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人理を守れ、エミヤさん!

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決着なんだよネロちゃま……!





「な、なぁ! なんで走るのやめないんだ?」
「それ、はっ、ハァ、これが作戦――」
「黙れモードレッド卿。貴公はただ我らの前を走り雑魚を散らしていればいい」

 先頭を走らされているモードレッドは頻りに背後を振り返り、強行軍の訳を訊ねる。
 ネロは走りながらも律儀に答えようとするも、それをアルトリアに制されてモードレッドを冷たくあしらった。

「ネロに余裕はない。無駄に喋らせて体力を削るのは利敵行為だ。道理を弁え役割に没頭するがいい」

 にべもないアルトリアの理論武装にモードレッドは「ぐぬぬ」と呻いた。
 彼女にとって予想だにしていなかった騎士王との再会である。なんとか話をするなりしたかったのだが……嘗てブリテンを治めていた頃よりも、遥かに上回る威圧感に気圧されて噛みつけない。
 こわっ!? 父上が怖ぇ! 逆らったら殺される! ――その確信がモードレッドを無条件に従わせていた。時折り遭遇する人形(ドール)やホムンクルス、竜牙兵を蹴散らすのに専念し、とりあえず落ち着くまでそうしていようと思考を放棄していた。というより敬愛し憎悪し誰よりも焦がれた騎士王の前で、剣を振るえるのは彼女にとっても悪くはない。寧ろ高揚していた。

 そんなモードレッドに、マシュが話しかけた。

「あの、モードレッド卿」
「あ? んだよ楯野郎……って、なんだそりゃ? なんか妙なナリになってんな」
「あっ、ギャラハッド卿のデミ・サーヴァント、マシュ・キリエライトです。よろしくお願いします!」
「お、おう……」

 マシュの生真面目な挨拶にモードレッドは面食らったようである。
 彼女の瞳が汚れ一つない純真なものだったからか、はたまたマシュの特殊な出生を、秀でた直感的本能が嗅ぎ取って親近感を感じたからか。
 なんであれモードレッドはマシュを邪険にはしなかった。

「あの、モードレッド卿はこの特異点にいつからいらっしゃるのでしょうか?」
「そんなの割と最近だぜ。軟弱なガキと優男が他にもいるが……ソイツんとこを拠点に、ロンディニウムを見回ってたんだ」
「なるほど。でしたら――」

 マシュは首肯して腰に巻き付けていた地図を取り出す。走りながら地図を広げたマシュはそれをモードレッドに見せた。

「モードレッド卿は何か違和感というか、異常のようなものを感じた場所はありませんか? あったら教えてください」
「ああいいぜ、っと。邪魔だオラァッ!」

 王剣クラレントを振るい、脇道から飛び出してきた人形二体を一撃で砕く。モードレッドはなんでもないようにマシュの横に戻り、地図を指差した。

「勘だけどな。此処と、此処、此処ら辺がクセェな」
「なるほど、ご協力感謝します」
「おう、どんどん頼っていいぜ」

 ふふん、と得意気なモードレッドである。アルトリアは時折り遭遇する雑兵を蹴散らしながら走るモードレッドに、極めて平坦な声音で溢した。

「マシュ、ネロに地図を。走らねばならない範囲が半減したようです。……モードレッドも偶には役に立つ」
「!? あ、当たり前だ! 何せこのモードレッド様なんだからな! ハハハハハ!」

 息を切らして走るネロに声を出す余裕はない。マシュに見せてもらった地図で、×印がつけられた地点を避けて走る。
 モードレッドはアルトリアの台詞に過敏に反応して鼻高々だ。絶対それ誉めてない奴だよと教えて上げられないネロやマシュである。なにせモードレッドの喜び様と来たら、水を差すのが気の毒なほどなのだ。現にアルトリアの目は氷のように冷たい。クー・フーリンがおどけて言った。

「おいおい、オルタがいやがるぜ。セイバーはどこ行きやがった?」
「ランサー、私は別に黒化し(キレ)てはいない。単に不愉快なだけだ」
「何!? 父上、いったい何が……畜生! 誰が父上を不愉快にさせてんだ!? テメェか!」

 アルトリアの声には常にアンテナでも立っているのか、鋭敏に聞き拾って殺気も露にクー・フーリンを睨み付ける。先頭を走りながらも首を回して、自分を睨んでくる狂犬に彼は苦笑した。

「おう、オレだ。なんなら相手してやろうか?」
「上等だテメェ! 父上を不快にさせる奴はオレがぶっ殺してやる!」
「っ、ダメだコイツ面白すぎる……!」

 立ち止まり剣を構えるモードレッドに、クー・フーリンは腹を抱えて笑ってしまった。ネロも釣られて立ち止まると、アルトリアが冷ややかに兜の騎士を一瞥した。

「誰が止まっていいと言った」
「ヒッ! おおおおお、オレ、じゃない私は父上を不快にさせた奴を叩っ切ろうとしてるだけなのに!」
「貴公ではランサーには勝てん。それに貴様……味方に剣を向けるとは何事だ? 死にたいのか貴様。斬るぞ」
「ひぃっ。な、なんなんだ!? なんで父上こんなにキレてるんだよ!?」
「だぁっはははは! ひ、ひぃ、」

 クー・フーリンが二人のやり取りで腹を痛そうに押さえて痙攣した。どこがツボなのだろう。ケルト的に平和な親子喧嘩にでも見えているのだろうか。
 ネロは両膝に手をついて必死に息を整える。既に一時間は走っているだろう。ネロは頑張った、かなり頑張った。横でコントをされても挫けずに頑張っていた。
 アーサー王と反逆の騎士の因縁について、どうしたらいいのかとネロは悩む。息切れしながらもネロはアルトリアに言った。

「き、騎士王よ」
「はい、なんですかネロ」
「父上!?」

 ネロが呼び掛けるなり途端に穏やかになったアルトリアの変貌に、モードレッドは目を剥いて驚愕した。

「って、なんだテメェ! 父上に対して気安――」
「黙れ」
「はい」

 ネロに噛みつこうとするモードレッドの首に聖剣が添えられていた。ぴたと制止するモードレッドの満面には冷や汗が流れていた。
 そのまま穏やかにアルトリアが自分を見ているのに、ネロは頬を引き攣らせる。

「その、だな……可哀想だからやめてやったらどうだ?」
「……いいでしょう」

 す、と聖剣を下ろしたアルトリアに、ネロは一応態度の緩和を頼んでやる事にした。流石にモードレッドが哀れである。

「あのだな、とりあえず今は味方なのだ、かなーり頑張ってくれておるのだから、モードレッドにもう少し優しくしてあげても――」
「無理です」
「だよねー……」
「諦めんなよ! そこで諦めんなよ!」

 あっさり「無理か~、まあ無理なら仕方ない」と諦めたネロにモードレッドは縋りついた。彼女は感じていた、ネロが押せば父上からの風当たりが緩くなるはずだ……! と。
 ネロはモードレッドの懇願に苦笑いを浮かべ、とりあえずもう少し粘ってみる事にした。

「えー……とだな。無理か?」
「無理です」
「そこをなんとか、な?」
「無理です」
「……シェロは、度量の広い騎士王が好きだと言っていたのだがな……」
「!」

 ぼそりと呟いたネロには、確実に士郎の影響を受けていた。口から出任せな発言に士郎は抗議するだろう。度量が狭くてダメなアルトリアもいいものだぞいい加減にしろ! と。
 しかしアルトリアはびくりと肩を揺らし、苦渋の表情で、苦虫を纏めて百匹は噛み潰したように兜の騎士へ視線を向ける。

 嘆息し、モードレッドに言った。

「モードレッド」
「お、おう!」
「おう、ではなく『はい』でしょう」
「はい!」
「……彼女に自己紹介しなさい。騎士たる者が名乗りもしないとは何事か」
「あ。――オレの名はモードレッドだ、よろしくな!」
「うむ、余はネロ・クラクディウス、よろしく頼むぞモードレッドよ」
「彼女は私の伴侶の盟友、謂わば私にとっても同盟者のようなもの。貴公も礼を示しなさい」
「なっ!?」

 モードレッドは聞き流せないアルトリアの言葉に食って掛かる。

「ちょっと待ってくれよ父上! 伴侶ってなんだよ!? まさかギネヴィア……な訳ないか。どこの馬の骨だ!」
「貴公に関係あるのか?」
「関係あるだろ!? 父上の嫡子であるオレ――」
「――貴公に、関係が、あるのか?」

 赤竜の威圧にモードレッドは口ごもった。こわひ、と。怖い、ではなく、こわひ。騎士でも王でもない類いの威圧感は未知だった。というより、騎士としても王としても、アルトリアがこのような威圧を誰かに向けた所を見た事がない。
 アルトリアは嘆息する。ネロが休んでいる内に簡潔に伝えた。

「衛宮士郎。私のマスターで、剣を預け命運を預かった。昔は頼りなかったが、それでも真っ直ぐな少年で、今は心身ともに肩を並べるに足る知略と胆力を身に付け、互いに愛し合った。謂わば騎士としての私の主である男。これ以上の説明がいるか?」
「な、な、な――」

 ベタ惚れである事を淡々と告げるアルトリアにマシュは複雑そうだった。ムッとして、対抗心を表情に漏らしている。モードレッドは愕然としてしまった。
 そして嫉妬する。敬愛し、憎んだ、己の全てと言えるアーサー王が、自分の知らぬ間にそれほどの信頼と親愛を結んだ相手がいる事に。認められたい、愛されたいと心の底で渇望しているモードレッドには、今のアルトリアは余りにも遠く感じられた。顔も知らない男にモードレッドは嫉妬と憎しみを募らせる。だが、不意にネロが言った。

「なあ、何故にセイバーが『父上』なのだ? 普通は母上なのでは……」
「はあ? 父上は父上だろうが!」
「ふぅむ。ではシェロは『母上』になる……?」
「!?」

 何気ない独語にモードレッドとアルトリアがぴくりと反応した。唐突にアルトリアが微笑みつつモードレッドの肩に手を置く。

「モードレッド」

 優しげな呼び掛けにモードレッドは仰天した。
 いきなりの豹変に度肝を抜かれたのだ。

「シロウはとても素晴らしい人だ。貴公もきっと認められる。だから彼と会う事があれば、シロウを『母上』と呼びなさい」
「で、でも父上、オレの母上は……」
あれ(・・)を母と認める必要はない。私の言う事が聞けないのか?」
「いえ! 聞けます!」

 ――父上こえぇぇ!

 モードレッドは耳元で囁いてくるアルトリアの冷気に震え上がった。
 もとよりアルトリア曰く「あれ」の事は嫌っていた。アルトリアが言うのならモードレッドは従うのも吝かではない。
 というより、アルトリアの言う事にはとりあえず反抗してみるモードレッドだが、今のアルトリアに反抗すれば速攻で物理的に斬られる恐怖を確信していたのである。或いは精神的にか。

 こんなアーサー王、知りたくなかった。モードレッド、心の嘆き。

 ネロは苦笑した。マシュが可愛らしくむくれているのもそうで、シェロは大変だなと。

「よろしい。ならばもし貴公がカルデアに召喚される事があっても歓迎しよう」
「ほんとか!?」
「ええ。……ただし、分かっているな。妙な事をすれば……」
「わわわわわ分かってるよ! 変な事なんかしねえって! だからその変な感じやめてくれよ!」

 反抗期息子(むすめ)モードレッドも、愛の戦士アルトリアには形無しだった。全く反逆できない。騎士と王ではなく、家庭的な面でのヒエラルキーが明確に固定されてしまった瞬間だった。
 ネロがある程度の休息を得ると、再び一同は走り始める。それから暫くすると、アルトリアが呟いた。こっちは行かなくてもいいでしょう、と。おや? とネロは首をかしげつつそれに従う。そして暫くすると、今度は士郎の作戦をマシュから聞いたモードレッドが言う。こっちは行かなくてもいいだろ、と。

 ふわふわとして、曖昧な。しかし確信が籠った断言である。冴え渡るのは未来予知に近い直感とそれに追随する野生の勘だ。
 とりあえず言うことを聞いた方がいい気がするネロに固定観念はない。型に縛られず思うままに動いていた。

 それから休憩を何度か挟みつつ、ネロは本来の予定の四分の一程度を走るだけで済んだ。
 その際に幾つかの不自然な蒸気や、薬品臭い箇所、または魔力の集積した箇所を発見したりしたが――其処に敢えて踏み込まない。場所さえ分かればそれでいいのだ。
 モードレッドの案内で、彼女が拠点としている家に飛び込んだネロ達は、そこで理性的で誠実そうな優男、ヘンリーと。童話作家のアンデルセン、フランケンシュタインの花嫁と出会う。
 彼らに作戦を伝えると、一言。

「うぅ……?」
「は、ははは……それ、卑怯じゃない……?」
「卑怯ではなく卑劣だな。だがそれでいい。楽がしたいからなこちらは。好きにしろ」

 ネロはそこで休ませてもらい、英霊エミヤのくれていた携帯食料を頂く。
 その後、四時間の仮眠を取ってなんとか疲れを落としたネロはサーヴァント達と出動した。地図に幾つかの×印をつけ、その中心地を割り出すとそこに向かう。そこで、ネロは令呪を使った。
 アルトリアの聖剣が唸り、轟く。瞬間、地下にあった空洞を貫き、大規模な魔力炉を発見する。驚愕しこちらを見た男は、冬木で見た少年に似ているような気がしたが。
 彼が何かを言う前に。何かをする前に。これまでずっと気配を遮断していた切嗣が仕掛ける。

「『時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ)
 『神秘轢断(ファンタズム・パニッシュメント)』」

 男の背後に音もなく着地した切嗣の襲撃。それは男の心臓を貫き。襟首を素早く掴んだ切嗣が虚空に放り投げる。
 そこへ、

「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』」

 驚異的な修復力で再生せんとする男の心臓を完膚なきまでに破壊する光の御子の魔槍。
 魔力を発揮しようにも、『神秘轢断』でまともに使用できないまま即死し。万が一に備えて、追撃が入る。

「『我が麗しき父への反逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!」
「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』!」

 邪剣と聖剣の真名解放が骸を完全に消し飛ばす。聖杯を使いなんらかの儀式を行っていたのが中断され、地に落ちた聖杯をマシュが回収してネロに向けて言った。

「ミッション完了です、ネロさん!」

 余りにも慣れた様子のマシュの、純真無垢な声にネロは顔を引き攣らせた。これはひどい、と。フォウが慰めるように鳴くと、モードレッドが可笑しそうに笑った。この作戦考えた奴、ぜってぇ性格悪いだろ! と。



 所要時間、実に十八時間。過去最短の特異点攻略であった。






 
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