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人理を守れ、エミヤさん!

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逃げたら死ぬぞ士郎くん!





 それは西暦2015年のこと。
 人類の営みを永遠に存在させるため、秘密裏に設立された「人理継続保障機関フィニス・カルデア」にて恐るべき研究結果が証明された。

「2016年、人類は絶滅する──」

 決して認められないことだ。霊長を自認する人類にとって、その滅びはあってはならないことであった。
 原因を調査する内、魔術サイドが作り上げた近未来観測レンズ・シバは過去である西暦2004年の冬木に観測不能の領域があるのを発見する。
 有りえない事象にカルデアの者達は、これが人類史が狂い絶滅に至る理由と仮定。テスト段階ではあるものの、理論上は実行可能レベルになった霊子転移(レイシフト)による時間遡行を敢行。その目的は2004年に行われた聖杯戦争に介入し、狂った歴史を正すことである――



 ――というのが俺が覚えているカルデアの概要、その全てである。



 残念ながら、現在28歳であるところの俺、衛宮士郎はカルデアに関することをほぼ忘れてしまっていた。
 それは、俺が『衛宮士郎』だからである。
 俺の記憶が確かなら、2004年に行われた聖杯戦争でカルデアの前所長、即ちオルガマリー・アニムスフィアの父親が勝者となり、聖杯は彼の手に渡っていたはずだ。
 それに、第四次聖杯戦争以前に行われた聖杯戦争は無く、必然冬木の大火災は発生せず、●●士郎は衛宮切嗣に拾われずにいたため、衛宮士郎自体が生まれていなかったはずなのだ。
 だから俺は、俺が『衛宮士郎』である時点で、ここがカルデアの世界ではないと断定し、カルデアの存在を綺麗さっぱり忘却し、記録自体取っていなかった。

 あとは時間によって覚えていた知識も風化してしまい、現在に至ったわけだ。

 『衛宮士郎』がいるということは、第四次聖杯戦争はあって、冬木の大火災もあったということ。そして第五次聖杯戦争はこの俺が勝者となっているし、そもそも聖杯自体破壊した。またいずれ聖杯は顕現するかもしれないが、それは切嗣が生前に大聖杯へ施した仕掛けによってあり得ないものになったと俺は考えている。
 ……まあ、あの蟲の翁が何かをしたらあり得るかもしれないと思っているが、それはさておきこの時点でカルデア自体の存在が矛盾したものと気づけるだろう。

 ……なのに、カルデアが実在し、そのマスター候補としてオルガマリーが俺をスカウトに来た。

 有り得ない。どうなっている? カルデアがあり、実働しているということは、少なくともカルデアは正式に魔術協会に活動を認められているということ。マスター候補を探しているということは、2016年から先の未来を観測できなくなったということ。それは、イコールで魔術王ソロモンによる人理焼却が発生している証拠となる。
 しかしカルデアは、オルガマリーの父が聖杯を勝ち取り、恐らくは資金源として研究施設を獲得して成立したもの。つまりオルガマリーの父は聖杯戦争に参加し勝利していることになる。少なくとも冬木以外で、だ。

 ……この世界には、冬木の聖杯と同等か、それ以上の物が他所にあったのか? そしてそれを、オルガマリーの父が手に入れた、と?

 有り得ない、とは一概に断定出来ない。平行世界は無限に存在する。俺がいるのがそういう世界だと考えることもできる。
 だがしかし、冬木の大聖杯の基になったのは、アインツベルンの冬の聖女である。聖杯の術式も、それを見た英雄王が「神域の天才」と評したほどの完成度を誇る。そんなものが、他にもあったとは流石に考え辛いが、さて――



「――ちょっと、聞いてるのかしら? 衛宮士郎」



 咎めるような女の声。それに、俺は思考を一旦打ち切った。袋小路に入り掛けていた思考をリセットしておく。今は悠長に思索にかまけてはいられなかった。考察は後でも出来ること。今オルガマリー女史から詳しい話を聞いているところであるのだし、そちらに集中するのが賢明だろう。
 カルデアにスカウトしに来たとか、マスター候補になって欲しいとか、そんなことを突然言われても普通は事態を把握できないし、俺自身もカルデアの詳細な情報など遥か忘却の彼方だから、彼女から話を聞いておくのは大切なことだと思う。

 俺は現在、ロンドンの喫茶店にいた。流石にイギリス、紅茶だけは旨い。

 英霊エミヤとは違い、特に悪党以外からは恨まれていないし、外道な魔術師を独自に仕留めても、その研究成果自体は俺の保身のために時計塔に二束三文で売り払ったりしているため、魔術協会に目をつけられたりもしていない。
 固有結界持ちであることも今のところは隠しきれているし、平気な顔でロンドンに居座っていてもなんら困るものはなかった。
 時々遠坂凛(懐かしい顔)を見掛けることはあっても、特に険悪にはならないし、せいぜい「たまには帰郷して桜に顔を見せてあげなさい」と小言を言われるぐらいだ。彼女も人生充実しているようだし何よりである。
 そんな具合なもんだから、ロンドンを彷徨(うろつ)いていた俺が、あっさりとオルガマリーに捕捉されてもおかしくないわけであった。

 俺は努めて冷静に銀髪の女――オルガマリーに対して切り返した。

「……ああ、もちろん聞いている。お前達が何者で、何を目的とし、なんのために俺に接触を図ってきたのか。聞き落としなくきちんと聞いていたとも」

 言いつつ、俺は対面に座すオルガマリーと、その両脇を固めるように立っている男、レフ・ライノールとロマニ・アーキマンと名乗った男たちを見据えた。
 ちなみに、衛宮士郎を演じなくなった俺の口調は、激した時の英霊エミヤに似ている。だからどうしたという話だが、俺はエミヤに影響を受けているわけではないという自意識を持っていた。
 俺は日本人離れした高身長(たっぱ)を持っているし、筋骨隆々としている体に相応しい体重もある。華奢な女性と向き合っていると、どうにも見下ろす形になってしまうのだが、威圧感を与えてしまっていないか少し心配である。

 ちら、とオルガマリーの両脇に立つ男達を見る。

 レフという男は、緑の外套に緑のシルクハットという、何か拘りのようなものを感じさせる格好だった。彼がカルデアを舞台とする物語でどんな役柄を演じていたのか覚えていないが、彼からは奇妙な視線を感じる。値踏みするような目だ。が、魔術師とは基本的にそんな輩ばかり。余り気にするほどでもない。

 一方のロマニ・アーキマンは、なんというか線が細く芯も脆そうな、しかし意外と頼りになりそうな印象がある優男だった。

 俺の探るような目に何を思ったのか、レフとロマニは曖昧に表情を緩めた。何も言わないところを察するに、この場ではオルガマリーを立てて黙っているらしい。もしかすると、俺に対する護衛の役割でもあるのかも知れなかった。
 まあ十中八九、ただの連れ添いだろうが。
 時計塔のロードの一角であるアニムスフィアに、魔術協会の膝元のロンドンで危害を加えるほど俺もバカじゃない。というより理由がない。彼らから視線を切り、改めてオルガマリーに向き直る。

「――だからこそ、よく分からないな」

 紅茶を口に含み、たっぷり話を吟味する素振りを見せながら言った。

「何が分からないの?」
「さて。そちらの事情については、些か荒唐無稽だがとりあえず本当のことだと信じてみるとしよう。すると少し腑に落ちないところが出てくるんだ。――マスター候補の中の本命、A班に俺を招きたいそうだがなぜ俺なんだ? 年がら年中、世界を飛び回っている俺に接触するよりも、彼女に接触する方が遥かに容易いだろうに」
「ミス遠坂のことね」
「ああ」

 すんなりオルガマリーから遠坂の名が出ても、俺に驚きはなかった。俺の交友関係については調査済みだろう。プロとしてそれは当たり前のことである。

「今回はたまたま俺がロンドンに来ていたから良かったものの、そうでなかったらお前達が俺に接触することは難しかったはずだ。なぜ遠坂でなく、俺を選んだ? こう言ってはあれだが、遠坂の方が魔術師としてもマスターとしても遥かに優れているぞ」
「簡単なことよ。貴方を見つけたのは偶然で、私が直々に声をかけたのも偶然近くにいるのがわかったから。別に貴方を特別視して囲い込みに来たわけじゃないの」
「……なるほど。つまり俺に声をかけたのは、たまたま使い勝手の良さそうなのが近場にいたから声をかけるぐらいはしておこう……そんな程度に考えてのことだったのか」
「ええ。そうよ」

 ……俺は少し意外に思った。彼女は俺に重い価値があるわけではない、殊更に重要視しているわけではないと言い、こちらが大きな態度を取る前に牽制してきたのだ。
 当たり前だが、俺より年下の彼女も、海千山千の怪物犇めく時計塔で、多くの政敵と鎬を削っているのだ。見た目の印象とは裏腹に、そうしたやり取りは充分経験しているのだろう。貴族的な家柄ということもあり、交渉事では手強い相手になると思った。
 まあまともに交渉するほど俺も間抜けでないし、そもそも交渉しなくてはならないこともない。相手に合わせて要求を出し、きっちり対価を貰うことで相手の安心を買うぐらいはするが、それだって余り重要視することでもなかった。

「それと、ミス遠坂をなぜ召集しなかったのかは、言うまでもなく貴方なら分かるはずよね?」
「……分からなくはない。遠坂がロード・エルメロイⅡ世の教え子だからだろう」

 正確にはエルメロイⅡ世が遠坂の後ろ楯になっているだけなのだが、時計塔内の政治力学的に言うと余り間違ってはいない。要は、遠坂がエルメロイの派閥に属している、という形が重要なのだ。

「頭は回るようね。その通りよ。アニムスフィアであるこの私が、エルメロイのところの魔術師に弱味を見せるわけにはいかないわ。だからミス遠坂に話すことはないの。貴方もくれぐれもこの話を言い触らさないように。一応、機密事項なんだから」
「……」

 人類絶滅の危機に瀕してもまだ派閥争いに気を配るのか。思わず呆れてしまうが、まあ人間そんなもんだよなと思う程度に納める。
 大方オルガマリーはまだ事が重大なものではないと思っているのだろう。自分達の力だけでなんとかなると思っているし、そうでなければならないとも思っているはずだ。だからそんな悠長なことを言っていられる。
 本当に人類が絶滅したらどうする。危機意識を一杯に持っておけと口を酸っぱくして叱りつけてやりたかったが、ここはグッと堪えておく。言っても詮無きことである。

「話はわかった。人類の危機ともなれば、流石に我関せずを通すわけにもいかないだろう。オルガマリー・アニムスフィア、貴女の誘いに乗ろう。――条件はあるが」
「あら、聖杯戦争の覇者の協力が得られるのは有りがたいことだけど、無理なことを言われても頷けないわよ?」
「分かっている」

 ――あまりうだうだと話すのも好きじゃない。さっさと話を終わらせに掛かった。

 大事なのは、無償で協力しないことである。
 人間心理とは難しいもので、ことが重要であればあるほど何か対価を貰わねばならない。特に深い繋がりがあるわけでもない相手は、そうした対価を支払うことで相手を信頼、信用していくのである。
 もし最初から見返りも求めずにいたら、間違いなく不気味がられ、信頼されることなくいずれ淘汰されていく羽目になる。俺としてはそれは避けたかった。なにせ俺は死にたくないのだ。

 そう。死にたくないのである。

 このままだと人理焼却に巻き込まれ、俺は死んでしまうことになる。物語的に事態は解決し、結果として俺は死んでいないということになるのかもしれないが、見ず知らずのだれかに自分の命運を託すほど愚かなことはない。
 俺は自分の運命は自分で決めたかった。故にカルデアが実在し、そこにスカウトされた時点で、俺の去就は決まったも同然である。死にたくないなら、カルデアで人理を守護するしかないのだから。

「条件は二つだ」

 言いつつ、ざっと思考を走らせる。目の前の女は無能を嫌い、話の遅い人間を嫌う神経の細い有能な女である。
 単刀直入な物言いを許容する度量はあるだろうから、すっぱり要求を告げるべきだ

「まず一つ。俺がカルデアに所属し、そちらの指揮系統に服従する代わりに、ことが終わればアニムスフィアに俺の活動の援助をしてもらいたい」
「貴方の活動って……慈善事業のことかしら」
「ああ。そろそろ単独で動くのにも限界を感じていたしな。俺がロンドンに来たのは、パトロンになってくれる人間を探すためだったんだ。……世界中の、飢えに苦しむ人達のために起業して、食料品を取り扱う仕事をしたいと考えている」
「……つまり、資金の提供ね? それに関しては、カルデアでの貴方の働き次第よ。全面協力をこの場で約束することは出来ないわ」
「当然だな。それで構わない」

 まずは、分かりやすく金を求める。俗物的だが、俺はそう思われても構わない。実際俗物だしな。
 分かりやすいというのは良いことだ。難解な人間よりも単純な人間の方が親しまれやすいのは世の真理である。
 現に、目に見えてロマニとオルガマリーの俺を見る目が変わった。レフはよくわからんが、魔術師とはえてして腹芸が得意なものである。気にするだけ無駄で、隙を見せなければそれでよかった。

「二つ目だが……いいかな?」
「ええ。言うだけ言ってみなさい。前向きに検討するぐらいはしてあげる」
「今後は名前で呼び合おう。これから力を合わせていくんだ、貴女のような美しい人と親密になりたいと思うのは、男として当然のことだろう?」

 洒落っけを見せながらそう言うと、ロマニは苦笑し、オルガマリーは「なっ」と言葉につまった。

 やはりこういった明け透けな言葉には弱かったらしい。
 最後に高慢な女性に有りがちな弱点を見つけ、オルガマリーのなんとも言えなさそうな表情を堪能しつつ、俺は席を立って半ば勢いでオルガマリーの手を取った。
 友好の証の握手だと言い張ると、オルガマリーは微妙に赤面しつつ応じてくれた。

 そうして、俺のカルデア入りが決定したのである。





 
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