消失だけは免れているという事は繋がりだけは残されている。
 なら通信が繋がらない状況も、前の特異点を攻略すれば無事に繋がる可能性はある。それどころか俺がレイシフトしたままなのだから、即座に座標の特定も出来るだろう。何者の仕業か……レフだろう。舌打ちをして空を仰ぐ。

 嘆きを殺し、不満を殺し、状況に適応する精神状態に切り替える。
 カルデアとの繋がりはない。アラヤ識による貯蔵魔力もない。令呪はなく、サーヴァントもおらず。改造カルデア戦闘服も破損したまま。魔術回路は限界。
 一刻も早く休息を取らねばならない状態だ。

 そしてサーヴァント召喚は出来る気配がない。カルデアとの繋がりが復活しない限り、カルデア式のサーヴァント召喚は不可能だろう。令呪が復活するかも分からない。
 だが……俺の手元には魔神霊から回収した聖杯がある。これがあれば――いや駄目だな。奴の核になっていた聖杯に気を遣う余裕はなかった。その弊害だろう。聖剣か魔槍によって聖杯は破損し、それ自体の魔力含有量が5%程度に低下していた。

 これではただの魔力電池にしかならない。英霊召喚は不可能だ。つまり俺個人のゲリラ展開である。慈悲はなかった。
 なんであれ電池は大事だ。機会があれば魔力の貯蔵も出来るかもしれない。出来ずとも使い道はある。聖杯は破損しているから、5%以上魔力を貯める事は出来ないが、逆に言えばその5%は使っても減る事はない。「最大MPが九割五分削られた状態での無尽蔵」とでもいえば分かりやすいだろう。

 状況は絶望的だ。

 だが――絶望(そんなもの)は慣れっこだ。こんな程度で心が折れていたら、俺はとっくの昔に死んでいる。援軍のあてがあるだけカルデアに来る前、バゼットやシエル、エンハウンスと組む前よりも遥かにマシだと言えた。
 腕に巻き付けてあるカルデアの通信機、それに内蔵されている時計を見る。日付と時間を確認、時計を合わせ、タイムを計る。
 壊れた聖杯にパスを通す。昔はこんな真似も出来なかったなと懐かしさすら感じた。魔術の腕が飛躍的に向上し、遠坂凛の爪の垢ぐらいの腕にはなれたかもしれない。

 ケルトの戦士団は十二名。一個小隊。魔力は破損聖杯でなんとかなるが、それを通す魔術回路はオーバーヒートしている。宝具の投影は不可能。したら自爆する。体のキレも疲労のため鈍い。単独ですらケルトの戦士は死徒の半分程度の戦力はあるかもしれない。それが十二名……。

 撤退だな。どう考えても圧殺される。今の俺だと二人道連れに出来れば上等でしかない。幸い奴等は俺にはまだ気づいて――

「――」

 ケルトの戦士団、その進行方向に、難民のように逃げ惑う人々を見つけた。
 おい……と呟く。まさか、と。
 俺に気づいていないのは、それ以外に獲物がいたから……?
 待て。待て。彼らを殺す気か? 欧米人らしき人間が多数。数は二十七名。中には軍服を着た軍人もいる。しかし脚が折れているのか、松葉杖をついていた。手には施錠式銃……1775年頃に普及したライフルだ。貧弱極まる武器しかない。
 軍人はたったの三名。内一人は脚を、別の軍人は腕を、無傷なのは一人。装備は劣悪、守るべき人間が二十四名。とても戦えない。
 ケルトの戦士達が楯を鳴らして閧の声を上げながら突撃していく。既に逃げる気力もないのか、へたりこむ男女がいる。全てを捨てて逃げ出そうとする者も。軍人達は……せめてもの抵抗か、必死になって叫び、とにかく難民達を逃がそうとしていた。

「……!」

 どうする、どうする、どうする――? 今行けば俺は死ぬぞ。
 死、ぬ……? 死ぬのか、俺は。
 死ぬのは嫌だ、殺されたくない。まともに戦える体力もない。そもそも今の俺は左目が見えていないんだ。それに対応する訓練も積んでいない。どうする? 撤退するべきだ、彼らを見捨てて。だが……それでいいのか……?
 は。決まってるな……そんな真似をしてみろ――命は永らえても、男として死んだも同然だ(・・・・・・・・・・・)

「保ってくれよ、俺の体……! 投影開始(トレース・オン)!」

 灼熱が全身を駆け巡る。呻き声を噛み殺して、なんとか最低限度の武装を投影した。
 狙撃銃、デザートイーグル、弾丸。そしてナイフ。宝具ですらないただの武器。それですら固有結界が暴発してしまいそうだった。剣が皮膚の下でギチギチと鳴る。吼えた。痛みから目を逸らして、精神力だけで魔術行使の失敗による死の狭間に飛び込んで、死に物狂いで回路を制御する。
 雄叫びでケルトの戦士達がこちらに気づく。ああもうだめだ、死んだ、なんて莫迦を仕出かしたんだこの莫迦が、俺の命は俺だけの物じゃないのに、愚か者が、戯けが、だが本当にどうしようもないのは――この選択に後悔がまるでない事だ。

 狙撃銃でスコープも覗かず立射する。強化の魔術を全身の毛穴から血を噴き出しながら使用し、無理矢理に衝撃に耐える。ケルトの戦士が楯を掲げて頭部を守った。弾丸が楯に止められ火花が散る。着弾の衝撃を腕一本で支えきったようだ。
 化け物らしい。ケルトの戦士とやらは。苦笑いするしかない。遠距離からの銃撃が意味を成さないなら、近距離から直接弾丸をお見舞いするしかなかった。

「――何をしている!? 走れェッ!」

 目を見開いてこちらを見る人間達に怒鳴る。彼らはハッとして、俺の意図に気づいてくれた。
 長身の軍人が敬礼し、仲間達を連れて走り出した。そちらを狙い、槍を投げようとするケルト兵を狙撃する。ケルト戦士は逃げる連中ではなく、噛みついてくる虫けらを殺す事にしたらしい。猛然と駆け出していた。

「……ハッ」

 狙撃銃を捨て、消す。走り出した。全力で駆けた。十二名とも俺を追っている。そうだ、それでいい、格好いいだろ? 何せお前らが唯一恐怖した戦士、クー・フーリンのマスターだ。そりゃあ追い掛け回したくもなるだろうさ。サインでもやろうか。

 とんだチキンレースだ。追い付かれたら死ぬ。槍が投げられてきたのを、振り向き様にデザートイーグルで撃ち落とす。そしてまた逃げる。ははは、実はアーチャーの奴と違って、俺は弓より銃の方が得意なんだ。追い付いてみろ、その時はせめて六人は道連れにしてやる。
 ジリジリと距離を詰められていく。早くも息が切れ始めた。勘弁してくれ、こちとらヘラクレス野郎と魔神霊と戦った直後だぞ。ギリシャの次はケルトか。ならこの次はインドか? ウルクか? エジプトか? このさい全部乗せでもいい、纏めて面倒見てやるさ。

 林を見つける。枯れた木々、その先には何も見えない。畜生が、ここを俺の墓場にしろって? いいだろう、墓標には「最高にクールな男、ここに眠る」とでも書いとけよ。頼むぞケルト野郎どもがッ!

「……!」

 林とも言えないまばらな木々の乱立する場所。そこに飛び込み、俺は即座に戦闘服を脱いだ。ケルト戦士達の死角に入るなり、全身に砂塵のような泥を被る。塗りつける。
 気休め程度のペイントだ。なんの効果もない。だが辛うじて地面には段差がある。窪みがある。地に伏せて匍匐で移動する。その前にカラのマガジンを投影して、吐血し、それを明後日の方へ放り投げる。
 急げ、急げ! 辛うじてケルト戦士達が林に入る前に、元の場所から五メートルは離れられた。
 あちらこちらに目を走らせ、むさ苦しい髭面どもが俺を探している。さあどうする俺、此処からどうやって切り抜ける。考えてる暇はない、俺の血の跡に気づいた戦士が一人、それを辿って近づいてくる。二メートルまで来た瞬間、俺は明後日の方に投げていたマガジンを炸裂させた。情けない『壊れた幻想』だ。ハッとしてそちらに戦士達が目を向けた瞬間に跳ね起き、強化した身体能力で直近のケルト戦士の背後を取る。口に手をあて声を封じると首をナイフで引き裂き、ソッと地面に横たわらせて素早く駆け、気配を察して振り向いたケルト戦士の眼球にナイフを突き刺す。無骨なナイフが深々と突き刺さり脳を破壊した。

 残り十名。全員が武器を構える。躍り掛かってきた。ナイフを逆手に持って、左手で銃を撃つ。楯で防がれた。三人の戦士が同時に槍を突き出してくるが、連携は取れていない。それぞれが己の武力に恃んだ原始的な戦い方――
 なら活路は、ある。
 飛び退いて槍の間合いから逃れ様、消えていこうとするケルト戦士の骸が握っていた楯を蹴りあげる。――消える? やはりサーヴァントの宝具か何かで召喚されているのか。なら近くに敵サーヴァントが? いや今はそれどころではない。
 蹴り上げた楯が砂塵を散らしながら一人のケルト戦士の視界を塞いだ。咄嗟に頭と胸を楯で隠して庇った所を狙い、左膝を撃ち抜く。くずれ落ちて膝をついた戦士目掛け、隙を晒したのを見抜いた俺はターゲットにナイフを投げた。
 喉仏に命中。これで三人。後九人……。

「ヅッ、」

 腹部に槍の穂先が突き刺さっていた。体が硬直する。その隙に左肩にも槍が刺さった。体を捻らなければ心臓を抉られていただろう。
 敵が槍を引き抜こうとするのに、俺は暴走しかけている固有結界の制御を緩める。剣の切っ先が皮膚の下から顔を出した。そして俺の体に埋まっていた穂先を無数の剣が塞き止める。槍が、抜けない。
 驚愕した戦士達に、至近距離から銃弾をプレゼントした。楯で守られなかった膝、次に胴、そしてがら空きとなった頭。撃った端から弾丸を直接銃の内に投影しているからリロードもなく連射が出来る。更に二人、後七人――

 囲まれていた。背後から槍が四本突き立つ。皮膚の下を暴れる剣に遮られても浅く突き刺さっていた。ぐ、と呻く。正面から一人の戦士に袈裟斬りにされた。槍では穿てないと即座に判断したらしい。ご丁寧に死角の左側から来られた。
 だが、浅い。剣閃も槍ほどの威力はないのに、剣の鎧を突破出来る道理もない。自分から踏み込んで指を戦士の目に突き込んだ。眼球を潰す。眼窩に指を引っ掛け引きずり倒し、そのまま首に膝を落として圧し折った。

「ゴ、ガッ、」

 今度も左側から。感触からして楯か。もんどり打って倒れると馬乗りになられる。六人は倒したが、ここらが限界なのか……? 楯が顔面に振り下ろされてくる。
 斬撃、刺突が駄目なら打撃か。一度。二度。三度。なんとか躱すも、四度目、五度目、六度目と直撃していく。

「ゥ、……グッ」

 意識が朦朧としていく。視界が血で染まっていく。その間にも何度も楯が顔面に振り下ろされていく。何度、殴られた……? 動けない……。
 まずい、意識が、落ち……



『  』



 遠い理想郷に、微笑む少女の姿を幻視した。

 ……まだ……だ。

「――まだ――俺は――死ねないッ! 死んで堪るかァァアアッッッ!!」

 俺の意識が落ちたと油断した戦士が、大振りにトドメの一撃を振るうのを掻い潜る。腰が微かに浮いていたのだ。カッと右目を見開き、地面を蹴ってケルト戦士を跳ね退ける。そして腹を蹴りつけてマウントポジションから脱すると、楯を取り落としていた戦士の眉間に銃撃を浴びせる。
 これで、七人……。

「は、……はっ、は……」

 枯れ木に背を預ける。油断を消し最後の五人が包囲してにじり寄ってくる。
 ……腕が上がらん。指から銃が滑り落ちた。まだ戦える、噛みついてでも殺してやると睨み付けた。一瞬、ケルト戦士達がたじろぐ。おいおいどうした幽霊でも見た面しやがって。

「何ビビってやがる……来い、掛かって来いッ! お前ら如きに俺が殺せるかァッ!」

「――いいえ。後は僕に任せてください」

 眼前に、赤毛の少年が突如現れた。俺は目を見開く。忍装束を纏った少年は、背中越しに俺を振り向いた。

「……鬼気迫る奮闘、お見事でした。この風魔小太郎、義によって助太刀致します」

 俺は笑った。なんて悪運だ、なんて運命だ、ああいや、最高のタイミングだよ。

「ああ、頼む」
「ええ。では――風魔忍群が長の力、篤とご覧あれ!」

 一陣の風となってアサシンのサーヴァント、風魔小太郎が馳せる。
 ――それが、極短い間の付き合いとなる忍との出会いで。
 数多の死に彩られた血戦の序章、その一部だった。






 
 

 
後書き
諸君らの、そして私の愛した挿絵は消えた! なぜだ!?
前のスマホに入ってたそれらを、今のに移すのを忘れてしまっていたからさ…。なお前スマホ行方不明。 
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